滑ってコケたら、王子様の顎にサマーソルトして………は?惚れたああ!?
「お母様はどうしてダンスが上手なの?」
「あら、いきなりどうしたの?そんなこと聞いて」
頬を膨らませて拗ねた顔をする6歳の我が娘はとても愛らしい。
「だってレイナ、全然上手くならないんだもん……嫌になっちゃった」
「うふふ、もしかしたらレイナはお母さんに似たのかもね」
「えっ、なんで?お母様とても上手いのに……」
レイナを抱き上げて庭園にあるテラスの椅子に座る。レイナが不思議そうにこちらを見上げ、私の顔を見てくる。
ああ、なんて愛らしい!
レイナの頭を撫でて、私は若かった頃の話を聞かせることにした。
「お母さんはね、若かった頃はぜんぜんダンスなんて出来なかったのよ?」
――――――――
「違いますお嬢様!その足はそっちじゃありません、こっちです!」
爺やの厳しい指導が入る。
右足を左に……いや、右だっけ?あれ?どっちだっけ!?
……こっちかな?
「ぐっ!?それは私の足でございます……!」
「あっ、ごめん爺や」
間違えて爺やの足を踏んでしまった。
いやー、ダンスって難しいなあー。
「真面目にやって下さい!お嬢様!」
さすが爺や、やる気ないのバレてたか。
アスタクル王国にて王子”アルベルト・アスタクル”の婚約者を決める舞踏会が、年に1回開かれる。
国家や貴族は必ず招待され、みんなこの舞踏会に参加している。
もちろんのこと、メイゼン一家の私ごと”サーシャ・メイゼン”の方にも招待状は来ました……が私は舞踏会になんて絶対に出たくなく、どうにかして自力で病気を作って病欠ということでなんとか舞踏会に出なかったのです。
……まあ、病気を自分で作るってのも変ですけどね、それぐらい嫌だったんですよ。
どうしてかって?
私は、ドが付くぐらいに運動がダメなんです!
ただでさえ令嬢としてそれなりに振る舞っているのに……ダンスが踊れないなんて知られたら、まさに一家の恥!
世間体からなんて言われるのでしょうか……令嬢の癖にダンスもまともに出来ないヘボ令嬢?令嬢の風貌にも置けない?淑女として慎みがない!?
……うん、叩かれた挙句恥をかくぐらいなら行かない方がいい。
思い立ったらすぐ行動!魔導士の部屋から魔導書を拝借し、あっ盗んでませんからね!
自分の部屋を氷魔法でキンキンに冷やし一晩寝た。するとどうでしょう……お見事!風邪を引きました!
やったね!
まあこんなことを一年1回バレないように毎年やっていたのですが、さすがにヘマをやらかしました。
氷魔法の強度を上げ過ぎたらしく、私の部屋はただの寒い部屋から極寒の部屋に……つまり冷凍庫にへと変わってしまっていたのです。
私、あともうちょっとで凍るところでした。
これ以来私の行動がバレてしまい、今年は舞踏会に出るようにと父上様から強制されてしまったのです……。
もちろん、魔導書は没収されました。代わりに爺やからの舞踏会に向けての強制ダンスレッスンが開始したのです。
そして、先程の冒頭に入るわけです。
私のあまりの運動音痴っぷりと成長の無さに爺やは、手で顔を覆ってシクシクと泣き始めた。
おいこら、なぜ泣く。
「ここまで酷いとは……なんて可哀想なお嬢様」
あの、泣きたいのは私の方なんですけど?
「それじゃ舞踏会出なくてもいい?」
「それは駄目です」
なんでよ!可哀想と思うくらいならいいじゃない!
「それは、それ。これは、これです……さあ休憩は終わりです!ダンスの練習に戻りますぞ!」
「……もういっそのこと爺やが舞踏会に出ればいいんじゃない?」
あら、とても良い案じゃない?
「姫君を選ぶ舞踏会に私が出てどうするのですか……ほら、お嬢様練習しますよ、練習、練習!」
「もう勘弁してよー……」
そうこうして、舞踏会当日。
爺やの厳しいダンスレッスンのおかげで一般の方にもそこそこ見られるぐらいに成長した私は、洒落たダンス用ドレスコードを着て舞踏会に来ていた。
アスタクル王家の大広間に招待された者達が集まっている。
豪華な飾り付けに彩られたデイナー、華やかな姫君候補者達……と大広間はキラキラと輝いて見え、賑やかでだった。
綺麗なドレスコードを身にまとっている姫や令嬢達はどこかそわそわしながら王家が座る方を見ていた。
時刻を見るとそろそろこの舞踏会メインのダンスが始まる時間でだった。
すると突然壮大なラッパの音楽が鳴りだした。
「来たわ、アルベルト様よ!」
そう言って姫君候補者達は小鳥のさえずりのようにきゃいきゃいと小さな声で騒ぎ出した。
あれがアルベルト王子……ん?あれ、どこかで見たことがあるような?
何処か懐かしさを感じるような、でもお会いしたのは今回が初めてのはず。
うーん、何でしょうね?
そう考えているとアルベルト王子とふいに目が合った。青いサファイヤを彷彿とさせる瞳が目に映る。
なんかあまりいい気持ちがしなかったので、目を逸らしました。
……もしかして、私を見てる。気のせいかと思ったら、めっちゃこっちを見てた。
「お嬢様、王子がこちらを見ていますよ。これはチャンスですぞ!」
そう爺やがこっそりと私に話した。
いやいや、まさかね。……というか爺やどうしているの?舞踏会が終わり次第、迎えに来ると言っていたのに。
「この爺や、お嬢様の華麗なるダンスを見届けるためにお父上様から許可を貰って来ました。思う存分、王子様と踊ってきてくださいませ」
にこやかそう話す爺やに私は複雑な気持ちでした。
このまま何事もなく、ダンスすることもなく帰れたらいいのに。
そう思っているとアルベルト王子が天井に向けて右手を上げた。
豪華な音楽が手を上げたのを合図に中断する。王子の行動に周りはざわめきだした。
一体どうしたのだろうか?
「え、噓……もう相手が決まったの?」
隣にいた令嬢がそう話した。え、本当に?一体誰だろうか?
……まさか、私じゃないよね?
王子が高らかに声を上げてダンスの候補者を指名する。
「1回目の私の相手を見つけた。」
私……じゃないよね?
王子は私の予想を見事に当て、私の方を示した。
「そこの姫君よ、私と踊ってくれないか?」
私だった――!
「やりましたよお嬢様!さあ、早く行って来て下さい。王子がお待ちですよ!」
生き生きと話す爺やが妬ましい。
さっきからずっと見てくるから、まさかねと思っていたが指名されるとは誰が思おうか!
周りの令嬢達が羨ましいそうな目で見てくるが、私はそれどころじゃない。
私は仕方なく大広間の真ん中に行き、王子の元に辿り着く。
天井からぶら下がっているシャンデリアの光に反射して煌びやかな金髪が綺麗に輝く。きりっとしたサファイヤの瞳が私を見つめている。
真剣な表情をしている王子にどう話せばいいの?
……とりあえず、ドレスのスカート丈を持って令嬢として礼儀よくおじきする。
王子もまた私に習っておじきをすると、私に近寄ってきて腰に手を添えた。
ええ、もう踊るの!?
すると音楽が急に鳴りだし始めた。バイオリンとフルートの旋律が大広間に広がる。
王子の動きに合わせて、爺やから習った通りに踊る。気になったので爺やの方を見ると涙を流しながらこちらを見ていた。そんなに感動すること?……いや、感動もするか。
爺やの方を横目で見ていると、王子が小さな声で話しかけてきた。
「姫君よ、あなたのお名前は?」
「え?ああ、私の名はー」
ちょっと待って、話しながらのダンスは無理だって!私はバランスを崩し、その場でよろけてしまう。
咄嗟に気付いたのか王子は転びそうになっている私を抱えようと前のめりになった。
それが良くなかった。いや、私もやったことが良くなかったと思う。
人前で醜態を晒すわけにはいかないと私は足に力を込めて床を蹴り、後ろで倒れそうになった身体を調整するように反転させた。
そう、私はサマーソルトをしたのです。運動音痴の私が出来るとは思わないじゃないですか。
宙返りした時に足元から当たる感触を感じたのです。
自分のこといっぱいだった私は、周りの悲鳴によって現状がどうなっているかダンス相手の王子の方へを見た。
な、なんと!?王子が床に倒れているじゃない!
もしかしなくても、私のサマーソルトが当たってしまったのでは?
足元に違和感があったもんね!間違いないよね!?
私はどうしたらいいのか、爺やの方を見るとそこに爺やはいなかった。
何処にいるのかと探してみると、なんということか立ち並ぶ像の後ろに隠れてこちらを遠くから見ていた。
なに隠れてんだ!自分は関係ないってか、このくそ爺!
心の中で悪態ついても仕方がない、この現状をどうにかしなければいけない。
いや……今さらどうしろと!?どう改善させるのよ、これ!?
私……一家の恥かいただけじゃない。もしや処刑?人生終わり?
ああ終わったんだ、私の人生。こんなことになるぐらいなら悪足搔きでもいいから舞踏会に出るべきじゃなかったんだ。
私はどうすることもできず、ただその場で顔を俯かせ事が進むのを待っていた。
もう、どうにでもして……。
そう諦めていた途端、王子は起き上がり固まっている私の両手を握ってきた。
……え?
「見つけた……私の婚約者になってくれ!」
周りから驚きの声が上がる。
周りのことはさておき、私は王子の突然の行動に顔を青ざめた。
ああ、なんてこと……私のせいで頭を打ってしまったんだ。サマーソルトが当たった時に、床に頭を打ち付けたに違いない。
これは責任を取るべきか?いや、ショック療法というのがこの世の中にはある。実際にどうやるかわからないけど、頭に衝撃を与えればいいんだよね?
とりあえず叩いてみればいいか、思い立ったらすぐ行動。王子の頭に思いっきりチョップをした。
「お嬢様アアー!」
遠くで見ていた爺やが耐え切れずにその場で発狂した。
その後の舞踏会は私の行動を咎めることもなく、許しをもらえた。
どうして許しをもらえたのか、バルコニーで王子と二人っきりの中そのことを聞いてみたところ。
「実はこの舞踏会は君を見つけるために開かれたものだ。」
「私のことは覚えているか、サーシャ」
私の名前を知ってる!?
「どうして私の名前を?」
「やはり、覚えていないようだな……」
王子の話だと、まだ6歳だった頃に王家の教育のためと作られた学園”ドレイン学園”に通っていた。私も同じように通っていたのを覚えている。
王子はその頃の性格はとても大人しく、気弱な性格をしていたらしく学園の子供達と上手く付き合えなかったとのこと。
その時一人だった王子にいつも話をかけ、遊んでくれていたのが私だったという。
月日を重ねて王子は次第に私のことが好きになり、私を探すべくこの舞踏会を開いたらしい。
「一緒に本を読んだり、かくれんぼからおままごと……いろんな遊びをしたなあ」
懐かしむように言う王子に私は昔の頃を思い出していた。
6歳の頃ならなんとなく覚えているのだが、どうしてか王子のことは思い出せない。一緒に遊んだ友達で思い出せるのは長くてきれいなブロンズヘアーをした青い瞳の女の子、天使ちゃんぐらいしか思い出せない。
……ん?天使ちゃん?
「もしかして……天使ちゃん?」
私がそう聞くと、王子はぱあっと明るい表情をして話した。
「やっと、思い出してくれたのか!」
思い出してくれたことが嬉しかったのか、天使ちゃんことアルベルト王子は私を勢い良く抱きしめた。
うう、逞しい胸板に圧迫されて苦しい……というか、天使ちゃん女の子じゃなくて男の子だったんだね……。
「君は運動音痴でダンスが下手だったのを覚えていたんだ、何度も私の足を踏みつけてたのが懐かしいよ」
嫌な思い出し方だなあ……もっと違うのはなかったの!?
「ごめん……」
「まさか思い人にサマーソルトとチョップを喰らう日が来るとは思ってもいなかったけどな、アハハ!」
「本当に、ごめんなさい……」
そう深々と頭を下げていたら、顎を掴まれ上へ顔をあげさせられて、ゆっくりと唇が重なる。
月夜が照らすなか、重なった二人の影がゆっくりと離れる。
私はされたことに思考が固まり、ただアルベルトを見つめることしかできない。
月の光に反射してきれいな金髪が煌めき、宝石のように輝く青い瞳から逃れられない。
アルベルトは美しい顔が柔らかく微笑む。
「気にしてなどいない……下手ならば、上手くなればよい」
「私と共に楽しく踊ろうではないか……あの時のように」
「アルベルト……」
「サーシャ……私の愛しい姫君」
こうして私は、アルベルト王子の婚約者になったのです。
――――――
「……まさか舞踏会を開いた理由が私を探しすものだったなんで、誰が想像できるものでしょうか。人生って何が起きるかわからないものね」
「お母様が上手いのはお父様のおかげってこと?」
「そうよ」
「お父様もダンスがお上手なのね!すごい!」
「うふふ」
レイナは私の膝から降りて私の手を引っ張る。
「ねえねえお母様!もう一度、ダンス教えて!」
「ええ、もちろんいいわよ!」
――今度は楽しく踊りましょう。きっと素敵な日になるわ。
閲覧いただき、ありがとうございます。
こちらの作品のタイトル笛路様(https://mypage.syosetu.com/1440758/)からいただいものです。笛路様、本当にありがとうございます。
ユニークかつ、まさかの予想もつかないタイトルに目を奪われてしまい、お願いしたところ許可を頂いたので書かせてもらいました。
想像しながらどう甘くするか、そしてサマーソルトをどうするか考えるのか楽しかったです。…ちゃんと甘くなってますよね?(不安)
さて、タイトルを頂いた笛路様はとてもユニークな作品が多く、私が気に入っているのは「しょうゆ聖女」でございます。紹介していただき、読んだところとても面白くかつ甘い素晴らしい作品です。今連載なさっている「魔王様の餌付けに成功しました」もとても面白く書籍化もなさっております。
ユニークかつ甘い展開をかける笛路さんはとても尊敬しております。私もこう書けたらいいんですけどな…
後書きはここまで。
読んでくださった読者様方、そして笛路様、本当にありがとうございました。
もし面白かったら評価してもらえると、とても嬉しいです。
それでは別の作品で、お会いしましょう。