陰属性という仲間意識
背後にいる面々も視界に入っていないようだったけれど、今日のリノハは奇跡的に気付いた。
「あれぇ? フローリアの友達?」
不思議そうなリノハに、紹介の機会を窺っていたフローリアはすかさず頷いた。
「そうなんです。彼らなら、リノハさんともお友達になれると思いまして。あのように華やかな容姿をしておりますが、それぞれに苦悩や失敗を経てきているからか、意外と話しやすいんですよ」
フローリアが意味不明なことを言い出しても、賢明なシェルリヒト達は無言を貫いてくれている。
けれど、ほんわか笑っていたリノハの細い目が、一層鋭くなった。
「えー、絶対そんなことないよ。フローリアは陽属性に夢を持ちすぎ」
「そ、そんなことは……」
「どうせ休日になったら仲間と海ではしゃいだり、恋人と絶景とか眺めに行ったり、食べたいと思ったものをさらっと本場まで食べに行ったりするんでしょ。そんで悪気なく『え、じゃあ君も一緒にやっちゃえばいいじゃん』って無理やり引き込んで『もう俺達仲間だよな』とかほざき出すに決まってる」
凄まじい勢いで繰り出される、暴言の攻撃。
ここを越えれば付き合いやすい人物なのだが、そんな者はごく希少。乗り越える前に、リノハの陰湿なまでの偏見に心が折れる者が大多数だった。
心がくじけそうだったけれど、フローリアは懸命に続けた。
「本当に、そんなことはありません。たとえばコルラッドさんは、そちらにいらっしゃるメルエさんとご結婚されていますが、彼女の方が強くて昔は容赦なく鍛えられたそうです」
他人にいきなり暴露するような話ではない。
そんなことは百も承知だし、背後からもの言いたげな視線を痛いほど感じる。それでも本塔に入る前にした忠告を守り黙っているのだから、さすがはコルラッドだ。
フローリアはほとんど自暴自棄になって、さらにシェルリヒトを示した。
「こちらの方も、完全無欠の素晴らしい人格者に見えますが、意外と人をからかったりするのが好きな困った性格をしているんです。しかも未だに婚約者すらいません」
「へー。何か、ちょっとだけ可哀想な人達に見えてきたかも。異性なんて後腐れなく味見しまくっているように見えるのにね」
「そ、そうなんですよ……」
フローリアは笑顔で相槌を打つしかなかった。
背後からの視線がもはや凶器の域だ。
「嬉しいなぁ。王宮って実質、陽属性の巣窟じゃない? 学術塔に在席してる奴らはともかく、陰属性なんてフローリアくらいしかいないと思ってた」
「フフフ、本当に……」
なぜここまで全幅の信頼をほしいままにしているのかというと、出会い頭の会話が原因だ。
道端に座り込み頭を掻きむしっていたリノハが心配になり、声をかけたのがはじまり。
『あぁ、うまくいかない……そもそも全部この髪と目の色のせい? いかにも脇役感あるし……』
近付くことで明確に聞こえるようになった怨嗟の声に、うっかり共感してしまった。
フローリアも、昔から自分の地味な色合いが嫌いだったから。
そうしたら仲間だと懐かれた。懐かれ方が非常に微妙だが、それ以降交流を持つようになった。
むしろこうなってくると、彼の吐く毒に心が折れないフローリアの方が異常なのかもしれない。
「ちなみに私は公爵家を追放されたので、今は王都で暮らしておりません。祝賀会に参加するため一時的に戻ってきたのですが、その場で魔術に関する問題が起き、お知恵をお借りしたく参りました」
「へぇ、追放なんて知らなかったな。それで、魔術に関する問題って?」
話が早くて助かるけれど、追放についての追及は一切ない。さすがリノハだ。
「その前に、リノハさん。彼らには私の説明を補足していただきたいので、発言を許可していただいてよろしいでしょうか?」
「分かった。陰っぽさは薄いけど許してあげる」
承諾を得たフローリアは、ようやく背後を振り返ることにした。
だがとてもではないが交渉を成功させた達成感などなく、暴言の的にされた面々を恐るおそる窺う。
彼らは、一連の会話で諸々の事情を理解してくれたらしい。複雑な表情をしているものの、一先ず怒り出すことはなかった。
フローリアは改めてリノハと向き合い、これまでの経緯を説明していく。
義妹の不思議な魔力。その影響か、何も告げず姿を消した人がいること。対策としてフローリアが製作した魔道具も取り出してみせる。
リノハは話を聞きながらも、光沢のある青い布の魔道具をつぶさに観察していた。
彼いわく茶色の平凡な目が、ギラギラと輝きを増している。
「フローリアの義妹って面白いね。魔力の影響下にあるそのゼインって奴も観察してみたいけど、行方をくらましてるんじゃ実験もできないかぁ」
魔道具から目を離さずにリノハが放った言葉に、フローリアは唇を噛んだ。
悪意なく事実を告げているだけだからこそ、より心を抉る。
一昨日のようにゼインが帰ってくる可能性。
それにフローリアも期待を寄せていた。その時、魔力を溜め込む魔道具を渡せば、彼を取り戻せるのではないかと。
けれど、午後になった今もゼインが帰ってくる気配はない。不在を誤魔化す必要性すら感じなくなっているのかもしれない。
今となってはどこでどうしているか。
俯くフローリアに代わって、コルラッドが挙手をしながら質問をする。
「ですが、こんなことが果たして起こり得るのでしょうか? ほとんど洗脳に等しい魔力の使用方法など、前例がありません」
「結論からいって、普通にあり得るよ」
一同、目を丸くして黙り込んだ。
歪で、不安を呼び起こす魔力。その使い方や原理を説明できると、リノハは簡単に言ってのけた。
「まず基本中の基本として、潜在魔力と行使魔力の違いは分かるよね」
フローリアは驚き冷めやらぬまま頷いた。
突然、講義がはじまった。
生きとし生けるものが生まれながらに持っているものが、潜在魔力。人間が魔術として攻撃や防御に利用するものが、行使魔術。
魔術を習ったことがあれば、誰もが知っている事柄だ。この二つは、性質が全く異なるものだといわれている。
「僕は、潜在魔力って生物の成長や発達、自己治癒力や免疫力にまで役立っていると思うんだ。実際にそういったことを研究してる」
自己治癒力や免疫力。それは聖属性が使う魔力と、効能がよく似ている。
「つまり、聖属性の魔力は……」
「いわゆる潜在魔力に分類されると考えられるね。とはいえ、それを他人に譲渡できる分、ちょっと特殊なんだけど」
にわかには信じがたく、フローリア達は互いの顔を見合わせた。全員、理解が及ばないという表情をしている。
「聖属性の魔力は、潜在魔力と行使魔力が合わさったものだと考えればいいよ。実際、癒やしも浄化も、無機物だけでなく有機物にも有効だろう? 特に浄化なんかは、汚染された精神に影響を与えるものだ。聖属性の魔力には色んな用途があるっていう、いい症例だね」
何だか恐ろしい口振りだが、分かりやすいことだけは確かだ。
水や風、炎などの属性は、大気を構成する様々な成分と反応することで、発動しているという。
だが、聖属性だけは性質が異なる。
むしろ潜在魔力のように体内の組成に働きかけることで発動するから、精神干渉も可能ではないかというのが、リノハの推測だった。
「開発した魔道具は、指向性を持った魔力のみ吸収するものです。潜在魔力に近いのなら、ヴィユセの魔力だとどうなるでしょうか?」
「君の義妹を研究してみないと何とも言えないね。でもたぶん魅了に関しては、その子の魔力量が極端に多いせいもあるんじゃない?」
確かにそれなら、フローリアや他の聖属性魔力持ちに同じ力がないのも頷ける。
リノハは、ずっとこねくり回していた青い布の魔道具をポイと放り投げ、フローリアに寄越す。
「それとこの魔道具も本当に面白いね。面白いけど、もう作らない方が身のためだよ」
リノハが忠告めいたことを口にするのは珍しく、目を瞬かせる。
「元々、希少かつ討伐困難な青毛豹を素材にしているので、大量生産はできませんが……」
「あー、そうやって作り方や材料も公表しない方がいいね。魔力を溜め込む魔道具なんて、軍事利用されて普通に大量殺戮兵器とかにされちゃいそう」
「え……」
思いもよらない返しに、フローリアは固まった。
「君って優しいし気が弱いから、そんなこと考えもしなかったんだろうけどさぁ。ものすごい技術革命だよ、これ。そんですごい技術ってものは、いいようにも悪いようにも利用される運命にあるわけ」
たとえばと、リノハは恐ろしい例を挙げだす。
水の魔力を溜め込めば、干ばつで苦しんでいる地域を救うことができる。
その代わり、水攻めで生きものを一掃することもできるだろう。
炎の魔力を溜め込めば、大規模な動力機構を開発することができるかもしれない。
その代わり、膨大な火力がどのように利用されるのか――深く考えなくても答えは簡単に出る。
「僕は塔に住んでる奴以外と会わないから、ここだけの話にしてあげるけど。そこのいかにも高位そうな奴とかに利用されちゃうかもしれないでしょー」
規模が大きすぎる話に実感は湧かないまでも、フローリアが試作した魔道具が、恐ろしい未来に繋がることもあると分かった。
リノハに促されるまま、背後にいるいかにも高位そうな奴……シェルリヒトを見る。
彼はとてもいい笑顔で返した。
「どうだろう。困った性格のせいで婚約者もいない可哀想な僕だから、強大な武力を手にしたくなったりするかもしれないね?」
すると、メルエやコルラッドも次々に口を開く。
「私も。どうせ、夫を容赦なく鍛えた、悪魔のような女だから」
「えぇ。私など所詮、妻より貧弱な人間にすぎないですし、いっそ世界征服でも目論みましょうか」
……一先ず怒り出すことはなかったとか思っていたけれど、やっぱり全員滅茶苦茶怒っていた。
「す、すみませんでしたー!!」
フローリアの全力の謝罪が、リノハの研究室にこだました。




