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流し雛の聖女

掲載日:2026/10/18


「マルチナ・ドゥーズ伯爵令嬢様。

 こちらです」

 聖女が住まう神殿。そこを訪れたマルチナは、聖女に仕える巫女たる女性の案内で、神殿の奥に進んだ。

 その大きな扉の奥、そこが聖女の祈り場だった。

 巨大な女神像を前に、跪き、手を組み合わせて祈りを捧げる聖女の姿がある。

 不意にどす黒い色をした瘴気が女神像の胸からあふれた。

「あれは?」

「国内で発生した穢れや呪いです。

 そうしたものをあの女神像がこの神殿に集め、それを聖女様が浄化するのです」

 あふれる瘴気はやがて聖女の身を包み込む。

 だが目映い光が聖女から発され、瘴気を全て打ち消した。

「今代の聖女、ネイシャ様は歴代の中でも非常に優れた聖力をお持ちです。

 だからこそ、国中から集まった瘴気を全てああして浄化出来るのです」

 巫女はそう話し、マルチナに向き直る。

「これから、ネイシャ様をわたしたちと共に支えるのが、新たな巫女の一人であるあなたの役目です」

「わかったわ」

 神妙な顔をして頷いたマルチナに、巫女は満足げに微笑んだ。

 馬鹿な巫女だ。マルチナの狙いも知らないで。

「失礼」

 不意に男らしい低い声が間近で響いた。

 肩がマルチナにぶつかってしまい、よろけたマルチナの身体を彼が抱き留める。

「すまない。ぶつかってしまった」

「い、いえ、お気になさらず……!」

 整った顔立ち、身に纏った装束は上等なものだとわかる。相応の身分のものだろう。

「では、失礼する」

 頬を上気させて答えたマルチナに、男は軽く謝ると、ネイシャのほうに歩いて行く。

「ネイシャ!」

「ダドリー様」

 駆け寄った男、もといダドリーが立ち上がったネイシャを抱きしめた。

「あの方は、王太子殿下ですわよね?」

「ええ。あの方は我が国の王太子、ダドリー様。

 ネイシャ様の婚約者です」

「それはネイシャ様の希望で?」

「いえ、代々聖女は王太子殿下の婚約者となるよう定められているからです」

 巫女の答えが自分の知る知識と相違ないと確認して、マルチナは内心ほくそ笑んだ。

 ならば自分が聖女になってしまえば、あの素敵な王太子の婚約者の座が、そして王太子妃の座が転がり込んで来る。

 そうよ。自分の聖力は我が国でも随一。あんなさして美しくもないような女に負けるはずがない。

 そのために巫女になったのだから、あと一歩。

 そう思ったのに。




 マルチナが巫女になって数ヶ月が経った。

 けれど一向に、マルチナを聖女に指名する声は出なかった。

 なぜならマルチナより、ネイシャのほうが遙かに聖力が高かったからだ。

 なぜよ。なぜ私の力では聖女になれないの。

 そう歯ぎしりをしていたマルチナに、祈りを終えて祈り場から出て来たネイシャが声をかけた。

「マルチナ様。そんな風に焦っては祈りは女神様に届きません。

 心を静かにして……」

「まあ、ネイシャ様は余裕でいらっしゃること。

 自分を越える聖女など現れないと、高をくくっていらっしゃるのかしら」

 悔しさを殺しきれずそう嫌味を口にしたマルチナに、ネイシャは少し黙った後、こう口にした。

「マルチナ様は、“流し雛”をご存じですか?」

「…………は?」

「なるほど。ご存じないのですね」

「そ、それがなんだと言うのですか」

 まさか馬鹿にされた? このぱっとしない女に?

 そうカッとなったマルチナに対し、ネイシャは静かに言う。

「なぜ聖女が一度自分自身の身体で瘴気を受けなければいけないか、よくお考えください」

「ああ、そうですか!」

 嫌味だと思い、マルチナは荒げた口調で答えて神殿の外に走って行く。

 だが外に出て、涼しい空気を頬に受けた時に、はっと閃いたのだ。

「一度、聖女の身体で受け止める……。

 そうよ。なら、浄化出来ないほどの瘴気になればいいんだわ」

 マルチナは名案だとばかりににやりと笑った。




 その一ヶ月後だ。

「こ、これは……!」

 神殿を訪れたダドリーは、青ざめた。

 目の前には、婚約者であるネイシャが立っている。

 だがその透き通るようだった金髪は艶のない白髪になり、若々しかった白い肌はくしゃくしゃの皺だらけになっていた。

「ダドリー様……!

 ネイシャ様はあまりに多くの瘴気をその身に受け、瘴気を浄化しきれずに呪いをその身に受けてしまったのです。

 それでこのような老婆の姿に……!」

 なんてお労しい、とマルチナは口元を手で覆って、その中で口角をつり上げる。

「そんな、あのネイシャが……」

 ダドリーはひどくショックを受けた様子で、変わり果てたネイシャを見ていられず、顔を背けて足早に神殿の入り口に向かう。

 その後をマルチナは追いかけた。

「ダドリー様!」

「君は、巫女のマルチナ……」

「ダドリー様!

 このままではネイシャ様が可哀想です!

 聖女でいる限り、ネイシャはこれからも瘴気を浄化し続けなければいけない。

 もう、ネイシャ様を解放してあげて……!」

 涙ぐんで切々と訴えたマルチナに、ダドリーの瞳が揺れる。

「だが、代わりの聖女は誰が……」

「私がなります!

 私がネイシャ様の代わりに国中の瘴気を受けます!

 ですからどうか!」

「……君は、そこまでの覚悟があって、……わかった。

 ネイシャを、解放しよう」

 沈痛な面持ちで頷いたダドリーに、マルチナは涙を零しながらダドリーの胸に抱きつく。

 そして見えないように嘲笑った。

(やったわ!)

 心の中ではネイシャに向けて勝ち誇った顔をしている。

 実は、国中の穢れがネイシャの手に負えなくなった原因は、マルチナにあった。

 マルチナはネイシャに及ばずとも、優れた聖力を持っていた。

 その力を利用して、国中の貴族たちに次々と呪いをかけていったのだ。

 聖力とは、反転させれば強い呪いの力となる。

 また貴族たちを呪ったのは、女神像の力が特に王族、貴族の穢れを中心に集めると文献で知ったからだ。

 そうして、マルチナが施した強い呪いを浄化しきれずに、ネイシャは醜い老婆の姿となった。

 これでうまくいく。

 自分が聖女となり、ダドリーの婚約者になる。

 老婆となったネイシャは醜い姿のまま神殿を追い出され、生きていくのだ。

 全部うまくいった。

 そう、マルチナは心の中で高笑いを響かせた。




 そして聖女の代替わりの儀式を行う日が来た。

 神殿の奥の祈り場に、同じ聖女の装束を纏った美しいマルチナと、醜い老婆の姿をしたネイシャが向かい合っている。

「では、これより私の聖女としての全てを、マルチナ・ドゥーズに譲り渡します。

 マルチナ、あなたは私の聖女としての全てを引き継ぐことを受け入れますか?」

「はい」

「では、これをもって儀式を完了します」

 しわがれた声でネイシャが告げた途端、目映い光がネイシャを包み、それがマルチナに移って全身を包み込んだ。

「それでは、ここはもう私の居場所ではなくなりました。

 失礼致します」

 ネイシャは一度女神像に深々と頭を下げると、ゆったりした足取りで祈り場を出ていく。

 マルチナは一人きりになった祈り場で高笑いをあげる。

「やった! やったわ! これで私が聖女! 王太子妃となる……!?」

 その声が、途中から変質していく。

「な、なに……?

 声が、変。そ、それになにか、身体が……」

 違和感に気づいたマルチナは、不意に祈り場の通路の端にある泉に視線を落とし、愕然とした。

 そこには、総白髪、皺だらけの醜い老婆が映っていたからだ。

「い、いや、どうして!?

 呪いなんか発生していないのに、どうして私がこんな醜い姿に……!

 いや、いやよ!!!」

 マルチナは顔を押さえ、暴れ狂って祈り場に倒れ伏す。

 どういうことだ。身体中が軋みを上げて、痛くて痛くて仕方ない。

 皺だらけの顔がひび割れ、血があふれていった。

「いや、いやよ……。

 どうして……」

 嘆くマルチナは気づいていない。

 己が大勢にかけた呪いとは、こうしたものなのだと。




「ああ、すっきりした」

 その頃、神殿の外に出たネイシャはすっかり元通りになった美しい金髪を風に靡かせ、息を吐いた。

 その白い肌も若々しいハリのあるものに戻り、声も戻っている。

「厄介な女につきまとわれたな。お前」

「つきまとわれていたのはあなたでしょう。

 王太子のダドリー様」

 隣に立った笑い顔のダドリーに、ネイシャは呆れて返す。

「本当に誰にも気づかれずにいると思ったのかね? 彼女は。

 彼女が国中の貴族たちに呪いをかけていたって。

 それに気づかないほど、うちの王家も神殿も無能じゃないんだけどな」

「それなのに、法で裁かずに聖女にしちゃってよかったの?」

「あのざまじゃ、一ヶ月も保たないだろ。

 どうせすぐ牢屋の中だ。

 それなら、自分がしたものを引き受けてもらわないと」

「もっともね」

 ネイシャは同意して、口元に手をやる。

「一応ヒントはあげたのだけど。

 流し雛の話はしたし」

「それ、俺たちみたいな元異世界人でも知らない人間はいると思うぞ?」

「それもそうか」

 ダドリーも、ネイシャも異世界から転生してきた人間だ。

 それ故にある知識があった。

 流し雛、という転生前の故郷のある地方に伝わる風習だ。

 人の傷を、病を雛人形に流し、癒やす。

 雛は言わば、痛み苦しみを人間の代わりに受ける贄だ。

 この国の聖女の力は、流し雛に非常によく似ていた。

 人々の苦しみ痛みを代わりに受け入れる贄。

 じゃあ、その聖女が代替わりする儀式とは、どんなものか。

 つまり、先代の痛み苦しみを、全て受け継ぐ儀式だ。流し雛のように。

 だから、マルチナはネイシャの背負っていたもの全てを受け継いだ。

 そして聖女ではなくなったネイシャの姿は、元通り。

 遠からず、マルチナは呪いによって死に、聖女ではなくなる。

 そうすれば代替わりの儀式なくして、ネイシャが再び聖女となれる。

 マルチナは文字通り、自分がまき散らした呪いを全て引き受けて、死んでいくのだ。

「しかし、明らかにお前が背負っていた呪いより効果が倍増していたように見えたんだけど、あれは?」

「嫌ね。曲がりなりにも元日本人なら知っておきなさい」

 不思議そうに首をかしげたダドリーに、ネイシャは真顔で答える。

「古今東西、呪い返しって言うのは倍返しと相場が決まってるのよ」


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