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110,淫虐

 キースは主人の顔を舐めた。ケイはガラスの目を見開き、長い舌の愛撫にガクリ、ガクリ、と首を揺らすだけでまるで反応を示さない。カールもチャーリーもリンゴも手や脚に鼻先を寄せ、顔をこすり付けてみたが、やはりだらんと筋肉が弛緩したきり反応しない。彼らの鋭敏な嗅覚は不快な異臭を感じた。肛門の締まりがなくなって内臓に溜まっていた物が漏れだしたのだ。うら若い美しき女主人が、最低限の羞恥心さえ忘れて、人間であることをやめてしまっている。

 彼らは戸惑い、悲しげに鼻を鳴らして女主人が目覚めてくれるのを待った。主人に心の底から忠誠を誓う彼らはただ「心神耗弱」の状態に陥っていただけなのだ。

 彼らは自分の罪も知らず、ひたすら主人を愛した。



 度を超した残酷行為にさすがに苦々しい渋面でいる男たちの背後から、


 一人の男が歩いてきた。


 背の高い、肩幅はあるが細身の男だ。渋い色の防寒ジャケットを着ている。髪の量が豊富で天然気味にうねっている。明かりの中に現れた顔はなかなかの二枚目だ。二昔前のヨーロッパの映画スターみたいに。


「お、おまえは!?・・」

 三人の中でとりわけ村長の驚きが大きかった。

 男は、安藤哲郎、ガス穴で生きていても半死半生の状態に陥っているはずのフリージャーナリスト。平中江梨子の恋人である。

 三人を通り越して前に出た安藤は、渋い二枚目顔に冷徹な眼差しで眼前の様子を確かめ、ニヤッと笑った。

 日本太郎はまた訳の分からねえ奴が出てきやがったなと呆れ、3日前ガス穴から安藤を助けたと語った信木は不可解さを苛立たしさにつなげないように冷静を保ちながら訊いた。

「安藤君。君、体の具合は大丈夫なのかね?」

 名古屋の個人病院に入院しているはずの安藤はしゃんと立った背中で、振り返り、男たちにもニヤッと笑いかけた。

「黙って見物していろ」

 村長は「神か?…」と怪しみながらも相変わらず希望的観測をつぶやき、日本太郎だけ真相に合点がいった。

「てめえだな? 陰陽師。」

 安藤は答える代わりにニヤッと笑いを大きくした。日本太郎は不快に眉をひそめた。

「おまえは表に出てこないんじゃなかったか? 何しに来やがった?」

 安藤はジロッと日本太郎を睨んだ。

「黙って、見てろ」

 そうして、地面に仰向けになって痙攣している紅倉に歩み寄った。

 村長が聞きとがめ苦しい顔で日本太郎を睨んだ。

「陰陽師だと? 何者だ?」

 日本太郎は面白くない顔で言った。

「陰陽師土亀恵幸。知らんか? その筋では有名人だと聞いたが?」

「土亀、恵幸・・」

 村長の顔色が変わった。キッと怖い顔で安藤の背中を睨んだ。

「高野のモグラか!?」

 日本太郎がニヤッと嫌な笑いを浮かべた。

「やっぱり有名人か? さる筋からそういう仕事なら打ってつけだろうと紹介されたんだがな、……陰険な野郎でな」

 これだけ陰険な日本太郎に陰険と嫌われるのだからよほどのものなのだろう。信木はほうと感心し、村長はギリギリと睨み付けた。

「神では・・、なかったか・・・・」

 村長にはそちらのショックの方が大きいらしい。

 安藤に憑依した土亀は。



 足下に立った安藤は首をかしげて紅倉の顔を見た。

「ここまでしたか? まったく、楽しみにしていたのに、ひどい面をしてやがる」

 そう言いながら残忍に笑った。

「まあいい。所詮体など使い捨てだ。どれ」

 安藤はジャケットの前を開き、ズボンのベルトを解き、ジッパーを下げ、下着ごと膝まで下ろした。

 紅倉に添い寝し、頬に手を掛け、じっくり顔を眺めた。

「世の男どもが知ったらさぞかし嫉妬に狂うことだろうぜ。もっとも、こうなってしまっては百年の恋も一発で興ざめか? 男なんてのは所詮、女の美しさにしか憧れないものさ。そして、一度自分の物にしてしまったら、もう、どうでもよくなってしまうのさ」

 安藤は達観して笑った。

「俺は女など興味はない。どうでもいい。その気になれば、いくらでも思いのままに出来るからな。だから、おまえには少しだけ、興味があった。少しでも俺の思い通りにはならないかと思ってな。だが、結果はこれだ。おまえも今、俺の腕の中にある」

 安藤は舌を覗かせ紅倉の唇を見やったが、水膨れして爛れた有様に興味を無くした。

「密教の秘技に男女のセックスにまつわるものは多い。肉体を熱くたぎらせ、魂も高揚させる。紅倉。おまえの体も最高に喜ばせてやる。絶頂まで高まったおまえの魂を、食らってやる。女であるおまえの体を、男である俺が支配し、おまえの心も、霊力も、全て俺の物にしてくれる。おまえ……処女か?」

 安藤が淫靡に笑い、手が、紅倉のパンツに掛かった。

「紅倉美姫。俺の女になれ」

 紅倉の目が開いた。真っ赤に光を放っている。

 ギロリ、と安藤を見た。

「う、・・・・・」

 安藤の顔が引きつった。首を亀のように伸ばし、筋が立った。額に青筋を走らせ紅倉を見下ろした。

「こざかしい・・・・、最後のあがきか・・・・」

 安藤が歯を食いしばり憤怒相になった。

「よもやあの女を見殺しにして俺をあぶり出したつもりでもあるまい?」

 額にもやもや黒いオーラがうごめき、縦に線が走ると、くわっと、目を開いた。金縛りになって徐々に遠のいていた体が再び紅倉に迫っていった。紅倉は赤い目だけ安藤を見て、体は動かない。安藤が四角く口を開くと、にょっきり牙が生えていた。

「いいぞ、抵抗しろ。無抵抗の女を犯してもつまらん。せいぜい俺を喜ばせろ」

 紅倉の目の光が強まり、安藤は第三の目を細めて顔中青い血管を走らせた。

「くっ、くっ、くっくくくく。いいぞ、いいぞ、頑張れ」

 そう言いながら、安藤の顔の皮膚が裂け、ピッ、ピッ、と細かく血が飛び散った。口の端が頬を盛り上げ、怒りと笑いと入り交じった凄まじく力んだ顔になった。ピピピピピピピッ、と皮膚は裂けていき、血の玉が数珠繋ぎに浮かんだ。

「くっくっくっくっぐっぐっぐっぐ、ぐぐぐぐ・・・・」

 目の下がヒクヒクうごめき、ブチッと血管が切れ、眼球が赤く染まった。苦痛の表情を混じらせながら安藤、いや、土亀は言い放った。

「かまわん!、これも使い捨てだ!」

 ビシャッと顔面を割って血が噴き出し、紅倉の顔に降り注いだ。紅倉の赤い目の光はますます強くなっていき、とうとう、

 目の周りからぶすぶすと白い煙を噴き始めた。

「あきらめろ紅倉。おまえは俺には勝てん」

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