前日譚一 おまじない
夕暮れ時、晴れがましいような情景の影で、いつものような怒号と罵声が飛び交っていた。
やがてそれは僕に飛び火して、心身に傷をいくつも切り開いていく。
今を乗り越えようと耳を塞ごうとしても、恐怖に震える手がそれを許さなかった。
僕にできたのは、ただ部屋の隅で、バラバラになりそうな心を抱きしめて、浅い呼吸を繰り返すこと。
ただ、それだけだった。
中三の卒業式の後、母から、離婚すると告げられた。
僕は母に見捨てられた。
そして、母がいなくなるということは、父を止める者が無くなるということ。
この先に待っているのが地獄だということは、考えなくともわかった。
それでも別に良かった。
だって、僕には陽太がいるから。
彼の前では、自分は生きていてもいいんだと思えるから。
僕だけの光。
僕の、愛する人。
ーーー
ある日、僕は陽太の家に行く約束をした。
俗に言うお家デートってやつ!
僕も結構楽しみにしてたけど、陽太はいつもより笑顔が多くてかっこよかった。
放課後、陽太の家に向かった。
結構大きいマンションで鍵はオートロックだった。
部屋も団地に比べ、広くて驚いたのを覚えてる。
部屋に入ってからは一緒にゲームをして、お互いが好きなアニメを見たり、料理を作ってもらったり、
僕にとっては全部初めてのことだった。
午後六時の帰る時間になったら、家の近くまで送ってくれた。
そして最後に、いつも通り、
「また明日」
って言ってくれた。
僕も笑顔で手を振って、また明日って言った。
無事に明日が来て、陽太と会うためのおまじない。
僕はこの日常が大好きだ。
絶対に失いたくない。
だから、こんな事絶対言えない。
これが陽太に吐いた初めての嘘。




