9 報復とお礼2
教室に戻ると、何やら琴島が竹山に絡んでいた。
「珍しいな、コトジが竹山と話してるなんて」
「お、中やん。我が同志よ、この竹田君にパー券を買ってくれるように言ってはくれまいか」
さりげなくとんでもないものを売りつけてた。
未だにパー券のことはよく分かっていないが、まあ当時の悪い子達が資金をかき集める為の昔から続く常套手段の一つで、形と名前だけで内容を伴わない謎の商材と言ったところだろう。要は詐欺だ。
「竹……山でs」
竹山が頑張って名前を訂正しようとしているが、その声は恐らく届いていない。
「なあ、頼むよ竹内君。君だけが頼りなんだよ」
「たk……やまds」
「俺もさ、本当は嫌なんだよ? でも上がうるさいの。この苦しみ分かるよね? 竹本君」
「tkymds……」
竹山がもう虫の息だ。てかコトジのやつ絶対に分かっててやってるだろ。
「よし、分かった! 少し負けるよ。君もなかなか言わせるね、ピアノ君!」
「……はぃ」
変なところに着地したけど、いいのか。
「待て待てコトジ、いくら何でも竹山が可哀想だろ。それにそんな恐喝紛いのことなんかしないで、もっと別の方法探してみたらどうよ?」
「別の? ほう、詳しく聞かせてもらおうか」
琴島が真面目な顔でこちらを見てくる。下手なことを言うと殴られるのではないかと一瞬思ったが、まあきっと大丈夫だろう。
「例えば……コトジのその強さを活かして、困っている人を助けるとか。用心棒的な?」
「ほうほう」
「せっかくなら正しい方向にその力を使った方がいい気がするんだけど。もしチームで動ければ評判も上がりそうだし。もちろん良心的な料金で」
「ふーん。考えとくわ」
全然響いてないな、これ。
「じゃ、ちょっと他行ってくるわ」
券を買ってちょうだ〜い。と聞いたことのある節を歌いながら教室を出ていってしまった。そろそろ授業が始まるのだが、相変わらずなんだか飄々として捉えどころのないやつだ。
「竹山、大丈夫か? とりあえず鼻水拭けよ」
「な、中山君。ありがとうございます。もうダメかと思いました」
「まあコトジもどこまで本気か分からないけど、次から同じことされても断って大丈夫だと思うぞ」
「いえ、無理です。また助けてください。期待してます、マイヒーロー」
……なんだこいつ。
放課後、結局授業を受けずにどこかに行っていた琴島が戻ってきて、こちらを呼んでいる。
煙草を吸うジェスチャーを見せているので、そのまま四階へと向かう。
四階は特別教室のみで、放課後は人通りが殆ど無くなる。それが隅にあるトイレとなると尚のことだ。
窓を開ける琴島。暫く経っても手持ち無沙汰にしている俺を見て、一本差し出してくる。
「あー、俺禁煙してるから」
「なんだ、そっか。……中やん雰囲気変わったか? 大人っぽくなったっつーか」
飄々としているのに鋭いのも相変わらずだな。
「まあそんなところだよ。大人になったんだ」
「へっへ、すげーな。大人かぁ」
「ところで、券は捌けた?」
「全然だよ。あの後他のクラスにも行ったんだけどさ、最終的に平野っちに他所でやれって怒られたよ」
「アサミが?」
「おう、お前らコンビのおかげでこっちの商売あがったりだよ」
そう言いつつ笑う琴島は、特にダメージもショックも受けていないようだった。
「まあさ、分かってんだよ。こんな時代錯誤なことしててもしょうがないって。それでも昔の連中がなまじ成功しちまってるもんだから、下に強要してくるんだ」
「そんなもんなのか」
「ああ、そんなもんなんだ。……つーか、なんか最近つっまんねーなぁ。中学の頃とかまだマシだったよなぁ。あと高一の時も、二人で一緒に補習受けたもんな。同志」
高校一年生の頃、成績が芳しくなかった二人は夏休みに補習を受けた。確かにお互いに力を合わせて勉強して、最終的に何とか進級ラインに届いたあたりから妙な連帯感が生まれていたのだった。
「あーあ、俺も大人になろっかなぁ」
そういえば最終的に高校を中退していた気がするが、それ以降の琴島のことは何も知らない。今日高橋から聞かれたこともあり、それをそのまま聞いてみた。
「コトジって進路とか考えてんの?」
「面白えこと聞いてくるな。別に、なーんもだよ。でも強いて希望を言うなら大学には行ってみてえかな」
意外な回答で、すぐに返す言葉が出てこなかった。まさか進学したいとは。
確かに琴島は元々頭が良く、中学時代はろくに授業に出ていなかったのにそこそこいい成績を残していた。あと真偽のほどは定かではないが、高校受験を殆ど勉強せずに合格したという逸話を残している。
「え、それって……」
「あ、そういやキョウコに呼ばれてるんだった。じゃあ行くわ」
こちらの言葉を遮って、琴島がトイレを出ていく。
もしかしたら、ヤンチャをしつつも本心はもっと別のところにあるのかもしれない。
その姿を目で追いながらそんなことを考えた。
そしてこの後アルバイトがあったことを思い出し、俺もその場を後にした。
今日は平日ということもあり客の入りもまばらで、夕食時に仕事帰りのサラリーマン達が何組か来たぐらいだった。
中華料理をビールで流し込み、疲労感が満ちた身体に沁み渡らせるという享楽的な行為を視界に入れつつ、その感覚を思い出しながら耐える数時間を終えた。
高校生の時は一体何を楽しみに生きていたのか、今一度考えながら店を出る。
「あ、あの……な、中山君」
自信の無さげな声で呼び止められた。その方向にはぼんやりと街灯に照らされた眼鏡の女性の姿があった。
「藤岡?」
「はい、藤岡……です」
表情が上手く見て取れないが、どうやら俯いているようだった。
「ひょっとしてバイト終わりに待っていてくれてたのか?」
「そ、あ、はい」
「昨日はごめんな。なんか急にあんなことして、困らせちゃっただろ?」
「そうじゃなくて」
急にしっかりと声を出してきたので、少しびっくりする。
「その、お、お礼を言いたくて……ありがとうございました」
「あ、いや、そんなわざわざ良かったのに」
「そういうわけには。そ、それじゃ」
足早に立ち去ろうとする藤岡。そのまま見送ると同じような機会は二度とやって来ない気がして、少し遠くなった背中に聞きたかったことをぶつける。
「なあ、藤岡。奥水と何かあったんだろ?」
「…………小学校からの、同級生だったの。それで、色々あって」
半分こちらを向いて答えてくれたが、それ以上は話したく無さそうだった。それならば無理矢理聞き出すわけにもいかないか。
「そういや文化祭って何か担当決まってるのか?」
「う、うん。漫画持ってくる係」
「そうか、藤岡が持ってくる漫画を読むの楽しみにしてるからな。頼んだぞ」
その言葉を聞いてゆっくりと首を縦に振り、藤岡は去っていった。
暗くて表情は分からないままで果たしてそれが頷きだったのか、それともただの会釈だったのか判断は出来なかった。
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