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3 文化祭の話し合い

 ……やばい、席どこだ。

 教室に入って早々、立ち竦んでしまった。声を掛けようにも目に入るクラスメイトの顔と名前が一致しない。


「よぉーっす、シンペー」


 見慣れた顔がこちらへ寄ってくる。顔の幼さに驚きつつも、思わず笑みがこぼれた。


「おす、ユウト」

「どうしたんだよ。ボーッとして」

「あ……いや」


 こいつの性格からして下手に遠回しに伝えるよりも正直に言った方がいいだろう。


「席忘れた」

「……え?」

「どこだっけ」

「……あ、えーっと窓際の一番後ろ」

「最高だな。サンキュ」

「しょうがねぇやつだなぁ。まあ、席替えしたしな。一ヶ月前だけど」


 ノリの軽さで良くも悪くも大抵のことは流してくれる。その割には別に軽薄なわけでもないし心配りも出来るし。ホント、ずっと変わらないままでいてくれて嬉しいよ。

 席に着いて注意深く教室を見渡すとクラスメイトの何名かは見覚えのある顔がある。ユウトを含めて三年間クラスが同じだった連中だ。

 若さに溢れた高校生に混じって中年手前の男が教室の席に座っているという状況に戸惑いしかないが、開き直ってやっていくしかないのだろう。


 予鈴が鳴り全員が着席をしたところで担任の女性教員が入ってきた。名前は……高橋だったか。この人も三年間一緒だった。

 朝の挨拶と連絡事項を早々に済ませ、代わりに長身でガタイの良い男が教壇の前に立った。登校する時にアサミが話をしていた伊野だ。


「それじゃあ、文化祭の準備について話し合っていくぞ!」

「うるせーよ脳筋。純喫茶なんてやらねーよ」

「そうだよ、なんだよ純喫茶ってよぉ」


 ガラの悪いギャル達だ。ああいうのもいたなぁ。一応カースト上位の女子みたいなやつなのか。文句ばかりで案を出さないというこの場に一番要らない連中だな。

 まあでも確かに純喫茶とは……誰も積極的に意見を出さずに惰性で決まってしまった光景がありありと浮かぶようだ。


「そう言うな奥水! きっと楽しいぞ!」

「うっざ」

 

 それからも途中ヤジが入るのと、教室内の非協力的な雰囲気から誰も意見を出さず、短いホームルームの時間では特に何も決まらず持ち越しとなった。

 暫くして授業が始まり黒板の字が見えないことに気づく。どうやら若返ったのは見た目だけで中身は丸ごとそのままらしい。高校生の姿に戻った弊害で眼鏡を失った。

 こういうのは十代の健康を取り戻して、大人の経験と知識を活かしてヌルく過ごすというのが定石ではないのか。

 

 しかしさっきは伊野のやつ、最後まで動じずにゴリ押しだったな。どういう心持ちだったのだろう。

 実際に体感して少しずつ思い出してきた。このクラスは時折地獄のような雰囲気になることを。

 一人一人は気の良いやつが多く何ともないのに、それらが集まるとまるでそれまでの繋がりなんて無かったかのように、誰もが自分は関係ないような顔で振る舞う。かく言うそんな俺も同類で、極力触れられないように避けていた。

 そしてそんなクラスの文化祭は大失敗に終わる。

 当日納得していないまま決められた出し物を誰も楽しむことなんて出来ず、その後何故か伊野が大顰蹙(だいひんしゅく)を買い集中砲火を浴びるのだ。みんなまともに意見なんて出していなかったくせに。

 異分子の俺が介入することで何かのバランスが崩れる気がしたが、それ以上にこのままではいけない気がした。


 タイミングを見て伊野に話しかけてみるか。

 


 休み時間──


「伊野、ちょっといいか」

「お、中山! 珍しいな!!」


 元気一杯だな。うるさいけど。


「ちょっと声のボリューム下げようか。文化祭大変そうだな」

「そうか? そんなこともないけどな」

「いや、めちゃめちゃヤジられてただろ。全然進まなかったし」

「それもまたいいだろう。最後はみんなと楽しめればそれでいい」


 一体何を言ってるのか。いまいち考えてることが見えてこない。


「それに選ばれたわけだし最後までやり遂げないとな」

「選ばれた?」

「ああ、学級委員長としてな!」


 なるほどな。こいつなりに与えられた責務を全うしようと頑張っているわけか。でも学級委員長については選ばれたというよりは、面倒臭がったクラスの連中が強引に押し付けただけだった気が……。

 席に戻り伊野という人間について考えてみる。

 短絡的な性格とその見た目で脳筋などと揶揄され、人の良さも相まって利用されることもあった。しかし愚直なほど真っ直ぐであり、分け隔てなく人と接することが出来るのはこのクラスに於いてあいつだけだ。

 学級委員長に選ばれた要因の一つとして、そんな人柄がみんなから支持されたことも少なからずあるだろう。

 しかしやる気があっても結果が出せないというのは酷な話だ。せめて誰かがフォローをしながら進めることは出来ないかと思うが、それをこのクラスに求めるのも難しいだろう。副委員長ですら誰もやりたがらない有様だし。

 先の結末を知っているだけに、このまま静観をすることは心苦しく感じた。



 昼休みに入り重大なミスを犯したことに気づく。

 昼食代を忘れた。普段は親から貰っていたはずだが、朝バタバタし過ぎていて昼食のことなどすっかり頭から抜けていた。

 こういう時に頼れるのはあいつしかいない。


「ユウト、昼飯代貸してくれ」

「なんだよ忘れたのかよ。百円でいいか?」

「出来ればそれを五枚くれ」

「トイチな。早く返せよ? それより購買行こうぜ」


 購買で買うものはよく覚えていた。パンと飲み物、そして牛乳プリンを飽きもせずに欠かさなかった。大したメニューではなかったが、それでも学校で食べたものは強烈な思い出として残るのだ。

 教室に戻り昼食を終え、ユウトのどうしたら後継ぎを回避出来るかという相談を呆れながら聞いていると伊野が戻ってきた。隣にいるのは川波だ。


「伊野、川波。飯食ったのか?」

「ああ、学食でバッチリだぞ!」

「あ、シンちゃ……シンペイ君」


 川波は同性愛者だ。確か一年生の頃、誰もいない教室で同じクラスの男子が脱いだ体操着の匂いを嗅いでいるところにたまたま鉢合わせしたのがきっかけで話すようになったはずだ。

 実は高校を卒業してかなり経った後、川波とは東京で再会を果たしている。会社員時代、同僚に連れられて入ったバーで「リバ子ママ」として働いていた。

 久しぶりに会った時はその面影を見て取れなかったが、こんなに中性的な美少年だったんだな。


「さっき伊野君と喋ってたんだ、文化祭のこと」

「へえ、どんな?」

「僕、メイド服着てみたいって言ったら却下されちゃった」

「……そうなんだ。まあ純喫茶だしな」

「当たり前だろう! 男子たるものズボンを履け」


 そこかよ。ちなみに川波が同性愛者ということは俺以外知らない。ユウトは気づいたとしても、自分から触れることはないだろう。川波も伊野だから言ったんだろうな。


「なあ伊野。本当のところ文化祭についてどう思ってるんだ?」

「何度も言わせるな。みんなと楽しみたい、それだけだ」


 その舵取りを完全に間違えてるんだけどな。


「川波は? 本当に今のままでいいと思うか?」

「僕はメイド服着たいなぁ」


 こいつのメイド服への執着はなんなんだ。


「ユウト……はいいや」

「いや、聞けよ」

「お前は特に主張したいことはないだろ」

「あはは、まあな。でも当たり前だけどみんなが心から楽しめる方がいいよな」


 こいつはこいつでクラスの嫌な雰囲気を感じ取っているようだ。


「伊野、多分このままじゃ殆どの連中が楽しめずに終わるぞ」

「ホントか!」

「ああ。改めてお前のその楽しみたいっていう気持ちをみんなに伝えて意見を聞いたらどうだ?」

「いいのか? 急に変えてしまうことになるが」

「大丈夫、お前らしく素直に伝えてみたらいいよ。もし失敗してもここにいる三人がお前の骨を拾ってやるし」


 同意を求めようと残りの二人を見ると微妙な笑顔をこちらに向けていた。



 帰りのホームルーム。担任が促すと伊野が前に出てきた。


「みんな、文化祭なんだが出し物を決め直したいと思う」


 騒然となる教室。そして……


「意味わかんねー。バカじゃねぇの」

「もう出し物なんてやる必要ねえよ。やめちまえよ」


 うーん、こいつらは。

 担任の注意も届かず、不満しか言わない輩のせいでまた話し合いが紛糾しかける。


「俺はみんなと文化祭を楽しみたい! でもこのままじゃそれは無理だと分かった。だからみんなが楽しめるようにもう一度意見を聞かせてくれないか。お願いだ!」


 伊野の大声に気圧された静寂の中、一人の生徒が手を挙げた……ユウトだ。


「別にいいと思うけどさぁ。残りの時間も限られてる中でどうするんだよ?」


 確かに残り一ヶ月切ってるか。あまり凝ったものは出来ないだろうなぁ。


「だから意見を聞かせてくれ! 中山どうだ?」


 ……何で俺?

 クラスの視線がこちらに集中する。その中でも伊野の視線が熱い。何やら助けを求められてるような気がする。


「あ、えーっと。先生、その純喫茶の届出って済んでるんですか?」

「うん、確か保健所とかにはしたかな」

「じゃあ、もう変更って難しいんですよね」

「多分大幅には……その辺り実行委員の竹山どう?」

「そ、そうですね。多分難しいと思います」


 実行委員……そうだよいたじゃねーか。前出ろよ竹山この野郎。

 多分前に出たら色々言われるのが嫌なんだろうが、このままだと竹山の為にならない気がした。あとずっと伊野に背負わせるのはかわいそうだ。


「竹山は……その、何で前に出ないんだ。実行委員だろ?」

「いや、特に深い理由はないんですが。必要無いかなって」


 目を合わせない。こうやって接していると高校生はやはり子供というか、未熟な部分が多いと感じる。会社の若い部下や後輩を指導した時を思い出した。つい染みついた癖で口調がキツくならないように注意を払ってしまう。


「一応実行委員なんだし、伊野のこと手伝ってあげた方がいいと思うよ。せめて書記とかしてみたら」


 竹山がこちらを一瞥して前に出る。やや不満そうなのが癇に障るが仕方ない。


「それで俺の提案なんだけど……大幅な変更が無理なら喫茶店っていうのを活かして、他の要素を取り入れるのはどうかな。仮装するも良し、他に何かあれば」

「中山、お前キャラ変わりすぎだろ。ウケんだけど」

「提案とか言って、キッモ」


 ……こいつら手当たり次第だな。

 まあキャラが違うのは明らかだし、普段何も発言しなかったやつがしゃしゃり出たら流石に突っ込みたくもなるか。

 しかしどんなに突っ込まれたところで中身まであの頃に戻すことは不可能だ。


「奥水、何かあるなら意見を言ってくれよ」


 当時はこうやってクラスの女子と会話をすることも満足に出来た記憶が無い。比べても仕方のないことだが、今ではそういった十代の感覚に寄り添うことが出来ない程度には経験を積んできたのだ。


 結局それからは時折奥水達が騒ぐだけで特に反対なども無く、俺の言った内容に対してみんな少ないながらも意見を出してくれた。その結果仮装系や漫画に集中した為「仮装漫画喫茶」としてまとまった。

 かなり力技ではあったものの、とりあえず着地したことに安堵した。決める箇所はまだあるにせよ、それぞれがある程度言いたいことを言い合ったおかげもあり心なしか雰囲気も和らいだ気がする。

 帰り支度をしていると伊野がやってきた。


「中山、ありがとな!」

「ああ、良かったな。これで文化祭も少しはマシになるだろ」

「そうだな……。あのさ、俺は要領悪いし正直学級委員長を任された時は不安もあったんだ。自信も失くなりかけてて、でも今日で自分なりのやり方が少し分かった気がするよ」


 やや俯いた伊野のその言葉を聞いて、彼の新たな一面を知れた気がした。それはきっと昔の俺では引き出すことが出来なかったものに違いない。

 そして文化祭が大失敗に終わったあの時の、いつもと変わらない姿の裏で一体何を考えていたのか……それを思うと胸が痛んだ。と同時に今回介入したことでちょっとでも伊野が救われたのだとしたら、これで良かったのだと素直に思った。


「伊野なら大丈夫だろ。きっとお前が思っている以上に周りはお前のこと信頼してるよ」

「そうか」

「ああ。だからお前ももっと信頼してやれ、信頼してくれ」


 そう言うと伊野はいつも通りの元気な表情を見せたのだった。

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