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魔獣襲来

 フローリアがギルレイド領にやって来てからも、魔獣の襲来はあった。

 だが今回は、飛行種。

 それだけで戦闘の難易度は跳ね上がるはずだ。

 空を飛ぶ魔道具など当然なく、地面から応戦するしかない。弓も投石機もあるだろうが、当たらなければ意味がない。きっと今までのようにはいかないだろう。

 いざとなれば、持ち得る全ての魔力で浄化を。

 八年前には最前線で浄化に従事していたから不可能ではない。

 だが、そうなればフローリアが元聖女だというのは、きっと隠しきれないだろう。

 これまでの六度でも、覚悟はしていたのだ。

 無事に魔獣を撃退できたという報告を聞くたびに安堵していたけれど、今度ばかりは回避できないかもしれない。

 ――せめて、この魔道具が完成していれば……。

 最悪の想定が現実のものとなってしまった。今さらどうしようもないけれど、無念だ。

 視線は自然と、作業台に転がった雷電鳥の羽根へと吸い寄せられる。

 無念と落ち込む暇はない。まだ、間に合う。

 フローリアは、既に立ち上がっていたゼインを決然と見上げた。

「ゼインさん、私は魔道具製作を再開します。ロロナさんもお連れして、どうか最大限の対策を」

 もはや護衛に割く戦力さえ惜しい。

 険しい表情のゼインが何かを言いかける前に、メルエが頷いた。

「助かる。フローリアのことは、コルラッドに気にかけてもらう。そう伝えておく。けど、できれば作業場所を出ないで」

「どこにいたって危険には変わりありません。もし浄化の魔道具が完成したら、コルラッドさんに報告して指示をあおぎます」

「危ない真似はやめてほしいけど……せめて、無茶だけはしないで」

「善処します」

 力になることができないのなら、ただ屋敷に籠もっているのが正解だ。戦場に向かう彼らも背後を気にしないで済む。

 けれど、魔道具を完成させることができたら。

 フローリアはすぐにでも戦場に赴くだろう。それが最善のはず。

 渋い顔をするメルエより、さらに眉間にシワを寄せているのは、ゼインだった。

 彼はフローリアの発言が受け入れ難いのか、固く唇を引き結んでいた。それでも、否定はしない。

 反対意見を呑み込んでいるのは、それが正しい選択だと理解しているからだろう。そして何より、フローリアの意思を尊重してのこと。

 正しいと理解していても頷こうとしない彼の優しさが嬉しく、矛盾かもしれないが誇らしくもある。

「コルラッドさんも、剣の心得はあると聞きました。……大丈夫です。私は、私にできることをするだけですから」

 信頼に応えたいと、強く思った。

 笑顔で頷くフローリアを、ゼインは束の間じっと見つめていた。

 彼の判断は早かった。

 苦しげな表情を一瞬で消し去り、落ち着いて判断を下していく。

「分かった。絶対にコルラッドの側を離れないでくれ。俺達は魔獣討伐に向かう」

「はい。――ご武運を」

 ゼインは小さな笑みを残すと、作業場所を足早に出て行った。その後ろをメルエ達が続いていく。

 まるで、彼が騎士団を束ねているかのようだ。

 もしかしたら、その想像は正しいのかもしれないと、ふと思った。ゼインだけ制服が異なっているのもそのためか。

 颯爽と去っていく頼もしい背中を見送ると、フローリアはすぐに作業台に向かい合う。

 先ほど、ゼインから手がかりをもらった。

 大切なのは、ありのままであること――反発に対し回避も押し通しもせず、受け入れること。

 黃血熊の胃袋の粉末と、針山蛇の針と、雷電鳥の羽根。これら全ての調和が重要だったのだ。

 難しいからと個々に繋げるのはやめる。

 魔力回路全体のかたちを意識して、一気に魔力を通していく。


 針山蛇の針を仕込んだ長杖に、黃血熊の胃袋の粉末を付着させた人差し指で触れる。少しずつ魔力を流し馴染ませていく。

 長く長く、細く、もっと細く。

 一定の魔力を流し続ける。

 曲がって、さらに曲がると、魔力が弾かれるような感覚に行き当たった。

 普段ならばここで躊躇して、流す魔力量を調節してしまう。

 けれど大切なのは全体を俯瞰で捉えること。

 魔力の流れが川のようなものだとして、それを無理に捻じ曲げたりしない。

 ゆっくり、時になめらかに。

 支流のごとく枝分かれする箇所もあった。その際は、分岐の基点を一際丁寧に。

 ここからはさらに緻密な魔力操作が必要だ。

 三、四、十、二十三十と、分岐がどんどん細かくなっていく。

 追いきれない。けれど離さない。

 そして、魔力を長杖からさらに伸ばして――ついに、羽根に届いた。


 ――やった。

 そう思った瞬間、魔力が揺らいでしまった。

   パンッ

 痛恨の失敗。また油断してしまった。

 けれど今回は手応えがある。その証拠に、今度は雷電鳥の羽根まで綺麗に粉々だった。

 フローリアは痛む人差し指を押さえながら、荒い息を整える。顎を汗が伝い落ちていった。

「いける……これなら……」

 何度も深呼吸をして、再び集中力を高めていく。今度こそ失敗しない。

 ……次で必ず決める。


 黃血熊の胃袋の粉末を付着させた人差し指に全神経を集中させ、長杖に少しずつ魔力を流していく。

 長く長く、細く、もっと細く。

 針山蛇の針を仕込んだ長杖から、比較的早く雷電鳥の羽根に繋がっていく。

 けれどここから、魔力回路がもっと複雑になって重なり合う部分も出てきた。

 黃血熊の胃袋の粉末の影響だろうか。

 雷電鳥とは魔力の相性がいいと考えていたけれど、組み合わせる方法が変わると、親和性も変化していくようだ。

 とにかく、立体で捉えていかねばならない。

 上下の流れをせき止めないように。

 柔らかく、時に直線的に。

 心を冷静に研ぎ澄ましたまま、魔力操作を僅かにも緩めなかった。

 魔力回路は一気に引き切るのがコツだ。もう絶対に慢心しない。

 このまま、最後まで――……。


 フローリアは、肩で息をしていた。

 手の中には、長杖がかたちを保ったままである。

 全体は艶のある黒檀で、先端には革紐でくくり付けた大きな飾り羽。

 整然として、芸術的な魔力回路。

 試しに魔力を通してみると、ほんの僅かな量で大きな出力が得られる。

 成功だ。

「やっ……た……」

 終わる頃には滝のような汗が流れていた。服が湿っているし、目に入って染みて痛い。

 正直、一歩も動きたくないと思うほど消耗している。今すぐ横になるべき疲労感。手も小刻みに痙攣している。

 それでも、フローリア立ち上がった。

 よろけながら作業場所を出ると、周囲はひどく慌ただしかった。鎧を装備した騎士があちこちにいて、足早に通りすぎていく。

 コルラッドの屋敷は辺境伯邸の敷地内にある。魔獣が現れた今、忙しないのは道理だった。

 見覚えのある騎士が外壁を伝い歩くフローリアに気付き、コルラッドのところまで案内してくれた。

 彼は、辺境伯邸にいるという。

 しかも最奥部……辺境伯の執務室に。

 フローリアは付き添いの騎士に礼を告げると、やや姿勢を正してから扉を叩いた。

「――どうぞ。お入りください」

 コルラッドが慣れた様子で招き入れる。

 窓辺にいる彼は、堂々とした佇まいだった。

 落ち着き払った表情、まるで辺境伯の執務室にいることが当然であるかのように。

 ギルレイド辺境伯領での暮らしは覚えなければいけないことばかりで、何かを考える暇もなく、生きることに必死だった。

 フローリアはこの時初めて、コルラッドが何者なのか、どういった肩書きを持つのか疑問を抱いた。

 そして、彼を気軽に呼び捨てにする――ゼインの正体についても。

「ゼイン様から話は聞いております。あなたがこちらに来られたということは、完成したのですね?」

 コルラッドの問いに、反射的に頷いた。

 そうだ。今は危急時、他のことを考えている余裕などない。

 フローリアは長杖型の魔道具を掲げた。

「はい、こちらが浄化の魔道具となります。まだ十分な試験を重ねていないので、不具合があるかもしれませんが……魔獣が襲来している今、少しでも戦線を支える一助になれればと」

 おそらく冷静なコルラッドのことだから、効果が不確かな魔導具に賭けてはくれない。十分な勝算があってこそ可能性を見出してくれるはずだ。

 だからフローリアはさらに続けた。

「この魔道具が信用できなくとも――私なら。八年前の戦争で聖女として役割を果たした私なら、信用できるのではないでしょうか。どうか、私を魔獣の下へお連れください」

 危険があることは承知の上。

 それでも、深窓で大切に守られてきた令嬢よりは役に立てるはずだ。戦争という修羅場を経験したことのあるフローリアならば、きっと。

 コルラッドは、射貫くような眼差しでこちらを見つめた。少しの躊躇も見逃さないとばかりに鋭く。

 迫力に怯みそうになったけれど、フローリアは歯を食い縛って耐える。

 やがて彼は、疲れきったため息をついてから視線を逸らした。

「……ゼイン様のお叱りを受ける際は、こちらに加勢していただけると助かります」

「――っ、はい! 必ずとお約束いたします!」

 コルラッドが帯剣し、外套を羽織って、出撃の準備をはじめる。

 コルラッドの賛同は得られた。これでゼインに咎められることもないだろう。

 フローリアは、意気込んで魔道具を握り締めた。



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