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104,容態

 紅倉は生来の性分でべらべら早口のおしゃべりを続けていたが、ふと言葉の途切れた瞬間にひどく眠そうにまぶたを下ろし、体を揺らした。ところがまた持ち直してべらべらおしゃべりを続ける。

 どうやら頭が熱に浮かされているらしい。

 全身これだけひどい怪我を負って、カッカと発熱しているだろうが、肌は潰れて汗をかけない。非常に危険な状態だ。

 まだしゃべろうとする紅倉を

「分かった。もうええ」

 と村長が制した。

「日本太郎さんや、あんた申し訳ないが直木医院に行って爺さんを連れてきてくれんか? 酒が回って使い物になるかわからんがな」

「しょうがねえなあ」

 日本太郎が立ち上がろうとすると、

「わたしは大丈夫です。お構いなく」

 と紅倉が断った。

「大丈夫には見えないがなあ?」

「天罰なんでしょ? そんなものに負けるもんですか」

 相変わらず口は減らないが、しゃべってる先からぼうっとした顔になる。日本太郎は、

『こりゃあ保たねえかもしれねえな』

 と思った。



「それじゃあ村長、わたしら行きますんで」

 助役が赤ん坊を一人ずつ抱いた婦人たちと小学生の女の子を連れて廊下に現れた。

「なんじゃ助役、おまえさんまだおったんかいな?」

 呆れる村長に助役は両手に持った荷物を掲げて苦笑した。

「生まれたばかりの赤ん坊はなにかと世話が掛かるようで。急ぎじゃ言うたんですがね」

「すんません」

 後ろの婦人二人が毛布を被って廊下を塞いでいる紅倉をこわごわ見て頭を下げた。年輩の方が村長の孫嫁の千枝子さんで、若い方が双子の母親役を仰せつかった村の女だろう。女の子は曾孫で3年生の百子だ。ペンションもみじの海老原愛美が「お姉ちゃん」と慕う子だ。曾祖父さんに似たドングリ眼で、この村を離れれば、将来ひょっとしてとんでもない美人に化けるかもしれない。村長は手を振って、

「ええから、早う行きなされ。また面倒なことが起こると大変じゃ」

 と追い立てた。

「はい。それでは失礼します」

 赤ん坊は眠っているらしく女たちの胸にしっかり抱かれて声を上げなかった。村長は曾孫には優しく笑って、

「お母さんの言うことよう聞いて、赤ん坊たちの面倒見てやっておくれよ?」

 と送り出した。百子は下級生には優しい良いお姉さんでも、大人は苦手らしく、固い顔で母親についてそそくさと行ってしまった。そう言えばその父親はまるで姿を見ないが……、広場の若者たちの中にいるのだろう。

 後ろを助役と母親たちが通り過ぎても紅倉はうなだれたまま気づきもしないように見えたが、

「やっと行きましたか」

 玄関で戸が開く音がするとおっくうそうに顔を上げた。

「赤ちゃんたちを怖がらせたくないですからね……」



 信木保安官も日本太郎と同じ哀れを切り捨てるような冷静な目でじっと紅倉を観察し、言った。

「紅倉さん。それでは訊きますがね、

 この呪殺村を潰してしまって、では、いったい誰が不幸な犯罪被害者を救ってくれます?

 あなたの言うのはもっともだ。それは、社会が制度の上できちんとしなければならないことだ。が、

 今の社会にそれが望めますか?

 改革改革と口ばかりで、ああでもないこうでもないと、改革案なんてのは常に実効性に乏しい骨抜きにされるのが落ちだ。その付けは、現在進行形の被害者たちが払わされなければならないんでしょう?

 それが、正しいことですか?」

 紅倉はウトウトしていた顔を上げて答えた。

「わたしの望んだ事じゃありませんけれどね、それこそ……、仕方ないでしょう?」

「仕方ないじゃあ困る。あなたにも責任を取ってもらいたいですなあ」

「わたしにどうしろと?」

「あなたに神になってもらいたい。別に特別な事じゃない、この村に住んで、我々がお伺いを立てる事件について、あなたが判決を下し、刑を執行してくれればいいんです。それならあなたの倫理観にも背かず、不幸な被害者たちを救済できるでしょう?」

「そんなことならこの村で神様にならなくたって自分でやります」

「いくらあなたでも日本全国の被害者をカバーは出来ないでしょう? ここならそれが出来る。そのシステムとノウハウはこの村が確立している。あなたはそれを利用して、この日本国の、正義の神となればいい」

「うう〜〜ん……」

 紅倉は嫌そうな顔で一応検討した。

「やっぱやだ。わたしはおうちに帰りたい。フリーの方が気楽でいいわ」

「この村を破壊して、神を殺し、不幸な犯罪被害者たちの一縷の希望を奪い去って、ずいぶんな我が儘じゃあないですか?」

「ごめんなさいね。でも……、暗殺なら神様の力を借りなくたって、得意な人たちがいるでしょう?」

 紅倉の嫌味な視線に日本太郎は密やかに笑った。

「神様なんかに頼ってちゃあ、人間、進歩できないわよ? 人間のことは、人間で解決するのね。神様っていうのはね、」

 紅倉は天井を指さして言った。

「天の上から人間の愚かさを眺めて、たまに雷を落とすくらいでちょうどいいのよ」

 信木はしばらく無言で紅倉を眺め、ため息をつくと残念そうに首を振った。

「駄目ですか…。あなたには分かっていただきたかったのですがねえ……」

「ご期待に添えずごめんなさい」

 紅倉は目を閉じ、口で辛そうに呼吸した。眠りながら、そのまま死んでしまうのではないかと思われたが、

「さて」

 目を開けると、「よっこいしょ」と大儀そうに立ち上がった。

「ケイさんの所に行きましょうか。そろそろ魂を返してあげないと体の方も危険でしょう」

「よしなされ。あんたはここで休んでおればええ。ケイなら誰か若いもんに連れてこさせるで」

 村長が止めたが、

「多分、若者たちはもうあなたの言うことを聞かないでしょう」

 と、紅倉は毛布を置いて玄関向かって歩き出した。村長は不快そうに

「なんでじゃ?」

 と訊いたが、自分なりの答えは既に胸にあるようだった。

「ちょっと嘘を言いました。実は、神はまだ完全に滅んでません。魂が抜け出して、おそらく、若者たちに取り憑いていると思います。生き残る道を捜して」

「神が、復活するのか?」

 紅倉はジロリと村長を睨んで言った。

「ですから、させません」

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