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6 休日で探しもの

 翌朝、目を覚ますとすぐひどい筋肉痛に襲われた。

 昨日は時間が経つにつれ足腰の疲労と痛みがどんどんひどくなり、結局ホームルームが終了してから寄り道もせずに真っ直ぐ帰宅した。

 湿布の匂いを鼻で感じつつ、重たい身体を起こす。今日が休日であることを神に感謝するのと同時に、果たしてこのまま運動を続ければ多少はマシになるのか、ほぼ皆無であろう自らのポテンシャルに思いを馳せるのだった。

 今日は昨日と打って変わって曇天模様だ。天気予報によると午後から雨になるらしい。

 既にやることは決めていた。準備を済ませ、痛む身体を労りつつ、足早に駅前へと向かった。

 


 近場でアルバイトをするとしたら駅前か商店街になる。地元の駅は規模こそ大きくはないが駅前はそれなりに店が充実していた。パチンコ屋、ドラッグストア、コンビニ、チェーン店の居酒屋や飲食店、レンタルDVDショップなど、偶然にせよ今考えてみれば商店街と上手く住み分けされていたように思う。

 幾つか募集の張り紙がされている店を探し、その内容を確認していく。しかし高校生不可の文字や、最低賃金に毛が生えた程度の時給ばかりのもので思わず項垂(うなだ)れてしまう。

 念の為コンビニに寄って情報誌を立ち読みしたものの、有益な情報を得ることは出来ず駅前のアルバイト探しは終了となった。



 高校生という身分を呪いながら商店街へと足を運び情報を仕入れる。と言っても年がら年中募集をしている店などたかが知れていた。

 とりあえず一通り回ってみて張り紙があったのは予想通り中華料理屋と書店だった。いずれも高校生時代に経験したことのある二つだった。

 中華料理屋「張龍」は時給の高さが魅力だが、店主が厳しいせいで人を雇っても定着せず辞めていく為、ずっと募集をかけているのが実情のようだ。俺も高校時代は厳しさに耐えきれず、すぐに辞めたのだった。

 それで次にアルバイトをしたのが書店の「ブックホーム」でどうやら母体となる企業があり、そこが経営しているようだがその割に時給が低い。仕方なく続けていた記憶がある。

 こうなると張龍が第一候補となるわけだが、他に無いものか。ユウトなら何か裏情報を知っているかもしれない。


 ユウトには後で連絡するとして、ひとまず昨日買えなかった履歴書買わないとな。

 目当てのものを探しにブックホームに入ると、数名の店員が目に入った。そのうちの一人はクラスメイトの竹山だった。


「おお、竹山じゃねぇか。ここでバイトしてるのか」

「……どうも」


 めちゃめちゃそっけないな。文化祭の話し合いのことまだ根に持ってんのか。

 当時から竹山とはそんなに仲良く話す間柄ではなかった。もしかしたらアルバイトも一緒にしていたのかも知れないが、それも覚えていないほどだ。


「もう始めて長いのか?」

「いや、半年ほど前からですが」

「立派だな。高校生は竹山だけか?」

「いや、同じクラスの……ふ、藤岡ユカさんが」


 竹山の視線が指す店内の遠くで、眼鏡をかけた女性店員が本棚の整理をしているのが見えた。


「藤岡……か」

「ええ、最近学校にはあまりいらっしゃらないのですが」

「へえ、もしかしてこのバイト入ったのも藤岡目当てか?」

「……っ!」


 マジか、茶化しただけのつもりが。親指を噛みながら恥じらうな。


「じ、じゃあな。仕事中に悪かったな」


 ちゃんと話したら面白いやつかもしれない。

 店を出てからユウトに電話をして購入した履歴書を書くことを口実に家に上がる約束を取り付ける。



 亀井堂に到着してそのまま裏手の亀井家居宅へと回り込んだ。庭ではユウトの弟であるカイトがバットを振っていた。


「久しぶりだなカイト」

「シンペー君、こんにちは」

「部活はどうした?」

「今日は午後練だから午前中は休み」


 カイトとは子供の頃からユウトと三人で遊ぶことも多かった為、兄弟がいない俺にとっては弟のような存在だった。しかし二十年後にはカイトは既に街を出て地方都市で会社員として働いており、ずっと再会出来ずにいた。


「ユウトは部屋?」

「うん」

「相変わらず仲良くしてるか?」

「……別に」


 なんだ、難しい年頃にでもなったか。

 仏頂面のままバットを振り始めるカイトの様子を気にしつつ、家の中に入り二階へと上がった。


 部屋に入るとユウトが寝転んで漫画雑誌を読みながら音楽を聴いていた。

 こちらに気づいて軽く挨拶を交わした後、また読み始める。もう気心が知れ過ぎていてお互いに気を使う素振りなど一切見せない。

 俺は俺でテーブルにあった和菓子を勝手に口に運びながら、履歴書を書き始める。


「なあ、商店街のバイトって他に募集している店無いのかよ?」

「なんだよ、決めたから履歴書書いてるんじゃないのか?」

「いや、お前なら何か情報知ってるかと思ってさ」


 ユウトが身体を起こしてこちらに向け、少し考え込む。


「んー、そりゃ頼めば働かせてくれるんじゃないか? 何処も人手は足りてないだろうし」

「そうなのか」

「ああ。誰も継ぐ人がいなくて存続が危ぶまれてるところもあるって聞くしな」

「そうか……。ちなみになるべく時給高いところがいいんだけど」

「それじゃあ、張龍一択だろ。チャンさん厳しいけどな」


 やっぱりそうなるか。もう観念して張龍に面接に行くことにするか。

 部屋を出る前に、一つ気になっていたことをユウトにぶつけてみる。


「そういや、お前カイトと喧嘩でもしてるのか?」

「どうしたんだよ急に。……まあ喧嘩っつうか、最近仲は良くないかな」

「ふーん、早く仲直りしておけよ」


 そのまま出て行こうとするとユウトに慌てて呼び止められる。


「なあ、どうやって仲直りしたらいいかな。いや俺が悪いんだけどさ……」


 ユウトの話によると三ヶ月ほど前、いつもの軽いノリで跡を継ぐようにカイトに迫ったところ、カイトが怒りそのまま取っ組み合いに。その時カイトのことを強く押してしまい家の階段から転げ落ちてしまった結果、肩を痛めてその後野球が思うように出来なくなってしまったらしい。


「……お前、それでよく後を継ぎたくないとかゴネられたもんだな。ちゃんと謝れよ。お前と違ってカイトは真面目で繊細なんだからな」

「んなこと分かってるよ。なんつうか、こうタイミングがな……どうしたらいい?」

「知るか。自分で考えろ」


 呆れ果てたまま亀井家を後にし、念の為事前に連絡をしてから張龍へと向かう。



 中に入ると若い男性店員がやって来て、面接に来たことを伝えると笑顔で席に通してくれた。

 待つこと数分、奥から店主のチャンさんが出てきた。自分は久しぶりのつもりでも向こうは初顔合わせだ。


「ナカヤマ……シンペ……アナタ高校生?」

「はい」

「いつから働ける?」

「出来れば週明けからお願いしたいんですが」


 少し時間を空けないと筋肉の回復が追いつかない気がした。

 

「じゃあ出れる日と時間、書いて。週末とか休みの日によく出てほしいよ」


 そう言うとチャンさんが電話の横から紙とペンを持って来た。

 適当に希望のシフトを書きながら質問をする。


「時給って表の張り紙のままの金額でいいんですよね?」

「うん、そう」

「週三回ぐらいのシフトでも大丈夫ですか?」

「アナタ若いのに情けないね。まあいいよ」


 何故かチャンさんの笑顔が会社員時代のパワハラ気味だった上司と重なった。


「ちなみに仕事内容ってどんな感じですか?」

「全部」


 こうして張龍での短い面接は終了した。



 外に出ると雲行きがさらに怪しくなっていた。

 天気は気になるものの、今日はどうしてももう一つのやることを果たさなければならなかった。

 あの楓の木と祠を見つけ、元の時代に戻れるのかハッキリさせる。


 いつもの薬局をスタートし、住宅街を進んでいく。

 入り組んだ道が方向感覚を狂わすが、今日は家から方位磁石を持ってきており抜かりは無い。

 あとは地図があれば完璧だったのだが……


 地図……あーブクホにまた寄れば、くっそ。

 用事をこなすことに必死でその存在をすっかり忘れてしまっていた。

 昔たまたま何処かで街全体の写真か何かを見た時に、川自体は多少の湾曲はあるにせよ北から南にかけて流れていたと大まかに記憶している。注意しながら東を目指すように心掛ければ問題ないはずだ。

 そんな全てが順調に運ぶと思っていた矢先、以前とは違う行き止まりに辿り着いた。川にはぶつからず、来た方向以外の三方向が住宅で囲まれた場所だった。

 どこで道を間違えたのか。来た道を戻り別の道を東へ。すると同様に今度は別の住宅に囲まれた行き止まりに辿り着くのだった。

 戻っては道をずらし東に進むということを繰り返すこと早一時間、方位磁石が指す方向に不安を覚え始めた頃、ようやくそれらしい道に出ることが出来た。


 やっと……。やっぱり混乱する場所だ、前はこんな風に迷わなかっただろ。

 左側を見ながら川にぶつかる場所まで進んでいくと、ついに見つけることが出来た。あの公園だ。

 あの時と比べて遊具もある。しかし天気のせいだろうか、遊ぶ子供の姿は無く静まり返っていた。

 疲労感と痛みからまたベンチに腰を掛けそうなるところを何とか堪え、変わらず隅に(そび)える楓の木へと急いだ。

 

 ……祠が無い。

 木に近づいてすぐ違和感に気づく。辺りを探してみてもそれらしいものは一つとして見当たらなかった。

 まだこの時期には建てられていなかったのか、それとも他に理由があるのか。

 仕方なく祠は諦め、そのまま見上げると以前にも増して赤みが深くなった葉に圧倒される。


 あの時と同じように、葉の色を一枚一枚確かめるように眺め続ける……しかし何も変化がない。

 見る場所や角度を変えて何度試行錯誤しても、戻りたいとどんなに切望しても、何も起こらなかった。


 ……嘘だろ。もう一生このままなのか。

 元に戻る術を失った。わずかな希望を携えてせっかく苦労して辿り着いたにもかかわらず全て無駄に終わってしまった。

 天気予報の通り小雨が降り始めた中、ただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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