エピローグ
それから数日後。
オーエン質店に珍しい客がやってきた。
「よっ、お邪魔するよ」
「あらシルマリさん」
棚にハタキを掛けていたフィオナが少し意外そうな顔をする。
預かり物の修理をしていたトワルも作業の手を止めて顔を上げた。
「シルマリさんがうちに来るなんて珍しいな。というか、またどこかの国へ出掛けてたって聞いたんだが」
「つい先日戻って来てね。お偉いさんへの報告も済ませてようやくお休みが取れたところだよ」
「へえ」
シルマリは情報屋で、大抵は街の酒場にいる。
ただし情報屋とは名乗っているが実際は諜報員のような仕事もする……というか、トワルにとっては諜報絡みの依頼であちこち飛び回っている印象のほうが強い。
大抵は酒場でクダを巻いているか街の外へ出張しているかで、オーエン質店にやって来たことなど数える程しかないはずだ。
「お茶をいれますね」
「そりゃありがたい。わざわざ悪いねフィオナちゃん」
「いいえ、私たちもそろそろ休憩しようと思っていたから」
フィオナが店の奥へ引っ込む。
トワルは作業中の修理品をわきへ追いやると改めてシルマリを見た。
「で、今日はどうしたんだ? 何か質入れに来たって訳でもないんだろ?」
「話が早くて助かるよ」
シルマリは隅に置かれた椅子を勝手に引っ張ってくるとそれに腰かけた。
そこへフィオナがお盆にお茶を乗せてやってくる。
「どうぞ」
「ありがとさん。あ、フィオナちゃんも一緒に話聞いてもらえる? 君の意見も聞きたいからさ」
「え、いいの?」
再び奥へ引っ込もうとしていたフィオナは意外そうな顔をしながらもトワルの隣に腰かける。
シルマリはお茶を口へ運んでふうっと一息つくと事情を話し始めた。
「実はな、今この街の宿屋にゼムオル国から来たっていう旅の商人が泊まってるんだけどさ」
「ゼムオル国?」
トワルとフィオナは顔を見合わせた。
ゼムオル国と言えば、二人が行きたいと思っていた国。
フィオナの過去がわかるかもしれない国の名前だ。
「その商人がどうかしたのか?」
「いやね、昨日そのオッサンとたまたま酒場で一緒になって意気投合して一杯やったんだけどさ、そしたらそのオッサン、ある偶然から『災いを呼ぶ死神の石』を手に入れちまったって言うんだよ」
「災いを呼ぶ……」
「死神の石……」
災いを呼ぶ死神の石。
手にした者にあらゆる不幸をもたらし、数多くの所有者を破滅させたという伝説の呪いの宝石。
おとぎ話の題材などにもなっていて、この世界では子供でも知っているくらいに有名な石だ。
トワルの所に来るまでのフィオナは自身をその呪いの宝石だと思い込んでいて、そのために余計な心労を抱え込んでいた。
そんなわけでフィオナにとっては一方的にではあるが因縁の深い宝石でもある。
「オッサンも商人だからその宝石に関するなんやかんやはもちろん知っててさ、できればさっさと手放したいそうなんだがこれが中々お人好しな奴でね。物が物だから下手に他人に譲るわけにもいかないからどうしたもんかって途方に暮れてたんだよ。だから俺もちょっと手助けしてやりたくなってさ」
「それでうちに相談に来たんですね」
「そゆこと。で、どうだろう。お前さん方さえよかったら、あれが本当に例の呪いの宝石かどうか一度鑑定してやってくれないかな。この店ならああいうのの扱いも慣れてるだろ?」
「確かにそうだが……」
恐らく師匠のオーエンがこの場にいたら二つ返事で引き受けていただろうな、とトワルは思った。
もちろんトワルも興味はあるし、そういったものの対処法も一通りはわかっているつもりだ。
しかしトワルはすぐには返事をせずフィオナのほうを見た。
『災いを呼ぶ死神の石』はフィオナにとってはある種のトラウマだ。
フィオナが関わりたくないというのなら断ろうと思ったのだ。
フィオナのほうもトワルの目を見ただけで意図は読み取ったらしい。ほんの少しの間だけ迷っていたが、すぐにコクンと小さく頷いた。
トワルも頷き返し、それからシルマリに言った。
「わかった、引き受ける。その商人に会うことはできるかな」
「お前さん方が問題なければ今すぐでも大丈夫だぞ」
「じゃあ早速案内してくれ」
トワルとフィオナはシルマリに連れられて問題の商人が泊まる宿へと出掛けて行った。
こうして二人は新たな騒動に巻き込まれることになるのだった。
異世界からやって来た少年と、宝石の中で生き続けてきた少女。
二人の不思議な冒険譚はこれからもまだまだ続くのだが、物語としてはここで一旦幕引きとさせていただくこととしよう。
もしもご縁があれば、続きはその時に。
以上で『異世界質屋と呪宝の少女』は完結になります。
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