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祝賀会の翌日は予定通り、ギルレイド辺境伯領から王都入りをした全員が集結した。
シェルリヒトも交え、意見交換をする。
これははじめから決まっていたことなので、フローリアの体調を気にするゼインが過保護を発揮したが、日延べはしなかった。魔力枯渇までには至っていないのに大げさすぎる。
別行動をしていたコルラッドとメルエは、最近のスレイン公爵に怪しい動きはなかったか、確認する役目を負っていた。
「まぁ、典型的な王宮勤めの貴族の生活でした。真面目に仕事をして王宮に泊まる日もあれば、社交に勤しむ日もある。懇意にする貴族と会う日もある、といった感じです」
念のため接触をもった全員の顔と名前を記録しているが、何かの役に立つ日が来るかどうか。
コルラッドは何でもないことのように、サラリと恐ろしい情報収集能力を垣間見せた。
フローリアは、彼より有能な文官を知らない。
メルエは以前レトの方がすごいと言っていたけれど、正直これを上回るとすごいを通り越して怖い。
「一応片手間に、ユルゲン帝国との繋がりも探ってみましたがね。当然、これといった収穫はありませんでした」
「スレイン公爵、型通りすぎて、逆に胡散臭い。たまに王太子殿下がやってる、対外的な演技みたい」
それを片手間にやってのけるコルラッドも驚異的だが、続くメルエの大胆な発言も別の意味で脅威だ。彼女は不敬罪が恐ろしくないのか。
シェルリヒトは特に気にした様子もなく、顎に手を当てて考え込む。
「収穫なし、ということは、情報が厳重に秘されている証拠とも言える。つまり、重大な秘密がそこに隠されている可能性は十分あるということだね」
「まぁ、我々がうがった見方をしているだけで公爵は無実、という可能性もありますが」
ひねくれた意見を出すコルラッドに、つと顔を上げたシェルリヒトが不敵に笑いかける。
「ここまできて、怖気づいたかい?」
「まさか。ギルレイド領を荒らす人間に容赦をするつもりなどありません。それがたとえ公爵でも、王族であっても」
切れ味の鋭い会話に、フローリアは口を挟むことができなかった。
彼らは仲がいいのか悪いのか。利害の一致だけにしては明け透けすぎる気もする。
「フローリア様、何かご意見は?」
「えっ?」
冷や冷やしていると、急にコルラッドから話をふられる。フローリアは妙に怯えてしまった。
「まずは、公爵が拠点としている場所を割り出したいところ。何でもいいです、公爵に関して何か気になったことはありませんか?」
ユルゲン帝国と繋がっている証拠は、密偵を匿っているでも、後ろ暗い契約書でもいいのだ。
それらを隠しておける場所。人目をしのべて、なおかつ足繁く通っても不自然ではない場所。
王都にいた時のことを、よく思い出してみる。
公爵は屋敷を不在にしていることが多かった。
「父は……外泊をすることが多かったのですが、一ヶ月に一度、必ず休みをとって屋敷で過ごしておりました。その日は一日離れに行ったきりで、決して誰も近付いてはならぬと厳命を受けていました」
フローリアだけでなくキリエやヴィユセ、信頼する使用人までも。
何をしているのだろうと、疑問に思ったことがある。グローグは家族がいると安らげないのかと、悲しくなったり。
まさか、悪事を行っているかもしれないとは夢にも思わなかったけれど。
シェルリヒトは腕を組み直しながら、小さく鼻を鳴らした。
「やはり自宅が一番怪しいか。とはいえ、これまでの僕達なら、ここで手をこまねいているしかなかったけれど……」
「えぇ、今はフローリア様がおります」
コルラッドが追従すると、彼らの視線がフローリアに集中した。
そういう目的で王都に連れてきたのかと、今さらなことに気付いて衝撃を受ける。
「あの……私、屋敷を追い出されておりますし、家名も剥奪されておりますし、親しかった使用人もおりませんからね……?」
実の父が罪を犯しているなら、何としてでも止めねばならない。
そのためなら利用されたって構わないと覚悟をしていたけれど……スレイン公爵家に突入する口実としては、フローリアでは無理がある。
全力で首を振るも、彼らは笑みを深めるばかり。
「そこは力技で何とかしましょう。忘れものをしたとでも言えばいいのです」
「そう。生家なのだからどうとでもなるよ」
急に息ぴったりになったコルラッドとシェルリヒトが怖い。
彼らに目をつけられたらひとたまりもないのだと、フローリアは震え上がった。
縮こまるフローリアの肩を、メルエが叩いた。
「フローリア、大丈夫。私も手伝う」
「あ、ありがとうございます……メルエさん……」
これは、彼女なりの励ましなのだろうか。
手伝いがあってどうにかなることではないので、フローリアはただ退路を断たれただけの気もした。
そういえば、先ほどからゼインが一度も発言をしていないような。
フローリアが不思議に思って見上げると、彼はなぜかハラハラとした顔でこちらを見下ろしていた。
「フローリア殿、大丈夫か?」
「え?」
「実の父の罪を暴くために手を貸すなど、辛いだろう。やはり手伝ってもらうべきではなかった」
既にギルレイド領で何度も交わした会話を蒸し返され、フローリアは一瞬呆気にとられた。
「ゼインさん。覚悟を決めているので問題ないと、もう何度も言ったじゃないですか」
「だがフローリア殿は、誰にも悟らせず無理をするから心配なのだ。傷付いてからでは遅い」
こうなると長いので、ギルレイド領にいた頃はコルラッドに何とかしてもらっていた。
たまらず助けを求めて視線を送ると、ものすごく荒んだ目で見返された。
「……一日会っていない間に、過保護に磨きがかかってません?」
「……すみません。実は魔道具作りをして、会場で倒れてしまって。おそらくそのせいかと……」
そうして昨日のことを思い出せばその後の出来事まで次々甦ってしまって、フローリアは恥ずかしいあれこれを慌てて頭から締め出した。
「そ、そういえば、謝罪がまだでしたね。あの時は、殿下にもたいへんご迷惑をおかけしました」
「やけに顔が赤いけれど、流した方がいい?」
「……ぜひお願いします……」
こうしていつも楽しそうにからかうのだから、シェルリヒトは本当に人が悪い。昨日のゼインを思い出していたことも絶対ばれている。
フローリアは、これ以上遊ばれないよう必死に平静を装った。
「せっかくお招きいただいた祝賀会で失態を見せてしまい、本当にすみませんでした」
「いやいや。君達を知らない世代は度肝を抜かれただろうし、倒れたのも結果的に牽制になっただろうし、十分お互いのためになったのではないかな?」
「牽制、ですか?」
彼が何を言っているのか分からない。
疑問符を浮かべるフローリアに、シェルリヒトは目を細めるばかりだった。
「とりあえず、フローリア嬢が王宮で休んだ流れで、そのまま滞在しても不自然ではないってこと」
「絶対違いますよねそれ……」
フローリアは、気を失ったところをゼインが横抱きにして堂々と退場したことも、それを見て多くの令嬢や令息がため息をついていたことも知らないので、追及を諦める他なかった。
「分かりました。次は、私からご報告いたします。あの祝賀会での、魔道具を使った検証について」
フローリアは表情を引き締め、本題に戻った。
たまたま履いていた黄金鹿の角の靴で、ヴィユセの魔力が視えたこと。その不自然な動き。
検証するために作った魔道具で、ヴィユセの魔力の動きを鮮明に捉えられたこと。それが父や義母にも繋がっていたこと。
「ヴィユセが、自分の意思で魔力を動かしていたのかまでは分かりません。無意識だからあそこまで自然だったのかも……。はっきりしているのは、ラティシオ殿下が彼女の魔力に操られるように動き、話していたことです」
フローリアの推測も交えて話せば、全員が深刻な顔付きになった。
「ヴィユセ・スレインの魔力がスレイン公爵にも繋がっていた……となると、どちらが主犯なのか曖昧になってきますね」
コルラッドは、話を聞いた途端にフローリアの懸念を察した。
たとえ実行犯がグローグでも、それは彼の意思の元での行動だったのか。
ヴィユセの望みを叶えただけだとしたら?
――あの子は……何をしているのか自覚をしているのかしら。何を望み、どういうつもりで……。
ラティシオが好きで、婚約者になりたいと思った。それだけならまだいい。
フローリアは傷付いたけれど、傷付いたのはフローリアだけとも言える。
だが、目的はともかく、グローグを動かしてユルゲン帝国と手を組ませたとなると――……。
故意でなかったら余計に恐ろしい。
子どもが描いた空想のようなものに踊らされ、多くの者が苦しみ、また命が失われたとしたら。
推測の域を出ないけれど、フローリアは万が一を想定し、打てる手は打っておくべきだと思った。
「私は、魔力を弾く作用の魔道具を開発したいと思います。何かが起きてからでは遅いので」
フローリアの意見に、シェルリヒト達も頷いて賛同を示す。
けれどふと隣を見上げると、なぜかゼインがぼんやりとしている。
「ゼインさん? 体調が優れないのでは?」
声をかければ、彼は夢から覚めたように目を瞬かせた。そうして、すぐに笑顔を見せる。
「いや、大丈夫だ。ただの睡眠不足だから」
「眠れなかったなら心配です。何か気になることがあったんですか?」
「問題ない。フローリア殿が心配してくれたから、今悩みごとが吹き飛んだ」
「も、もう……そうやってみなさん、適当に誤魔化そうとするんですから……」
不満をこぼしつつも、フローリアは赤くなった頬をこっそりと隠した。
ゼインの甘い言葉は、心臓に悪い。
……この時のことをフローリアは、後々まで悔やむことになる。
魔道具となった黄金鹿の角があしらわれた靴を、履いていれば。あるいは、魔力を弾く魔道具の製作をもうはじめていれば。
次の日も、そのまた次の日も。
ゼインは、フローリアに姿を見せなくなった。




