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10,天罰の是非

「9月に酒に酔ったサラリーマンが夜中、堀に落ちて溺死する事故がありました。

 警察が調べたところ男性には暴行を受けた痕があり、捜査の結果、4人の男子高校生たちを逮捕しました。彼らは男性に暴行を加えたことは認めましたが、堀に落ちたことは知らないと供述しました。暴行に関しても、自分たちが道路にいたところ訳の分からないことをわめいて絡んできて、あんまりしつこいので黙らせるためにやむなく少し殴っただけだと供述。実際男性の怪我はそれほど大したものではありませんでした。現場は小学校から少し入ったバイパス沿いの畑の中の道で、住宅地からは少し離れていました。夜11時くらいのことで、少年たちはただ集まって学校のことや将来のことを話していただけだと供述。自分たちはサラリーマンを殴って黙らせた後、すっかり白けてしまって、道に座りこんだサラリーマンを残して立ち去ったと言っています。サラリーマンはその後家に帰ろうとして、酔っぱらいの足で誤って用水路に落ち、溺れ死んだ、ということになります。

 用水路は幅2メートル、底からコンクリートの護岸の上まで1メートル50センチ、その時の水深は40センチほどでした。流れも特に速くもなく、立ち上がるのに困難なものではありませんでした。しかし酔っぱらいは洗面器の水でも溺死すると言いますから、落下してパニックに陥り、そのまま溺死したことは考えられます。

 亡くなった男性は58歳。その夜は会社の同僚と10時頃まで飲んで、駅で別れ、電車に乗って最寄りの駅で下り、歩いて30分ほどの家路を辿り、途中少年たちと遭遇したと見られます。自宅は現場から5分ほどの近所でした。

 警察では少年たちの暴行と溺死の関係、もっと言えば、酔った男性を故意に突き落とし、起き上がるのを妨害、殺害したのではないかと疑い捜査しましたが、そこまで明らかな殺意を立証する証拠は得られませんでした。

 男性がお酒を飲んでかなり酔っていたのは同僚の証言で確かです。しかし男性の妻は、夫は明るいお酒を飲む人で、どんなに酔っても人に絡むようなことはしなかった、もし万一夫の方から少年たちに何か注意するようなことがあったなら、それはきっと、少年たちの方に注意されるべき理由があったに違いないと強く主張しました。それに対して少年たちは男性はとにかくひどく酔っていて訳の分からない状態だったと証言を変えていません。

 ところで、現場の小学校周辺で犬猫の虐待事件が複数起きています。警察ではもしかしてと少年たちをそちらの容疑でも調べましたが、残念ながらと言っていいのか、容疑を裏付ける証拠は出ませんでした。

 結局のところ少年たちは男性の溺死とは直接関係ない、軽微の暴行容疑で、少年審判にかけられることになりました。

 ……………………

 紅倉先生の心証はいかがですか?」

「警察はもっとしっかり捜査するべきね」

 紅倉は体から死の臭いを立ち上らせてピンク色に濡れた目で言った。

「調べるべきところを調べれば、その高校生たちが動物を虐待し、目撃者の男性を故意に殺した証拠が見つかったはずよ」

「調べるべきところとは?」

「動物虐待の現場は道の先のバイパス下のトンネルよ。サラリーマンはその様子を見つけてわざわざ確かめに行ったのよ。彼らは注意されて、反省して泣いて謝り、虐待していた犬を放してやった。サラリーマンは反省したならいい、二度とするんじゃないよ、と許して、道を戻っていった。現場から十分離れて、犯行にちょうどいい場所まで来たところで4人は襲撃した。酔っぱらいは洗面器の水でも溺死するのね? 溺れ死にさせたのは田圃の引き水に頭を押さえつけてよ。溺死させてから用水路に投げ捨てたのよ」

「有罪ですか?」

「有罪ね」

 平中は暗く唇を笑わせて訊いた。

「ちなみに、先生が裁判員だったら、量刑は?」

 紅倉は自分の首を、くっ、と指で刎ねた。

「4人とも死刑」

 平中は呆れたように笑って訊いた。

「16、17歳の子どもですが?」

「殺されれば痛くて苦しいって分かるでしょ? 十分死刑に値する大人よ」

 平中は苦笑して紅倉を眺めた。

「あなたは徹底してあちら側の味方なんですね? 困っちゃったなあ……」

 平中はじっとにこやかな目で紅倉を見ていたが、表情を改め、言った。

「少年審判で4人には保護観察が言い渡されましたが、結果的には無実と同じです。男性の暴行被害に関しては民事訴訟で争われることになりましたが、これについても被害者側には不利な状況でした。結局この民事訴訟も行われませんでした。その前に何者かが4人に死刑判決を下し、実行したようです。

 一人が夜の街で暴力団にリンチにかけられ死に、

 一人が同級生にナイフで刺されて死に、

 一人が父親と大喧嘩をして殴りつけ、逆に父親に陶器の灰皿で殴られて死に、

 一人が野良犬たちに襲われて大けがを負い、用水路で溺れ死にました。

 さていかが? ざまあみろと、すっきりしました?」

「ええ。ざまあみろとは思うわよ。すっきりはしないでむかむかするけれど」

 平中はじっと紅倉の目を見つめ、言った。

「わたしも彼らが動物を虐待し、男性を殺害したのなら、ざまあみろと思いますよ。

 ですが。

 それはあなたの特殊な目が見ているだけで、我々一般人にとっては、警察と検察が殺人ではないと認めたケースです。あなたのような特殊な目ではない我々のふつうの目で、怪しいという思い込みの主観で殺人者だと決め付けて、呪い殺されてざまあみろと単純に喜ぶわけにはいきません。それは無責任なジャーナリズムの最も戒められるべき悪癖です。

 はっきりした証拠もなしに罪人扱いし、私刑に処すなど、法治国家にあるまじき蛮行です。

 それを正義と認めるわけにはいきません」

 平中は紅倉に挑戦するように強い視線でまっすぐ見つめ、紅倉は不機嫌に眉をひそめながら受け止めた。

「あなたは彼らの有罪を知っている。その目で見ているのでしょう? 彼らを死刑に処した者は、あなたと同じように彼らの有罪をきちんと見ているのでしょうか?」

「さあ? どこの誰だか分からない人の目なんて知らないわ」

「しかもその者はお金を受け取って、商売としてそれをやっています。それでは営利的な殺し屋です」

 紅倉はフンと笑った。

「神様だってお賽銭を上げなくちゃ願い事を聞いてくれないじゃない?」

「これは神なんかの仕業じゃありません、人間のやっていることです!」

 平中のきつい視線は紅倉を睨み、紅倉はすっかり不機嫌になって、すねたような顔になった。

「なによお〜、犯人が分かってるのお?」

「犯人は分かりませんが、その仲介者は、分かった、と思います」

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