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18.特殊な職務権限

アンセルムが単身で王城に戻ってきた。早馬で駆けたため移動時間は馬車の時よりもかからずに済んだ。


「お早いお戻りですね、オークランス辺境伯。剣術大会ギリギリになるかと思っていました」


早速アリシアと面会したアンセルムは、女王の変わらぬ様子に安堵した。


「あちらは手配して参りましたので問題ございません。剣術大会の参加者は前日までに王都入りします。陛下の方はお変わりありませんでしたか?」


「ええ。こちらでは大きな動きはございません。動きがあるとしたら剣術大会当日だと思っておりますから」


「同意です」


「辺境伯はいつから準備をされていたのですか?」


「本格的には王配殿下がお亡くなりになってからですが、違和感はスヴェンが成人を迎えた頃です」


(!?)


スヴェンが成人を迎えた、つまりアリシアもルーカスも成人を迎えた年だ。


「貴方もですか」


「ということは陛下も?」


アリシアはこくりと頷いた。


「オークランス卿が成人を迎えたということは私も成人を迎えた頃です。あの頃、1つ動きを見せた出来事がございました。ルーカス・カールグレーンがベロニウス侯爵家令嬢と婚約したんです。それがどういうことかお分かりになりますね?」


「はい。王族の血筋である侯爵令嬢を迎える、継ぐべき爵位と生業がある家柄であれば普通ならば考えられない。逆に言えば取り込みたい理由があるということです。このまま陛下が跡継ぎをもうけられなかった場合、残る血筋はベロニウス侯爵令嬢だけだからです」


こうしてアリシアは切れ者で理解の速いアンセルムと情報をすり合わせていった。



◇◇◇


アンセルムと話し込んだアリシアは、自分の考えが間違えではないだろうことに安堵すると共にこれから起こるだろう動きに危機感を持った。


アリシアが警戒しているのはカールグレーン、それもアーロン・カールグレーン侯爵だ。自分が生まれた時には宰相に就いていたアーロンは、先代女王と共に国政に務めていた。執務は側近が支えてくれているが、政治においては宰相は重要な位置にある。そして、この国が女王が治める国家であることが、この宰相という地位の特異性に繋がっていた。


(宰相の職務権限ね…)


アーロンを警戒し来るべき時が来る前にアリシアは先に仕掛けた。宰相の職務をルーカスに継がせたのだ。王配ではなく宰相にこだわったカールグレーン。アーロンだけでなくルーカスも同じ思想を持つのだろうか。


貴族らは大きく3つの派閥に分けられる。1つ目は伝統派、こちらは女王を国王とするこの国を継承していくことが正義と考えている。2つ目は維新派、こちらは現行に不満があり改革を進めようと考えている。3つ目は中立派、こちらは平和な国家を維持することこそが正義と考えており、伝統にも維新にも該当しないが場合によってはどちらにもなり得る可能性を秘めている。オークランスは中立派に属する。そもそもヴァランデル地方は王都から独立している為中立派がほとんどである。アンセルムはその中でも伝統寄りであることが今回わかったことは大きな収穫であった。それに対しアーロンの思想は維新であるため、カールグレーンの家門は維新である可能性が高い。アーロンを突き放す為の宰相の継承であったが、果たしてルーカスはどのような考えを持っているのか…。


「オークランス辺境伯が味方についたのは大きいですね」


クラースはアンセルムの動きを見定め告げた。


「ええ。ただ互いに利があったということですけどね。結果的には味方と言っていいのかしら」


アリシアも同意ではあったが、目的が一致するわけではないことは理解していた。


「こうなってはオークランス卿以外の婚約者候補はいませんよ?陛下。政治的にも彼は最も相応しいということになりましょう。この際王命で婚姻を結ばれても良いのでは?」


「…」


「何か懸念が?」


「…彼は、完璧よ。だからこそ、適材適所を見極めなければならないと思うの」


「適材適所ですか?」


「優秀な彼は辺境伯を継ぎ、後の将軍となることが争いの火種の抑止に繋がることだって考えられるわ」


「では、今回のことは彼らが辺境伯領を離れたことが情勢が動き出したことに繋がっているとお考えですか?」


「それも可能性の1つだと思うわ」


「でしたらオークランス辺境伯はオークランス卿を連れて辺境伯領にお戻りになるはずでは?ですが辺境伯は『あちらは手配してきた』と仰っていましたし、辺境伯自身も領地に残らずこちらにお戻りになりました。何か策があるのでは?」


「…辺境伯がお持ちになった剣術大会の第二騎士団の参加者一覧を見せてちょうだい」


「はい、こちらでございます」


アリシアは書類に目を通すとアンセルムの考えを読み取った。


「…。なるほど。クラース、彼は舞台が王都になるよう仕向け今回で決着をつける考えなのね」


「え?」


「第二騎士団の参加者の家門をご覧なさい」


「これは…、維新派?あるいは平民出身者ですね」


「当日動きがあるのは王宮だけではありません。オークランスにも動きがあることが予測されます。なぜなら、将軍アンセルム・オークランスと次期将軍と言われているスヴェン・オークランスがオークランスを不在にしているからです」


「オークランスが手薄になるということですか?」


「ええ。そこを攻めるのがあの人の狙いなのでしょう」


「オークランスを攻めることは何の利点になるのですか?」


「この国でオークランスは特殊な領地です。ヴァランデル地方に存在するためその管理は王配が行います。女王や宰相からしてみればやや独立した領地とも言えるわけです。政をする側からすれば勢力が強すぎると困る存在でもあります。王配の代理を務めなければならなかった宰相が職務を放棄し手をつけなかった。それはカールグレーンとオークランスでは対立しうる存在でアーロン・カールグレーンにとっては厄介な相手だったからではないかしら?」


「今攻めこむ理由は何なのです?」


「時が来たからです」


「時ですか?」


「おそらくアーロン・カールグレーンは実権を握りたいのです。彼が宰相を継いだとき先代女王は既に成人してました。先代女王が亡くなったとき私は既に成人してました。つまり、宰相の職務権限の1つ、女王が未成年時の臨時決裁権が発動することはなかったんです。それだけではありません。この国では女性が国王となりますが女性であるが故に職務から離れざるをえない期間があります。出産です。さすがに産前産後の状態によっては決裁が難しい場合があります。その際の臨時決裁権を所持するのも宰相です。王配はあくまで女王の夫、国政については宰相が関与しますからね。これらを踏まえるとカールグレーンが王配になるよりも宰相を担う家門でいたいということが読み取れることなのです」


「アーロン・カールグレーンが実権を握りたかったからですか?それならばさっさと王配にルーカス・カールグレーンを推薦し陛下が出産を迎えればその間の決裁権を得られたのでは?」


「そうね。でもそれはしなかった。決裁権を行使して取り決めたい内容にそれでは不都合があるのではないかしら?」


「カールグレーンが王配では不都合であると?」


「推察ですけどね」


「あの、それで時が来たとは?」


「リースベットが成人を迎えます。それも、来月で」


「!?」


「リースベットは王族の血筋をひく重要人物です。私の再従姉妹にあたり、さらにいえば現在王位継承第二位ということになりますわね。彼女が成人するということは、仮に彼女が王位を継承した場合に宰相の臨時決裁権が発動しなくなるということなのです。そもそもアーロンはもはや宰相ではありませんから臨時決裁権を持ちません。持つならばルーカスということになりますが彼はリースベットの婚約者…。そう。だからこそ婚約者なのです。婚姻を結び、リースベットの夫になってしまうと彼女が王位を継承した場合、ルーカスは立場上王配になってしまう」


「それでは、先ほど不都合があるといった条件と同じですね」


「ええ」


「色んな状況を想定したはず。もっと早めに条件が揃えば良かったのでしょうが、そうはならなかった。だから最終的な状況に陥ってしまったのです」


「それがリースベット嬢の成人ですか」


「そうね。婚約して7年も経っているのです。それも成人を迎えずとも婚姻を結ぶことが可能なこの国でです。リースベットは早く婚姻を結びたがっていました。女性に人気のあるルーカスにやきもきしていましたから早く確実な関係になりたかったのでしょう。この婚姻が進まないのは、カールグレーン側の都合でしょう。婚約を申し込んだのはカールグレーン側なのですから、ベロニウス側が前向きである以上話を進めないのはおかしいのです」


「たしかに、一理ありますね」


「私が結婚し子供を授かればその一時にアーロンは臨時決裁権を持つことが出来たのです。しかしその前に宰相から外されました。ルーカスに宰相を引き継がれてしまったのです。しかしそのタイミングが遅かった。今どうにかしてリースベットに王位を継承するとしたら時期としては遅いのです。リースベットが未成年ではなくなりますから。臨時決裁権を持つとしたら私の出産、あるいは王位継承後におけるリースベットの出産です」


「そんなに臨時決裁権に拘るのはなぜなのでしょう?」


「そこで勝手に取り決めたいことがあるのでしょう。女王不在時に取り決めたい王家に不利になるような法案を」


「では、宰相の臨時決裁権を剥奪しておけばよろしいのでは?」


「それが出来たら苦労しないわ。決裁には議会全員一致が必要ですもの」


「だとしたら、女王不在の臨時決裁も苦労するのでは?」


「苦労しない内容なのではないかしら?」


「?」


「この国は基本的に男尊女卑の貴族社会だということです」


「?」


「さて、今後の公務予定を教えてくださる?」


「は、はい」


クラースは手元に視線を落とすと予定を伝えるのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーションに繋がりますので、よろしかったら、評価していただけると嬉しく思います。



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