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第三話 暗い記憶は知らないふり

「ふぅー、思ったより遠かったな〜」


誠は腰に手を当てて、額の汗を拭った。

目の前には懐かしいレトロな看板と、古い扉が迎えていた。


「前と全然変わってないな。まだ営業してるし」


早速店中に入ろうと、木製の扉に手をかけた。

扉はぎぃ、ときしみ音を立てて開いた。


いらっしゃいませー、という無機質で外向きな声が店内に響く。


内装は少し古く、昭和の喫茶店の雰囲気が漂っていた。


向かったのは、一番奥の窓際の席。

席に着くと、メニュー表を手に取った。


「確か、前もこの席だったよな〜。向かい合わせで座ってさ」


誠は楽しそうに笑ったが、その息は少し悲しみを孕んでいた。


『注文はお決まりでしょうか?』


店員に訊かれ、俺はアイスコーヒーを注文した。

誠はコーンスープを注文したようだ。


『――以上でお決まりでしょうか?』


頷いてから、また誠に向き合った。


「......よかったのか?お母さんのこと」


母親......

俺の母は、家に帰って来ることはほとんどない。


「......きっと、大丈夫だよ母さんは」


正直、母にはとても感謝している。

母は俺が五歳に時に離婚して、女手一つでここまで育ててくれたのだから。


「今頃、あっちで幸せにしてると思う」


「ふーん、そっか。ならいいや」


誠はどこか納得いかない様子だったが、何かを察したのか、この話を終わらせてくれた。


母には申し訳ないが、俺達には、もう戻る道なんて......

残されていないんだ。


そしてしばらくの沈黙が続いたあと、注文した飲み物が運ばれてきた。


机に置かれたアイスコーヒーに目を落とす。

そしてゆっくりとカップを持ち上げ、口に含んだ。


苦い。

とても苦い。

格好なんてつけるものじゃないな、と思った。


「ねえ、まだ行きたい場所があるんだ。一緒に行こ?」


少し首を傾げる動作が、とても可愛らしかった。


彼の微笑んだ表情をじっと見つめた。

顔を見て、決して視線を落とさないように。

下を見れば、気づいてしまうから。


最後の一口を口に含んで、無理やり飲み込んだ。


早足で店を出ると、日が傾き始めていた。


「どうしたんだ陽太、そんなに焦って......」


俺は見てしまったのだ、彼の机に上にあるものを。



そう、誠の机の上には、


何も


置かれていなかったのだ。


「......なんでもない。それより早く行こう」


きっと注文し忘れただけ、そう思いたかった。

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