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【完結】追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。  作者: 浅名ゆうな


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祈りと成就

 ゼインの大剣が、硬い鱗さえ砕きながら、ドラゴンの首を両断する。

 切り落とされた部分から噴き出す、赤黒い血液。

 フローリアは祈った。

 ギルレイド辺境伯領に、少しの被害もないように。大地が汚染されないように。ドラゴン討伐を成し遂げた騎士達が、返り血で病を得ないように。

 効果範囲が狭かった場合、毒素の浄化に取りこぼしができる。

 そうならないよう、せめてフローリアの持ち得る全ての魔力使って。

 先ほどの目眩ましとは比較にならない強烈な青に、目を開けていられない。

 雷電鳥の羽の作用だろうか、激しい光が辺り一帯を覆ってどこまでも広がっていく。留まることを知らずに魔獣の森さえ。

 魔道具の出力が停止し、フローリアは恐るおそる目蓋を持ち上げた。

 誰もが呆然としており、言葉もない様子だ。コルラッドですら珍しく口をあんぐり開いていた。

 フローリアも驚いているし、色々謝罪すべき場面であることは分かっている。

 環境に変化は起こらないだろうか。

 広範囲の浄化は、普段から聖女が定期的に行っていることだが、もしもを考えて十分な配慮をしなければならなかった。やはり細心の注意を払って、何度も試験をしてから実用化すべきだったのだ。

 だがフローリアは、魔道具製作から魔獣の森に急いで駆け付けるまで、疲労が重なっていた。その上、魔力を使い果たしている。

 地面に倒れ伏しピクリとも動かないドラゴンが、毒素の影響が見られない景色が、あっという間にフローリアの安堵を誘った。

 気が抜けると同時に、全身からも力が抜ける。

 頼りになる大きな体に支えられながら、フローリアは気を失った。


   ◇ ◆ ◇


 目を覚ましたフローリアの視界に、真っ先に飛び込んできたのは灰色の瞳。

 目を瞬かせている内に、灰色の瞳がどんどん大きく見開かれていった。

「ねーちゃん!」

「……レト?」

 幼い面立ちに喜びを浮かべているのは、レト少年だった。隣にメルエも座っている。

 ここはコルラッドの屋敷の、間借りさせてもらっている客間のようだ。

 ぼんやりとした頭で、フローリアは目を覚ますより以前の記憶を探る。まだ明るい時間帯なのに、なぜ自分は眠っていたのだろう。

 徐々に鮮明になっていく頭が、寝ていたのではなく気を失っていたのだと思い出す。

 浄化の魔道具が完成したこと。

 ゼインが恐ろしいまでの剛腕で、ドラゴンの頭部を切り落としたこと。その勇姿。

 ゼインとコルラッドの立場に疑問を抱いたこと。

 そして、魔獣の森を覆い尽くす青い光――。

「そうでした……! 私、たいへんな……!」

 飛び起きて声を張り上げたけれど、中途半端なところで詰まってしまった。喉が痛い。

 軽く咳き込むフローリアに、メルエが水の入ったグラスを差し出した。

「フローリア、まだ無理をしない方がいい」

「あ、ありがとうございます……」

 グラスを受け取り、すぐに口をつける。

 その間に、メルエは食事を運んでくるよう息子に頼んでいた。だが、レトは不満そうだ。

「胃に優しい、野菜のスープ辺りがいい」

「どんな食事がいいかとかで悩んでるんじゃねーし! 俺だってまだねーちゃんと話したい!」

「食事をとらないと、元気にならない」

 母の一言で、レトは黙り込んだ。

 まだ不満そうだが渋々立ち上がる。

「レト……ありがとう。お腹が空いているから、とても助かるわ」

 フローリアは、出ていく背中に声をかけた。

 メルエは何か子どもに聞かせられない話をしたいに違いないが、それでもその用事が自分の食事というのは何とも申し訳ない気持ちになる。実際に空腹を感じはじめていたからなおさらだった。

 レトが扉の前で振り返る。

「ねーちゃん、元気になったら絶対一緒に遊ぼうな! 約束だぞ!」

 どことなく照れくさそうな、嬉しいのを堪えているような顔をしている。

 少年らしい思いやりや不器用さに、フローリアは温かな気持ちになり自然と微笑んでいた。

「……ええ。約束するわ。領主邸の探検でも、街での買い食いでも」

「あっ! それは内緒だって……!」

「ほう……そんな話を持ちかけていたのか、レト」

 メルエがみるみる剣呑な気配になっていくことに気付いたレトは、謝りながら慌てて逃走する。

 てっきり両親に話を通していると勘違いしていたので、思いがけずフローリアが暴露するかたちになってしまったらしい。悪いことをした。

 けれどメルエの方はといえば、言うほど怒っていないようだ。肩をすくめて椅子に座り直している。

「ごめん。あの子、ずっと心配してたから」

「いえ、そんな。嬉しかったので謝ることは……あれ? ずっと……?」

「フローリア、丸一日寝てた」

 驚きのあまり、思わず固まってしまった。

 完全に魔力切れと体力切れだ。

 どちらも十分な休息をとることで回復するものだが、まさか丸一日経っていたとは。

 つまり、既にドラゴン襲撃の事後処理が進んでいるということになる。メルエがこうして側についていられるのも、おそらくそのためだろう。

 フローリアの顔がさっと青ざめる。

 あの見渡す限りの浄化については、どのように処理されているのか。

 まずはとにかく謝罪すべきだろうと、フローリアはベッドの上でペコペコと頭を下げた。

「すみません……! まさかあの魔道具が、あれほど高出力とは思っておらず、つい全力で……!」

「大丈夫。フローリアが、気に病むことない」

「ですが、私のせいで不測の事態が起こってしまうかもしれませんし……!」

「それも、フローリアが気にすることじゃない。実際、私は感謝してる」

 普段は淡々とした彼女の声音が熱を帯びている気がして、無意識に顔を上げていた。

 メルエの無表情はいつもと変わらない。

 けれど、レトと同じ灰色の瞳が、とても直向きにフローリアを見つめていた。

 静かになった客間。

 メルエがゆっくりと頭を下げる。薄茶色の髪が肩口を流れ落ちる音が、やけに大きく響いた。

「ありがとう。フローリアのおかげで、誰一人欠けることなく、ドラゴンを討伐できた。団長として、お礼を言わせてほしい」

 様々なことが衝撃的で、フローリアは何も返すことができない。

 というか、メルエは団長だったのか。彼女にしごかれたというコルラッドが強いのも頷ける。

 そして、誰一人欠けることなくという言葉がやけに胸を衝いて、フローリアは強くこぶしを握り締めた。喉が震え、にじんだ涙を必死に堪える。

「全員、無事だったのですか……」

「うん。フローリアがいてくれたから」

 ドラゴンが退治されたところまでしか確認していなかったから、これでようやく本当に安心できた気がする。自分の役割を果たすことができた。

 ――よかった……本当に、よかった……。

 誰にも期待されず、顧みられず生きてきた。

 こんなふうに何かを成し遂げたことが、果たしてあっただろうか。

 胸元を押さえたままのフローリアに、メルエが柔らかな口調で続けた。

「木登りで、細かい傷を作った者はいるけど。着地に失敗した奴も。あれは、鍛え直しが必要」

「そ、それは、できるならお手柔らかに……」

「普段から鍛えていれば、ああはならない。実際、私もロロナも、無傷」

 着地失敗はともかく、木登りでできた擦り傷は仕方がないと思うのだが。

 とはいえメルエならば、肌すら鍛え上げる特訓方法を知っているのかもしれない。

「ゼイン様も、無傷」

 ふと目が合った彼女が、静かに告げる。

 フローリアは、ことりと胸が動くのを感じた。

 ゼイン。彼の輝く銀髪、ドラゴンを見据える険しい眼差し。それがフローリアを映すと気遣わしげに、優しげに細められ――……。

「フローリア?」

 不審そうに問いかけられ、我に返る。

 なぜだか心臓が痛いし、頬も熱かった。

 フローリアは何かを誤魔化すように口を開く。

「あの、あの、浄化の魔導具を使った影響は、どうなるのでしょうか?」

 彼女は首を傾げながらも、答えをくれた。

「念のため、コルラッドが魔獣の森に、探索隊を派遣すると言っていた。危険だろうけど、浄化されたようだから、内部に変化があるかもしれないと」

 メルエの手が、フローリアの頭を撫でる。

 穏やかな手付きで黒髪を梳かれると、何だかまた眠ってしまいそうだ。

「その結果次第で、魔道具師フローリアに、また何か頼むかもしれない。だから今は、何も考えず、ゆっくり休んで」

 魔道具師フローリア。

 くすぐったくも誇らしい響きだ。

 半ばうとうとしはじめていたフローリアだったが、元気な足音と食器のぶつかり合う音に、眠気が吹き飛んだ。

 近付いてくる音を聞く限り、客間に到着するまでにスープはどれほど残っているか。

 フローリアとメルエは見つめ合い、どちらからともなく噴き出した。





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