表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/9

前半第3節「初陣」

空が白み始める頃、公園の南側。

ジョギングコースには、毎朝同じ二人の姿。


先を走る拓真。蓮は少し離れて並走する。

息はまだ荒いが、最初の頃のように足が止まることはない。


蓮(……つらくないわけじゃないけど、走りながら考えられるようにはなってきた。

呼吸のタイミングも、リズムも。……あの人が黙って隣にいてくれるの、助かってる)


坂を登りきったところで、ふたりは黙ってストレッチに入る。

言葉はないが、呼吸の合い方が自然になってきた。


拓真「……お前、最近ペース落ちてないな」

蓮「……やっと、コート半分で倒れなくなってきました」

拓真「それ、公園サッカーから“卒業”への第一歩だな」


拓真のしみじみした顔に、蓮は苦笑する。


その日の午後。グラウンドでは3対3の小さなパスゲームが行われていた。

蓮はフリーになってボールを受ける。


先輩「野中、出せ!」


だが、ボールを受けた瞬間、拓真の位置が目に入る。

反射的に横へ鋭いパス。拓真が即座に反応し、1タッチで戻す。

蓮、切り返して再び前へ。


わずか3秒。わずか2本のパス。けれど、プレーが“通った”。


周囲「……今の、けっこうよかったな」

「野中、最近ちょっと変わってきてね?」


ざわめく先輩たち。蓮は戸惑いながらも、胸の奥が熱くなった。


練習後、ボールを片付けていると

平井先生が小声でつぶやいた。

平井「……“グース”、案外飛ぶじゃねぇか」


蓮「……?」

意味がわからず首を傾げる蓮。

聞こえていないふりをした拓真だけが、少しだけ笑っていた。


蓮(……俺、本当に少しは変われてるのか?)


そんな小さな変化が、次の試合へと繋がっていく――。


夕食後のリビング。

テレビではニュースが流れているが、蓮の耳にはほとんど入ってこない。

テーブルの上には練習着を畳んだリュックと、まだ新品のスパイク。


母「……で? 明日が“初めての試合”なんだっけ?」


蓮「あ、うん……練習試合だけど」


父「おお、いよいよ公式デビュー戦ってやつだな!」

父はビール片手に大げさに身を乗り出す。


蓮「だから、公式じゃなくて練習試合だって」

頬をかきながらも、声が少し弾んでいるのは隠せなかった。


母「でも、そういうのって大事でしょ? お父さんも、明日はお休みだから見に行こうかしら」


蓮「えっ……べ、別にいいよ! 見られるとやりにくいし」


父「ははは、何言ってんだ。見られて困るってことは“見せ場がある”ってことだろ」

蓮「そ、そういうことじゃなくて……!」


母はそんな二人を微笑ましそうに眺めながら、蓮のリュックに目をやった。

母「……ちゃんとおにぎり用意しておくから、明日は忘れずに持って行きなさい」


蓮「……ありがと」


短いやりとり。

けれど、心臓の鼓動がいつもより速いのを蓮は自覚していた。

明日、本当にピッチに立つのかもしれない――。



土曜の午前。風が少し強いが、天気は良好。

蓮と拓真を含むサッカー部員たちは、グラウンドの隅に集まっていた。

今日は初めての練習試合だ。


平井「今日は練習試合だー! 相手は第七中、こっちと同じく1年中心だ!

前半30分、後半30分。調整含め、出場時間は適宜変える!」


ユニフォームに着替えた部員たちがざわつく。

ピッチ脇にはベンチと、数人の保護者。

その中には、蓮と拓真の親の姿もあった。


ベンチに座る蓮。試合は前半中盤、0-1でビハインド。


その途中、相手チームのスライディングで中盤の先輩が横転した。

苦しそうに足を押さえ、試合は止まる。


駆け寄る部員たちと、心配そうに手を伸ばす相手校の生徒たち。

やがて、先輩は肩を借りながらゆっくりとベンチに下がった。


ベンチに座り込んだ先輩は、顔を歪めながらも悔しさを隠そうとする。


蓮「先輩、大丈夫ですか……」

先輩「ああ。……俺がしくじっただけだ」


情けない顔を見せまいと、無理に笑みを作ってみせる。

だが、その笑顔が余計に痛々しかった。


その横で、相手校の顧問を兼ねた審判が平井先生に声をかける。


審判「先生、この子、足つってるみたいです。交代した方がいいかと……」


平井「……そうだな。野中! いけるか?」


蓮「はい!」


即座に立ち上がる。

その背中には、ベンチで歯を食いしばる先輩の視線が刺さっていた。

怒りでも妬みでもない。

ただ――「後は頼んだ」と告げるような眼差しだった。


──こうして、蓮は初めての花火の真ん中に突っ込んだ。


ピッチに立って最初の1分は緊張で足が重い。

だが、ボールが転がってきた瞬間、呼吸が切り替わった。


中盤でボールを奪い、すぐに前方を見る――


蓮(拓真……!)


そこにいる。角度が開いている。右へパス。

拓真が1タッチでディフェンスをかわし、再び中に折り返す。

蓮、走り込んでダイレクトで逆サイドへ流す。


FWが走り込み、シュート――ゴールを決めた。


「っしゃあ!! ナイスボール!!」

実況役の先輩がガッツポーズをし、ベンチもどよめく。


観客席の端で、母親が小さく手を合わせているのが見えた。


蓮(……見られてたのか。でも、今は恥ずかしくない……!)


平井「……今の、完全に狙ってたな。あいつら、何も言わずにあれ出すか……?」


蓮は軽く息を整えて拓真と目を合わせる。

そこには言葉はなかった。だが、お互い少しだけ口元がゆるんでいた。


試合はそのまま1-1で終了。

帰り際、拓真が部活用のリュックを背負っている蓮に寄りかかる。


拓真「……さっきのパス、無駄にかっこよかったぞ」

蓮「それ、お前のトラップが綺麗だったからだろ」

拓真「……ま、息合ってたってことで」


蓮と拓真は笑いながら、互いの拳を軽くぶつけた。


蓮(……サッカーって、こんなに楽しいんだ)


──それが、彼らにとって初めての「祝杯」だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ