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女王の目醒め ーその3ー

「お前…(しずく)に、何をした!」


 動かない体では、雫のもとに行くことはできない。今の裕哉(ゆうや)にできるのは、スーツの男に抗議するくらいだ。

 スーツの男は、ポケットから雫に巻き付けたものと同じバンドを取り出して、冥途の土産と言わんばかりに説明を始めた。


「これは『リストバンド型吸命装置』だ。つけた者から『ナスラ』を奪い取って超能力を使わせなくできるらしいが…ま、そういうことだ。後、使いきりなのが玉に(きず)だとも言っていたが…」


 『リストバンド型吸命装置』超能力を使えなくするという話が本当ならば、蓮介(れんすけ)に使われたのもこれだろう。それに、その原理が『ナスラ』を奪い取るというならば、倦怠感に襲われた裕哉にも使われたのだろう。

 だが、その説明を聞いて新たな疑問が浮かんできた。


「なんで…それを、雫に?」

「ん?お前は、知らないのか?この女の、超能力を」

「…?!だ…め…」


 そうして、スーツの男はゆっくりと告げる。雫が知られたくなかったこと。裕哉が詮索しなかったことを。

 雫の気持ちも考えずに…。


「この女の超能力の名前は『ヴァンパイア』」

「『ヴァンパイア』?」

「そうだ。体内の『ナスラ』が枯渇すれば、理性を失い周囲の人間に見境なく嚙みつき、そいつから『ナスラ』を奪う。そんな化け物になり果てるんだ」

「だから…それを…!!」


 つまり、スーツの男の目的は雫の"吸命衝動"を駆り立てること。そして、雫に裕哉を襲わせて、雫の心に消えない傷を植え付けるつもりなのだろう。

 裕哉は知りえないが、それは雫にとっては最も屈辱的なことだった。人から嫌われる原因となったそれを、一度も使わなかったそれを、無理やり引き出されるのは誰にとっても嫌なことだろう。

 スーツの男はそれをよく知っていたため、この行動に乗り出したのだ。


「う…うぅぅ、うぁぁぁぁぁ!!!」


 "吸命衝動"に支配された雫は、さっきまで衰弱していたとは思えない動きを見せた。とは言っても、常人の超能力者であれば避けるのはたやすいが、動けない裕哉にそれができるはずもなく…。裕哉は、一瞬にして取り押さえられてしまった。


「ぐ…う…」


 抵抗しようにも、力が入らない。

 雫の反応からして、スーツの男の言っていたようになるのは、望んでいない。裕哉はそれを感じて、何とか雫を元に戻そうと頭を回した。しかし、噛まれないようにしながら考えるのは、今の裕哉には不可能に近かった。


「ぐ…うぅぅ…に…にげ…なさい…!!」

「!!」


 今の雫の言葉、それが"吸命衝動"によるものではないことなど、明らかだろう。

 逃げろと、そう雫は言った。裕哉を巻き込みたくないから。裕哉を噛む自分が嫌だから。何でそう言ったのかはわからないけど、"吸命衝動"にのまれないように雫が努力していることは、裕哉にしっかりと伝わった。

 それが伝わった瞬間、裕哉は抵抗するのをやめた。


「…っ、どう…して…!」

「雫…君は、自分が嫌いなのか!!」

「…!!そうよ…私は…私が嫌い。こんな風になってしまう…私が嫌い…!!」


 "吸命衝動"は、雫がいじめらることになった要因の一つにして、一番の原因である。そして、それを抑えるのは、極限状態でなければ難しくはないが、それ以外ではそう簡単ではない。雫は、それを制御できない自分が嫌いだった。だから、裕哉を逃がして、それに飲まれてしまう自分を見ないようにしようとしたのだ。

 

「僕を、噛んでくれ」

「…は?…あんた…バカ…なの?…いいから…早く…にげ…なさい…!!」

「違う!バカなのは雫、君の方だ。いいから早く、僕を噛め!」

 

 裕哉がすべきなのは、拒絶ではなく、受け入れること。雫が嫌う雫を、受け入れることだ。


「君は、自分を受け入れられてないだけだ!自分を受け入れられてないから、僕を逃がそうとしてるんだ!そうして、楽な方に逃げていく!」

「…!!」

「僕は、逃げなかった。君に助けられたあのとき、自分を変えることを決意して、そして僕は今ここにいる。口調を直すのも、誰かのために何かをするのも、難しかったけど、それでも出来たんだ!君にもできるはずだ!」


 雫の過去を裕哉は知らない。でも、分かっていた。

 わがままだった自分は、周りからハブられて、一人ぼっちだった。それを受け止めたうえで、自分を変えたことで裕哉は今、学生治安維持委員会(S M C)にいる。

 厳密には違うかもしれないが、境遇は同じはずだ。超能力のせいでいじめられて、親にも捨てられて、一人ぼっちになって…。雫はそこから進めていない。今雫がするべきことは、自分の超能力を受け止めて、トラウマを乗り越えること。"吸命衝動"によって、いじめられた過去を払拭する何かを見つけることだ。


「…いい…のね。噛ん…でも…」

「あぁ!」

「…初めて…だから…加減…できないけど…覚悟…してよね…!!」


 そう言うと、雫は"吸命衝動"に身をゆだねて、裕哉の首筋に歯を立てた。傷をつけないようにするなんて意識はないはずだ。それでも、なるべく跡にならないようにやさしく、雫は裕哉を噛んだ。


「うぐ…!!あああぁぁぁぁぁ!!!」


 焼けるような痛みが、裕哉の全身を駆け巡った。今思えば、裕哉の体にも『ナスラ』がほとんど残っていないはずだ。リストバンドで『ナスラ』を奪われて、その後に無意識であるが超能力を使っていたからだ。

 事実、"吸命衝動"が収まるだけの『ナスラ』が裕哉には残っていなかった。しかし、裕哉の超能力のおかげで、その問題は解消されていた。活性化した『ナスラ』のおかげで、少量でも"吸命衝動"を収められるだけの『ナスラ』を補充できたからだ。

 ほんの十数秒だった。それだけあれば十分だった。


「ありがと…裕哉」


 雫はそう言って、裕哉を地面に寝かせた。激痛が全身を走り、体内の『ナスラ』が空っぽになった裕哉に、しゃべる余裕はもちろんない。それでも、大丈夫であることを伝えようと、裕哉は雫に、グッドサインを送った。


「さて…と。あんた、覚悟はできてる?」


 立ち上がった雫の手には、深紅の剣が握られていた。今この瞬間、吸血鬼の女王が未来都市に誕生した。もうだれも、彼女を止めることはできない。

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