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魔道具作り

 コルラッドが潜めた声で続ける。

「あれは、下手すると本気で王都から追手が来る。王家や実家から条件のいい縁組でも提示された日にゃ、あの人は素直に従う部類の人間だろ? 今の内に婚約ぐらいはこぎつけておいた方がいい」

 婚約、という単語の攻撃力については、いったん置いておくとして。

「……彼女の実力は、それほどまでなのか」

 ギルレイド領に魔道具師がいないため、ゼインの知識は乏しい。

 分かるのは、慢性的に魔獣に悩まされているこの領地のため浄化の魔道具を開発しようとしてくれる、彼女の心映えの尊さくらいだ。

 常に王国中の動向に目を光らせているコルラッドの意見ならば、確かなものだろう。

 ゼインもことの重大さを理解して眉根を寄せる。

「フローリア殿は、自身の魔力量は少ないとこぼしていたが」

「魔道具製作に大切なのは、いかに巧みに魔力を調節できるかだからな。そりゃ絶対量が多いに越したことはないが、そもそも魔力至上主義のノクアーツ王国じゃまともな魔道具師なんて育たない」

 この国の基準なら、魔力を通す鉄鋼や鉱物を扱えるだけで、職人として十分通用するらしい。

 だがフローリアは、魔獣素材に魔力回路まで引ける。それは素晴らしい技術なのだという。

 魔獣素材の扱いの難しさは、それ自体に魔力が宿っている点にあるらしい。どうしても組み込む魔力回路と反発してしまうのだとか。

 付与する魔力が弱すぎると弾かれてしまうし、強すぎると素材を駄目にしてしまう。しかも個体によって魔力量が違うため、素材に合わせて調節する必要があるのだ。

 こうして理論を説明するのと実際に制作してみるのとでは、難しさが天と地ほどに異なる。

 魔道具師の技術の見せどころではあるが、これが一流と二流を隔てる越えられない壁でもあった。

 それほどまでの逸材ならば、なぜフローリアは。

「……なぜ彼女が追放されたのか、本気で分からん。王室には節穴しかいないのか」

 聖女として懸命に国に尽くしていた彼女が、なぜ辺境にいるのか。その辺りの事情はギルレイド領にまで伝わっておらず、現在コルラッドに調査してもらっているところだ。

 だがそもそもとして、フローリアの魔道具師としての稀有なる才能に気付く者は、本当に一人もいなかったのか。

 婚約者も、家族も、追いかけてくる者はいない。

 あれほど真っ直ぐ懸命に生きている彼女が、自信がなさそうに俯いて、ほとんど笑顔を見せてくれない理由が……王都にあるのだろうか。

 ふつふつと湧き上がるゼインの怒りを、コルラッドは適当に宥めすかした。

「おいおい。王室からは遠く離れてるけど、一応口は謹んどけ。とりあえずフローリア様のために今できることといえば、念のため護衛をつけておくことぐらいか?」

「平民として生きたいとおっしゃっておられるのだぞ。嫌がるだろう」

「うちの奥さんだって四六時中はついていられないんだぞ。いきなり誘拐されて既成事実を作られでもしたら、目も当てられないぞ」

「既成事実……」

 ゼインの頭の中に、再び『縁組』や『婚約』といった単語がよぎる。

 強引にことを進めるつもりはないが、その間に不測の事態が起こるかもしれない。

 自分の思いはともかく、フローリアが傷付くことだけは断固阻止しなければならない。

「護衛官をつけよう。せめて彼女が気を遣わず済むような年頃の近い者で……できれば女性がいい」

「承知いたしました」

 やっぱり最後に願望が顔を出してしまったけれど、コルラッドはからかうことなく有能な補佐官の顔で一礼した。


   ◇ ◆ ◇


 外で男性陣がそんな相談をしていることなどつゆ知らず、フローリアは魔道具製作に勤しんでいた。

 試作品の性能実験などをするため、大きな音が立つこともある。コルラッドの屋敷の物置だった場所を借りて、そこを作業場所としていた。

 黄血熊の胃袋を粉末状にして練り込む素材には、何が相応しいか。

 粘土ならば魔力を通しやすいし、焼成すれば固く頑丈になる。けれど割れやすいという欠点もある。

 絹糸などの繊維に付与すればどうだろう。

 長期的に使うのは難しいかもしれないが、扱いやすさは増すだろう。

 ――黄血熊との相性も考えなければならないし、まずは土台となる材料を決めて、魔力回路を引いてみようかしら……。

 粘土質の土、絹糸、浄化と相性がよさそうな鉱石など、思いつく限りの材料を作業台に置いていく。

 その途中、作業場所の扉が叩かれる。

 顔を出したのはメルエだった。

「今、いい?」

 薄茶色の髪に、灰色の瞳。人形のように整った顔立ち。物静かさと相まって、一見近寄りがたい雰囲気があるメルエだが、実際は面倒見がよくてとても優しい。

「大丈夫です。先ほど、ゼインさんから差し入れをいただきました。メルエさん、おいしいアイスティと干しイチジクをありがとうございます」

「問題ない。大した手間じゃないから」

 訥々と返す彼女は、目を合わせようとしない。照れているのだと分かった。

「最近は日差しが強い。きちんと暑さの対策をして出かけた方がいい」

「そうですね。暖かくなって花も綻びはじめ、すっかり春めいて来ました」

 まだ初春だが、ギルレイド領はどれくらい暖かくなるのだろう。

 咲きはじめた花の種類も王都とは異なり、フローリアには何だか新鮮だった。

 可憐な小花達は寒さに強いのか、はたまた毒素に強いのか。どちらにしても、汚染された土壌ばかりではない証拠だ。

「そういえば、花祭りがあると聞きました」

 簡易な椅子を持ってきて作業台の正面に座ったメルエに、ゼインから聞いた話を振る。

「楽しい祭りだからと、ゼインさんが案内を申し出てくださいまして。よかったら、メルエさん達も一緒に行きませんか?」

 誘った途端、彼女の硬質な美貌が、渋い茶でも飲んだかのように歪んだ。

「……ゼイン様は、私達も一緒にと言っていた?」

「はい。大勢で行った方がきっと楽しいと話したら、快く」

「快く……」

 あの、腰抜けめ。

 メルエがそう罵倒したような気がするが、ごくささやかな声だったので確実には聞き取れなかった。

 彼女はゼインに敬称をつけて呼ぶのに、敬っている気は少しもしない。不思議な関係だ。

「硬い魔獣素材が必要だと聞いたから。何年か前に討伐した、針山蛇はどうかと思って、持ってきた」

「針山蛇! 魔獣同士の素材を組み合わせる方法は、思いつきませんでした!」

 フローリアは目を輝かせて立ち上がった。

 魔獣といえば魔力を通しやすい素材の代表格なのに、彼女に提案されるまで考えもしなかった。土や繊維と合成するという固定観念があったせいだ。

「針山蛇の針はとても硬いと聞きます! 魔道具に落とし込むのは難しいかもしれませんが、杖のようなかたちにすれば使いやすそう……!」

「魔獣素材を組み合わせる方法は、ユルゲン帝国では一般的。だけど、ユルゲン帝国の魔道具師でも、できる人は限られる。帝国のお抱えになるくらい」

 最先端の技術を持つユルゲン帝国の魔道具師でも、ほんの一握りということだ。

 困難さを改めて突きつけられ、フローリアは表情を固くする。

 できるか分からない。

 けれど、やってみたいと思った。

 この挑戦で、さらに目標に近付けるような気がした。ギルレイド領を救い、ノクアーツ王国の暮らしを変える。

 揺るぎない意思を見て取ったメルエが、背中を押すように力強く頷いた。

「できる。フローリアなら、絶対」

「……ありがとうございます、メルエさん。私、やってみたいです」

 自分の意思を貫くという経験はほとんどないため、微笑みはぎこちなくなってしまった。

 彼女はそれを決して馬鹿にしたりせず、笑顔を返してくれた。とても貴重なメルエの笑みに、フローリアは見惚れる。

 昼下がりの柔らかな陽光が小窓から差し込み、彼女の薄茶色の髪を輝かせていた。日に透けると華やかな金色にも見える。

 不意に、義妹を思い出した。

 ありとあらゆる綺麗なものを掻き集めて作られたような、誰からも愛される可愛らしい義妹。

 冬に閉ざされている間、ギルレイド領にいたフローリアには、王都の噂が何一つ入ってこなかった。

 何だか、全てが遠い昔の出来事ようだ。

 王都も、家族も、婚約者だった第二王子も。

 もちろん辛さはあるけれど、今は彼らが元気でいるかという思いが先に立つ。

 義妹は、正式な聖女として認められただろうか。

 そしてお役目を全うし、王家に秘されし魔道具に、浄化の魔力を込めているだろうか。彼女の魔力さえあれば、魔道具など作らずともこの辺境の地を浄化できるかもしれない。

 だからといって、魔道具の研究開発を怠るつもりはないけれど。

 家族の存在をどこか俯瞰で考えられるようになったことは、嬉しくもあり切なくもあった。

 こうして少しずつ風化していくのだろうか。

 あの頃傷付いた柔い心も、血のにじむような努力の日々も。

 昔は、心が擦り切れることを楽になることだと考えていた。

 摩耗し、鈍化すれば、何も感じなくなるから。

 それは、痛みを置き去りにしただけだったのだと、今なら分かる。

 心とはこんなにも鮮やかなものだった。

 他者と触れ合えば共鳴するもの。

 こうして、メルエと穏やかに笑い合うように。

「……やっぱり、メルエさん達と花祭りに行きたいのですが」

「…………返事は、保留にさせてほしい」

 彼女は難しい顔をしたあと、ずいぶん間を置いてから答えた。




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