後半第2節「栄光」(後編)
県大会決勝を終えた翌週の月曜日
講堂には全学年、そして高等部の生徒までもが集められていた。
ステージの上には、七星中サッカー部のメンバーが一列に並んでいる。
中央には玲央。優勝旗を掲げるその姿に、会場から大きな拍手が沸いた。
その両脇に拓真と蓮。三人は光を浴びながら立っていた。
マイクに平井先生が立つ。
「えー、皆さん。ご存じの通り、我が七星学園附属中サッカー部は、県大会を制し全国出場を決めました!」
大きなどよめきと歓声。拍手が会場を包む。
「さて……なぜかニックネームが流行ってしまったので、この場を借りて改めて紹介したいと思います」
会場がざわりと笑いに包まれる。
「まず――『アイスマン』こと、東條!」
玲央が軽く会釈。大きな拍手と歓声が轟いた。
「続いて――『マーベリック』こと、藤井!」
拓真がニッと笑い、手を挙げる。再び大きな拍手と口笛。
「そして――『グース』こと、野中!」
一拍遅れて、会場に拍手が起こった。
だが、それは二人に比べて明らかに少ない。
所々でブーイングが聞こえる。
中には中指を立てる者、Fワードを叫ぶ声すら混じっていた。
(……え?)
蓮の背筋に冷たいものが走った。
歓声と先生のスピーチが遠のいていく感覚に見舞われ、危うくたち眩むほどだった。
隣の拓真は思わず心の中で叫ぶ。
(……ウソだろ。ここでそれをやるか……!)
一歩前に出ている玲央は。
拍手の偏りを見て、目元を引き締めた。
その横顔は、怒りを押し殺すような厳しさを帯びていた。
平井先生も異変に気づいたが、咳払いをひとつして話を続けるしかなかった。
「……えー、県代表として全国でも堂々と戦ってくれることを期待します!」
再び全体の拍手が起こり、会場は祝福ムードに戻った。
だが蓮の耳には、まだ冷たい嘲りの声が残響のようにこびりついていた。
特別全校集会を終え、講堂を出たサッカー部員たちに、
上級生や高等部の生徒が次々と声をかけてきた。
「優勝おめでとう!」
「全国、頼んだぞ!」
肩を叩かれ、握手を求められ、まるで英雄の行列のように祝福が降り注ぐ。
拓真が笑顔で応じ、玲央も落ち着いた表情で礼を返す。
蓮も笑顔を作り、頭を下げた。
――だが、その人波の隙間から鋭い声が飛んできた。
「オタクのクセに…」
「部活なんかしないで、チー牛でも食ってろ!」
一瞬、蓮の笑顔が揺らぐ。
だがすぐに口角を上げ直し、笑顔を崩さず「ありがとう」と返した。
胸の奥に冷たいものが広がるが、それを押し隠して歩き続ける。
やがて自分の教室が近づく。
足を止めた蓮の背に、玲央の低い声がかかる。
「……彼らの声なんか気にすんな」
「うん……」
蓮は短く返す。
その横で拓真が親指を立ててニッと笑った。
「俺らがいるだろ、グース」
蓮はほんの少しだけ、息を吐き笑みを浮かべた。
そして三人は、それぞれの教室へと歩いていった。
漣がいるいる教室の扉を開けた瞬間、
「おめでとー!」
「全国すごいじゃん!」
一斉に拍手が起きた。
だがその拍手はどこか揃っておらず、声のトーンもまちまちだ。
まるで誰かに「言わされている」かのような、形式的な響き。
蓮は笑顔を作って応じた。
「ありがとう」
頭を下げながらも、胸の奥に奇妙な空虚さが広がっていく。
自分の机に座ったその背後から、小さな声が漏れた。
「でもさ……結局オタクだろ」
「全国で恥かくんじゃね」
「チー牛が混ざってるとか、マジ前代未聞で草」
誰が言ったのかは分からない。
ただ、確かに聞こえた。
(……やっぱり)
蓮は一瞬だけ視線を落としたが、すぐに顔を上げ、笑みを崩さなかった。
「ありがとな」
声を張り、あえて明るく返す。
そこへ担任が教壇に立ち、紙束を掲げた。
「はい、今月の部活変更届を配ります。部活動に所属している者は必ず記入して提出するように」
ざわ……と空気が変わる。
プリントが回り、蓮の机にも一枚渡された。
(……またか。先月も出したはずだろ?)
周囲のオタク仲間たちが小さくため息を漏らす。
「出しても結局また来るだろうな」
「出さなくても未提出でアウト。もう退部済みに扱いされたヤツもいたし……」
諦めの声が、耳の奥にまとわりつく。
昨日までの歓喜が、遠い夢のように霞んでいった――
そのとき、机の上のスマホが小さく震えた。
画面に浮かんだのは拓真からのLINE。
《昼、玲央と一緒に飯でも行かない?》
蓮は一瞬だけ迷ったが、すぐに返信を打つ。
《わかった》
数秒後、すぐに既読がつき、返事が飛んでくる。
《授業終わったらそっち行くわ》
小さな光が胸の奥に差し込む。
(……まだ、俺には仲間がいる)
午前の授業が終わって間もなく、教室の入り口から声がした。
「おーい、グース!」
拓真と玲央が並んで立っていた。
教室がざわつく。
(……うわ、マーベリックとアイスマンが直々に……)
オタク寄りのクラスメイトたちが好奇の目を向ける中、蓮は少し肩をすくめて立ち上がった。
三人でそのまま食堂へ。
だが――。
「……」
「……」
「……」
空いているのは「イケメン席」と呼ばれる窓際の特等席か、
「オタク席」と揶揄される隅のテーブルだけ。
三人の視線が一斉に交錯し、沈黙が流れた。
「……やめとこっか」
結局、弁当と飲み物だけを買い込むと、その足で屋上へ。
昼の風が気持ちよく吹き抜ける場所で腰を下ろす。
蓮はふと俯いて呟いた。
「……なんかゴメン」
すぐに拓真が眉をひそめた。
「なんで謝るん?」
声はいつもの調子だったが、その目はまっすぐだった。
蓮「なんか……お前らの足を引っ張ってるようで」
玲央「そんなことはない!」
即答だった。
一瞬きょとんとした蓮の隣で、拓真が目を丸くする。
「おおー、アイスマンが秒で否定! これはレアやな」
玲央はわずかに表情を緩め、すぐに視線を逸らした。
「……ごめん。少し強すぎた」
短い沈黙が流れる。
屋上を吹き抜ける風が三人の間をすり抜けた。
玲央はふと空を仰ぎ、言葉を続けた。
「俺がこの学校に来て、分かったことがある。
……昔、ある出来事がきっかけで、“大人は身勝手だ”と知った。
でも、世間はそれ以上に複雑で、理不尽で不条理を突きつける。
……結局あの時の大人たちは、「助けたくても、助けられない」
保身に徹するしかないんだと」
蓮と拓真は無言で耳を傾けた。
玲央の声には、普段の冷静さとは違う硬さがあった。
「この学校は、きっと早いうちにその“理不尽”を叩き込んで、首尾よく動けるために
“七星生の心構え”なんてものを用意してるんだろう」
拓真は苦笑を漏らした。
「シビアな学校やな……」
蓮は視線を落とし、小さく呟いた。
「……でも、俺はまだ……慣れそうにないや」
その声に、玲央と拓真は一瞬だけ視線を交わし、何も言わずに弁当に箸を伸ばした。
弁当をつつく音だけが響く、短い沈黙。
やがて拓真が口を開いた。
「……ならさ」
「ん?」
玲央と蓮が同時に顔を上げる。
拓真は笑みを浮かべ、言い放った。
「全国制覇して、吹っ飛ばそうぜ」
蓮は目を丸くする。
「は? そういう問題じゃ……」
すかさず玲央が口を挟む。
「だな。“オタク代表”が本気を出せば、ちゃんと輝けるってとこを見せないとな」
「……!」
蓮は思わず息を呑んだ。
拓真が身を乗り出して笑う。
「それだよ! よく言った、アイスマン!」
「勝手に盛り上がるな」
玲央は苦笑しながら箸を進めるが、その表情はわずかに柔らかい。
蓮は二人のやりとりを見て、胸の奥が少し軽くなった。
(……安心するな。俺には、こいつらがいる)
だが同時に――。
(けど、この学園には……もっと奥深い“何か”がある気がする)
蓮はそれを口には出さず、ただ小さく笑って、箸を進めた。
昼休みの終わり。
玲央と拓真が教室へ戻ると、すでに人だかりができていた。
「すげぇな、全国だってよ!」
「アイスマン、サインちょうだい!」
「マーベリック、写真撮ろー!」
級友たちが口々に声をかけ、二人を取り囲む。
拓真は笑いながら軽口を返し、玲央は淡々と応じる。
その輪の後ろから、涼子が一歩進み出た。
「はい、二人とも。差し入れ」
手にしていたのは冷えたスポーツドリンク。
「おお、気が利くなぁ」
拓真が受け取って一口飲み、爽快な声を上げる。
「ぷはー! 生き返った!」
玲央も無言で受け取り、キャップを回した。
「……助かる」
短くそう言っただけなのに、涼子は小さく頷き、微笑んだ。
周囲の女子たちが「いいなぁ」と囁き合う中、涼子は彼の隣に自然に立った。
その姿は、まさしく“彼を支える存在”そのものだった。
拓真はその空気を読み取って、にやりと笑いながら手を振った。
「おーおー、アイスマンは相変わらずクールにモテモテで。お幸せに〜」
「茶化すな」
玲央は少し眉をひそめたが、その横顔はどこか誇らしげだった。
午後の授業が終わるチャイムが鳴り、漣のクラス担任が前に出た。
「はい、部活変更届。未提出のやつは、今すぐ書いて出すように」
ざわ……と教室が揺れる。
机の上にまだ白紙のままのプリントがいくつもあった。
「……もう空欄でいいや」
前の席の男子が小声で吐き捨てる。
「出しても退部勧奨にされるしな」
別の声が重なり、机の上にペンを置く音が聞こえた。
蓮は黙って紙を取り出した。
4月初めと変わらない内容で黒い文字で印刷された欄を見つめる。
ほんの一瞬だけペン先が止まる。
だが迷わず「継続」に丸をつけた。
(……俺は、まだやる)
その紙を積み上げられたプリントの束に静かに重ねる。
担任は特に何も言わず、それを持ち去った。
蓮は胸の奥に小さなざわめきを感じていた。
“本当に、この紙は通るのか?”
そんな疑念を飲み込みながら、表情は崩さなかった。
教室の外では夕陽が差し込み、窓際の机を赤く染めていた。
その光と影のコントラストが、今の心の中を映しているように思えた。
漣はこれ以上を考えずに教科書をカバンに入れ、拓真たちがいる部室へと向って行った。
放課後のグラウンドには、夕陽がまだ高く照っていた。
県大会を制したばかりだというのに、七星中サッカー部はすでに次の舞台に向けて走り出していた。
「もっと速く! ラインを意識して!」
平井先生の怒号が飛ぶ。
笛の音に合わせて、全員が一斉にスプリント。
砂煙が立ち上り、息を切らす声が交錯する。
蓮は必死に足を前へ出す。
「っ……はぁ、はぁ……!」
肺が焼けるようだ。だが止まるわけにはいかない。
横を走る拓真がちらりと振り返り、にやっと笑う。
「おいグース、置いてくぞ!」
「言われなくても!」
蓮も笑みを返し、さらに加速する。
その後ろでは玲央が冷静にペースを刻み、全体を見渡していた。
「速さばかりじゃない、位置取りを意識しろ」
短い一言が響き、部員たちの動きが修正される。
ドリル練習では、玲央の正確なパスに拓真が走り込み、蓮が決める――その連携が何度も繰り返された。
「ナイス、決まった!」
歓声があがり、ボールは再びセンターに戻される。
だが練習は終わらない。
走り込み、パス回し、シュート練習。
太陽が沈みかけても、誰一人として手を止めなかった。
「よし、最後の一本!」
平井先生の声が響く。
全員が一斉に走り出す。
汗が飛び散り、シューズが地面を叩く音が重なる。
その中で、蓮の胸は高鳴っていた。
(俺たちは……全国で戦うんだ。勝ちに行くんだ!)
ゴールネットを揺らす音と同時に、部員たちの声が夜空に響いた。
「おおおーーーっ!!!」
練習の終わりを告げる笛が鳴ったとき、全員が地面に倒れ込んでいた。
それでも誰の顔にも、確かな笑みが浮かんでいた。
別の日のサッカー部室。
ホワイトボードには発表された全国大会の組み合わせを見ての
戦略会議。
常連で出場している学校もあれば、七星のように初めて出場している学校が並ぶ
そして、最も警戒すべき相手は、サッカーの名門・東京の「千束大学附属中学校」
この時蓮は別の用事で不在だが、事前にこの情報と戦術はわたっている。
「…説明は以上です」
クラブ経験者であり、相手校の見学をしたことがある玲央が一通り説明した後
「…あのさ」
上級生が腕を組んで言い放った。
「相手が相手ならさ、なおのことスタメンは“マーベリック”と“アイスマン”で十分だろ。」
「グラウンドでただ走ってるだけの“ガチョウ”なんて、足手まといじゃね?」
空気がピリッと凍る。
「……は?」
拓真が机を叩いた。
「何言ってんスか、先輩。グース…いや、野中は…」
「藤井」
玲央は拓真をなだめながら、一歩前に出る。
冷たい視線で先輩を射抜いた。
「確かに数字や側から見れば、彼は突出していないし、意味もなく無駄にフィールドを走ってるだけに見えるかもしれません。
ですが、彼がいないとチームの連携バランスは崩れ、予選敗退の可能性は非常に高くなります。」
先輩は鼻で笑った。
「ふーん。そうなんだ。でも、それはお前たちの見解だよね?短絡すぎる」
「俺たち上級生に掛かれば、全国のどんな相手だって鎧袖一触だ」
玲央は一瞬黙り、やがて低く告げた。
「……分かりました」
静かな声に、全員の耳が傾く。
「今度の練習試合、先輩方のほかに蓮と1年だけを出します。
あなた方が勝ったら、全国の全試合から彼を外しましょう」
「なっ……!?」
拓真が思わず振り返った。
「おい玲央、お前正気か!?」
だが玲央の瞳は揺れていない。
「逆に、あなた方が負けたら――分かりますよね」
先輩は口角を吊り上げ、即座に答えた。
「いいだろう。俺たちがあの“ガチョウども”に負けるわけがない」
拓真は頭を抱えた。
(マジかよ……けど、あの顔。アイスマン、確信があって言ってるな)
静まり返った部室に、玲央の冷たい声だけが響いた。
「――では、決まりです」
こうして、その日の戦術会議を終えた。
練習試合当日
5月とはいえこの日の天候は夏日とあってか
陽射しがじりじりとグラウンドを焼いていた。
七星学園と、隣町の市立あかねヶ丘第一中学校
かつて全国ベスト4まで駆け上がった強豪が、練習試合という名の真剣勝負で激突する。
観客席には部員や顧問、数人の保護者、そして涼子の姿もあった。
彼女は手にスケッチブックを抱え、じっとピッチを見つめていた。
蓮「え、二人とも出ないの?」
玲央はわずかに眉を下げ、申し訳なさそうに言った。
「……先輩たちの態度にカッとなってな。つい、あんな賭け方をしてしまった」
「でもさ」
拓真が肩を叩く。
「“今の”お前なら絶対できるよ」
「……」
蓮は唇を噛む。相手は元全国ベスト4。名前だけでも威圧感がある。
玲央は続けた。
「代わりというわけじゃないが、“ハンデ”という意味で
1年の後藤と南、さらにベンチには湯田と2年の川嶋を置いた。
先輩たちを油断させるためだ」
拓真も笑みを浮かべる。
「スタミナはちょっと劣るけど、技量は申し分ない。彼らには調整を済ましてある」
蓮は深呼吸し、頷いた。
「……分かった」
ピッチに向かう直前、玲央が声をかけた。
「蓮、“いつも通り”やれば必ず勝つから!」
蓮は振り返えず、ただ右手を高く挙げて応えた。
前半の始まりを告げるホイッスルが鳴り響く。
序盤は七星上級生主体のチームがボールを回す。
「落ち着いていけ!」
「パス通せよ!」
声は大きい。だが、そのプレーにはどこか油断が混じっていた。
あかねヶ丘の選手たちは素早いチェックとフィジカルの強さで圧をかける。
前半10分。
七星のDFラインが一瞬緩む。
「えっ!?」
ボランチとセンターバックの間にぽっかりと空いたスペースを、あかねヶ丘のFWが一気に抜け出した。
そのままシュート――。
ゴールネットが揺れる。
0-1。
観客席がざわつく。
「うそだろ、先輩たちが……?」
涼子も思わず息を飲んだ。
一方の蓮チームは序盤から押され気味だった。
後藤は緊張で足が硬くなり、南はサイドでボールを持つも潰される。
「やば……全然動けねぇ」
「パス出すとこなくないか!?」
蓮は必死に声を張った。
「南! もっとサイドに張れ! 後藤は裏を狙って!」
短い指示が飛ぶ。
その声に二人の表情がわずかに変わった。
後藤「……わかった!」
南「オッケー!」
次第に動きが噛み合い始め、ボールが繋がるようになる。
それでも相手の圧力は強く、決定打はなかなか作れない
前半25分、あかねヶ丘が再び猛攻。
七星の先輩チームは声を張るものの、足がついていかない。
なんとか蓮が身体を投げ出して防ぐが、ボールは簡単に相手に回収される。
「ぐっ……!」
土埃を巻き上げながら立ち上がる蓮。
その姿を涼子が強く見つめていた。
(……一人で背負ってる。でも、それでも止めようとしてる……)
前半終了の笛。
スコアは0-1。
七星上級生チームが劣勢のまま折り返した。
ハーフタイム
グラウンドの端に設けられたベンチに、選手たちが汗を拭いながら戻ってきた。
七星の上級生たちは明らかに動揺していたが――それを隠すかのように声を張り上げた。
「た…たまたま一点やられただけだ!」
「そうだ!後半は俺たちがすぐに取り返してやる!」
拳を握り、強がりを見せる先輩たち。
だがその呼吸は荒く、額には冷や汗が滲んでいる。
拓真は苦笑を浮かべ、隣に立つ蓮はただ黙ってペットボトルの水を口に含んだ。
そんな中、玲央が一歩前に出る。
整った顔に一切の感情を浮かべず、淡々とした声で言った。
「――期待してます」
静かな一言。
一見すると励ましに聞こえる。
だがその声音には、確かな冷たさと棘が潜んでいた。
「お、おう。任せとけ!」
先輩たちは気づかずに得意げに頷く。
だが蓮と拓真は、一瞬だけ顔を見合わせた。
(……絶対、期待してねぇ)
心の中で同じ結論にたどり着き、苦笑が漏れそうになる。
そのやりとりを、涼子は観客席から見ていた。
玲央の視線の鋭さに背筋を震わせつつ、蓮の拳の震えを見逃さなかった。
(……蓮くん。後半で証明するんだよね)
グラウンドに再びホイッスルが鳴り響こうとしていた。
ベンチの端。
後藤は膝に手をつき、荒い息を整えていた。
「くっそ……全然ダメじゃん、俺」
南もボトルの水を口にしながら、うつむいている。
「スピードは出せるけど、潰されてばっかで……ごめん」
蓮は二人の肩に手を置いた。
「なに謝ってんだよ。まだこれからだ」
顔を上げた後藤と南に、蓮は短く、しかしはっきりと告げた。
「後藤、お前の飛び出しは武器だ。もっと思い切って裏に走れ」
「南、お前はサイドで張っててくれ。チャンスが来たら一気に仕掛けろ」
二人は目を丸くする。
「……できるかな」
「やってみるよ」
蓮は強く頷いた。
「大丈夫。“いつも通り”やれば絶対に勝てる。俺がボールを運ぶから」
その言葉に、後藤と南の表情から迷いが消えていく。
ホイッスルが鳴り響く。
三人はピッチへと駆け出した。
後半戦が、始まる。
相手は全国経験を誇るあかねヶ丘第一中学。攻撃の手を緩めるはずもない。
序盤から押し込まれ、蓮は自陣ゴール前まで戻って身体を張った。
「ぐっ……!」
鋭いシュートを足でブロックし、倒れ込みながらも必死にクリアする。
「ナイス、グース!」
拓真の声が飛んだ。ベンチから玲央もわずかに頷く。
後半15分。
相手が前掛かりになった一瞬の隙を、蓮が見逃さなかった。
「南! 今だ、サイド!」
蓮からのパスを受けた南が全力で駆け上がる。
相手DFが追いすがるが、南は身体を入れて振り切った。
「クロス行け!」
蓮が叫ぶ。
南は左足で鋭いボールをゴール前へ送った。
そこに走り込んでいたのは後藤。
「うおおおっ!」
頭で合わせる――ズドンッ!
ネットが大きく揺れた。
1-1同点に持ち込んだ。
観客席からどよめきが上がる。
涼子も思わず立ち上がり、手を叩いた。
「やった……!」
同点に追いつかれ、あかねヶ丘は必死に反撃してくる。
速いパス回し、強烈なシュート。
だが蓮は泥臭く走り回り、ボールを刈り取った。
そして後半残り5分。
相手のコーナーキックを防ぎ、ボールは蓮の足元に転がる。
「行ける……!」
蓮はドリブルで中盤を突破。
追いすがるDFをかわし、サイドに流れる南へスルーパス。
南が切れ込んでクロス。
「頼むぞ、後藤!」
蓮の叫びと同時に、後藤が飛び込み――ヘディングシュート!
ゴールネットを突き破らんばかりの勢いでボールが吸い込まれた。
2-1。逆転を果たしたとき
スタジアムに笛が鳴り響いた。
蓮+1年コンビの奮闘で、七星は見事にあかねヶ丘第一中学を下した。
拓真はベンチから飛び出し、蓮に駆け寄る。
「やったなグース! お前、最高だ!」
玲央は腕を組んだまま、冷静に告げた。
「――これで証明されたな」
観客席で見ていた涼子は、胸を押さえて小さく笑った。
(やっぱり、必要なんだ。グースは……)
上級生チームの選手たちは肩で息をしながら、悔しそうに視線を落とした。
「……まさか、"ガチョウども"に負けるとは…」
「くっ……一瞬の隙を突かれるなんて……」
誰も大声で文句を言えない。
結果は結果、スコアボードがすべてを物語っていた。
玲央が一歩前に出る。
「お疲れ様でした。先輩たちの今後の戦略の参考になりました。」
上級チームは力弱く会釈するだけだった。
「これでお分かりだと思いますが。醜い“アヒル”がひよこを引き連れても勝利を導いた。
これは今後の試合において不要どころか、必要不可欠なのです」
冷静な声音が突き刺さり、先輩たちは顔を歪めて押し黙り、更衣室に向って行った。
ベンチに戻った蓮は後藤と南に笑いかけた。
「後藤、ナイスゴール。お前の飛び出しはホント武器になる。」
後藤は汗だくのまま目を丸くした。
「えっ……いや、俺なんか……でも、ありがとうございます!
野中先輩の的確な指示だと思います。」
顔を赤くして頭をかく。
蓮は続けて南の肩を叩く。
「南もスピードが効いてた。あのクロス、完璧だったよ」
南は満面の笑みを浮かべ、拳を握った。
「やったぁ! オレでも役に立てたんだ!」
拓真が二人をひょいと抱え込むようにして叫んだ。
拓真「お前ら最高! な? グースと組めば輝くってことだ!」
漣「おい!」
玲央は腕を組んだまま、静かに頷いた。
「おつかれ。……今日の勝利は“偶然”ではない。
彼らの持ち味を引き出した蓮の判断と、後藤・南自身の実力だ」
その言葉に二人は顔を見合わせ、誇らしげに胸を張った。
平井先生がグラウンドの端から声を張り上げる。
「よーし! これで全国への布陣は決まりだ!
マーベリック、アイスマン、そして――グース! この三角形で挑むぞ!」
拍手と歓声が沸き起こり、蓮は思わず笑顔になった。
けれど胸の奥では、微かなざわめきが消えなかった。
(……本番で、どんな圧力が来るんだろう)
全国大会を控えた金曜の午後
授業がない代わりに、体育館は全校生徒で埋め尽くされていた。
天井近くまで吊るされた横断幕には、大きく「七星、全国へ!」の文字。
吹奏楽部のファンファーレが鳴り響き、ステージにサッカー部員たちが整列していた。
壇上に立った校長がマイクを握り、激励する。
「お前たちの努力は、七星学園(この学校)の誇りだ! 胸を張って、全国に挑んでこい!」
大きな拍手。
続いて平井先生が前に進み、笑みを浮かべながら声を張った。
「みんな、見てくれ。これが――七星サッカー部の“翼”だ!」
観客席からどっと歓声があがる。
「マーベリック!」
「アイスマン!」
拍手が湧き上がり、名前を連呼する声が体育館を揺らした。
その合間に、確かに混ざっていた。
「グース!」
だが、同時にブーイングも重なる。
「オタクが何だよ!」
「恥だから出るな!」
――笑い声、冷たい視線。
ステージ上で拍手を受けながら、蓮の胸はざわついていた。
(……やっぱり、俺は外側なんだ)
横で手を振る拓真がちらりと視線を寄こす。
(……ウソだろ、まだそんな声が出るのかよ)
苦笑しながらも手を挙げる彼の仕草に、蓮は小さく頷き返した。
一方、玲央はわずかに表情を固くしていた。
拍手と声援を受けながら、眼差しは冷たい。
(くだらない……こんな声に意味はない)
平井は観客席に目を走らせ、一瞬だけ眉をひそめた。
だがすぐに表情を整え、マイクを握り直す。
「全国は甘くない。だが――お前たちならやれる! 七星を信じて戦ってこい!」
再び大きな拍手。
体育館の熱気が揺れる中、蓮は目を閉じて深く息を吸い込んだ。
(ここまで来たんだ。もう迷わない……俺は、このチームで戦う)
握りしめた拳に、力がこもった。
帰りのホームルーム。
ざわめきの中、委員長がゆっくり立ち上がった。
「……あの、みんなに相談して、用意しました。野中くん、前に来てくれるかな?」
差し出されたのは、一枚の色紙。
カラフルな文字でびっしりと埋め尽くされている。
「野中くん、このクラス…いや、僕らの代表だから。これ、持って行ってほしい
そして、「その高み」へと立ってほしい」
蓮は一瞬、言葉を失った。
震える手で色紙を受け取り、文字を追う。
『がんばれ!』
『全国で輝け!』
『#グース』――おどけた落書きに、思わず笑いそうになる。
「……ありがとう……ございます」
涙が頬を伝うのを隠せなかった。
「全国制覇、目指して頑張ります!」
教室に歓声が広がった。
普段は声を上げない子も、がんばれと声を上げて拍手をおくった。
批判も皮肉も、そこには一切なかった。
ただ――仲間としての応援だけが、教室を満たしていた。
ざわめきが落ち着いたところで、担任が職員机の引き出しを開けた。
中には、配布予定だった封筒の束。
一瞬、手をかけ――ふと、蓮とクラス全員の笑顔に視線を移す。
担任は引き出しを閉めながら、心の中でだけ呟いた。
(せめて今くらいは……夢を見させてやりたい)
「よし、それじゃ今日はこれで帰りの会を終わる。
来週は通常授業だからな!」
生徒たちが先生の声掛けに応じる
それでも、歓声と笑い声に包まれて教室は一気に明るくなった。
その夜。
野中家の食卓には、母の手料理と父のスーパー特売で買ってきた唐揚げや寿司が並んでいた。
「おー、豪華豪華! 全国行きのお祝いだな!」
父が瓶ビールを掲げてにやける。
「もう、お父さん……。今日は休肝日なんだから、乾杯はジュースでしょ?」
母が慌てて取り上げ、炭酸飲料を三つ並べる。
「じゃあ改めて!」
父が声を張る。
「全国制覇を目指す――我が家のエースストライカー、野中蓮に乾杯!」
「かんぱーい!」
弾ける音と一緒に、蓮はグラスを口に運んだ。
胸の奥が熱くなる。
母が優しく笑いながら言った。
「蓮、クラスのみんなから色紙もらったんだって?」
「……うん」
カバンからそっと取り出すと、父と母が身を乗り出した。
「おお、びっしり書いてあるじゃないか!」
「いい仲間に恵まれてるのねぇ」
父が目を細めて、ぼそりと呟いた。
「……オタクでも、こうして認められる時が来るんだな」
「ちょっと!」
母に軽く小突かれ、父は慌てて取り繕う。
「い、いや悪い意味じゃなくてな! 俺だって応援してんだから!」
蓮は笑って首を振った。
「大丈夫。……ありがとう」
その一言に、父も母も目を細める。
家族だけの、ささやかな夜。
でもその温もりは、何よりの力になった。
出発当日
早朝の羽田空港は、部員とその家族たちで賑わっていた。
大きな荷物を抱えた選手たちが次々にチェックインカウンターへ向かい、
ロビーのあちこちで「頑張ってこいよ!」「気をつけて!」という声が飛び交う。
蓮も父と母に深々と頭を下げた。
「……行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい。体に気をつけてね」
母がそっと背中を押し、父は軽く拳を突き合わせてくる。
蓮も拳を合わせ、笑顔で応えた。
搭乗口へ向かう直前、玲央がふと立ち止まった。
「玲央くん」
呼び止めたのは涼子だった。
彼女は小さなお守りを差し出す。
「これ……持ってて。ずっと、祈ってるから」
玲央は一瞬驚いたように目を瞬かせ――受け取り、短く答えた。
「……サンキューな」
「うん……がんばって」
微笑みを返す涼子に、玲央は小さく頷いた。
そのやり取りを横目で見ていた拓真が、保安検査場を通過した途端ニヤリとする。
「いやぁ〜今の、キスでもするかと思ってハラハラしたぜ〜」
「うるせぇー」
玲央が眉をひそめて言い返し、思わず笑みが漏れる。
「ぷっ」
「あはははっ」
蓮も思わず吹き出し、三人の笑い声が響いた。
重たい空気は消え、少しだけ肩の力が抜けていた。
「皆さま、福岡空港に到着いたしました…」
飛行機のタッチダウン後の機内に流れたアナウンスに、蓮の胸は高鳴る。
「おおー! 見ろよグース! 窓の外、ぜんっぜん景色が違う!」
拓真は子どものように航空機の窓に張りつき、指を差す。
「……空港は空港だろ」
玲央は至って冷静に突っ込む。
「いやぁ〜テンション低いな、アイスマン!」
拓真が笑うと、蓮も思わず苦笑した。
空港からバスで40分ほど。
到着した宿舎を見て、思わず声が漏れる。
「すっげ……」
蓮の言葉に、後ろから部員たちもざわめいた。
白壁にガラス張りのエントランス、広々としたロビーに並ぶ観葉植物――ホテルの光景に、
普段冷静な玲央さえも見とれている。
「……想像以上だな」
ぽつりと呟いた玲央に、拓真がニヤリ。
「おいおい、人のこと言えねーな、アイスマン!」
「……っ」
玲央は顔を赤らめ、そっぽを向いた。
その姿が珍しくて、蓮もつい笑ってしまう。
夜、夕食会場のホールに入るとさらに圧倒された。
他県代表のチームがずらりと並び、広いテーブルには色とりどりの料理が所狭しと並んでいる。
ステーキに刺身、カレーにパスタ、そして色鮮やかなデザート。
「うわっ……どれから取ればいいんだ……!」
蓮は迷った末に、とにかく皿に盛れるだけ盛ってしまった。
「お前、山盛りすぎだろ!」
拓真が笑って肘で突く。
「……食えるなら問題ない」
玲央は涼しい顔で言ったが、彼の皿の上にもきっちりステーキが乗っている。
「いやいや、アイスマンがちゃっかり肉持ってきてるの初めて見たわ」
「……うるさい」
耳まで赤くした玲央に、蓮と拓真は吹き出した。
会場のあちこちでは、全国の強豪たちが食事を取りながら談笑していた。
「さすが静岡中だ」「次は当たりたくないな」――そんな囁きが聞こえてくる。
七星の3人は顔を見合わせ、
「北海道代表はフィジカルで押してくるらしいな」
「じゃあ後藤の走力を活かさなきゃな」
と簡単に戦術を確認し合い、その日を終えた。
翌朝。大会当日。
開会式を終え、初戦の北海道代表の試合があるため、控室に戻る。
スタンドの大歓声が、壁越しに微かに響いてくる。
蓮がぽつりと呟いた――
「……俺たち、本当にこの舞台にいるんだな」
拓真がにかっと笑った。
「当たり前だろ。ここまで勝ち上がってきたんだから!」
玲央も小さく頷く。
「……頂点を獲る。そのために来たんだ」
三人の言葉が、控室の中で不思議と鮮やかに響いた。
廊下を抜けると、スタジアムに大歓声が響いた。
夏の温かく少し湿った空気が抜ける中、七星学園のイレブンは入場ゲートからピッチへと足を踏み出す。
「うわ……」
蓮は思わず立ち止まりそうになった。
観客席を埋め尽くす人波、鳴り響く応援太鼓。
これまでの県大会とはまるで別世界だ。
「おい、固まるなグース!」
拓真が背中を軽く叩き、ニヤリと笑った。
「俺らはもう“全国の選手”なんだぜ?」
「……うん」
蓮は深呼吸して前を向いた。
前半の始まりを告げるホイッスルが鳴り響く。
北海道代表は噂通り、屈強なフィジカルで押してきた。
開始10分、七星の守備陣は分厚い当たりに苦戦する。
「っ……!」
湯田が身体をぶつけられ、よろめきながらもボールを蹴り出す。
「ナイス、湯田!」
蓮が叫ぶが、ボールはすぐに相手に拾われ、波状攻撃が続いた。
玲央は冷静にラインを整えながら、仲間に指示を飛ばす。
「引くな! スペースを埋めろ!」
ゴール前、相手のシュートがクロスバーを直撃。
肝を冷やしたが、なんとか零れ球を掻き出してピンチを凌ぐ。
前半20分過ぎ。
拓真が中盤でボールを奪い、すかさずサイドへ展開。
「行け、グース!」
蓮が走り込み、相手DFを背負いながらも巧みに体を入れ替える。
「はぁっ!」
思い切り右足を振り抜く――ゴール左隅へ突き刺さった!
「決まったぁぁーーーッ!」
スタンドから一斉に歓声が上がる。
「ナイスだ蓮!」
拓真が抱きつき、玲央も短く「よくやった」と告げた。
1点リードのまま後半へ。
北海道代表はさらに攻撃を強め、再三ゴールを脅かす。
「うおおっ……!」
湯田が再び身体を張り、ゴール前で相手の突破を阻む。
「俺がカバーする、下がれ!」
蓮が即座に戻ってボールを奪還。
チーム全体で必死に耐え、時間を稼いでいった。
残り5分。
カウンターのチャンス、玲央が視線だけで拓真に合図を送る。
「任せろ!」
拓真が相手を引きつけ、絶妙なスルーパスを前線へ。
蓮が再び抜け出し――シュートフェイントでDFをかわし、冷静にゴール右へ流し込んだ。
「やった……!」
2点目が決まり、勝負あり。
試合終了のホイッスル。
七星、全国初戦を2-0で突破。
肩で息をしながら、蓮は空を仰いだ。
「……本当に、全国で点を取ったんだ」
胸の奥で震えるような実感が湧き上がる。
「グース! お前、やっぱ持ってるな!」
拓真が笑いながら肩を組む。
玲央も短く言った。
「まだ一戦目だ。浮かれるな。……でも、よくやった」
三人の笑みが、眩しいほどの青空の下に広がった。
控室に戻る途中。
湯田が汗だくのまま、うつむいて蓮に声をかけた。
「野中先輩……すみません。何度も抜かれかけて……」
「いや……初めてにしては、いい線いってたと思うよ」
蓮は息を整えながらも、少し自信なさげに言った。
その会話を横で聞いた拓真が、湯田の肩を軽く叩く。
「ナイスディフェンスだったぞ。次の相手はもっと食って掛かってくるだろうけどな」
「……だそうだ」
蓮が笑って付け加えると、湯田はハッと顔を上げた。
「はいっ!」
その声に、控室の空気が少しだけ明るくなった。
別の日。
全国大会二戦目の相手は、関西代表。
昨年ベスト8に入った常連校で、攻守の切り替えの速さと足技の巧みさに定評があるチームだった。
前半開始のホイッスルと同時に、関西勢は怒涛のプレスを仕掛けてきた。
「早っ……!」
蓮が思わず声を洩らす。
拓真のパスはことごとくカットされ、玲央の冷静なビルドアップも相手の俊敏なチェックに阻まれる。
「スペースが……ない!」
後藤も必死に走るが、思うように展開できない。
前半15分、七星は自陣ゴール前でファウルを与えてしまう。
直接FK――相手のキッカーが放った弾道は鋭く、ゴールネットを揺らした。
「くっ……!」
1点を先制され、スタンドから歓声が湧き上がる。
前半終了のホイッスルが鳴り、ロッカールームに戻ると、
全員が肩で息をしていた。
「このままじゃ潰されるぞ」
拓真が苦々しく言う。
玲央は静かに水を飲み干すと、短く切り出した。
「後半は割り切る。ロングを減らして、繋いでいく」
「でも、相手は速いぞ」
蓮が眉を寄せる。
「だからこそだ。相手の速さを利用して、裏を突く」
玲央の冷静な声に、仲間たちは頷いた。
後半のキックオフと同時に、七星は戦い方を変えた。
短いパスを繋ぎ、リズムを崩さず相手の勢いを逆手に取る。
「グース、走れ!」
拓真の声に蓮が反応し、玲央からのスルーパスを受けて前線へ。
相手DFが飛び込んでくるが――
「南!」
蓮が横へ流すと、南が飛び込み、冷静にゴール右へ押し込んだ。
「よっしゃあああ!」
ベンチが総立ちになり、スコアは1-1。
その後も一進一退が続く。
後藤が体を張って相手の突破を阻み、湯田も懸命にボールを掻き出す。
「ナイスだ湯田!」
蓮が叫ぶと、湯田は必死に頷いた。
終了間際、相手の決定機を玲央がギリギリのスライディングで防ぐ。
ホイッスルが鳴り響き、試合終了。
結果は1-1。
勝利は逃したが、予選リーグ突破を確実にする大きな一戦となった。
控室に戻ると、蓮が大きく息を吐く。
「……ほんと、全国ってのは甘くないな」
拓真が笑って肩を叩く。
「でもな、だからこそ勝ちがいがあるんだろ?」
玲央も頷き、短く言った。
「次は勝つ。それだけだ」
三人の視線が交わり、その熱は確かに次戦へと向かっていた。
準々決勝の舞台は、その日の天候が夕方に雨が降る予報のせいか
午前の冷たい風が残る大きなスタジアム。
七星の相手は東北代表。
体格に恵まれ、球際の強さで勝ち上がってきた屈強なチームだった。
「うわ、でけぇ……」
東北代表選手の身長を見て、蓮が思わず呟く。
「油断するな。前線の高さは脅威だ」
玲央の声が低く響く。
拓真は笑って肩を組む。
「でけぇからってビビるな。サッカーはサイズだけじゃねぇ」
前半のホイッスルと同時に、東北代表はロングボール主体で襲い掛かってきた。
空中戦での競り合いはことごとく相手が制し、七星は防戦一方になる。
「ぐっ……!」
湯田が必死に身体をぶつけるも、押し込まれてシュートを許す。
クロスバー直撃――危うく先制されるところだった。
前半25分。
東北の長身FWが放ったヘディングがネットを揺らし、0-1。
「チッ……」
蓮は悔しさを噛みしめながら中央へ戻り、チャンスを伺っていたが
相手は幾度なく阻まれてゆく。そして…
ピピーッ
前半終了を告げるホイッスルだけが、無情に鳴り響いた。
七星のロッカールームは、重苦しい空気に包まれていた。
「このままじゃ…押し潰される」
「身長もまた、脅威なんですね…」
後藤と湯田が不安げに言う。
玲央は冷静に戦術ボードを見つめ、短く告げた。
「高さでは勝てない。だが足はどうだ?」
「……?」
「相手の戻りは遅い。繋いで走れば、必ず綻びは生まれる」
拓真が「なるほど」と言いながらニヤリと笑った。
「よし、それで行こう。南、後藤! お前らの走りが鍵だ!」
「はい!」
二人の1年生が力強く頷いた。
後半
戦術を切り替えた七星は、ショートパスで相手を振り回し始めた。
玲央が中盤でリズムを作り、拓真が巧みにスペースへ走る。
「グース!」
拓真のスルーパスを受けた蓮がサイドを突破。
ゴール前へクロス――南が飛び込み、ヘディング!
ゴールネットが揺れた。
「よっしゃああ!」
同点弾にベンチが沸き立つ。
1-1のまま試合は終盤へ。
東北代表は再びパワープレーで押し込んでくる。
「やらせるか!」
湯田が身体を張り、拓真も必死に下がってカバー。
玲央がこぼれ球を拾い、素早く前線へ送る。
「蓮、ラストだ!」
拓真の声に押され、蓮が全力で駆け上がる。
残り時間わずか。ゴール前で相手DFと競り合いながらも、
「ここで――!」
渾身の一撃を叩き込んだ。
ゴール!
七星、土壇場で逆転!
試合終了のホイッスルが鳴り、スコアは2-1。
七星学園、劇的な勝利で準決勝進出を決めた。
「やった……!」
蓮は倒れ込むようにピッチに膝をついた。
「グース! ナイスゴール!」
拓真が笑いながら抱き起こす。
玲央も短く言った。
「……よく決めた」
観客席からは「マーベリック&グースみたいだ!」という声援が響いていた。
準々決勝を突破した翌日。
午後に組まれた静岡中の試合を観ようと、七星のメンバーは観客席に腰を下ろしていた。
「うわ……人の入りが違うな」
蓮は思わず周囲を見渡した。スタンドのあちこちに「静岡」の旗がはためいている。
「去年の王者だぞ。注目度が違うのは当然だ」
玲央が淡々と言う。
漣は静岡のメンバーの中から、ゴールキーパーのほうを集中して見ていた。
「漣、なんでGKをガン見してるの?もしかして、推し?」
拓真はニヤリとからかう。
「そんなんじゃねし。ただ…小学校の時に転校した遊び仲間に似てるなーって思って…」
漣の話を終えると、ホイッスルが鳴り、試合が始まった。
静岡は序盤から正確なパス回しで相手を圧倒する。
中盤の選手たちが一度もボールを止めず、流れるように展開。
そのままサイドへ振り、クロスから完璧な形で先制点を奪った。
「はっや……」
拓真が目を丸くする。
「パスが全部、計算されてるみたいだ」
「……いや、実際そうなんだろうな」
玲央は冷静に語っていたが、あまりの正確さに寒気を感じた。
相手のシュートを試みるも、GKがことごとく受け止められ、ミドルシュートで
ボールが押し戻され、仲間のシュートでそのまま追加点をあげた。
蓮はごくりと喉を鳴らした。
相手が必死に食らいつこうとしても、静岡は慌てる様子もない。
終わってみれば3-0の完勝だった。
完璧無欠
それ以外の言葉が見出せないほどの勢いだった。
観客席からは「やっぱ静岡だ!」「王者の貫禄だな!」という声が飛び交う。
蓮は拳を握りしめる。
「……強い。でも」
拓真が笑う。
「でも、だからこそ燃えるよな!」
玲央は目を細めてピッチを見つめた。
「強さの裏に綻びは必ずある。――見つけて突く。それだけだ」
三人は顔を見合わせ、無言で頷いた。
決勝の相手が誰になるのか、その時点で全員が確信していた。
準決勝当日・宿舎にて
朝の食堂。
昨日まで全国から集まったチームで賑わっていたはずの空間は、今は随分と静かになっていた。
長机に並んでいたジャージ姿の集団は姿を消し、代わりにスーツケースを引いた観光客や家族連れがぽつぽつと座っている。
「……一気に人減ったな」
トレーを持ちながら、拓真が周囲を見回した。
パンやスクランブルエッグが並ぶビュッフェ台も、今は待ち時間なしで取れる。
蓮はオレンジジュースを注ぎながら、少し息を吐く。
「昨日まで、どこもかしこも強そうに見えたのに……。もう帰っちゃったのか」
玲央は静かに牛乳を手に取り、短く言った。
「残ってるのは“勝った者”だけだ。俺たちも、今日で試される」
「出たよ、アイスマン節」
拓真が苦笑して席に着く。
けれど口ぶりは軽くても、目の奥には同じ緊張があった。
蓮はパンをかじりながら、落ち着かない視線を窓に向けた。
外にはバス待ちの観光客が行き交い、カメラを構える姿もちらほら。
その日常的な喧騒が、逆に胸をざわつかせる。
「……俺たち、本当に準決勝まで来たんだな」
ぽつりと漏れた言葉に、拓真が笑って肩を叩いた。
「当たり前だろ。ここまで勝ち上がってきたのは偶然じゃねぇ。俺たちがやってきたことの証拠だ」
玲央も小さく頷く。
「慢心するな。ただ――自分を信じろ。蓮」
蓮は一瞬きょとんとした後、こくりと頷いた。
「……ああ。わかった」
食堂のざわめきの中、三人は短い沈黙を共有した。
その沈黙には、不安も緊張も、そして確かな覚悟も混じっていた。
バスの中。
窓の外に流れる街並みを横目に、選手たちがそれぞれ声を弾ませていた。
「次は絶対点取るぞ!」「静岡には負けねえ!」――そんな声が響く中、玲央はスマホを手にしていた。
画面に浮かぶ通知。差出人は涼子。
涼子
《おはよ》
《……緊張してる?》
玲央
《……ああ。正直、自分でも怖いくらいだ》
すぐに返事が届く。
涼子
《素直でよろしい》
《そういう時の玲央くんの方が、むしろ信じられる》
玲央は少しだけ息を吐いて、窓の外に視線を向けた。
画面にはさらに短いメッセージ。
涼子
《勝ったら、もうひとつの“お守り”を渡すね》
玲央
《……お守り?何の?》
涼子
《内緒》
《今はただ、目の前の試合に集中して》
玲央
《ああ。……必ず勝つ》
画面に「既読」が灯る。
それだけで、ほんの少し背中を押された気がした。
スタジアムに到着した七星学園の選手たちは、控室へと向かう途中、貼り出されたメンバー表に足を止めた。
そこには今日の対戦相手――千束中のスターティングメンバーの名前が並んでいる。
「……っ」
玲央の目がある一行で止まった。
DF 柿崎 悠真
短く息を吐く。
忘れるはずがない。かつてクラブで背中を預け合った相棒の名。
冷静を装った顔に、ほんの一瞬だけ陰が差した。
その隣で、拓真が眉をひそめる。
FW 七瀬 陸
「……マジかよ」
声に力がこもる。クラブ時代、いつも先に点を奪い合ったライバル。
勝った時の誇らしい笑顔も、負けた時の悔しさも、全部が蘇ってくる。
「知り合いか?」
蓮が小声で尋ねると、拓真は短く答えた。
「ああ。アイツらは――俺たちの過去だ」
玲央も低く呟く。
「過去が敵になる。……それだけだ」
緊張が走る。
千束中の選手たちがピッチでアップを始め、柿崎と七瀬の姿が視界に入る。
二人の視線が一瞬、玲央と拓真に突き刺さった。
笑みすら浮かべず、ただ「絶対に負けない」という意思だけを宿した目で。
蓮はその空気に飲まれながらも、ぐっと拳を握った。
(俺にしかできないことがある。……そうだろ?)
再びスタジアムの芝に足を踏み入れた瞬間、蓮の胸が高鳴った。
全国大会独特の張りつめた空気。観客席には応援団や父兄が詰めかけ、太鼓と歓声が混ざり合っている。
「……広いな」
思わず漏らした蓮の声に、拓真が笑う。
「ビビってんのか?」
「ち、違ぇよ。ただ……すげぇって思っただけ」
玲央は無言でストレッチを続け、視線を一点に据えていた。
対角線上でアップをしている千束中の選手たち。その中に、柿崎と七瀬の姿がある。
二人は目が合っても笑わない。ただ、挑むように睨み返すだけだった。
ウォーミングアップが終わり、両チームが整列。
観客の拍手が響く。
「――よし」
拓真が小声で仲間に声をかける。
「やることはひとつだ。全力でぶつかって、勝つ!」
そのまま円陣へ。
自然と全員が集まるが、どこか緊張が張りつめている。
玲央が一歩前に出た。
「相手は強い。……だが、俺たちだってここまで勝ち上がってきた。
柿崎も七瀬も、過去の仲間だ。けど今日は――敵だ」
拓真が続ける。
「俺たちのサッカーを見せつけてやろうぜ! ベスト4? そんなの通過点だ!」
最後に蓮が声を張る。
「ななほし――かつぞ!」
「「「おおっ!!!」」」
観客席から大きな拍手が起こる中、ホイッスルが鳴り響く。
準決勝――七星学園 vs 千束中、因縁の試合が幕を開けた。
「全国中学校サッカー選手権、準決勝!
神奈川県代表――県立七星学園附属中学校!
東京都代表――千束大学附属中学校!」
スタンドからどよめきが起こる。
両校の名がアナウンスされると、応援席の旗が一斉に翻った。
ホイッスルが鳴り、前半キックオフ。
千束は序盤から圧をかけてくる。
8割がクラブ経験者という層の厚さを武器に、パスは速く正確、切り替えも一瞬。
「……くそ、息つく暇もねぇ!」
蓮が必死に食らいつく。
その矢先、目の前に立ちはだかったのは――柿崎。
玲央のかつての相棒。冷徹なカットでボールを奪い取り、即座に前線へつなぐ。
「やっぱり変わらないな、柿崎……!」
玲央が歯を食いしばる。
ボールを受けたのは七瀬。
拓真の旧ライバルは、振り抜いた一撃で七星ゴールを脅かす。
「来やがったな……!」
拓真が全力で戻り、身体を張ってシュートを防ぐ。
互いの過去が激突する。
柿崎の冷徹さ、七瀬の情熱、そして玲央と拓真の誇り。
「負けられねぇ……!」
蓮も必死にボールを追う。
その姿はまだ粗削りだが、確実に二人の支えになっていた。
スタンドからは「千束強ぇな!」の声も飛ぶ。
だが七星の3人は、互いに目を合わせて頷いた。
(ここからだ――!)
会場の熱気は一層高まり、前半戦は激しい攻防へと突入していく。
千束の攻撃は苛烈だった。
玲央と同じクラブ出身の柿崎が中盤を支配し、拓真のかつての仲間・七瀬が前線で牙を剥く。
「行かせるか!」
拓真が体を張ってスライディング。だが七瀬は巧みにボールを浮かせてかわし、勢いのままシュートを放つ。
ゴール前の湯田が必死に体を投げ出す――
「っ……!」
かろうじてコースを逸らしたボールはポストをかすめ、外へ。
ピッチの空気が張り詰める。
「ナイスだ湯田!」
蓮が声を張る。
汗だくの湯田は荒い息をつきながらも、小さく頷いた。
しかし、千束は攻めの手を緩めない。
柿崎のロングパスが再び七瀬へと繋がる。玲央が前に出て立ちはだかる。
「柿崎、俺の前じゃ通させねぇ!」
冷徹な視線で相手を封じ、鋭いタックルでボールを奪取。すかさず蓮へと送る。
「任せろ!」
蓮が受け、ドリブルで前進。だが千束の守備網は厚い。
左右から二人がかりで寄せられ、進路を塞がれる。
「蓮!」
拓真が駆け上がる。玲央も逆サイドからオーバーラップ。
瞬間、三人の動きが噛み合った。
――観客席がざわつく。
「来たぞ……ミーティアだ!」
玲央が囮のシュートモーション、拓真が縦に抜け、最後に蓮が右足を振り抜く。
千束GKが反応したが、指先をかすめてネットを揺らした。
「よっしゃああああ!」
拓真が拳を突き上げる。
蓮は肩で息をしながらも、笑みを見せた。
スコアは 1 – 0。
だが千束もすぐさま態勢を立て直し、前半の残り時間を怒涛の攻撃で押し返してきた。
笛が鳴るまで、七星は全員が必死に守り切り――前半終了。
ロッカールームに戻った七星メンバー。
汗だくの体から湯気が立ちのぼる。ベンチに腰を下ろした湯田は膝に手をつき、悔しそうに下を向いていた。
「悪くなかったぞ、湯田」
蓮が肩を叩く。
「お前のカットがなきゃ、前半で逆転されてたかもしれない」
「あ…ありがとうございます。」
湯田は驚いたように顔を上げ、ぎこちなく笑った。
その横で、先輩たちが腕を組んで鼻で笑った。
「チッ、たまたま防げただけだろ。後半は俺たちが決めてやる」
「だな。“ガチョウ”に出番なんて必要ねぇ」
その言葉に拓真が眉をひそめる。
「……今なんて言いました?」
「聞こえなかったのか? “ガチョウ”はいらねぇって言ったんだよ」
空気が一気に重くなる。
拓真が立ち上がろうとした瞬間、玲央が片手で制した。
「……期待してますよ、先輩」
玲央の低い声が部屋に響く。
「俺たち抜きで勝てるなら、それはそれで最高だとおもいます。
『高等サッカー部の先輩方』に顔を向けられますし…」
言葉とは裏腹に、冷徹な視線には一片の期待もなかった。
先輩たちは少し苦い顔をしながら勝ち誇ったように笑いに変え
さらに大きな声で自分たちの戦術を語り始める。
蓮は拳を握りしめたが、玲央の目配せに気づいて黙った。
拓真も歯ぎしりしながら、黙ってタオルで汗を拭う。
そのとき、平井先生が入ってきた。
「よし、後半も気を抜くな! 集中しろ!」
形だけの檄に、先輩たちは「おう!」と答える。だがその裏で、拓真と玲央は冷たい視線を交わしていた。
「……蓮」
玲央が小声で囁いた。
「“いつも通り”やればいい。結果は後で全部証明される」
蓮は小さく頷いた。
笛の音が遠くから聞こえる。
七星の後半戦が始まろうとしていた。
ピッチに戻ると、空気がさらに張り詰めていた。
スタンドからは千束サイドの応援が地鳴りのように響き渡る。
蓮は後藤と南を呼び寄せ、真剣な顔で言った。
「……後藤、南。前半、よく走ったな」
「い、いえ! まだまだです!」
「……オレ、ディフェンスで1回抜かれて……」南が肩を落とす。
蓮は首を振った。
「違う。お前らが必死に食らいついたから、俺は動けたんだ。自信持て」
後藤と南が顔を見合わせ、思わず笑みをこぼす。
「じゃあ、後半は?」
「うん……」蓮は少し息をつき、ピッチを睨む。
「後藤はサイドを広く使え。南は俺の前にパスを預けてくれ。怖がらなくていい。全部、俺がカバーする」
「はいっ!」
二人の返事は力強かった。
そのやり取りを少し離れた位置から見ていた玲央は、腕を組んだまま口元を緩める。
「……やるじゃないか、グース」
拓真も頷きながら笑った。
「おう。あいつ、もう“ただの公園サッカー上がりのオタク”じゃねえな」
主審の笛が鳴った。
後半戦開始。
千束の猛攻が再び襲いかかる。
だが、蓮の声が後藤と南を動かし、2人は必死に体を張って防ぎ、ボールを前へつなげる。
「ナイスだ!」蓮が叫び、パスを受けると一気に加速した。
敵陣を切り裂くように駆け上がる蓮。
ほかのメンバーが同時に走り出し、三人の軌跡が交わった瞬間――
観客席からどよめきが起きた。
「……来るぞ!」
「止めろ、あいつらを!」
千束の守備陣が必死に食い止めにかかる。
だが、蓮の眼差しは揺らがなかった。
千束の攻撃はなおも鋭く、フィールドの空気を震わせていた。
「くそっ、速い!」後藤が必死にサイドを追いかける。
抜かれかけた瞬間――南がスライディングでカットし、ボールを外へ蹴り出した。
「ナイスカバー!」蓮の声が響く。
観客席からもざわめきが起きた。
「七星の一年だぞ、今の!」
「意外とやるじゃん!」
後藤は額の汗を拭いながら、歯を食いしばった。
「……まだだ、もっと走れる!」
南も頷き、すぐさまポジションへ戻る。
玲央はベンチで腕を組みながら、静かに呟いた。
「……悪くない。いや、想像以上だな」
拓真も隣で笑う。
「後藤も南も、蓮に引っ張られて成長してやがる」
そして迎えたカウンター。
南が必死に足を伸ばし、相手のパスをカット。
こぼれ球を拾った後藤が、すぐさま蓮へと繋ぐ。
「頼みます!」
後藤の叫びが響く。
蓮はトラップ一つで相手をかわすと、一直線にゴール前へ。
「来いよ……!」千束のディフェンスが壁のように立ちはだかる。
だが蓮は速度を緩めず、フェイントで一人を抜き去る。
さらにタックルを受けながらも体を捻り、ゴール正面に立った。
「打てぇぇぇ!」拓真の声が届く。
蓮は振り抜いた。
鋭いシュートが、ゴール左隅に突き刺さる――!
「ゴォォォォルッ!!」
スタンドが揺れる。
蓮は両手を突き上げ、後藤と南へ駆け寄った。
「お前らのおかげだ!」
「……先輩……!」
「まだ試合は終わってません!」南が息を切らしながらも笑う。
ベンチの玲央が静かに笑みを浮かべる。
「……やっぱりな。こいつは、輝く」
蓮のゴールで勢いづく七星。
しかし、千束学園附属中のプライドが黙ってはいなかった。
「千束の本気と意地を見せてやれ!」
監督の怒声同時に柿崎が応じるかのように、サイドを切り裂く。
そのスピードは後藤を振り切り、すぐさまゴール前へ。
「やばい!」南がカバーに入るが、七瀬が逆サイドから走り込む。
――完璧なクロス。
――正確なボレー。
「ドンッ!」とネットが揺れた。
「ゴール! 千束、追いついた!」
会場は大歓声とどよめきに包まれる。
蓮は悔しさに拳を握った。
「……っ!」
後藤と南は肩で息をしながら顔を見合わせる。
「すみません、止めきれませんでした……」
「俺も……」
蓮は二人の肩に手を置いた。
「違う。あれは相手が一枚上手だっただけだ。お前らは十分やった」
玲央がベンチから鋭い視線を送る。
「……さすが千束。だが、まだ終わりじゃない」
拓真が頷き、拳を握る。
「逆に面白ぇだろ。ここから、勝負だ!」
ピッチ上の空気が張り詰める。
千束の選手たちは勝ち誇った笑みを浮かべ、柿崎が蓮を睨みつけた。
「次は止める。お前の光はここまでだ」
蓮は視線を逸らさず、低く言い返した。
「……だったら、もっと強く来いよ」
――残り時間わずか。
勝負は最終局面へ。
同点弾を決められた後も、試合のテンションは下がらなかった。
むしろ、互いの意地と意地が正面からぶつかり合い、ピッチの熱気は最高潮に達していた。
「止めろ! もっと寄せろ!」
玲央の声がベンチから飛ぶ。
後藤が必死にサイドを追い、南が中央で体を張る。
しかし千束は人数をかけ、巧みにパスを回してくる。柿崎が一瞬フリーになり、強烈なシュートを放った。
「ドンッ!」
ゴールポストに直撃。観客が一斉に息を呑む。
「……っぶねぇ!」
拓真が声を荒げ、素早くカウンターに転じる。
後藤がボールを運び、蓮へと繋ぐ。
「レン!」
受け取った蓮は一瞬で加速。目の前には七瀬。
「来いよ!」
挑発する声に、蓮は冷静にフェイントを入れ、逆サイドへ抜け出した。
――だが、その先には再び柿崎。
「甘いんだよ!」
読み切った動きで、蓮のボールをかすめ取ろうと足を伸ばす。
「っ……!」
間一髪で体を入れ替え、ボールをキープ。だが完全には抜けきれず、無理にシュートを打つ形になった。
「セーブ!」
千束GKの両手がボールを弾き出す。
「……っ!」
蓮は歯を食いしばり、悔しさを噛み殺す。
両チームの選手たちは、もはや走るたびに足が重くなっていた。
呼吸は荒く、汗が滴り、視界は霞む。
それでも誰一人として足を止めない。
「ここで止めたら終わりだぞ!」
「最後まで走り切れぇぇ!」
残り時間、あとわずか。
ピッチの上では、まるで「延長戦」に突入しているかのような緊迫感が続いていた。
主審が時計をちらりと見やる。
「アディショナルタイム、5分!」
七星のメンバー2人を拓真と玲央に交代させた後再開の笛の音が鳴り、
七星からのスローインを放った瞬間千束の怒涛の攻撃が始まった。
柿崎が中央でボールを持ち、七瀬が右サイドを全力疾走する。
「抜けろ、七瀬!」
「任せろ!」
速い――!
南が必死に食らいつくが、七瀬は一瞬の切り返しで振り切り、鋭いクロスをゴール前へ送り込む。
「来い、柿崎!」
「ここで終わらせる!」
観客席が総立ちになる。
ゴール前に飛び込んだ柿崎、打点の高いヘディング。
「ドンッ!」
――だが、その瞬間。
蓮が必死の戻りで体を投げ出し、頭の先でかろうじて弾いた。
「ナイスだ、グース!」
拓真が声を上げ、即座にボールを拾う。
残り数秒――七星のカウンター。
拓真から玲央へ。
玲央が一瞬で加速し、ディフェンダーを置き去りにする。
「ラストだ、蓮!」
玲央のスルーパスが一直線に走り込む蓮の足元へ。
「……っ!」
蓮は胸でボールを収め、最後の力を振り絞る。
視界の端に柿崎の影。
七瀬の足音。
「止める!」
「抜かせるか!」
――だが蓮は迷わなかった。
「行けぇぇぇっ!」
豪快に振り抜かれたシュートが、一直線にゴールを襲う。
「ドォンッ!」
ゴールネットが大きく揺れる。
「ゴォォォォォル!!!」
試合終了を知らせる笛の音と同時に会場が揺れた。
ボードには「3-2」
七星――決勝進出!
蓮はその場に膝をつき、空を仰いだ。
拓真と玲央が駆け寄り、3人は抱き合う。
「やったな……!」
「これが、俺たちの――!」
「全国の舞台に行くチームだ!」
歓喜と涙の渦に包まれ、千束大学附属中との死闘は幕を閉じた。
試合後、柿崎と七瀬が拓真と玲央に駆け寄り、お互いの戦いを称えあった。
「にしてもお前のところMF、野中っていうやつ、ヤバ過ぎるだろ」
「逆にあんな奴をこっちに欲しいくらいだ…」
2人の感想を聞き、拓真と玲央は少し笑い
「彼がうちらの「秘密兵器」だ。決勝までちゃんと見てろよ」と拓真が返した。
報道陣のカメラが一斉にシャッターを切り、
「マーベリック&アイスマン、黄金のコンビ!」
「「グース」こと野中も絡んだ劇的ゴール!」
――そんな声がや記事が飛び交う。
けれど校内の速報記事では、
「マーベリックとアイスマンが導いた勝利」
とだけ書かれ、写真には二人の姿しかなかった。
気づいた者は少なかった。
ただ、そのわずかな違和感が、後に大きな影を落とすことになる――。
試合を終えた選手たちは、控室に戻るなり床に倒れ込んだ。
「はぁぁぁ……死ぬかと思った……!」
拓真がタオルで汗を拭いながら、笑う。
「お前、まだ喋る元気あるのかよ」
蓮は水を一気に飲み干し、心臓の鼓動を落ち着けようとした。
玲央は黙ってベンチに腰を下ろし、シューズを外していた。
「……全国は、甘くないな」
その声には疲労と同時に、確かな手応えがあった。
三人が顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。
「決勝……行けるぞ」
「当たり前だろ」
「……最後までやり切る」
空気は重いのに、不思議と清々しい笑顔が広がっていた。
帰りのバスへ向かう途中、蓮の名前を呼ぶ声がした。
「……野中、だよな?」
振り返った先に立っていたのは、静岡中の守護神・八木 徹。
ユニフォーム姿の彼は、どこか昔より大きく見えた。
「八木……!」
蓮の目が見開かれる。
八木はにやりと笑う。
「お前、こんな舞台にまで来てるなんてな。……正直、驚いた」
その口調には懐かしさと同時に、ライバルとしての鋭さがにじむ。
「そっちこそ、“八木ウォール”って呼ばれてるんだろ? 公園の時から、全然崩せそうにないよ」
蓮が笑って返すと、八木の目が一瞬だけ柔らかくなった。
だが、すぐに真剣な色に変わる。
「でも――今は俺、静岡のゴールを守る立場だ。昔の仲間だからって容赦はしない。
お前のシュートは、俺が全部止めてやる」
蓮も拳を握りしめる。
「……だったら俺も、お前に止められない一撃を決める」
二人の間に、緊張感と笑みが同時に走った。
その後少し談笑し、お互いを讃えながらそれぞれのところに戻る。
少し離れた場所でやり取りを見ていた拓真が、ぽつり。
「へぇ……蓮の古い仲間、か。静岡の守護神とはな」
玲央も腕を組み、目を細める。
「悪くない。だが――蓮は俺たちのグースだ。彼は簡単に止まるわけがない」
蓮は心の中で思った。
(……決勝は、ただの試合じゃない。俺と八木の、ケリをつける舞台だ)
バスの中、玲央のスマホのバイブがなる
そこには涼子からのメッセージだった。
涼子
《お疲れさま、そして決勝進出おめでとう》
玲央
《ああ、ありがとう》
《ここまで来ると思ってなくて》
《正直、怖いんだ…》
少しして返事が来る。
《素直でよろしい》
《勝ったから、もうひとつの「お守り」を渡すね》
玲央は画面を見つめ、息をのんだ。
(……お守り、か)
涼子から送られた「お守り」はリンクが貼られていた。
涼子
《静岡中の情報を私なりにまとめてみた》
《学校のプライベートポータルに上げたから、ちゃんと見てね》
玲央
《……助かる》
《ほんと頼りにしてる》
涼子
《ふふ、彼女だから当然でしょ》
玲央
《そうだな。……帰ったらお土産買うよ》
涼子
《そんなのいらない。》
《勝って、笑顔で帰ってきてくれたら、それが一番のプレゼント》
玲央
《……わかった。》
《じゃあ優勝して、ドヤ顔で帰ってやる》
涼子
《うん、その顔、楽しみにしてる》
(既読がついたまま、数秒の沈黙)
涼子
《……でもね、玲央くん。無茶しすぎないで》
《勝ってもケガしたら意味ないんだから》
玲央
《心配性だな》
《……でも、そういうとこ好きだよ》
涼子
《ちょっ……///》
《そういうの、試合前に言う?》
玲央
《言いたくなったから》
涼子
《……ばか》
《でも、頑張ってね。アイスマン」》
玲央
《おう》
《……任せろ》
──直後に玲央はポータルへアクセス。
そこには膨大な静岡中の分析が記されていた。
「……すげぇ。完璧だ」
拓真「何が?」
玲央「静中対策。対策会議の時に話す」
試合前夜
急遽貸し切った宿舎の会議室に部員たちが集まった。
大きなテーブルの中央にホワイトボードが置かれ、緊張した空気が漂う。
「さて……明日は静岡中だ」
キャプテンの声に、誰もが背筋を伸ばした。
「正直、相手は格上。去年の優勝校で、守護神“八木ウォール”がいる」
ざわつきが走る。
その中で、玲央が静かに立ち上がった。
「……少し、見てもらいたいものがある」
彼がスマホをスクリーンに繋ぐと、映し出されたのは細かいデータと試合映像だった。
「こ、これ……どこから?」
「静岡中の直近の試合データだ。攻撃パターン、八木のセーブ傾向、セットプレーの配置……
全部解析されている」
拓真が目を丸くした。
「すげぇな、まるでプロのスカウティングじゃん」
玲央は言葉を選びながら答える。
「……知り合いの協力だ。詳しくは言えない。ただ、これは“お守り”だと思ってくれ」
画面には「八木の左下セーブ率がやや低い」という注釈が赤文字で浮かぶ。
「八木ウォールも万能じゃない。必ず綻びはある」
蓮はその表示を見つめ、胸が高鳴った。
「……つまり、俺たちでも崩せる…ってこと?」
玲央は小さく頷く。
「そういうことだ。拓真、サイドからのクロスを増やしてくれ。蓮は中央で合わせろ。
チーム全体で八木を揺さぶる」
「任せろ!」
「……やってやる」
自然と拳を握り合う二人。
その瞬間、重苦しかった空気が少しだけ熱を帯びた。
キャプテンが力強くまとめる。
「よし――七星、最後の試合だ。全員で頂点を獲るぞ!」
「おおっ!」
声が部屋に響き渡った。
福岡のスタジアムは、朝から異様な熱気に包まれていた。
応援旗が林立し、太鼓やラッパの音が絶え間なく響く。
「今年こそ静岡が王者だ!」
「いや、七星が下克上をやる!」
観客席から飛び交う声は、嵐のように渦を巻いていた。
蓮はピッチ脇に立ち、深呼吸を繰り返した。
胸が張り裂けそうなほど高鳴っている。
「……いよいよだな」
拓真が隣でにやりと笑う。
「ここで勝ったら、俺らマジで歴史に名を残すぜ」
玲央は冷静に周囲を見渡し、淡々と告げた。
「……浮かれるな。まだ始まってもいない」
けれど、その声にはわずかな熱が混じっていた。
対面の静岡中の列の中央には、ゴールキーパーの八木が立っていた。
腕を組み、まっすぐ蓮を見据えている。
「……止めてやるぞ、蓮」
口の動きだけで伝わってきた。
蓮も負けじと唇を結び、うなずき返す。
(止められてたまるか……!)
キャプテンの掛け声で七星の選手たちが円陣を組む。
「ここまで来たら怖がることはない! 一人じゃなく、全員で勝ち取るんだ!」
「「おおっ!!」」
蓮、拓真、玲央の声が重なり、ピッチに響く。
笛が吹かれる直前、玲央が小さく呟いた。
「……勝って、“証明”する」
蓮は拳を握りしめる。
拓真は歯を食いしばって笑う。
――全国大会、決勝戦。
七星学園と静岡中の死闘が、いま幕を開ける。
キックオフの笛が鳴った瞬間から、静岡中は牙を剥いた。
パスが流れるように繋がり、七星は一気に押し込まれる。
「くっ……速い!」
南が食らいつくも、榊原が涼しい顔でワンタッチのスルーパスを送る。
その先に走り込んでいたのは真田。
「止めろ!」
拓真が必死に戻るが、真田は体を入れて押し切る。
そのまま強烈なシュート――
「ドォン!」
ゴールネットが揺れた。開始10分、静岡が先制点を奪う。
スタンドから割れんばかりの歓声。
「さすが静岡だ!」
「これが王者のサッカー!」
七星の守備陣は顔をしかめながら戻っていく。
「……まだ一本目だ。焦るな」
玲央が低く声をかけるが、その目には警戒の色が濃かった。
さらに25分。
榊原が中央でボールをキープし、玲央と視線を交わす。
「読み合いか……」
玲央が一歩踏み出した瞬間、榊原は逆サイドへ針の穴を通すようなパス。
「来い、真田!」
「任せろ!」
真田が豪快に振り抜き、2点目が決まった。
「ぐっ……!」
蓮は拳を握りしめ、唇を噛んだ。
スコアは0-2。静岡中、王者の貫禄を見せつける。
「このままじゃ終われねえ!」
拓真が吠え、ドリブルで切り込む。玲央も蓮も一斉に前線へ上がった。
「拓真、右!」
「分かってる!」
玲央のクロスが中央へ――
蓮が飛び込んでヘディング!
「ドォンッ!」
だが、八木が片手で弾き飛ばした。
「なっ……!」
蓮の目が驚愕に見開かれる。
八木は静かに立ち上がり、冷静にボールを前線へ投げ出した。
「悪いな、蓮。「お前のシュートは全部止める」
そういっただろ?」
その背中はまさしく“壁”だった。
前半終了
七星は必死に食らいつき、何度もゴールに迫った。
拓真の強烈なシュート、玲央のミドル、蓮のスライディングシュート――
だがその全てが八木ウォールに阻まれる。
笛が鳴り、前半終了。
スコアは0-2。
ベンチへ戻る途中、蓮は空を仰いだ。
(……八木……本当に、立ちはだかる壁だ)
汗に濡れた額を拭いながら、それでも目の奥には炎が燃えていた。
ロッカールームに戻ると、空気は重く沈んでいた。
水のボトルを握る手が震え、誰もが呼吸を荒げている。
「……っくそ」
拓真がタオルを頭にかぶり、声を押し殺す。
「二点差……まだ追いつける距離だけど、あの八木が立ってる限り……」
「弱気はやめろ」
玲央が冷たく言い放つ。
「榊原のパスは俺が読む。真田の突破は拓真、お前が止めろ」
「当たり前だ!」
拓真は顔を上げたが、目には焦りが残っている。
蓮は黙ってシューズの紐を締め直した。
(……俺のシュート、ことごとく止められてる。八木……やっぱり壁だ)
玲央がふっと視線を蓮に投げた。
「蓮、お前は悪くない。崩し切れてないだけだ」
拓真も頷く。
「そうだ。お前が走るから俺らが動ける。止められても何度でも行け。八木だろうが誰だろうがな」
蓮は少し驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。
「……わかった。俺、やるよ」
キャプテンがホワイトボードを叩いた。
「後半は前からプレスをかける! ただ突っ込むんじゃない、三角形を意識して連動するんだ!」
玲央が補足する。
「八木は高いボールに強い。だが低く速いシュートには、わずかに反応が遅れる。
拓真、サイドからのクロスはグラウンダーで」
「おう、任せとけ!」
「蓮はゴール前に張りつけ。俺が楔を入れるから、一瞬で決めろ」
「……了解」
蓮の声には迷いがなかった。
再びピッチへ
ロッカールームを出ると、歓声が再び耳を突き刺す。
太鼓、ラッパ、旗――スタジアム全体が揺れていた。
「さあ行こうぜ、グース!」
「……全国制覇を獲りに!」
「絶対に崩すぞ、八木ウォールを!」
三人の声が重なり、七星は後半戦のピッチへと駆け出した。
キックオフの笛が鳴る。
後半の七星は前からプレスを仕掛け、序盤から静岡のビルドアップを揺さぶった。
「来いよ、真田!」
拓真が体をぶつけ、ボールを奪う。
観客席からどよめきが上がる。
「拓真、ナイス!」
蓮が声を飛ばし、前線へ一気に駆け上がる。
拓真は右サイドをドリブルで突破し、玲央へパス。
玲央がワンタッチで前を向く。
「……行け、蓮!」
鋭いスルーパスがディフェンスラインを切り裂いた。
蓮が走り込み、右足を振り抜く――
「ドォンッ!」
だが八木が横っ飛びでセーブ。
「またか……!」
観客席から悲鳴に似た声が上がる。
だがボールは弾かれ、こぼれ球が拓真の足元へ。
「任せろ!」
拓真が迷わず左足を振り抜いた。
低く速いシュートがゴール右隅に突き刺さる。
「ゴォォォォル!!!」
七星、1点返した!
スコアは1-2。
「よっしゃああ!」
拓真がガッツポーズしながら、自陣まで引く。
玲央が冷静に手を叩きながら言う。
「……今の形だ。八木も弾いたあとは完璧じゃない」
蓮は息を荒げながらも、心に火が灯った。
(……まだやれる。俺たちのサッカーで、必ず追いつく!)
1点を返され、静岡中はすぐにギアを上げてきた。
榊原が中央でボールを支配し、パスを次々と展開する。
「くっ……止めろ!」
玲央が食らいつくが、榊原は冷静そのもの。
「読めてるさ、玲央」
絶妙なスルーパスが真田の足元に届く。
真田は体ごとディフェンスを弾き飛ばし、豪快にシュート!
「ドォンッ!」
しかしポスト直撃。スタジアムがどよめく。
「危ねぇ……!」
拓真が頭を抱える。
すかさずリバウンドに詰められるが、蓮が全速力で戻り、スライディングで弾き飛ばした。
「ナイスカバー!」
仲間から声が飛ぶ。
ボールは玲央へ。
「……今だ!」
玲央のロングパスが拓真へ届く。
拓真は右サイドを駆け抜け、低いクロスを中央へ送った。
「来い、蓮!」
蓮が飛び込み、足の甲で合わせる――
「ドォンッ!」
八木がまたもや弾く。だが、弾いたボールがゴール前に転がった。
「……もらった!」
玲央が走り込み、落ち着いて押し込んだ。
「ゴォォォォル!!!」
七星、同点!
スコアは2-2。
観客席から大歓声が巻き起こる。
拓真が玲央の背中を叩き、蓮は大きく息を吐いた。
「これが……俺たちのサッカーだ!」
「……まだ追い越せる」
「最後まで走り切ろうぜ!」
三人の声が重なり、七星は再び士気を高めた。
スコアは 2-2。
静岡中と七星の死闘は、残り時間わずかとなった。
「……ラスト5分だ!」
キャプテンの声が響き、両チームの選手が気迫を爆発させる。
榊原が中盤でボールを支配し、再び静岡が押し込む。
玲央が冷徹な読みでパスコースを切り、拓真が体を張ってボールを奪った。
「よしっ!」
拓真が前を向く。
視界の先――全力で駆け上がる蓮の姿があった。
「グース!」
拓真はためらわず、渾身のロングパスを放つ。
ボールは高く舞い、スタジアムの空気を震わせながら蓮の前へ落ちていく。
「来い……!」
蓮は胸の奥で叫んだ。
八木がゴール前で構える。
「絶対に止める……!」
空気が凍りついた。
蓮は一歩、二歩――タイミングを合わせ、右足を振り抜いた。
「ドォンッ!」
乾いた音とともに、ボールは一直線に八木の手を弾き飛ばし、ゴールネットへ突き刺さった。
一瞬の静寂。試合終了をホイッスルだけが鳴り響く。
次の瞬間、スタジアム全体が揺れるほどの大歓声に包まれた。
「やったな、マーベリック!」
蓮は拓真に抱きつき、声を張り上げた。
「最高のグースだよ、お前は!」
拓真も笑いながら叫ぶ。
玲央も拳を握り、二人に歩み寄る。
「……これが、俺たちのサッカーだ」
三人は抱き合い、叫んだ。
スタンドからは七星コールが響き、仲間たちが駆け寄る。
それは、間違いなく彼らの“絶頂”だった。
スコアは 3-2。
七星学園、初の全国制覇。
歓喜と涙がピッチを包み込む中、蓮はただ空を仰いだ。
(……やったんだ。俺たちで、頂を……!)
その背後で、八木はゴールポストに寄りかかり、静かに蓮を見つめていた。
「……やっぱり、すっかり変わったよ、蓮」
スタンドから割れんばかりの歓声が降り注いだ。
旗がはためき、太鼓とラッパが鳴り響く。
「七星! 七星! 七星!」
コールが波のように広がり、スタジアムは祝祭の渦に包まれた。
選手たちは抱き合い、涙を流す者もいた。
「やった……本当にやったんだ!」
拓真は声を枯らし、蓮の背中を力いっぱい叩いた。
「最高のパスだったよ、マーベリック!」
「最高のシュートだったな、グース!」
二人は笑い合い、玲央もその輪に加わる。
「……頂点は、俺たちのものだ」
普段冷徹な彼の口元に、確かな笑みが浮かんでいた。
表彰式で優勝旗を掲げた瞬間、また歓声が爆発する。
そのあとに七星学園の校歌が流れると、感極まって涙を流す生徒が多かった。
フラッシュが何度も焚かれ、記者たちが口々に叫んだ。
「試合の感想を!」
「全国制覇の鍵は?」
「最後のゴールについて!」
次々とマイクが向けられ、三人は肩を並べて応じた。
記者たちのカメラには、確かに三人の姿が映っていた。
帰りのバスに向かう頃「蓮!」を呼ぶ声があった。
蓮が振り返ると、そこには八木の姿があった。
「…優勝おめでとう」
「ありがと……」
これ以上の言葉はいらなかった。
二人は固い握手を交わし、それぞれのところへ戻った。
夜、宿舎近くのホールではささやかな祝勝会が開かれた。
決勝戦で駆け付けた保護者や先生、そして一部の生徒も交えて、料理と笑い声が並ぶ。
「みんな、本当によくやった!」
平井先生がグラスを掲げると、
「乾杯ー!」
の声が響いた。
拓真の父が笑う。
「お前ら、ほんとに“マーベリック&グース”の再来だな!」
玲央の父も頷く。
「アイスマンも加わって、まさに黄金トリオだ」
蓮は照れ笑いを浮かべ、食べ物を口に運ぶ。
(……夢みたいだ。でも、俺たちは本当にやったんだ)
だが、校内に速報として流れた記事は違った。
「中等サッカー部、初の全国制覇!」
「マーベリック&アイスマンの黄金コンビ!」
見出しに並ぶのは、拓真と玲央の写真だけ。
蓮の姿は、どこにもなかった。
その違和感に気づいた者はほとんどいない。
ただ、これが後に大きな荒波へと繋がることを、誰もまだ知らなかった――。
全国制覇から数日後
夕暮れの校舎。
下校のざわめきも消え、廊下には玲央の足音だけが響く。
優勝旗を掲げた歓声の余韻が、まだ耳に残っているのに――胸のざらつきは拭えなかった。
それは「今後の強化メニュー」や「メディアやスカウト対策」ではなく
「蓮に対するこの学園の空気感」だった。
歓迎されないどころか罵詈雑言を放つ生徒。先輩たちの態度。
そして、「学校便覧」と「生徒会だより」には蓮だけが「切り抜けられた」写真と記事の内容。
「全国制覇まで押し上げたのは、蓮だっていうのに…」
玲央が独り言放つと背後から声がかかる。
「――お疲れさま、東條くん」
低い声に振り返る。
廊下の柱にもたれかかっていたのは、一人の男だった。
同じ七星学園のバッジ、だけど雰囲気が違った。
「……あなたは」
「勝ったのに、晴れない顔だね。仲間の影が消えていくのを、感じたんじゃないですか?」
玲央の目が一瞬鋭くなる。
押田は気にする様子もなく、肩をすくめて続けた。
「その問題――僕なら、「案外」解決できるかもしれない」
「……何を言っている」
「自己紹介がまだだったね」
押田はゆっくりと歩み寄り、手を差し出した。
「高等部2年の押田 司。次期生徒会長さ。これからよろしく。――東條 玲央くん」
夕日が廊下を赤く染め、影と影が重なり合う。
玲央はその手を取らず、ただじっと睨み返した。




