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【完結】追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。  作者: 浅名ゆうな


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失われないもの、失えないもの

「危険だから、私達は移動を」

 メルエが、フローリアの腰に手を添えて促す。

 普段は大人しく従うところだが、足に力を入れて踏み止まる。もしかしたら騒ぎの中で、誰かが怪我をするかもしれない。

「あの……近付かないと約束しますので、見守らせてください。傷付く人がいないかだけ」

 どれほど力不足だったとしても、フローリアが聖女だった事実は覆せない。役目を果たし続けることが生きる全てだった。

 怪我人が出るかもしれない状況を、このまま見て見ぬふりはできない。

 それがフローリアの矜持であり、決して譲れない生き方なのだ。

 メルエはもう、フローリアの意思を否定しなかった。ただ背に庇うようにして進み出る。

 衝突は、周囲の人を巻き込んで大きくなりはじめていた。もはや何が原因だったのかさえ分からなくなっているだろう。

 ロロナが渦中へ、身構えもせず入っていく。

 乱暴をされるのではないかとひやひやしたけれど、鍛えた彼女の敵ではなかった。

 殴られ吹き飛ばされてきた巨体をいなし、飛来する鉄鍋を靴先で弾き、わけもなく体当たりをしかけた若者の腹に肘鉄をめり込ませる。

 しかも、それらを視界にさえ入れずに。

 強いのは知っていたが、ここまでとは。

 フローリアは、王宮騎士団に所属する剣術の師範を思い出した。

 親しく交流していたわけではないけれど、婚約者と会うため王宮へ上がる機会に、行き合えば言葉を交わしたものだ。

 家族にすら見向きもされなかったフローリアを、変わり者の剣術師範は気にかけてくれた。

 他にも、偏見のない騎士団長や、個性的な王太子や、人嫌いの魔術師も。

 頑なだった心に余裕が出てきたからか、懐かしい顔触れを思い出す。

 彼らも元気でいるだろうか。聖女になったであろう義妹を支えてくれているか。

 フローリアが追憶に浸っている間にも、乱闘は収束しはじめていた。

 あまりに強い美少女の登場に、乱闘どころではなくなってきているとも言える。

 いつの間にか、騒ぎの中心にいたはずの怪しげな人物の姿が消えていた。赤ら顔の男性はほとんど無傷の状態で地面に伸びているので、いざこざの理由は結局迷宮入りとなるだろう。

 フローリアはメルエの肩を叩いた。

「そろそろ、近付いて大丈夫でしょうか? 大きな怪我をした者はいないか、確認したいのですが」

「……無理を、しないなら」

 メルエの口振りに、ふと違和感を覚えた。

 もしかしたら彼女は、フローリアが元聖女だったことを、知っているのかもしれない。

 包帯を巻いたり、軟膏を塗ったり、応急処置をするだけなら無理な事態は起こらないのだ。なけなしの魔力で癒やしの魔法を使わない限り。

 気になるけれど、今は自分のことは後回しだ。フローリアは騒ぎが起こっていた食事店に向かう。当然、護衛のメルエと幼いレトもついてくる。

「失礼いたします。私は医術の心得があるので、怪我人がおりましたらこちらへどうぞ」

 凛と声を張り上げながら近付いていくと、自然に人垣が割れた。

 腕から少し出血している者や、額が切れている者が複数名いる。おそらく飛び交っていた皿などの食器が当たったのだろう。

 あまりひどい光景は、レトに見せたくない。

 フローリアは、理由をつけて彼を現場から遠ざけることにした。

「レト、清潔な布がたくさん必要です。それに綺麗な水、できれば酒精の高い蒸留酒も。他の方々も動いておりますが、きっと領政に携わっているあなたの方が都合をつけやすいでしょう。お願いしてよろしいですか?」

「おう。任されてやるよ」

 彼が広場の方へ駆け出していくのを見届け、フローリアは現場を見回した。

 こういう時、頭の中で優先順位をつけた方が犠牲者は少ない。

 八年前の戦争と同一視するには凄惨さが段違いだが、同じ要領で対処すればいいと判断する。

 真っ先に膝をついたのは、頭から結構な出血をしている若者の前。

「あなたは……?」

「私は、フローリアと申します。今は、こちらにいらっしゃるメルエさんのお屋敷でご厄介になっております」

 見ず知らずの人間が治療をするのだから、警戒されても仕方のないことだ。

 フローリアは丁寧に名乗り、患者を安心させるための微笑みを浮かべた。

 惚けた表情になった青年の額を、断りを入れてから診察する。

 頭部はとても重要な箇所なので後回しは危険だ。数日後に重大な問題が表れたりもするので、用心しなければならない。

 脈を取りながら、目眩はするか、手足は問題なく動かせるかなど、注意深く質問を重ねる。

「私の目を見てください。そのままじっと見つめ続けることはできますか?」

「う、む、難しいです……」

「難しいですか……」

 青年はやたらうろうろと視線を彷徨わせている。

 脈拍も若干早いので、もしかしたら重症かもしれない。フローリアは深刻な顔で考え込む。

 そこに、メルエが割って入った。

「フローリア、私に任せて」

 彼女はどこか厳しい表情で青年をじっと見つめると、人差し指を掲げた。

「青年、これならどうだ」

「あ、はい……大丈夫です。これなら」

 メルエは面倒そうに息をつき、フローリアを振り返った。

「問題ない。彼は軽傷」

「えぇ? ですが……」 

「大丈夫。判断能力も、しっかりしてる」

「そうですか?」

 メルエの後ろで青年も頷いていたので、フローリアは釈然としないながらも彼女の意見を受け入れる。怪我をしているから頭を振ってはならないとだけ注意しつつ。

 そして、彼を含む軽傷な若者達一人ひとりの目を見て、さらに釘を差した。

「あなた方は、言い争いをしていた当事者のどちらとも、顔見知りではありませんね?」

 確信を持って問えば、それぞれが肯定する。

 もしかしたら、彼ら若者同士も友人関係ではないのかもしれない。

 喧嘩をはじめた赤ら顔の男性とも、怪しげな旅装の人物とも知り合いではない。おそらく面白がって乱闘に参加しただけ。

 成り行きというか流れというか、そういったものに身を任せた結果なのだろう。血気盛んな年頃にはよく聞く話だ。

 フローリアは彼らの心情を理解した上で微笑む。

「花祭りが近いと、どうしても若者は浮かれてしまうと聞きました。けれど、だからこそご自分の体を大切になさってください。花祭りに参加できなくなってしまったら、元も子もないですから」

「は、はい……」

「もうしません……」

「すみませんでした……」

 顔を赤くした若者達が、揃って俯く。

 やはり何か問題があるのではとフローリアが身を乗り出しかけるも、まるで保護者の立ち位置でメルエに引き留められる。

「本当に、大丈夫。彼らは私が見ておく。レトと変わらない、扱いやすい」

 若者達をまとめて、レトと一緒くたにしてしまう豪胆さがすごい。つい、子だくさんでも落ち着き払ったメルエを想像してしまう。

 彼女の厚意に甘えて他の怪我人の診察をはじめながらも、フローリアは思わず笑みをこぼした。 

「それでは、お願いいたします。メルエさんには大きなお子様ですが」

「私、四十三歳。年齢的にもちょうどいい」

「……えぇ!?」

 大切な人達の新たな一面を発見してきた今日のお出かけだが、これにはさすがに驚きの声を上げてしまった。

 どう頑張っても二十代半ばくらいにしか見えないのに、信じられない。若々しい美貌と無尽蔵の体力を持つメルエが、まさかコルラッドより歳上とは。

「あぁ。驚くのも、無理はない。コルラッドとの結婚は、三十六歳。この国では嫁き遅れ」

 しかし彼女は、フローリアの驚愕を謎の方向で解釈して、詳細を話しだす。

「私は、ユルゲン帝国の、密偵夫婦の子ども。村に住み着いた、数年後に知られ、捕らえられた」

 サラリと重大な秘密を明かされ、何と答えればいいのか分からない。

 ましてや周りにはたくさんの怪我人がいるのだ。周囲の商店の者達も、次第に包帯などを持ち寄りはじめている。

 まだレトは戻っていないけれど、だからといって他の者達に聞かれていい話じゃない。

 手が止まりそうになるフローリアに、メルエはいつもの無表情のまま首を振った。

「ギルレイド領の、大抵の人が、知ってること。気にせず聞いて。フローリアにも、知っててほしい」

 昔のことだと、彼女は淡々と打ち明ける。

 ギルレイド領にメルエ達が一家で定住したのが、四十年前。ほどなくして密偵であることが見破られ、全員が捕虜として捕らえられた。

「両親は、その時に、亡くなった。私は、領主預かりになった。けど、遠巻きにされてた」

 当時、ユルゲン帝国とは明確に敵対していなかった。とはいえ密偵の子どもが相手では、容易に気を許す者などいない。

 メルエがユルゲン帝国出身ということは知っていたのに、深く考えたことがなかった。

「周囲に、馴染めなかった。結婚が遅かったのも、そのせい」

「そうだったのですね……」

「結論として、コルラッドは、変人」

「そ、そうですかね……」

 変人で片付けられてしまうコルラッドが不憫だ。

 彼の想いを聞いていただけに居たたまれない。

 けれど、メルエに悲愴感が全く見られないのは、夫であるコルラッドの力なのだろう。二人の間に生まれたレトや、彼女の部下達も、きっと心の支えになっている。

 全て失えないからこそ、メルエはここで根を張って生きているのだ。

 あらかたの診察を終えたフローリアは、若者達にやや乱暴な処置を施す彼女を振り返って微笑んだ。

 フローリアもいつか、彼女を支える一人になれたらいい。

 フローリアが支えてもらっているように。



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