第二話 思い出を辿る
去年の夏、その日も雨が降っていた。
「―誠、どうした」
梅雨の始まり、雨は夏が来るのを知らせる。
「家だと退屈でさ。たまにはいいだろ、こういうのも」
二人で作った秘密基地。落ちていた木の箱や布で作った小さな空間。
自分でも幼稚なことだなと思ったけれど、ここにいる時だけは、二人きりになれた気がした。
「そうか、今日はなんだったんだ?」
久しぶりに帰ってきた主人に犬が喜ぶように、木が軋む音を立てた。
「.......父さんと女の人が、ちょっとね」
彼が、これ以上話すことは無かった。
その時は気にもとめなかった。
でも、今なら。
ここが、誠にとって唯一の逃げられる場所だったのかもしれない。
秘密基地の中、湿った空気と埃の匂い。
雨の打ちつける音が、外の世界を断ち切っていた。
「ねえ陽太、これ...」
そう言って目の前に差し出されたのは、ひとつの便箋だった。
「何、これ」
わけも分からず戸惑う俺に、誠はいつも通りの笑顔を向けた。
「三年の夏まで、開けずに持ってて」
「どういうことだ?」
誠は首を横に振った。
「......その時が来れば、きっとわかるよ」
―――
ガタン
体が揺られて、目を覚ます。
一番最初に座席と車窓が目に入ってきた。
肩の重みが無くなっていることに気づく。
はっと我に返り、慌てて辺りを見回した。
「ちょっと、急にどうしたんだよ」
驚きの混ざった声が横から聞こえた。
声の正体を知り、胸を撫で下ろす。
「よかった、いなくなったのかと...」
「何言ってるんだよ。ずっと一緒にいるって、あの時、約束したじゃないか」
「ああ、そうだったな...」
俺はその言葉に、もう素直に喜べなくなっていた。
少しの自分であれば、手放しで喜べていたであろうに。
自分は、こうも短期間に変わってしまう生き物なんだと気づいた。
そんなことを考えていると、終点のアナウンスが流れた。
改札を出ると、潮の匂いが鼻孔をくすぐった。
ここは、海にいちばん近い駅だ。
「久しぶりに降りたなー、この駅」
誠が大きく伸びをしながら言った。
「懐かしいな」
「陽太、今何時?」
スマートフォンをポケットから取り出し、時刻を見る。
「十時、四十分......!?」
四時間も電車に乗っていたことに驚き、思わず声が大きくなった。
「おー結構長旅だ〜!」
テンションが上がっているのか、少し頬が赤らんでいるのが可愛い。
「ただの旅だったら、もっと良かったのにな〜」
そう、これはただ旅なんかじゃない。
二人だけの最初で最後の旅だ。
「なあ、あのカフェ行かないか?」
誠は、目をキラキラと輝かせながら言った。
「あそこまだやってるのか?」
「それを確かめる為にも行くんだよ!」
そう言うと誠は、俺の手を引っ張って歩き出した。
繋いだ手からは、少し冷たさが感じられた。
線路沿いの舗装された道を、早歩きで進んでいく。
急がないと、もう時間が来てしまうから。




