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102,人殺しの罰

 紅倉はいつもの調子でペラペラおしゃべりしながら、実は死ぬほど疲れていて、しっかり足首までガードするスニーカーを脱ぐのにまたべったり床にお尻をつかなければならなかった。脱いだ靴を、

「玄関に置いておきましょう」

 と校長が受け取り、紅倉は

「ありがとう」

 とお礼を言った。よいしょと壁に手をついて立ち上がり、

「あら広岡さん。怪人二十面相」

 と信木保安官を指さして笑った。

「ははは。失礼しました。ご存じでしょうが、カウンセラーの信木です。改めまして、よろしく」

「はいはい、どうも」

 と、紅倉はもう一人、中年男に目を移した。廊下で「村長。バスタオルはどこですかいなあ?」「ええいおまえさんも役に立たんのう」とやり合う声が聞こえた。

「悪者」

 子どもみたいに指さして言う紅倉に日本太郎は苦笑いした。

「こっちが正義の味方だよ」

「公安さん?」

「コウアンさんたあ坊主みてえだが、そうだよ、俺が公安だ」

「わたしを殺す?」

「いや。あんたを見て、個人的にはその気が失せた。麻里って娘と神を殺したのか」

「わたしは人殺しじゃないわよ? 麻里ちゃんは生きてます。ちょっとお灸が効きすぎてるかも知れないけど」

「そうかよ。余裕だな」

「えっへん。まあね」

 日本太郎はフッと哀れに笑った。この女、目が見えねえんだよな、と思った。

「お待たせしました」

 助役がバスタオルを持ってきた。紅倉は受け取って髪の毛をぐしゃぐしゃ拭いた。

「あーあ、乱暴にするな。貸せ。拭いてやる」

 日本太郎が見かねてタオルを取り、頭と背中を拭いてやった。

「セクハラ」

「うるせーよ。俺はグラマーな女が好みなんだ。あんたみたいな痩せっぽち欲情しねえよ」

 足まで拭いてやり、

「ほらよ。無い胸は自分で拭きやがれ」

 とタオルを押し付けた。もちろんパ−カーと厚手のパンツの上からのことだが、芙蓉が聞いたら激怒することだろう。

 紅倉が拭き終わると、

「ささ、火に当たって、乾かしてください」

 と助役が如才なく隣の居間に招いた。

 紅倉が出ていった後、びちゃびちゃ濡れた板間には、大量の毛髪が散らばっていた。


 村長が箸で炭を転がし、火鉢の側を勧められた紅倉は言われたまま近づいたものの、

「ピリピリする」

 と痛がり、廊下まで逃げた。

「その部屋、暑いわ。ここでいい」

 と言いながら寒そうにバスタオルを頭から被って肩を押さえた。

「そうか。じゃあ、助役や…。離れに行って、千枝子に言って毛布を出してもらっておいで」

「はいはい。行ってまいります」

 助役は「役立たず」を自任するように困った笑いを浮かべながら奥へ入っていった。

「そこでいいんかい?」

「はい。けっこうです」

 紅倉は廊下にぺたりと座り込んだ。

「村長さん。ケイさんを祭の捧げ物にするのは中止していただけましたね?」

 村長はぶ然と、

「わしは最初からケイをそないな目に遭わせる気はないわい」

 と信木を睨んだ。信木はニコニコして、

「もちろん。木場田団長にちゃんと言いつけておきましたよ。……はて、木場田君は戻ってきませんねえ? なんだか銃を撃つ音が聞こえたが、それを調べに行ったかなあ? 広場の団員たちも解散したらしいし……、村はすっかり人手不足で、事が起こっても対応に苦慮しますよ」

 と困ったように言った。紅倉は白けた暗い表情をしたが、今は何も言わなかった。ひどく、疲れて、辛いようだ。

 村長は、哀れんで紅倉を眺めた。


『神殺しの罰か』


 と思う。

 今の紅倉に宝石の輝きはなかった。ひどく汚れて、傷だらけだった。

 顔と手と、水膨れに覆われ、裂け目だらけで、どろっとピンク色の汁が流れ出ていた。眉毛もほとんど抜け落ちている。唇も腫れて、半開きの口で「すー…、すー…」と呼吸している。服の下の全身がこんな感じだろう。


 こんなことまでせんでもええのに…………


 なんでじゃろうな? なんでこの人は、ここまでせんにゃならんのじゃろうな?…………


 自分たちから大事な物を奪ったにっくき敵ながら、彼女の失った物を思うと哀れで涙が滲んできた。

 なんでここまで? 何故だ?

 紅倉が肌の痛む首をゆっくり向けて、疲れた目で村長を見て、その動機を話そうとした。


「はいはい、お待たせしました。毛布を持って参りましたよ」

 明るい声で、間が悪く、助役が毛布を持ってきて、ついでに新しいバスタオルを持ってきて紅倉が頭から被っている物と交換し、毛布を広げて肩から掛けてくれた。村長は話の流れを止められて苛々したが、紅倉は前向きな日和見主義を好もしく思った。

「助役さん。赤ちゃんたちの様子はどうでした?」

「ええ。二人とも疲れてぐっすり眠っておりましたよ」

 助役は麻里の出掛けに赤ん坊を押し付けられ辟易したが、それでちょっと情が移ったらしく、ニコニコ嬉しそうに言った。

「そうですか。それは良かった。ねえ助役さん。あなたを見込んでお願いがあります」

「わたしを見込んでですか? そりゃいったいなんですかな?」

 助役は四角い顔をニコニコ丸く膨らませて訊いた。

「赤ちゃんと、お母さんを連れて、村を出てくれませんか?」

「へ? 村を? いつ?」

「今すぐ」

「へえ?……」

 助役はどうしたものかと村長を見た。紅倉が村長に言った。

「念のためです」

 それから奥ですっかりくつろいでしまっている様子の校長に顔を向け。

「校長先生? あなたにもお願いします。子どもたちと家族を、村の外に避難させてください。今すぐ」

「村長、どうしますかな?」

 村長は怖い顔で紅倉を見て訊いた。

「神は、殺したのではなかったかな?」

「ええ。ですから、念のため、です」

 村長は怪しんだが、紅倉は愛想笑いを作って(あまり上手くいかなかったが)ごり押しした。神の魂は取り逃がしてしまった。神の力を体内に持つ若者たちもいる。まだ後始末が残っているのだ。今の自分の状態を考えると、どういうことになるか分からない。

「ま、ええじゃろ。助役、校長、ご苦労じゃが、そうしてくれ。町に出て、皆でホテルに泊まってくれな」

 村長はもうすっかり諦めたように言い、信木保安官に、

「ええじゃろう?」

 と確認した。信木はうなずき、

「どうぞ。ご随意に」

 と了承した。

「へい、それじゃ。ソウジュウ、行こや」

 兄の助役が弟の双十郎校長に言い、

「へい、それじゃ。皆様、失礼いたします」

 校長は挨拶して立ち上がり、兄弟して部屋を出、兄は離れへ、弟は玄関に向かった。

 二人が行ってしまって、

「話してくれますかの?」

 村長が紅倉を見て言った。

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