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5 疲労と昼の憂い

 何も無い薄い灰色の世界。あの街みたいだ。


 失って悲しい? 後悔してるの? 許せない?


 誰の声だろう……何処かで聞いたことがある気がする。


 選択には意味があるんだよ。全て地続きだからね。

 いい? 選択には意味があるんだよ。

 

 …………

 ……


 夢か。よく分からない変な夢だった。いつも見るカラーのものが良かったな。しかし寝起きが不思議な感覚だ。

 徐々に頭がハッキリしてきて辺りを見回すと、昨日と同様の自分の部屋が目に映った。

 

 うーん、非常に残念ではあるが予想通りというか、何と言うか。


「あーあ、どうしたらいいんだよ」


 頭を掻きながら布団から出る。昨日よりも少し冷えた部屋の空気が秋の本番を感じさせた。

 元に戻るには……今考えられる限りでは、あの楓の木と祠だ。やはり何としてでも見つけなくてはならない。

 


 リビングに降りて冷蔵庫の中から適当に軽食を探す。

 ヨーグルトを手にテーブルの上を見ると昨日の分と今日の分、二日分の昼食代が置かれていた。


「ちゃんとユウちゃんに返しなさいよ。くれぐれも着服しないように。絶対に、しないように」


 どれだけ念を押してくるんだ……と一瞬思ったが、高校一年ぐらいまでは時折親の財布から金をくすねていて、母に見つかり泣かれたことを思い出した。我ながらクズガキだ。

 

 親に迷惑かけるのもなんだかな。それに大人になって散々金を自由に使える身を経験してからこの生活に戻るのは正直不便だしバイトでも探してみるか。



 準備を済ませて家を出ると、アサミが待っていた。予想外の展開に一瞬驚いて変な声が出た。

 

「お前律儀だよな。こういうの珍しくないか?」

「嬉しいでしょ? 感謝しなさい」


 随分軽口を叩くな。そんなんだったっけ。と昨日の言葉をそのまま返したい。

 しかし覚えていないだけなのか、こんな風に待ってもらって一緒に登校なんてしたことあったか。

 ふと、昨晩考えていたことを思い出した。過去は、もしかするとそのまま二十年前をなぞったものなど存在しないのかもしれない。それぞれに自由な意志がきっとあるのだから。

 現に昨日の学校での出来事は、それまでの過去の記憶にあったものから少し逸れてしまった。しかしそういった一つ一つの些細な小さなことが積み重なっていった場合、過去は全く別のものになり未来も大きく変わってしまうのではないだろうか。

 ひょっとしたらアサミのことも……と思ったが、これ以上踏み込むのは自分の許容範囲を超える気がした。早く元に戻る方法を探すのが賢明だろう。


「ねえ、昨日大活躍だったんでしょ?」

「……情報が早いな。ユウトか?」

「うん、電話でね。シンペイが新しく高校デビューしたって喜んでたわよ」

「やめろよ」


 あいつ高校デビューを浸透させるつもりか。


「あと鶴亀カップルと一緒だったんでしょ? アカネちゃん、楽しい子よね」

「まあな。てかお前らそんなに電話で話しする感じだったか?」

「なあに? 羨ましいの?」

「別にそんなんじゃねえよ」


 こっちはお前のことも含めてどうしたらいいか気を揉んでいるというのに、気楽なもんだ。


「……んとに……なの?」

「え? なんか言ったか?」

「いや別に、何も」

「……それより商店街通って行かないか? 近道だろ?」

「え、いいじゃない遠回りで。大して変わらないでしょ」


 商店街の誘惑を避けたいのは分かるが、どうしてそんなに頑ななのか。朝の一分はでかいというのに。

 仕方なく自分の運動不足の解消の一助になればと受け入れ、昨日と同じ少しの遠回りをするのだった。



 登校後、早速ユウトへ昨日の昼食代を返すことにした。


「ユウト。昨日の金」

「お、そうだった。千円だったよな」

「五百円な」

「つれねぇやつだ。毎度あり」

「あー、あと改めて昨日ありがとな。コロッケ」


 その瞬間、急にユウトの顔が嬉しそうに輝き出す。


「おお、出たな! 高校デビュー!」

「はあ? 礼言っただけだろうが」


 ユウトが大声を出したせいで傍にいたクラスメイト達が反応をする。

 それに対して、昨日の出来事や今の流れを交えて高校デビューについて説明をしたユウト。共感が共感を呼び、不本意にもどんどん拡まっていく。

 

 いや、盛り上がり過ぎだろ。

 改めて礼を言っただけでこんな反応をされるとは。昨日の朝のアサミの反応といい、過去の自分と大きな乖離を感じながら席に戻る。

 ホームルームで文化祭の出し物の各担当やその他細かい箇所を決めていく。昨日が嘘のように円滑に進む。あんなにヤジっていた奥水達ギャル数名も飽きたのか、無関心に携帯をいじっている。伊野と竹山も大丈夫そうだ。

 


 三時限目、この時代に来てから初めての体育の時間。授業内容はそれぞれやりたい球技を分かれてやることになった。俺はサッカーだ。

 長時間の運動に不安を感じていたが、子供の頃に経験していたサッカーであればある程度動き方も分かるし、適当にボールを追っかけている素振りを見せておけば、そんなに消耗することはないだろう。


「おい! 中山ぁ、テメェ何してんだよ! 走れ!!」


 コートの反対側からものすごい大声で叫んでくるやつがいる。あいつは……木村か。

 サッカー部に所属している木村は普段はそんなことは無いのだが、サッカーになると熱くなり過ぎるところがあった。ちなみに川波の体操着事件の被害者でもある。

 木村がボールを持って、わざと大きいパスをこちらの前方に出してきた。


「おら、走れ!」


 ったくあの野郎。

 サッカー経験者の性か、結局出されたボールを全力で追いかけることにした。

 最後は血を吐くのではないかというほどの心肺の限界と、足腰の筋肉が悲鳴を上げるのを感じながらその場に座り込んだ。

 向こう側では木村がこちらに対して過剰な鼓舞をずっと続けていた。


 

 休み時間になり、席に座りながら身体を休めていたところに木村がやって来た。


「中山、今日おかしくなかったか?」

「いや、ちょっと……腰がな」

「マジかよ頼むぜ。お前のサッカーセンスは部にスカウトしたいぐらいだったんだからな。足もそれなりに速いし」

「悪りぃ、暫くは無理だ」

 

 もうお前が見ていたあの頃の俺はいないんだ。

 残念そうにしながら木村がストローで流し込んだものが目に入り、少し気になったので質問をしてみた。


「なあ、何で牛乳なんだよ。もっと他に飲む物あるだろ?」

「タンパク質だよ。運動後の筋肉は大事にしないと」


 そういえばこんなやつだった。

 伊野が天然でガタイの良い脳筋なら、木村は筋肉バカだ。


 次の授業中、木村の声が教室内に響く。


「先生、限界です!」

「……毎度毎度いい加減にしろ木村」

「もう漏れます! アウトオブプレーで!」(※)

「何を言っとるんだお前は。早く行って来い」


 便所か。何で腹弱いのに牛乳飲むんだよ。

 全速力で駆け出す木村。一連の流れを全員見慣れているのか、誰一人として気にすることなく淡々と授業は再開された。



 昼休み、ユウトを購買へ誘うと今日はアカネと食べるとのことで一人で昼食を取ることにした。

 購買で購入後、教室よりも人目が気にならない場所を求め屋上へと向かう。

 久しぶりにドアを開けて踏み込むとそこは人もまばらで、一人で食事をするにはぴったりだった。

 適当に座りパンを口に運んでいると、隅で膝を抱えている川波を見つけた。


「川波、どうした?」

「あ、シンちゃん。うん、ちょっとね」

「なんだよ、元気が無いな。木村にでも振られたか?」

「もう、そんなわけないでしょ。……実はね」


 話を聞くと廊下を歩いていたところ自分の顔に大きな虫が止まってしまい、思わず女性のように叫んでしまった場面をたまたま奥水達に見られて笑われ、揶揄われたとのことだった。


「そりゃ災難だったな。まあ気にするなって、あいつらって目に入ったものにいちいち反応しないとダメなやつらなんだよ」

「昔さ、小学校の頃に女の子っぽい仕草が原因でいじめられたんだよね。中学はいじめっ子達とは別々になることが出来たんだけどさ。それ以来隠して普通にして頑張るつもりだったのに……」


 川波が急に泣き出したので驚いたが、いじめられていたというのは恐らく初耳だった。


「……シンちゃん、普通って何なの? 何で自分を押し殺してまで生きていかなきゃいけないの? 僕もう嫌だよ」


 泣き続ける川波を見て、あいつの……二十年後の川波のことを思い出した。

 あいつは、今目の前にいる華奢でちょっとの風でも吹き飛ばされそうなこいつと違ってよく笑い、肉体的にも精神的にも逞しくなっていた。

 きっと二十年という時間の中で、色々な人達と出会い、別れ、沢山の経験をしたのだろう。そして今日みたいに泣いたり、苦しい日もあったに違いないが、その度に笑って進む術を身につけてきたのだろう。


「さあな、俺にもよく分からねぇよ。でもきっとお前が押し殺して辛いならそれはお前にとって普通じゃないんだろうな。たとえそれが世の中の普通と違ってもその感覚は大切にするべきなんじゃないか」


 ポカンとしたまま見られている。ユウトがこの場にいなくて良かったとつくづく感じる。

 “普通”なんて決して定義出来るものではない。それでもこれから闘って勝ち取るであろう川波のことを少し羨ましく思う。闘うことさえしなかった俺がせめて今出来るのは自分のことを棚に上げて励ますことぐらいだ。


「まあ、なんだ。多分これから生きてりゃ色々とあるだろうし、変わっていくんだろうけどさ。そのうちお前が普通だと思って通してきたことに賛同する味方も沢山出来るだろ。それまで世の中の普通なんてあまり気にせずに、どこかよく見えるところに飾って遠くから眺めておけよ」


 それから暫くして川波も落ち着いてきたようだった。

 

「シンちゃん、ありがとう。よく分かんなかったけど嬉しかったよ」


 ……まあ、いいか。

 

「ところで、何で俺に対しての呼び方がみんなといる時とで違うんだ?」

「えーひどーい。一年の時シンちゃんが言ったんじゃーん。恥ずかしいから変えろって」


 一体何の恥じらいなのか、十代の頃の自分への理解に苦しむ。


「別にいいよ、変えなくても。お前も面倒臭いだろ?」

「えー嬉しい。やったぁ」


 予鈴が昼休みの終わりを告げ、肌寒さが少し和らいだ昼の日差しを背中に受けながら俺達は教室に戻った。

※アウトオブプレー:サッカーにおいて試合の進行が一時的に中断された状態のこと


お読みいただきありがとうございました。

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