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113/126

112,哀悼

「先生。先生。先生。

 大丈夫ですか? 美貴ですよ? 分かります?」

 紅倉の目が薄く開いて、芙蓉にかすかにうなずいて見せた。

 芙蓉は優しく微笑みかけた。

 芙蓉は紅倉の頭を膝の上に寝かせて、額に手を当て髪を撫で下ろしてやり、肩の傷をそっと押さえてやっていた。

「頑張ってくださいね、今病院に連れていって手当してもらいますからね」

 紅倉は口をぱくぱくさせてか細い声で言った。

「病院……嫌い……」

「ダメですよ。こんなにひどい怪我して。後でうんとお説教してあげますからね、覚悟してください?」

「美貴ちゃん……、ごめんなさい…………」

「ええ。はい。もう…、二度としちゃ駄目ですからね。先に応急処置をしますからね、今お医者さんから道具を取ってきてもらっていますから、待ってください?」

 紅倉は手を震えさせながら持ち上げようとした。

「美貴ちゃん、手…………」

「握ってほしいんですか?」

 芙蓉は腕を伸ばして紅倉の両手をそれぞれ握ってやった。胸の上に持ってこさせ、そこから芙蓉の得意な治癒の気を送ってやった。

 同時に紅倉の「意志」が伝わってきて芙蓉の頭に考えを思い浮かべさせた。



「ミズキに『神の肉』を食べさせたのは犬たちだった。彼らは神職の貯蔵庫からそれを奪ってきた。

 彼らにそれをさせたのはあの陰陽師の仕組んだ『式』だった。

 『式』とは霊体に組み込んだ命令プログラム。陰陽師は彼らが村に入る前にどこかで接触して、式を霊体に仕掛けたのだわ」


 芙蓉たちの知らぬ事だが、黒木たちチームは若いOLをレイプしようとした不良青年を狩った後、突発的に名古屋で起きた宝石強盗事件で足止めを食らい、ケイ、ミズキ、ジョンたちと分かれて別ルートで村に帰った。その途中で接触したものだろう。名古屋の外国人グループによる宝石強盗事件も、おそらく、陰陽師土亀恵幸の操ったものだろう。


 芙蓉は紅倉に覆い被さるようにして耳元に尋ねた。指輪のリンクで声に出さなくても考えは伝わるだろうが、芙蓉は出来るだけ紅倉にくっつきたいと思ったのだ。

「先生。犬たちはもう危険はありませんか?」

 紅倉は疲れ切って口を動かす元気もないが、芙蓉の頭に考えが浮かんだ。


「犬たちに仕組まれた『式』は犬たちが自分の力で壊した。もう操られる危険はない」


 犬たちはまた悲しそうに寝台のケイに寄り添い、紅倉がなんとかしてはくれないのか?と期待を寄せて時々様子を窺っている。


「安藤哲郎さんも『神の肉』を食べさせられていたと思う。それで命をつないだのだわ。

 安藤さんに神の肉を食べさせたのは信木さんではない。おそらく、木俣麻里だろう。

 木俣麻里はふだん村の外の高校に通っている。おそらく、彼女も『式』を仕組まれていたんでしょう」


 安藤哲郎は芙蓉に情け容赦ない暴行を加えられて伸びている。平中に知られたら激怒されるだろうが、命があっただけめっけ物だ。もっとも目覚めた安藤の精神状態がどうであるか分からないが。

 芙蓉の口から真相を聞かされた信木は肩をすくめた。保安官として陰陽師の存在を察知できなかったのは失態だった。事件の最中にはずうっと土の下に潜っていたのだから知りようも無かったのだが。

 麻里は……、紅倉に神の水門に置き去りにされて、どうなったのだろう? もう神もなく、彼女自身の霊力も紅倉に焼き尽くされて、もはや脅威ではなくなっているはずだが。


「木場田さんも『式』に操られていたのかしらね? 分からないけれど、事を大きくするのに都合のいい人材だったんでしょうね」


 木場田の死体は芙蓉はペンションの表で確認した。カウンセラー易木寛子の遺体も。

 二人がどのような思いで事件の中で行動していたか芙蓉は知らぬ。ただ、それぞれ自分なりの熱い思いがあって必死に働いたのだろう。


「今回のことは」


 芙蓉が紅倉の思いを代弁して言う。


「たしかに、わたしたちが来なければ起こらなかったことかもしれません。

 でもわたしたちはきっかけに過ぎず、

 起こるべくして起こった要因が、村には長年の間につもりつもって、沸騰点に達しようとしていたのではないですか?」


 この問いは村長に向けられたものだろう。村長は老い先短い生涯をかけて守ってきた村を、たった一日ですっかり破壊され、神の復活ももはや無いと悟り、今や半分呆けてしまったような緩慢な表情で答えた。

「それで、おまえさんらは満足か? わしらはずっと耐えて、守り抜いてきたんじゃ。わしらばかりじゃない、先祖代々だ。それをすべて奪い去って、ええ気持ちか?」

 すっかり愚痴のように言った。たしかにこの老人には失った物があまりに多すぎただろう。


「わたしたちは自分の正義や善意を振りかざすつもりはありません。ただ…

 もう耐えられなかったんじゃないですか?

 神の力は人の手に余る、

 そうは思いません?」


 村長はふてくされる。

「よう言うわい。

 その神を殺したんは誰じゃ? 村を滅ぼしたんは誰じゃ?

 まったく、おまえさんなど、ほんに村に来てほしゅうなかったわい」


 堂々巡りだ。神と人、罪と罰、復讐と許し。こうだ、という答えなど、決して出ることはないのだろう。


 芙蓉は自分の思いを言う。


「行いには結果が生じるわ。わたしも、先生はするべきでなかったことをしたのだと思う。それはきっと、先生ご自身分かっていたのよ。その結果、自分が受ける罰も。

 もしこの結果に対し先生が悔い、許しを請うならば、

 わたしが先生を許します。

 罰を受ける先生を、わたしが受け入れ、守ります。

 わたしにとっては、

 先生を愛している。

 その気持ちが全てです」


 もしケイの意識がどこかで聞いていたらと思う。

 彼女の悪夢は生涯無くなりはしないだろう。だが、

 その悪夢から守ってくれる人がいれば、彼女は普通の生活を営めたと思う。普通の幸せな人生を歩めたと思う。悪夢の根元は、もう消え去っているのだ。彼女自身の気持ちの問題なのだ。その彼女の気持ちを支える、彼女に愛を捧げる人がいれば、彼女はその愛を信じ、人の善意を信じ、自分の幸せを信じることが出来ただろう。

 その愛を捧げてくれた人たちを失ってしまったのが、現在の彼女の不幸だ。


 この一日で、この村に、いったいどれだけの血が流されただろう?

 芙蓉はやりきれない思いになる。

 それで、何が得られたのか?

 誰か一人でも、幸せになれた者があるだろうか?

 こんなに傷ついた先生は、本当のところ、どういう思いでいたのか? 心が通じても本当に深いところまで理解することは出来ない。


 この村は、今も、それ以前もずっと、不幸だった。


 そういうことでしかないのだろうと、芙蓉は自分を納得させた。

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