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マスクの中

 しかしまた状況は急転した。元妻と会ってしまったのだ。しばらく連絡を取らない間、僕がはわついて彼女の存在を忘れようとしていた間に、彼女は少し寂しくなった様だった。気付いたら金も時間も体力も無理して彼女に会うために車を走らせていた。ちょうど盆休み、深夜バイトのあと牛乳配達を終えると仮眠も摂らずに約束した14時半より早く彼女が住む街に辿り着いた。夏休みで家に居る子供たちの昼食を世話してから慌てて出てきた彼女は珍しくマスクをして来なかった。 

 マスク問題。

 僕のはわわ候補は半々でしてたりしてなかったり。だから実際の顔がわからない人も居る。元妻も「マスクしてた方が美人に見えるし…」と言ってたし、その通りだと思う。

 その日は単純に忘れて来たみたいけど、お互い名残り惜しくなって立ち寄ったモスバーガーで僕らは色んな事を喋った。時々でもこんな時間があれば、僕は彼女だけを見ていられると思った。

 また日常に戻り、その頃にははわわガールズの事はもうどうでも良くなっていた。

 カワウソちゃんの部署が居心地良くてたくさん入るうちに会話も増え、女性としてより人間として見る様になって行った。僕は彼女の険しい表情を探していた。はわつくきっかけになったカワウソちゃんだけど、一回り下は若すぎるし、身長も僕とあまり変わらない。それで恋が向かった先のメジカちゃんとは一緒に仕事する機会なく疎遠になって、ついぞマスクを取った顔を見た事がない。もう見たくもなかった。代わりを探すまでもなく、僕には本物が居るから。また突き放されたらどうかわからないけど、いい加減元妻をさんざん試した結果なのだから、それで僕が投げ捨てた恋心を拾われたのだから、信じてみよう。

 カワウソちゃんと色んな事を話した。部署に欠勤が相次ぎ大変な時、たまたま入っていた僕はあの笑顔が作れないカワウソちゃんを見た。仕事をしながら「わたしが甘くし過ぎるからなのかなあ」と溜息。向き合った僕は色んな話をを聞きながら、あのほんわか笑顔のマスクの向こうの素顔を探す。やっぱり可愛い。愚痴る時の苦笑も、笑顔じゃなくても。人が愚痴るのは誰も楽しくないだろう。酒が好きな事。子供の年齢も忘れるくらいアバウトな事。少しずつ素顔が見える。ちょっと悪い顔したりもする。でもやっぱり愚痴が多くなる。そして、やっぱり職場を穏やかにしているのは、厳しくされたら自分も嫌だから、と。天然なんかじゃない。頑張って笑ってるんだ。


「僕もいろんなとこで働くけど、こんなに上司が良い感じにしてくれてるとこないですよ。だからここが良い」


 本心から思って伝えた。そして出来る限りの仕事をした。終業間際、寝不足が効いて来た僕を見てあの笑顔になった。歩きながら寝そうだったけど、それで気合いを入れた。

 帰り際、挨拶して少し歩いて振り返ると、彼女は仕事の手を止めてあの笑顔でこっちを見ていた。今まではすぐに逸らされたそのほわんとした笑顔。僕が見てるといつまでも見てそうだから、僕も少し笑ってから背を向けた。きっと見えなくなるまで見送ってたんだろう。マスクじゃない、本物の笑顔で。

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