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月と太陽 ーその2-

「生野菜って、どこに売ってるんだ?」


 倒れていた少女に買ってくると言ったはいいものの、そもそも生野菜がどこに売っているかわからない。

 スマホの地図で調べたところによると、ここの近くに八百屋さんがあるそうだ。裕哉(ゆうや)は、何の野菜を買うかまで聞いていなかったことに気が付いたが、聞きに戻るわけにもいかないので、とりあえず何種類か買って帰ることにした。

 数分後、裕哉は調べて出てきた八百屋の前に立っていた。


「”店主が体調を崩したので休業します”?」


 店はシャッターが下りており、一枚の張り紙が貼ってあった。どうやら、この八百屋は今やっていないようだ。急いでいる裕哉は、ここで足を止めずにすぐさま次の場所へと走っていくのだった。

 その場所とは、ここからさらに少し離れたところにある道の駅のことだ。ここは、数年前に未来都市の開発とともに新しくできた場所で、市街地ではないこの地域のオアシスのような場所になっていた。


「え~と、あった!」


 道の駅内にあるスーパーには、地域で採れたての野菜が並んでいた。その中から、いくつか選んでレジへと持っていき、急いで廃ビルへと戻るのだった。


「ごめん、待たせた!」


 二階に上がると、そこには日陰でぐっすりと眠る少女がいた。依然として衰弱しているようだが、さっきよりは楽そうに見えた。

 裕哉は、起こさないようにゆっくりと側まで近寄ると、買ってきた生野菜を取り出した。


「えっと、野菜買ってきたんだけど…寝てるから後にした方がいいかな?…って、あれ?!野菜がない!?」


 少女を起こすかどうか悩んでいると、いつの間にか手に持っていた生野菜が消失していた。どこかに落としたのかと、周囲を見回すと、さっきまで寝ていた少女が生野菜にがっついている姿が目に入ってきた。

 少しして、食べ終えたのかゆっくりと裕哉の方に視線を移してきた。その目には、もっとくれ!という思いが込められているようだった。


「あ…その…もっと、食べる?」

 

 少女は勢いよくうなずくと、裕哉は持っていた袋ごと、生野菜を手渡した。

 数分後、おなかを満たして満足したのかゆっくりと少女が立ち上がって、裕哉の方に歩いてきた。そして、いつの間にか右手に握られていた深紅の短剣を裕哉の喉元に突き刺した。


「あんた…誰?」


 少女の鋭い眼光が、裕哉をその場に硬直させる。少女の問いに答えようとしても、のどから声が出てこない。見とれてしまっていたのだ。青くなびいた髪に、黄緑色に輝く瞳に、日本人離れしたその美しさに…。

 そして、胸に期待を込めてゆっくりと裕哉は口を開いた。


「僕は、学生治安維持委員会(S M C)第十三区画支部所属の北陽裕哉と…言います」

学生治安維持委員会(S M C)が私に何の用?」

「い、いや…その、倒れてたので…助けただけです…」

「…ま、そうね」


 裕哉の言葉が少女に届いたのか、持っていた短剣を喉元から離した。


「で?何が目的?」

「目的って言われても…ただ君を助けたかっただけ、って理由じゃダメ?」

「は?あんた馬鹿なの?この世のどこに、善意だけで人を助けるお人よしがいるのよ!!」

「えっと…ここに?」


 裕哉の言っていることは間違っていない。もとより、下心があってこの少女を助けたわけではないからだ。今度は、裕哉の瞳が少女に突き刺さる。そして、少女も裕哉に下心がないことが分かったのか、呆れた顔をして首を横に振った。


「驚いた。あんたみたいな奴もいるのね…その、ありがと。後、疑って悪かったわ」


 あっさり認められてしまったので、状況を理解する時間の方が長かった。裕哉が特に何も言わないので、恥ずかしくなったのか少女の顔が徐々に赤くなっていった。

 静寂の空間を破ったのは、裕哉のスマホの着信音だった。


「ちょっ、ちょっと…待って」


 裕哉は急いで、スマホを立ち上げる。ロック画面には、一通のメールが届いていた。送り主は、蓮介(れんすけ)だった。


「あ!忘れてた!」

「ん?忘れてたって、何がよ」

「え?あぁ…」


 裕哉は、内容を話すかどうか迷った。蓮介からは、聞き込み調査の進捗についてのメッセージが届いたからだ。『マッドキラー』は、最近有名になっているとはいえ、この少女が知っているかわからない。それに、内容も楽しいものではないし…などと考えていると。


「ん?」

「って、近い近い!!」


 何も言わない裕哉を不思議がって、少女は、頭を悩ませてへんてこな顔をしている裕哉の真ん前まできて、その顔を覗き込んでいた。その状況で、何もなかった。何でもないですよ、と言える裕哉ではなく…。


「『マッドキラー』って、知ってる?」

「『マッドキラー』?聞いたことないわね」

「だったら…犯罪歴のある超能力者が、朝気絶した状態で発見されるっていうやつは?」

「あ~それは…」


 今度は、少女の方が黙り込んでしまった。何か考え込んでいるようで、裕哉もこんな話はやはりすべきではなかったかと頭の中を回していた。

 またもや訪れた静寂の時間を破ったのは、少女の方だった。


「それ、私よ」

「...」


 裕哉は、何も言わずにただ少女を見つめていた。


「あっ、もう行かなきゃ。それじゃ」


 そう言うと、少女はパーカーのフードを深くかぶると廃ビルの窓の枠に乗り出した。二階から飛び降りるつもりなのだろうか。ついさっきまで、衰弱していた体で飛び降りればどうなるか、簡単に想像できる。裕哉は、何とか少女を止められないかと考えて、考えて、次の言葉をひねり出した。


「日差しは、大丈夫なのか?」

「これ被ってれば、問題ないわよ」


 少女は、フードを触りながらそう言った。裕哉が精一杯考えた時間稼ぎの質問も、あっさり返されてしまった。流石にこれ以上はどうにもできないと裕哉も諦め、最後に一つ、時間稼ぎとか関係なしに聞きたいことがあったので、それを少女に問いかけることにした。


「最後に…名前、教えてくれる?」

「名前?ん~」


 流石に初対面の人、それに学生治安維持委員会(S M C)で自分のことを嗅ぎまわっている奴に名前を教えたくなかったのか、どう断るか考えていたのだろう。

 数秒後、考えがまとまったのか少女はゆっくりと口を開いた。


「私は、月詠(つくよみ)(しずく)。これでいい?名前を教えたから、野菜の借りは返したわよ」

「あ、ありがとう」

「じゃ」


 そういうと、少女は窓から飛び降りてしまった。裕哉が、窓から身を乗り出して下の方を覗いた時には、少女…いや雫の姿はそこにはなかった。

 野菜の件に関しては、完全に裕哉の善意で貸しを作ったとか思っていなかったが、雫はそうもいかなかったのだろう。だから、名前を教えようと思ったのだろう。

 裕哉は、そんな雫の誠意に答えて、雫が関わっていることについては、特に報告しないと心に誓うのだった。

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