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109,悪夢エンドレス

 紅倉は悲鳴を上げ続けている。二頭の大型犬はひ弱な紅倉の肉体に強靱なあごでがっちり噛み付き、首を振って尖った歯を、骨まで砕きそうに深く食い込ませた。悲鳴を上げる紅倉は肩と腿をそれぞれ引きちぎられそうに揺さぶられ地面をズルズルと背中で掃いた。砂埃が流れ出た血で重く湿っていく。

 悲鳴を上げる紅倉の恐怖はケイに伝染している。

 犬たちを手足の延長のごとく扱ってきたケイが、そのどう猛さに危険を感じて体の心から震えていた。

「や、やめ…………」

 震えてうわごとのような声を犬たちはとうてい聞く様子はない。

 ケイの見えないはずの目には赤い視界の中で、犬たちの目が爛々と光っているのがはっきり浮き上がって見えた。危険で凶暴きわまりない光だ。

 紅倉は悲鳴を上げている。すっとぼけながら、美しく、クレバ−な面差しは消し飛んで、ひたすら恐怖し、苦痛し、発狂している。

 村長は目の前の恐ろしい光景にぎょろりとした目を剥き、唇をわななかせ、信木保安官を睨んだ。

「死ぬぞ、紅倉が。ええんか?」

 村長は信木の下ろした拳銃へ視線を落とした。

「ええんか!?ノブ!?」

「ふむ」

 信木は拳銃を持ち上げ、戯れるように紅倉に食らいついている犬の背に銃口を向けた。

 さっとキースとカールが信木を見た。その目の異様な光に、村長がうろたえた。

「やはり……、神……、なのか?…………」

「撃つかね?」

 信木の問いに村長は脂汗を流すばかりで答えられなかった。

 神が復活するのならば、紅倉は当然その生け贄となるべきだ……………

 突如紅倉の悲鳴が止んだ。

 目を見開き、恐怖にも痛みにも反応を無くし、完全に壊れてしまったようだ。

 チャーリーとリンゴは口を離した。紅倉の左肩と右腿は広くぐっしょり濡れ、地面にドクドクと黒い染みを広げていった。

 邪魔者を完全に沈黙させた四頭は改めてケイを見た。

 歯をカタカタ言わせて怯えるケイの目に、犬たちの姿が不気味に変容していった。

 じっと見つめる顔が、より高度で嫌らしい知恵を持った物へと変化していった。人間だ。

 人面犬。

 人間の顔をした獣たちは、股の間に、人間にはあり得ない長さと太さの、オスのシンボルを突き立たせていた。

 ケイは目を剥いて震え上がった。

「い、いや……、こ、来ないで…………」

 人間の女に欲情した獣の体をした男は、嫌らしく、笑った。

 その四人の顔を見て、ケイは更に心に暗い戦慄を感じた。

 恐怖と、憎悪と、屈辱の、その、男たち…………………

 ケイは必死に忌まわしい幻を打ち消そうとブルブル顔を震わせた。




  『  覚えているだろう、俺たちを?  』




 ケイは顔を振って否定した。


『ハアハアハアハアハアア。覚えているな? 忘れるわけねえ。おまえが最後に見た顔だもんなあ?』


 ケイは否定する。


「し、知らない……。お、お、お、お、………おまえたちは、死んだ……、はずだ……………」


 男たちは笑う。


『ほおーら、覚えてやがる。ああそうだろうぜ、俺たちゃ死んだんだ、殺されたんだ。おまえに呪われてな。

 せっかく捕まらねえように目玉に切れ目入れてやったのによお?、見えねんじゃお巡りに俺たちの顔を教えられねえもんなあ?、なのによお、呪い殺すなんてよお?、法治国家の理念に反するじゃねえかよ?、なあ、カ〜ズ〜エ〜(一恵)ちゃあ〜〜ん?』


 うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。


『で? どうだよ? 俺たち呪い殺して、俺たちにしてもらったことを、忘れられたかいい〜〜?』


 男たちの笑い声にケイは耳を塞ぐ。(うひゃひゃひゃひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。)


『忘れられやしねえ、おまえは、一生、俺たちのコトを、忘れられやしねえ。そうだろ?一恵? 夢に見て、お漏らししちまうんだろう? なあ?一恵え?』


「やめろ、やめろ、そんなことしない……、どうして、どうして、わたしの名前を知っている?……、わたしを…知っていて……襲ったのか?……………」


『いいやあ、通りすがりの若いいい女ってだけでどこの誰とも考えもしなかったぜ。

 俺たちをさあ〜〜、

 呪い殺しちゃったりするからさあ〜〜〜、

 俺たち、あんたに取り憑いちゃったんだよおーー?』


「そんなの嘘だ、おまえたちなんか、地獄に落ちて……」





『   その目で俺たちを見やがれっ!!!!    』





『ほおーら、見えるだろう? 見えないはずの目で俺たちが見えるってえのが、俺たちが、取り憑いて、あんたの、中、にいるって証拠だ』


「いや、いやっっっ!!! そんなの嘘!、信じないっ!!!」


『強情張ってもさあ、体にちゃんと分からせてやるよ、また、何度でも』


 ケイはビクッと固まった。


『そうだよ、何度も、何度でも、俺たちは外に出てきて、あんたを楽しませてやるよ。あんたがきったねえ婆あになるまで、何度もな。俺たちは、あんたにぴったりくっついて、決して離れやしねえよ』


「いや、いや、出てって、わたしの心から、消え去って!!」


『出ていかねえっ。ハアハアハアハアハアア。おまえは俺たちを追い出せない。決して、俺たちを忘れられない。一生な』


 ケイは突っ張った虚勢が跡形もなく消え去り、すっかり無垢な乙女に戻ってしまっている。


「嫌、嫌、嫌ああ、もう……、やめてえ、もう、これ以上、わたしを苦しめないで…………」


『じゃあ、


   楽しもうぜ!  』


 ケイはとっさに逃げ出そうとした。男の嫌らしくにやけた顔がやってきた。あっちからも、こっちからも。

 怯えきり逃げ道を捜すケイの足下、寝台の上に男の顔をしたキースが飛び乗った。男の顔をしたカールが、チャーリーが、リンゴが、右から左から、頭の上から、迫ってきて、嫌らしくニヤニヤ笑った。寝台に足をかけ、しっぽを嬉しそうに振った。ケイは震えて、涙を流していた。

 キースが立ち上がった。巨大な男のシンボルをこれ見よがしに振り立て、ニチャニチャ嫌らしく笑って、ケイに覆い被さってきた。


「 ・ ! ・ ! ・ ! ・ ! ・ ! ・ ! ・ 」


 心臓がバグバグ言って、体がガクガク震えて、「あう、あう、あう、」と過呼吸に陥る。

 男の生臭い息が耳元に触る。


「また、入れてくれや」


 犬の後足が器用にケイの薄物のすそをからげ上げる。

 ケイの太ももに忌まわしい感触が甦る。

 体内に侵入してくる忌まわしい感触を、

 ギリギリまで怯えきったケイの心は拒否した。

 ケイの目は何も見なくなった。

 耳は何も聞かなくなった。

 肌は何も感じなくなった。

 自分の体が消えた。

 心が消えた。

 ケイは、

 形だけ残して、


 どこにも、いなくなった。




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