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【完結】追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。  作者: 浅名ゆうな


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ユルゲン帝国の影

「さぁ、そろそろ一通りイチャイチャ……もとい話し合いが終わった頃合いですので、さっさと本題に入りましょうか」

 何だか若干ぞんざいな態度になったコルラッドが、笑顔で手を叩いた。

「え、で、ですがゼインさんが……」

「その男はあなたが離れた方が正常に機能しますよ。病の心配もありませんのでご安心ください」

 主に対して『その男』とは、ぞんざいを通り越して雑だ。扱いが雑すぎる。

 けれど、言われた通りに距離をとってみると、ゼインがあからさまに落ち着いた。勝手知ったる仲なのだろうが、少し悔しい。

 釈然としないものを感じながらも、コルラッドに促され、首飾りの魔道具を執務机に置いた。

「まず、これだけは言わせてください。この魔道具は、おそらくユルゲン帝国で作られたものです」

 ノクアーツ王国に、これほどの技術者はいない。

 コルラッドが片眉を跳ね上げる。

「たとえば、あなたなら再現できますか?」

「今の私ならできるかもしれませんが、王都にいた頃の技術では無理だったと思います」

「なるほど……」

 この魔道具が作られたのは国内じゃないとだけ、明確にしておきたかった。

 あまりに物騒で、恐ろしいものだったから。

 考え込むコルラッドに代わり、ゼインがついにその問いを口にする。

「それで、何のための魔道具なのだ?」

 フローリアは下唇を噛んで、躊躇いつつ答えた。

「こちらは――魔獣の精神に作用する魔道具でした。魔獣が効果範囲内に入れば、かなりの高確率で錯乱し、暴れ出すでしょう」

 誰もが息を呑んで黙り込む。

 魔術回路にあった作用は、排除、迷い、散逸、喪失――そして、魔獣だった。

 理性を散逸させ、排除する。迷わせ、自我を喪失させる。念入りに刻まれていたのは、そういった悪い作用ばかりだった。

 この首飾りが魔獣の森から発見されたのは、魔獣を凶暴化させるために違いない。

 最近、森の外に魔獣が頻発していたのは……おそらくこれが原因。

 重い重い沈黙に満たされた執務室内、フローリアはさらに続ける。

「通常なら、浄化の魔法で魔道具が壊れることなどありません。魔術回路が機能を失っていたのは、命に悪い影響を与える部分のみでした」

 この魔術回路には他にも、蝕む、嫌悪、憎悪などといった作用もあった。ヒビが入っていたのもそういう箇所だ。

「これで一つ、はっきりしたことがあります。ユルゲン帝国には、魔獣に作用する魔道具があった。……八年前より、ずっと以前から」

 八年前の戦争には、不明とされた点がある。

 それは、ユルゲン帝国がどのように魔獣の森を越えたのかということ。

 大量の兵力を投入し、生き残った人員で戦争を仕掛けてきたのだろうというのが、最近の定説だった。それ以外、両国の間に横たわる難所を越える方法はないと。

「この技術があれば、あるいは魔獣を避けることも可能です。きっと、何年もかけて研究していた。その生きた証人が、メルエさんです」

「……私?」

 きな臭い話に突然自分が登場したからか、メルエは目を瞬かせていた。

「メルエさん達ご一家は、ユルゲン帝国のご出身です。おそらく、魔獣避けの技術が開発されつつあったから、魔獣の森を生き延びることができたのではないでしょうか?」

 彼女は以前、両親がユルゲン帝国の密偵だったと話していた。

 彼らがこの地に定住したという四十年ほど前には、既に魔獣避けの魔道具が実用段階に入っていたのではないかと思う。

 メルエは難しい顔で記憶を探っていたが、やがて力なく首を振った。

「……ごめん。小さい時のことだから、魔道具があったか、覚えてない。でも、両親が魔道具に詳しかったことは、確か」

「いいえ、それだけで十分です」

 フローリアは頷いて応じる。

 そう、メルエがやけに魔道具に詳しかったことも気にかかっていたことの一つだ。

 彼女がユルゲン帝国を出たのは幼少期だったはずなのに、技術水準から魔道具作りの難度まで、やけに詳しかった。メルエの両親が魔道具師だった可能性は極めて高い。

 これまで口を噤んでいたシェルリヒトが、眉間を揉みほぐしながら嘆息した。

「つまり、魔獣を操る魔道具の実用化に成功したからこそ、八年前の戦争が起こり得たということか。もしかしたら帝国の人間は、我々の想像以上にこの国に潜伏しているのかもしれないね」

 ドキリとした。

 それは、フローリアも考えていたことだった。

 だからこそ、これ以上は平民が立ち入るべきではない。あとは他の面々で話し合えばいいと、頭を下げて静かに退室を試みる。

「――例の男性も、おそらくは殿下の見立て通りでしょうね」

 コルラッドの一言に、足が止まった。

 チラリと視線を向ける。

 彼は、フローリアの反応をつぶさに観察していた。しかも非常に底意地の悪い笑みを浮かべており、やはり何かを試されている気がしてならない。

「どうかされましたか、フローリア様? 何か気になったことでも?」

「いえ、とんでもない……」

「忌憚のない意見が必要です。ぜひお願いします」

 裏表のなさそうな笑みは胡散臭いことこの上ないが……フローリアは素直に答えた。

「あなた方は、ずっと独自に調査を進めていたのだと、確信しただけです。殿下が供も連れずにギルレイド領を訪れたのも、お忍びで遊びに来たと見せかけるためですね」

 あの首飾りが、魔獣を狂化する魔道具だと判明した時点で、もしかしたらと推測していた。

 王太子が自ら動くほどの案件など、知らない方が身のためだ。だから考えないようにしていたのに。

 ……お忍びで遊びに来たと見せかけるため。それは、誰に対しての演技なのか。

 それなのに、シェルリヒトが若干慌てた様子で話を続けてしまう。

「言っておくけれど、誤解はしないように。遊び呆けているわけではなく、今日の外出も調査の一貫だったのだからね」

「目をつけていたのは、殿下に絡んだという男性です。職業を訊いただけで逆上したそうですよ」

 コルラッドの言葉を理解していく内、フローリアは目を見開いていった。

 あの、赤ら顔の男性か。

 二度にわたる遭遇は偶然ではなかった。

 シェルリヒトが詳細の説明をはじめる。

「昼間から酒を飲んでいて、ずいぶん羽振りがよさそうだと思っていたんだ。だが話すにつれ、このギルレイド領の人間ではないことに気付いた」

 彼の話に耳を傾けながらも、違和感が甦ってくる心地を覚えた。

 ――あぁ、そうだった……。

 話し方だ。

『おい、これではあまりに横暴だろう!?』

『ギルレイド領の騎士ともあろう人間が、一方だけに肩入れをするとはどういうことだ!』

 男性は、ギルレイド領のありふれた平民の格好をしていた。昼間から酒を嗜み管を巻いている点から、むしろ荒っぽい人間という印象だった。

 それなのに、口調だけが洗練されていた。

 男性は、王都の貴族もかくやという流暢なノクアーツ語を、完璧に使いこなしていたのだ。

「王国民を偽装していたけれど、あれほど癖のない発音を地方で聞くと違和感しかないものだね。まだ供述はとれていないが、あの男は十中八九ユルゲン帝国の密偵だろう」

「……こんなことをして、ユルゲン帝国の目的は、一体何でしょう……?」

 少しずつ、膨大な年月をかけて、ユルゲン帝国は何かを仕掛けようとしている。ノクアーツ王国で何かを成し遂げようとしている。

 その思惑は何なのか。

 暗い予感に肌が粟立った。

「確かにユルゲン帝国も関わっていることでしょう。しかし、黒幕ではない」

 フローリアが呟いた疑問を引き取ったのは、コルラッドだった。

 彼は、普段の怪しげな笑みを消していた。

 百戦錬磨の文官の顔をしたコルラッドからは、とてもではないが何かを読み取ることなどできない。

 だが、フローリアにも一つだけ分かることがあった。彼は――彼らは、既に何らかの結論にたどり着いているのだ。

 フローリアは、ゼインを振り返った。

 彼の眼差しは、直向きにフローリアを映している。静かで真摯な、真紅の瞳。

 フローリアの躊躇いも見抜いているだろう。きっと逃げたいといっても怒らない。

 またコルラッドを見る。感情の窺えない顔。

 数拍の内に、フローリアの覚悟は決まった。

「……聞かせてください」

 コルラッドはゼインの害になることをしない。何を企んでいようと、そこだけは確か。

 ならばフローリアを引き入れようという彼の意図も、結局のところゼインのため、ひいてはギルレイド辺境伯領のためなのだろう。

 フローリアは、ゼインを真っ直ぐに見返した。

「私にできることは少ないかもしれません。それでも、あなたの助けとなれるなら」

 いつだって見守ってくれる彼の、力になりたい。

 そこにどのような陰謀が――目を背けたくなるような真実が潜んでいたとしても。

 凛として佇むフローリアをじっと眺めたあと、ゼインは重々しく頷いた。

「分かった。話そう……ノクアーツ王国に巣食う、闇について」

 フローリアは小さく喉を鳴らした。

 確かに、一歩を踏み出したのだ。



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