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101,歴史の終焉

 ペンションもみじにもはや誰もいないことを確認した芙蓉は、表に出て紅倉と落ち合う約束の墓地裏の社へ向かおうとした。位置的にほぼ正反対の所だ。状況的に平中たちは既に脱出したと見ていいだろう。

「行くわよ、ジョン」

 超大型ラブラドールリトレバーのジョンを従え坂向かって駆け出した芙蓉は、

「パンッ」

 後ろから撃たれた。

『えっ……』

 背中を撃たれ、肺がせり上がって肋骨に圧し付けられ、芙蓉は、『どうして?……』と信じられない思いを抱きながら、倒れ、意識を失った。

 驚いたジョンが現れた狙撃者にううと牙を剥き、「ガウッ」と襲いかかった。

「パンッ」

 撃たれてジョンは宙で踊って、落下した。倒れて、起き上がろうとするジョンに、狙撃者は歩み寄ってきて、狙いを定め、

「パンッ」

 2発目を撃ち込んだ。ジョンは四肢を跳ね上げさせ、動かなくなった。

 狙撃者は慎重にピストルを構えて二者の動かないのを確認すると、坂に向かい、村へ歩いていった。




 村長宅。

 修理の終わったエレベーターが1階に上がってきた。応接間の隣の狭い部屋で固唾をのんで村長たちが見守っている中、年代物のグレーのドアが開いた。一般のエレベーターよりはるかに小さな小柄な一人乗り用の箱の中で、紅倉が膝を抱えて座っていた。

 村長たちはゾワッと背筋が震えた。三度起こった地震と不吉な胸騒ぎにもしやと予想していたが、悪い予感が当たってしまった。地震の起こった時にある程度あきらめの気持ちになっていた村長だが、もはや驚くまいと思っていたのが、現れた紅倉の様子には思わずビクリと後ずさりさせられる、凄惨なものがあった。

「どっこいしょ」

 紅倉は大儀そうに起き上がりながらエレベーターを下りた。

「ああそう言えばお婆ちゃんのエレベーターがあったわって思い出して良かったわ。はい、おみやげ」

 村長はポンと手渡された物を、思わず放り出した。

「あらあら罰当たり」

 村長はじっとり脂汗を浮かべて床に放り出してしまった物を凝視した。パッと見たところ脂身付きの分厚いステーキ肉のようだが、実状は大きな魚卵のように丸い粒が集まった物で、カチカチに固まって、色は表面が白く、内部がオレンジ色で、片面が焼けこげ汚く茶色になってべったり潰れている。

 村長は恐ろしいぎょろ目で紅倉を睨んだ。

「『神』か?……………」

 紅倉はニッと凄惨に笑った。

「『神』…ね? これが? 訊くけど、あなた方はこれをなんだと思ってるの?」

「『神』は…………、『神』としか言えん……………」

「嘘おっしゃい」

 紅倉は白けた目で睨んだ。


「なあにが『神』よ? こんなのは、



   死んだ人間のガン細胞の集まり



 でしょうが。なあにが、



   神は永遠に死なない、



 よ? こんな奴、



   最初っから死んでんじゃないの?」



 村長は飛び出そうに目玉を剥いた。

「『神』は、生きておられた!」

「生きてなんかいないわよ。現代医学じゃね、脳死は人の死って認められているのよ。

 あなた方は先祖代々、死体のガン細胞を、無理やり増殖させていただけじゃない?

 まあね、曲がりなりにも『生き物』らしくまとまった形を保っているのは大したものだと思うわよ? それも大学の研究室でもなくこんなところでね。

 やっぱり霊的なまじないをしたんでしょうね。あんな物が自分で運動するなんてあり得ないものね。

 あれは動物的な肉体と言うより、霊魂を溜め置く袋でしょう?

 なんとか無理やりでも肉体を『生き続け』させようとし、魂を現世に留め置こうと『呪い』を掛けた結果、肉体はぶくぶく膨れ上がり、霊媒物質をありったけ吸い込んで、あんなバケモノが出来上がったのだわ。

 霊媒物質を大量に蓄え込んだバケモノは、異様な霊能力を身につけ、人を呪い殺すほどの、『神の力』を手に入れた。

 どういう事情の人なのか知らないけれどね、その『呪い』を恐れる人たちがいたんでしょうね。その人たち、きっと大きな権力を持った人たちによってこの村は『聖域』とされた。

 元々山の洞窟の奥に作った神殿が『神様』のおうちだったんでしょ? でもすっかりバケモノになった神様に巫女たちを何人も食い殺されて、すっかり穢れてしまった。

 神の寝所をきれいに整える必要があって、この村を整備した。

 神も巫女たちを食って……、体に寄生して癌化して取り込み、大きくなりすぎて生かし続けるのが大変になった。

 日光を嫌う裸の細胞を守るため神は地下で水に浸っている必要があった。村に広く地下水路を造って神を迎え入れた。神を迎えるために昔のおうちからも水路を引いたのね。

 山から水を引いて村に巡らせている水路は神の住居に新鮮な水を循環させるさせるため。いったん広場周りの水路に集めて、水量調節なんかやってるんでしょ? たくさん建っている水車も小屋に換気扇を設置して新鮮な空気を送り込むため。細胞を維持する栄養液を日常的に与えるための穴なんかもあるんでしょ?

 この村は……、

 昔はもっと下にあって狭かったんでしょう?

 そこに神の水路を掘り、蓋を被せ、……今は電線の鉄塔やアンテナがいっぱい並んでいる山ももっと高く尖っていたんでしょ?それを切り崩して、その岩と土で土地を埋め立てて、神の通路を地下に埋め、谷底の土地を底上げして結果、表面積が広がった。昔の神の家も、今は地下になってるけど、当時は普通に洞窟の奥にあったんでしょ?

 大工事だったと思うけれど、その昔、ここは中央に対してそれをさせるだけの権力を持っていたのよね?

 そうだ、神の通路もそんなに深く作る必要もなかったんでしょうけれど、地下水を使いたかったんでしょ? 呪術者たちは呪いの研究を進めて、より広く、より強力に呪いを発動させる方法を編み出した。工事のスポンサーの要望だったんでしょうね、『国』という物が広がり、国を支配するのと、外敵をやっつけるのと、両方の必要があった。水は霊体が最も溶け込みやすい、力を伝えやすい物質だから、特に地下水は外に力が逃げるのを防いで、日本全土をカバーするのに都合がいい。相手を見るだけなら霊波を飛ばして空から見ればいいけれど、物を動かすような強力な力を発揮するには空気はいまいち適さない。まずは地下水を通じて力を運び、その後地上で細かな作業を行うのね。ここは、元々は都から離れた地方の隠里だったんでしょうけれど、時代が進んで図らずも地理的に日本の中心に位置していた。ご近所に『日本のへそ』の町もあるものねえ?

 その頃その工事のスポンサーになった人たちは直接『神様』の呪いのターゲットにされるような人たちでもあった。だからその力を利用しながら、逆に怒りを買って自分たちが呪い殺されないようにずいぶん手厚くお世話してくれたんじゃない? でもその後世が移り変わり、権力者も移り変わり、この地には呪いの力だけが残った。その力に色目を使う権力者もいたでしょうけれど、この村は自分たちの出自に誇りを持ち、自主独立の道を選んだ。当然それを許さず潰しに掛かる権力者もいたでしょうけれど、この村は神の力を武器にそれをしのぎ、今日この日までそれを貫いてきた。

 長い激動の歴史の中で不動の位置を保ってきたのは、まあ?、立派といえば、立派、かしらねえ?」


「出てきたと思ったらまあ、ペラペラとようしゃべりおるおなごじゃのう」

 村長は呆れた口調で言いながらむっつり紅倉を睨んでいた。狭い部屋に村長、助役、保安官、校長、公安リーダーが押し掛けている。

「こんな所で立ち話もなんだ、こっちにお出でんさい。濡れておるのう、助役や、奥からバスタオルを持ってきておあげな。ああ、紅倉さん、ここは室内じゃ、靴は脱いでくだされや」

 村長は忙しく言って男たちを部屋から追い出し入り口を開けた。紅倉は床を指さし、

「おみやげ」

 と言った。村長は苦々しく振り返り、

「神を……殺したんか?…………」

 と訊いた。紅倉はコックリうなずいた。

「死んだわよ。細胞の一個まで、完全にね」

 村長は口の端を引き下げ、情けない顔になって、

「なんちゅう……、罰当たりを……………」

 と落胆した。


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