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【完結】追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。  作者: 浅名ゆうな


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禁忌の証明

 フローリアが試そうとしているのは、魔道具の解析だった。

 これが本当に国宝だったとして、解析をするのは初めてのことだ。恐れ多すぎて試そうと思ったことすらない。

 本体の魔力伝導が異常にいい。

 ずっと鉱石と思っていたけれど、この大きな球体そのものが魔獣素材らしい。

 優秀な魔道具師が少ないノクアーツ王国で、この魔道具はどのように生まれたのか。

 ――もしかしたら、建国当時は今と異なる常識があったのかもしれない……。

 機構ごとに様々な癖があるように感じる。複数名の魔道具師達が手を入れているからだろう。おそらく、何年もかけて。

 やはりユルゲン帝国の魔道具師は優秀なようで、魔力回路が非常に細かい。

 魔道具の性能を解析しようにも、フローリアの魔力を受け入れてもらえない。

 目を閉じ、さらに集中を高める。


 細く、もっともっと細く。

 反発が大きい場合、細くした上でさらに魔力を注ぎ込めばいい。

 力の消費は大きいが、こうすればいいことは魔力を溜め込む謎の魔道具の時に学んだ。

 以前、首飾りの魔道具を解析したことがあった。

 あの時のように魔力回路がズタズタになっていない分、ずっと楽だ。

 魔力を一定の強さで流し続けていけば、少しずつ魔導具の特性を読み解くことができる。

 浄化、広範囲、修復、閉塞。それにこれは……。


 フローリアはカッと目を見開く。

 そして驚愕のあまり、魔道具から指を離した。ほとんど本能的に避けたのだ。

 追放され、ギルレイド領で魔道具師としての技を磨いてきた。それなりの経験を積んできた。

 だからこそ、分かる。

「やっぱり、これは……こんな、こんなこと……許されるはずないのに……」

 声が掠れて震える。

 汗が顎から滴り落ち、我に返った。

 汗が止まらない。魔道具分析のせいか、恐怖のせいなのか。

「――へぇ。そこまで分析できたんだ。すごいね」

 楽しそうな声に、フローリアは振り返った。

 少年が、面白いものでも見つけたように笑っている。フローリアからすれば信じられなかった。ノクアーツ王国の出身ではないからか。

 ずっと深刻な顔をしていたメルエの気持ちが、今なら分かる。

 やっぱり怖い。

 けれど、目を逸らしてはいけない。

 潜在魔力と行使魔術。聖属性。聖女。国宝の魔道具。スレイン公爵家。ユルゲン帝国の魔道具師。そして、先ほど解析した魔道具の情報――……。

「これは――ノクアーツ王国の国宝である魔道具に、間違いありませんね」

 フローリアが出した答えを、ゼイン達も固唾を呑んで聞いている。

「国中に浄化を行き渡らせるはずが、経年劣化によってか故障し……スレイン公爵は、修理の技術をもったユルゲン帝国の魔道具師を集めた。何年もかけ、多くの人材を。そういうことでしょうか?」

 フローリアが聖女の頃も……もしかしたらもっと前から、魔道具は調子を悪くしていたのだろう。

 ヴィユセほどの強大な魔力がなければ、国中に浄化を行き渡らせることが難しくなっていた。

 ――そんなことにも気付かず、何年も……。

 悔しさと無力感に打ちのめされながらも、フローリアは厳しく少年を見据える。

 彼はじっと注意深くこちらを観察するようだったけれど――やがて、笑った。

「正解」

 少年は、一見どこにでもいそうな普通の容姿をしている。けれどその目はトカゲなどの爬虫類のごとく、感情が窺えないものだった。

 だから、子どもっぽく頭の後ろで両手を組んでも、どこか演技のように見える。

「あーあ。この国に、これほどの魔道具師が埋もれていたとは思わなかった。どうせ分析をさせたってたかが知れてると思ったのに、あてが外れたよ」

 少年が軽やかな足取りで近付いてくる。

 下から遠慮なく覗き込まれ、フローリアは無意識に後ずさった。

「あ、の……」

「ねぇねぇ。お姉さんは他に、何が分かったの? もっと分かったんでしょ? 魔力回路の情報が、始点から終点まで……」

「――待ってくれ」

 強引な少年との間に割って入ったのは、シェルリヒトだった。

 普段から微笑んでいる彼の表情が、今は固い。

「話を進める前に確認しておきたい。これは、公爵の独断か? それとも陛下……父上も把握した上での修復作業なのか?」

 フローリアはハッとした。

 そうだった。彼らはこの国に渦巻く陰謀を、何年も前から調べていたのだ。

 浄化を国中に行き渡らせるための魔道具。

 確かに国が所持するものだが、管理はスレイン公爵家が一任されている。

 ノクアーツ王国建国当時から国を支える偉大なる一柱であり、王家に仕える聖女を代々輩出している家系でもあるからだ。

 八年前の戦争より以前から見え隠れしていた、ユルゲン帝国との怪しい繋がり。

 彼らはスレイン公爵が黒幕だと考えていたが、これに、国王が関わっていたとしたら……。

 少年が、嘲笑うような表情に変わる。

「あぁ。お兄さん、王子様なんだ。スレイン公爵の独断だったら……どういうことか理解できる?」

 嘲笑っているというより、推し量っているのだろうか。シェルリヒトを――王族を。

 シェルリヒトは、やり切れないというように目を閉じた。

「八年前の戦争時には、もう我が国と……いいや、スレイン公爵と帝国が、協力関係にあったということか。何年にもわたって密偵が入り込んでいたのも、何らかの協議を進めていたため」

 シェルリヒトが出した結論に、フローリアは眉をひそめる。

「どういう……ことですか? だって戦争は……」

 問いかけつつも、少しずつ気付きはじめていた。

 以前、シェルリヒトが呈示した疑問の答え。

 かつて、突然ノクアーツ王国に攻め入ってきたユルゲン帝国。

 魔獣の森を越えてまで戦争を仕掛けたのに、何の利益もないまま、たった三ヶ月で停戦に合意したのはなぜか。

 答えは、裏で手を引くスレイン公爵とユルゲン帝国の間で、シェルリヒトいわく何らかの協議……取引が既に成立していたから。

「フフ。王子様も、正解。停戦協定の裏で、帝国はスレイン公爵と密約をしてた。戦争は、密約を元に帝国が意図的に起こしたもの。公爵は、ユルゲン帝国の技術提供を条件に、この取引を呑んだ」

 フローリアは少年の言葉に引っかかりを覚えた。

 ――壊れた魔術回路を戻すため、ユルゲン帝国の技術を求めたということ……?

 だが、本当にそれだけで終わるのだろうか。

 ここまでノクアーツ王国の中枢に、深く食い込んでおきながら?

 シェルリヒトは、少年にこそ不自然さを感じているようだ。彼から決して目を離そうとしない。

「……それにしても君は、多くのことを知りすぎている気がするね」

「僕しかノクアーツ王国の言語を喋れないからね」

 シェルリヒトの探るような眼差しを、少年はサラリと受け流している。

「待ってください。戦争を引き起こすことによる、ユルゲン帝国の利益が分かりません」

 ここで疑問を挟んだのはコルラッドだ。

 彼の隣にいるメルエは、今もひどく冷たい表情をしていた。怒りを押し殺した、切れそうな迫力。

「軍需産業が儲かるくらいでは、ここまでする理由にならない。領土が広がる、権力拡大、といったあたりが戦勝国の旨みですが、停戦ではそれも……」

 コルラッドの声が途切れる。

 それ以上は言葉を失ったかのように、瞠目したまま黙り込む。

 フローリアも、彼の発言で気付いてしまった。

 だって、停戦協定が締結したにも関わらず、ユルゲン帝国は王国の中枢に深く食い込んでいる。

 権力拡大は――可能だ。

「そのための……技術介入……」

 それはある意味では、魔道具による支配。

 ノクアーツ王国では希少なため、魔道具はとても高価なもの。

 けれど、もしユルゲン帝国の技術提供が大々的に公表されれば。

 国民はこぞって魔道具に飛びつくだろう。

 魔獣の森を越えることも可能になるのだ。今までは海路に頼るしかなかった交易が一気に広がる。王国内の生活水準は飛躍的に向上するだろう。

 ユルゲン帝国の旨みは、魔道具が生活に根ざすほど、莫大な富を得られること。そうして国内での影響力が強まること。

 ……結果的に、技術で劣っているノクアーツ王国は、ユルゲン帝国の実質上の属国となるのだ。

 シェルリヒトがため息を落とした。

「残念だがスレイン公爵は、国家転覆を企てていたということだね……」

 最悪の想定が、現実のものにならないことを願っていたのだろう。苦々しい声音は寂寥としている。

 恐ろしい真相を受け入れられなかったのは、成り行きを黙って見守っていたヴィユセだ。

「ちょっ……待ってください。父様に限って、そんな恐ろしいことをするはず……」

「――父様? ってことは、そっちのお姉さんはスレイン公爵の娘?」

 少年の視線が向くと、ヴィユセは怯えた様子で肩を揺らした。

 彼はさして気にせず、笑顔で続けた。

「あの公爵も恐ろしい人だよね。聖女を引退したっていう自分の長女まで差し出すんだから」

「え……」

 一同、僅かに反応が遅れる。

 聖女を引退したスレイン公爵家の長女。それは、フローリアのことではないか?

「スレイン公爵とうちの皇帝の間では、既に話がまとまってるらしいよ。皇帝の子どものどれかと娶せるんだって」

 公爵令嬢との縁組みによって、帝国との良好な関係を国中に示すことができる。国同士でよくある政略結婚だ。

 だが、自分が当事者となると、突然のことでうまく噛み砕くことができない。

 

   ブチ。


 気まずい沈黙の中、何かが切れる音がした。

「……あぁ。これは完全に覚醒したようですね」

 コルラッドの他人事のような呟きと共に、ゼインがゆっくりと動き出した。



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