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111,怒り

 社へは墓山を巡って左右から道がある。男たち三人がぼうっと突っ立っているのと反対側から、


「何をしているうっ!!」


 芙蓉が烈火のごとく怒りながら駆け込んできて、紅倉に覆い被さろうと頑張っている安藤の尻から、睾丸を思い切り蹴り上げた。


「ぐあっっっっっ、」


 男の最大の急所を情け容赦なく力いっぱい蹴り上げられ、安藤は前にすっ飛んだ。

「うがあっ、ぎゃああああっ、ぎゃあああっ、」

 両手で股ぐらを押さえてゴロゴロ転げ回った。

 芙蓉は紅倉の上にかがみ込んだ。

「! 先生っ!!!!」

 その顔は芙蓉に計り知れないショックを与えた。

「……先生? 先生? 大丈夫ですか? わたしですよ? 美貴です」

 紅倉は答えないが、疲れ切ったようにまぶたを閉じた。まるでパンダのように周囲が真っ黒になっていた。

「・・・・・・・・・」

 芙蓉は立ち上がると、恐ろしい目で転げ回る安藤を睨んだ。ズカズカ歩いていき、横から腹を蹴り上げ、上向かせた。

「ぐああっ・・・。く、く、く、くそ、やめろ、お、俺が誰か分からんのか?」

 芙蓉は青い炎に燃え上がる目で睨み付けた。

「きさまは、下劣な色魔だ!」

 長い脚で、安藤の横っ面を蹴り飛ばした。

「ぶげえっ、」

 安藤は首をひねってぶっ倒れ、怒りの固まりになった芙蓉は安藤が起き上がるのを待って胸にトゥーキックを突き刺した。安藤はもんどり打って倒れ、

「・・・・ゲッ、・・・・ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、」

 苦しそうに咳き込み涙を迸らせた。迫る芙蓉に慌てて手を上げた。

「ま、待て! 本当に待て! 安藤だ! 俺は、安藤だっ!!!」

 芙蓉は拳を握り、頬を殴った。安藤は唇を切って血と、折れた歯を吐き出した。安藤は情けなく泣きながら芙蓉の攻撃を両手で防ごうとした。

「安藤だ!! 分からないのかよおっ!!??」

 芙蓉の表情はビシッと音がしそうに怒りで硬くなっている。

「どうでもいい。わたしの先生にこんなひどいことをした奴は、全員、死刑だ」

「おおお、俺じゃない、本当に、俺じゃないんだ!!!」

 安藤は泣いて哀願した。

「俺は操られていただけだ、本当だ! 操られた俺が罪を問われるなら、ほら、奴らだ! 奴らが紅倉にあんな大けがをさせたんだ!!」

 安藤は芙蓉の気を引こうと必死で犬たちを指さしてわめいた。

 犬たちはもはや人間たちの争いなどどうでもよく、ひたすらどこかに行ってしまった主人の帰りを悲しげに待っていた。

 芙蓉が寝台に取り付く犬たちに顔を向けると、安藤は鼻血を流しながらニヤリと笑い、ふっと目を閉じ、ぐらりと揺れて地面に倒れた。

 芙蓉が向き直ると、宙に黒い影が浮かんでいた。

 影はぶわっとマントを開くように輪郭を広げ、芙蓉を包み込むように覆い被さってきた。

『今度はおまえを操ってやる!』

 芙蓉は笑いながら迫ってくる闇の中の顔にまっすぐ拳を突き出した。土亀の霊体は笑っている。この女の肉体に取り憑くのが目的なのだ、パンチなど……、

 突き抜け、肉の内部に浸透していくはずが、

 ガンッ、と固い反発が生じ、真っ赤な稲妻がバリバリバリッと土亀の霊体に広がった。

『ぎゃあっ』

 土亀の霊体は煙を噴いてひっくり返った。ザアッと芙蓉から避難するように離れ、びっくりした様子で、カアッと怒ってわめいた。

『馬鹿な!? 貴様ごときに、俺を跳ね返せる霊力などあるわけない!!』

 芙蓉は土亀をぶん殴った拳に真っ赤なオーラをたぎらせ、固い怒りに揺るがず、睨み据えている。

『何を隠しているっ!?』

 芙蓉はスウッと息を吸い、凄みのある声で言った。

「分からないか? わたしは怒っているのよ。感情のありったけで。

 先生が言っていたわ、神とは力だ、人が神になるのは我を忘れるほどの激烈な怒りによって、人間であることさえ忘れてしまうのだと。

 わたしはそこまで自分を失ってはいないけれど、


   おまえは許さない。


 今わたしは何も怖くない。何も恐れない。

 今なら神だってぶん殴ってやる。

 おまえはわたしにとって絶対にやってはならないことをした。

 おまえは、わたしの怒りの逆鱗に触れたのだ」

 土亀は笑った。

『思い上がるなあっ!! おまえごときが神になれるかっ!?』

 芙蓉は揺るがない。

「神になど、なるか」

 土亀は忌々しげに歪み、ふと、残酷に笑った。

『その女を食らえ!』

 犬たちが、ピクッと顔を上げた。目の色が変わり、芙蓉を見た。

 芙蓉も犬たちに目を向けた。

『やれっ!』

 土亀は命じた。

 犬たちは、芙蓉の鋼の霊体から立ち上る怒りのオーラに怯えた。その怒りが自分たちにも向けられていることに戸惑いつつ、怯えた。向けられる怒りが、自分たちがしてしまったことを本気で考えさせた。

 犬たちは地面の紅倉を見、寝台の上のケイを見た。

 自分たちがしてしまったことを理解した。

 犬たちも凶暴な面相で牙を剥いた。怒りだ。激烈な、許し難い。

 犬たちは、自分たちにそれをさせたのがその黒い影であること知った。


「ウウ〜〜〜〜〜〜……



   バウッ、ワウッ、ガウッ、ガウガウガウッッ!!!   」



 凶暴に牙を剥きだし、涎を垂れ流し、白い息を爆発させながら、怒りの丈を込めて吠え立てた。

 影の浮かぶのは犬たちの攻撃の及ぶ高さではなかったが、怒りの感情は激しいオーラの爆発となって土亀の霊体をぐいぐいと押した。土亀は怒った。

『この…役立たずめら……。死ね』

 犬たちの表情が歪んだ。生命の糸がぐにゃっと曲げられ、絡まり、ぶちっと引きちぎられようとした。



「   死ぬのはおまえだ!   」



 芙蓉の叫びが真っ赤に灼熱した槍となって土亀の額に突き刺さった。

 黒い土亀の霊体が、真っ赤に焼けた。

 真っ白に煙が上がり、苦しさにのたうち回り、辺りに煙をまき散らした。

『お、お、お、おのれえええ〜〜〜〜〜』

 再び芙蓉の怒りが飛んだ。今度は数十の火の玉が弾丸となって土亀の霊体を貫いた。

『ぎゃあああああああっ』

 形が崩れ、焼けただれながら、土亀は背後の夜空に溶け込んでいった。

『おのれ、おのれ、おのれ、こ、この俺が、こんな小娘ごとき…に……………』

 悔しさを滲ませながら、土亀の霊体は消えた。

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