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【完結】追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。  作者: 浅名ゆうな


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予想外の遭遇

 最後に、喧嘩をはじめた赤ら顔の男性に向き直る。本当に皮肉なことに、彼が誰より軽傷だ。

 治療は全く必要ないだろうと診断する。

 そうしている間に、大量の医療品を抱えてレトが戻ってきた。簡単な治療ができる者達も、騒ぎを聞きつけあちこちから集まりだす。

 ようやく手が空いてきたフローリアは、ロロナの行方についてメルエに問いかけた。

「そういえば、ロロナさんはどこに……」

「おおかた、不審者を捜してると思う。捕まえたら、戻ってくる」

 一人では心配……と考えた辺りで、先ほどのロロナの様子を思い出す。

 あの圧倒的な強者感。体格の大きな者達を軽々と千切っては投げていた彼女のことだから、心配すら無駄な気がしてきた。

「たっだいまーー!!」

 フローリアが束の間遠い目をしている内に、無傷のロロナが帰ってくる。

 元気いっぱいの彼女は、何かを雑に引きずりながら歩いていた。

 暗い色の大きな荷物――と思いきや、人。怪しげな旅装の人物だ。

 予想に違わぬロロナの行動。フローリアはますます遠い目になる。

 モゾモゾと動いているから暴力は振るっていないのだろうが、現在の扱いが既に乱暴だ。

 今回の騒動について事情聴取をするのだろうが、諍いの原因も判明していないのに粗雑な仕打ち、さすがに同情する。

「お待たせ! さっさと勤務中の騎士にこいつを引き渡して、おいしいもの食べに行きましょうよ! 動いたからお腹減ったー!」

 眩しい笑顔のロロナは、どこかスッキリとした風情だ。ひと暴れできて楽しかったらしい。

 彼女が空腹を感じているのも、この程度の騒動では揺るがぬ精神力のおかげだろうと思えば、比べてフローリアはまだまだ未熟だ。八年ぶりに大量出血を見たせいで、むしろ食欲が減退していた。

 合流したロロナに声をかける。

「ロロナさん、怪我がないかお聞きしても……?」

「ハンッ、あるわけないじゃない! この私を誰だと思ってるのよ!」

「ですよね。……あの、お疲れ様でした。本当に格好よかったです」

 笑い合う二人の傍らでは、レトとメルエが半眼になっている。

「どこからその自信が湧いてくるんだか。つか、この私ってどの私だよ」

「あまり、褒めない方がいい。ロロナはどこまでも調子に乗れる、希少な人間」

「希少な人間だなんて褒めすぎよー! もっと褒めてくれていいけど!」

 厳しいことは言っているけれど、彼ら親子もロロナの無事を喜んでいるようだ。僅かに持ち上がった口端に、隠しきれない安堵がにじんでいる。

「じゃあ俺達、先に『北の双子星』に行ってるわ」

 レトが口にした食事店の名称に、ロロナの瞳が俄然輝きを増した。

「『北の双子星』……って個室になってるっていうあの高級飲食店!? 牛肉の赤ワイン煮と白アスパラガスのソテーがおいしいって聞いたことある!」

「すげー詳しいな。まぁ、うまい肉が食べれるってことだ。さっさと仕事終わらせて来いよ」

「いやぁ私も一緒に行く!」

「予約の時間までまだ少しあるから、駄々こねんなっての。誰も先に食べはじめたりしねーよ」

「やだーー!!」

「うるせえ! 駄々っ子か!」

 このままでは新たな騒ぎに発展してしまいそうだ。フローリアは、慌てて間に入る。

「あの、言い合いをするより、早く済ませてお店に行きませんか? きっとお二人共、お腹が空いているから気が立って……」

「――フローリア嬢?」

 取り成しを遮った声は、予想外のところから上がった。地面に転がったままだった、怪しげな旅装の人物からだ。

「先ほどからもしやと思っていたが、その声は間違いない。君はフローリア嬢だろう?」

 フローリアの名を知っている。

 大騒ぎしていたレトとロロナさえ、驚いて口を噤む。――中でも、フローリアの驚愕は一際だった。

 驚愕という言葉では生易しい、ほとんど戦慄と表現してもよかった。

 ロロナはあくまで騒動の原因として、事情を聞くために彼を確保している。なのでフードは掴んでいるものの、拘束まではしていない。

 そこは安心材料だった。

 今もまだ地面に転がっているため実際はとても安心などできないし、すぐさまロロナの手をフードから剥がしたが。 

 相手がフローリアの声だけで気付いたように、フローリアもすぐに彼の正体を理解していた。

 だからこそ不敬罪を回避する方法はないかと、動揺した頭の中でグルグル考えを巡らせているのだ。

 ロロナが、真っ青になっているフローリアを怪訝そうに見つめた。

「あなた、この不審者と知り合いな……」

 飛び付くようにして彼女の口を塞ぐ。

 不敬罪。不敬罪の上塗りになってしまう。

 フローリアがかつてないほど俊敏に動いたからか、メルエ達までも目を丸くしている。

「あのっ、移動……この近くに、誰も来ない場所があれば、今すぐ移動をしたいのですが……!」

 きっと、ほとんど目が泳いでいたと思う。

 そしてフローリアの動揺ぶりにあてられた面々も、事情は理解できないまでも、緊急事態であることを察していく。

 戸惑いから真っ先に立ち直ったのはレトで、即座に提案をする。

「なら、『北の双子星』だ。個室だから話も外に漏れにくいし、領主邸に戻るよりずっと近い」

 領主邸。

 確かに、彼を招くに最も相応しいのはそこだろう。何より守りが堅固だ。

 レトの案に逡巡するフローリアだったが、誰より先に賛成したのは当の本人だった。

「先ほど話題に出ていた料理店だね。そこでいいのではないかな? 逃げ回っていたから、僕もお腹が空いてしまって」

 ようやく体勢は整えたものの、彼は未だ地面に座り込んでいる。けれど口調といい姿勢といい、どこもかしこも際立って洗練されていた。

 ギルレイド領に来たばかりの頃コルラッドに指摘されたのはこういうところかと、フローリアは今さらながら理解する。

 視線を交わした瞬間、全員が一丸となった。

 迅速な移動。そして丁重な保護が必要だ。

 メルエが先導。旅装のフードは深く被ったままの方が都合がいいので、フローリアは立ち上がった人物の左を支える。しんがりはロロナで、レトは現場の引き継ぎ担当だ。

 ついでに辺境伯とコルラッドを呼び出してくれる彼の判断能力は、やはりずば抜けている。

『北の双子星』という料理店は、グルリと円を描くような広場に位置していた。

 まだ開店より少し早い時間だったけれど、メルエが頼むと融通してくれた。

 予約していた個室に通される。

 扉をきちんと閉めると、にわかに喧騒が遠ざかった。確かに防音はしっかりしているようだ。

 フローリアは旅装の人物から距離をとると、正式な辞儀をした。

 身分の高い者に対する、最敬礼。

 メルエとロロナもすかさず跪いて、騎士の礼をとる。剣も床に置いているから、どれほど高貴な相手なのか、薄々勘付いているのかもしれない。

 沈黙の落ちる室内、相手の出方を待つ。

 許しがない限り、口を開くことはできない。

 やがて、彼が動く。旅装のフードを肩に落とす音が、妙に大きく響いた。

「――面を上げてくれ。公式の場ではないから、気軽にしてくれていい」

 厳かな声音に促され、自然と頭が上がる。

 絵に描いたかのごとく美しい青年が、窓辺に佇んでいた。

 旅装を解いた下から現れたのは、目立たないよう配慮したであろうシャツと同色のクラバット、青いベスト。癖のない金色の髪と、珍しい青紫色の瞳。何より、恐ろしく端整な顔立ち。

 長身で堂々とした風格があるのに、どこか甘さを感じるのは、柔らかな雰囲気と常に浮かべた微笑のせいだろう。

 男性にするたとえではないが、まるで凛と美しい花のよう。峻厳な雪山のようなゼインとは、あらゆる意味で対称的だ。

「久しぶりだね。変わりがないようで……と言いたいところだけれど、変わったね、フローリア。とても良い方向に」

 名指しされたフローリアは、静かに息をついてから口を開いた。

「ご無沙汰しております――王太子殿下」

 シェルリヒト・ユルゲン・ノクアーツ。

 ノクアーツ王国の第一王位継承者であり、フローリアにとっては元婚約者の実兄、そして変わり者で、やたらと親しげに話しかけてくる――数少ない知人の一人でもあった。



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