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【完結】追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。  作者: 浅名ゆうな


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不思議な魔道具

 翌日も一度は全員で情報共有を行う予定だったのだが、ゼインは体調不良で欠席だった。

 特に何も進展がなく、唯一動いたことといえば、スレイン公爵家に向かう計画の具体的な日程が、二日後に決まったくらいだ。

 二日後はさすがに急すぎると思ったけれど、心の準備をしておいてくれとしか返ってこなかった。日程をずらす予定はないらしい。

 じたばたしても仕方がないので、フローリアは魔力を弾く魔道具作りに専念することにした。

 コルラッドが空間収納を持ってきていたので、すぐに作業に取りかかることができる。 

 魔力を弾く魔獣素材といえば、やはり青毛豹ではないだろうか。

 青毛豹は、魔力を保有する魔獣達の食物連鎖の、頂点に立っている。獰猛で動きが素早いだけでなく、魔力を無効化できるという特性があるためだ。

 青毛豹の体毛は、全ての魔力を弾く。

 これなら、思い描いた通りの魔道具を作れるのではないだろうか。

 シェルリヒトに客間での作業を許可してもらい、既に解体は済んでいる。

 空間収納から取り出してみたら、大人が二人寝転んだくらいの体長だったので、本当に驚いたものだ。これをメルエとコルラッドだけで討伐したと聞き、さらに驚いたが。

 早速、解体が済んだ青毛豹の毛皮をテーブルに置く。けれどここで、フローリアは考え込んだ。

 毛皮が魔力を弾くなら、どのように加工すべきだろうか。細かく刻んだり、方法は様々ある。

「毛皮で全身を覆って歩くわけにはいかないし、携帯しているだけで全方位守れるよう、効果範囲を広げる方法を考えないと……」

 まずは、魔力をよく通す銀で合わせてみるか。それとも毛皮という性質上、布の方がいいか。

「……あっ、魔力吸収布?」

 フローリアは、先ほど解体作業で使った魔力吸収布を広げてみる。

 この布は、岩石山羊という魔獣の長毛を織って作られている。岩石山羊の体毛もなかなか不思議で、魔力攻撃を空気中に分解する特性があるのだ。

 ――でも、魔力を吸収し分解する性質と、弾く性質は相容れない……? 

 どうなるか分からないなら、一度合わせて実験してみよう。魔力吸収布は大きいものを持ってきているし、青毛豹の毛皮も大量にある。

 フローリアは二つの素材を切り取り、人差し指から魔力を流した。


 長く長く。

 細く、もっと細く。

 青毛豹は魔力を弾くだけあり、反発が凄まじい。

 少しずつ、極めて細い魔力を出力するしかない。

 毛の一本一本の間をすり抜けていくように、慎重に、精密に作業を続ける。

 分岐がどんどん増えていっても、魔力の消耗の激しさに汗が噴き出してきても、少しも集中を緩めてはならない。

 荒くなった呼吸が、微細な魔力の動きを狂わせないように。

 細いいくつもの魔力の通り路が、岩石山羊でできた魔力吸収布にまで到達した。

 今度は逆に、一気に魔力が吸われていく感覚。

 つい手を離してしまいそうになったけれど、ここまできて諦めたくない。

 細く細く、さらに魔力を注いでいく。

 フローリアのなけなしの魔力が尽きるのが先か、回路を通し終えるのが先か――……。


「くっ……」

 足の力が入らず、膝から崩れ落ちる。

 頭がくらくらする。

 立っていられないけれど、魔力欠乏ほどのひどい症状ではない。

 魔道具に魔力を流す練習をしていた幼い頃、フローリアは何度も魔力欠乏を経験している。あれは、二、三日ベッドから動けなくなるほどの目眩に襲われるのだ。

 少し呼吸が落ち着き、汗が引いてきた辺りで、フローリアはテーブルの上の布地を引っ張った。

 成功した。何とか無事、魔力回路を通し切ることができた。

 魔道具としてどのように仕上がったか。

 床板の上にひらりと落ちてきた布地は、質感が変わっていた。

 毛皮と魔力吸収布がぴったりと合わさって、絹のような光沢を放っている。

 色は、青毛豹の毛皮と同じく朝焼けの空の色。チーフとして持ち歩くこともできそうだ。

 これがヴィユセへの対策にならなければ、また明日頑張らなければならない。魔力は使い果たした。

 問題は、どのような性質か確かめる方法。そもそも魔力など目に映らない。

「そうだわ。確か……」

 フローリアは重たい体を何とか動かし、クロゼットに向かった。

 扉を開くと、中には美しいドレスが納められている。棚上から引き出したのは、靴が入った箱だ。

 贈ったものだから返さなくていいとゼインに言われ、未だに全てフローリアの手元にあった。

 箱の中身はもちろん、黄金鹿の角が使われた靴。

 魔力を可視化する魔道具となったこれを、試しに履いてみる。それから再び青い布に魔力を流した。

 緻密な魔力回路の隅々にまで魔力が行き渡っていく美しさ。フローリアの魔力の影響か、金色に淡く輝いている。

「綺麗……」

 思わず見惚れてしまったけれど、まずは実験だ。

 体を覆う金色の魔力も視えるようになった。けれどこれを魔道具に近付けても、特に反応はない。

 今度は、治癒の力を使用してみる。

 すると、金色の魔力がみるみる内に青い布へと吸い込まれていくではないか。

 何度か同じ実験を繰り返してみたところ、魔力が指向性を持った時点で、魔道具に吸い込まれるのだと分かった。

 しかも魔力吸収布のように空気中に分解されることなく、ずっと溜め込んだ状態で。

 期待した機構とは異なるけれど、これで最低限ヴィユセに対抗することはできるだろうか。

「も、もう無理……苦しい……」

 魔道具作りでほとんど使い切っていた魔力を、実験でさらに消費したから辛い。

 もう起きていられないと、フローリアは這うようにして寝室にたどり着く。

 ベッドに横になれば、すぐに目蓋が重くなった。

 ――とりあえず、明日の報告会で、相談……。

 それ以上思考をする間もなく、フローリアは眠りに落ちていった。


   ◇ ◆ ◇


 一晩寝て起きれば、体調はすっかり元通り。

 熟睡したせいで食べそこねた夕食の分も朝食の席で取り戻すように摂取し、フローリアは万全の状態となった。

 シェルリヒトが忙しい身なので、会える時間は日によって変わる。今日は朝食のあと、すぐに報告会が行われた。

 場所は、シェルリヒトの居室近くの遊戯室。

 テーブルの上には遊戯盤、カード、壁には狩猟で仕留めた鹿や熊の剥製が飾られている。紳士が遊興に耽り交流を深める場だ。

 利用されるのは大抵晩餐会のあとなので、昼間はひと気がない。報告会にはおあつらえ向きだった。

 フローリアが顔を出した時、まだゼイン達は揃っておらず、シェルリヒトしかいなかった。

 二人きりになってしまうので入室を躊躇したが、気付いた彼に構わないと手招きされる。

「心配せずとも、密談の場だから誰かに見咎められることはない。――フローリア嬢、もしかして魔道具作りがうまくいった? そんな顔をしているね」

 魔道具の話をふられれば、フローリアはつい前のめりになってしまう。淑女らしい躊躇いを置き去りに、笑顔でシェルリヒトに近付いた。

「よくお分かりになりましたね。そうなんです、こちらをご覧になっていただけますか?」

 フローリアは昨日完成したばかりの魔導具を取り出した。役に立つかは未知数なので加工しておらず、まだ布の状態だ。

「こちらは、魔力を弾く性質をもつ青毛豹と、魔力吸収布としても利用されている岩石山羊を合成したものになります。二つの性質が合わさり、なぜか指向性を持った魔力のみ吸収する魔道具となりました。しかもどうも、そのまま溜め込むこともできるようです。これが実用に足るか、殿下にも確認していただきたくて。あ、確かめるにも殿下にあの靴は小さいから……」

 魔道具について滔々と語っている途中で、シェルリヒトが面白そうな顔でこちらを眺めていることに、はたと気付いた。

 フローリアはぎこちなく固まったまま、器用に顔を赤くする。魔道具のこととなると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。

「す、すみません……」

「フフ、謝ることないのに。魔道具について語る君は面白いね。ゼインの気持ちが分かるよ」

 俯くフローリアだったが、彼は言葉通り怒っていないようだ。青紫色の神秘的な瞳が、優しげに細められている。

 シェルリヒトは魔道具を受け取ると、様々な角度から観察した。

「魔力を蓄えられるということなら、ヴィユセ嬢の膨大な魔力にも耐え得るだろうね。実用的だし、いいのではないかな? あまり大げさなものを持ち歩くと騒がれそうだし」

「そうですね。一応、チーフにいいのではないかと考えておりますが……」

 同意しつつも、なぜ騒がれるのかいまいち分からず、フローリアは曖昧に首肯する。

 シェルリヒトはいたずらっぽく笑い、首を傾けた。そうすると、心なし距離が近付いた気がする。

「君と僕だけでなく、ゼインや関係者全員が肌身離さず持ち歩くわけだろう? 誰とお揃いであっても、間違いなくあらぬ噂を立てられるよ」

 なるほど、と想像してみる。

 確かに、フローリアとシェルリヒトでも問題だが、シェルリヒトとゼインの組み合わせだと、また別の問題が浮上しそうだ。

「普段から親しい分、説得力も増しますね……障害が多く、さらに燃え上がる可能性も……?」

「誰と誰で想像しているかは聞かないでおいてあげるから、それ以上頭の中で進展させないでくれ」

 そのあとは真面目に、人数分のチーフを製作するという方向で話し合った。

 そうこうしている内に、コルラッドとメルエがやって来る。だが、ゼインはいない。

「今日も、ゼインさんは体調が悪いのですか……」

 一昨日も具合が悪そうにしていたから、だんだん心配になってくる。

「最近はほとんど毎日会っていたので、二日も顔を見ないと寂しくなるものですね……」

「ほとんど毎日会っていたことの方が異常なんですけどね。まぁ、喜びそうなので伝えておきます」

 素っ気なく肩をすくめたコルラッドが、少し考えてからさらに続けた。

「というか、今からお見舞いに行きますか? その方が喜びそうですし」

「お見舞い、ですか?」

 唐突な提案に、フローリアは目を瞬かせた。



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