表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第三話 混沌を呼ぶ異世界の門
88/89

第3話-24.質屋の店主、店仕舞いをする

 二人が外に出てみると、ヤシュバル神殿は完全に崩壊してしまっていた。

 かつての神殿の姿は見る影もなく、ただの瓦礫の山と化している。

 そしてマレクに奪われていたダンジョンコアはその瓦礫の山の中から無傷な状態で見つかった。

 さすがというか何というか、瓦礫に潰される程度では何の問題もなかったらしい。


 オーエンはそれらのコアをユメス古代図書館へ持ち帰った。

 図書館の中枢部にユメスのコアを戻すとユメスの形代が復活した。

 残りのコアについてはユメスが預かることになった。

 古代遺跡についての事後処理についてもユメスが引き受けてくれるらしい。

 破壊されてしまった遺跡も数年程度で元通りに復元できるそうだ。


 そして、リンが話していた通り――破壊された遺跡のうち『シンラの岩戸』が遺跡内の設備まで元通りになれば、フィオナを人間に戻すことも可能だ、とユメスは言った。

 フィオナ自身が望むのであれば、と前置きしたうえで、ユメスは連絡してくれればフィオナをいつでも人間に戻すと約束してくれた。

 今回の一件で多大な負担をかけてしまったし、そうでなくても『イリストヘルの霊石』による想定外の被害者なのだ。だから古代文明に関係する者として最低限の罪滅ぼしはさせてほしい、と。


 フィオナからはマレクがフィオナの宝石の履歴を解析した話を聞いた。

 フィオナがイリストヘルの霊石に取り込んまれたのは七百年前、現在のゼムオル国の辺りでのことらしい。

 ユメスにもシンラのコアを使って確認して貰ったが確かにその通りのようだという回答だった。


 七百年前のその場所で一体何があったのか。

 当然ながらフィオナは気になっているようだった。

 だからトワルは、サミエルの街に戻って店が落ち着いたらゼムオル国に行ってみないか、と提案した。

 手掛かりが残されているかはわからないが、どうせシンラの岩戸の修復までにはまだまだ時間があるのだ。

 その間に気掛かりなことは出来る限り消化しておいた方がいい。

 何も得られないかもしれないが、ひょっとしたら何か思い出すきっかけになるかもしれない。


 その話を聞いていたオーエンも同意してくれた。

 店は自分に任せて二人で楽しんでくるといい、と。

 トワルとしてはオーエンを含めた三人で行こうと言ったつもりだったのでとても驚いた。

 イリストヘルの霊石――古代文明に関わることなのだからオーエンも同行してくれた方が心強い。

 しかしオーエンは首を縦には振らなかった。


「お前はもう私の助けがなくても十分やっていけるよ。あとは実際に経験を積んでいくだけだ。……それに、フィオナ君と二人きりの旅行のほうがお前もやる気が出るだろう?」


 そんなこんなで言いくるめられ、ゼムオル国へはトワルとフィオナの二人だけで行くことに決まってしまった。

 トワルもフィオナも見知らぬ土地に自分たちだけで大丈夫なのかと不安を抱いたが、同時に期待と胸の高まりも感じていた。

 なにしろずっと店に掛かり切りで、二人で長期の旅行をするなどこれが初めてだったのだから。

 だからサミエルの街へ戻ってからベルカークたちへの報告をしたり溜まっていた古物修理の依頼対応などを慌ただしくこなしながらも、旅行へ出掛ける日をいつにしようかと楽しみに考えていたのだ。


 考えていたのだが……。





「あの野郎……」


 トワルはムスッとした顔で店のカウンターに肘を付いていた。

 フィオナが眉尻を下げながらそんなトワルをなだめる。


「まあまあトワル。そんなに怒らなくても……」

「だってさ、ようやく店に帰って来て、これからどうするかも話し合った直後だぞ? それをこんな紙切れ一枚でまたいなくなるなんて」

「それはそうだけど……」


 フィオナのほうもさすがに思う所はあるらしい。

 トワルが怒っているのは自分たちの師匠、オーエンに対してだった。


 なんとあの師匠、また店を放り出してどこかへ消えたのである。


 事の起こりは今朝。

 トワルとフィオナが起きてくると、探検道具一式とともにオーエンの姿はどこにもいなくなっていた。

 そして、テーブルの上には一枚の置き手紙が残されていた。


『長旅の疲れを感じるので気晴らしにちょっと出掛けてくる。半年以内には戻るつもりだ。その間店を頼む』


 まさかまた古代文明絡みで何か事件でも起きたのかとミューニア経由でユメスに確認をしてみたが、今は特にトラブルは起きていないという。

 それどころかユメスからはこんな話を聞いた。


「そういえばあの人、マレクを追っていた時に良くぼやいていたわね。折角各地を飛び回っているのに満足な調査もできなくてつまらない。これが終わったら自分の思うままに探検がしたいって」


 他にも情報を集めたが、どうやら間違いないらしい。

 要するにあの師匠、個人的な趣味欲求を満たすためだけにトワルたちに店番を押し付けて蒸発したようなのだ。

 店が落ち着いたらトワルたちがゼムオル国に行くつもりでいたことを知った上で。


「全くあの人は……」


 トワルはため息をついた。


「まあ、許してあげましょうよ。お師匠様もこの四年間……いえ、多分十年以上ね。ああ見えてずっと気を張っていたんでしょうから。羽を伸ばしたくなるのも無理はないわ」

「それはそうだけど……」


 トワルも勝手にいなくなってしまったのが不満なだけで、そこはわかっている。

 十年前にマレクが姿を消したあと本当ならすぐにでも探しに行きたかっただろうに、ずっとトワルを育ててくれていたのだから。


「ドワルド国に行く話のことだったら別に急がなくてもいいわ。何百年も昔のことだから、少しくらい行くのが遅くなったところで何も変わらないだろうし。……それにね、本当のことを言うとまだ少し迷っていたの」

「ドワルド国へ行くことを?」

「うん。私は自分の昔のこと、何も覚えていないから。昔の自分がどんなだったのか、どんな理由でこうなったのか。もちろん気にはなるけど、やっぱりちょっと怖くて。ひょっとするとお師匠様、そんな私の気持ちに気付いて旅に出てくれたのかもしれない。私が心を整理する時間を作るために」

「あの師匠に限ってそんなことは……いや、それじゃフィオナに免じて今回はそういうことにしておこうか」


 トワルは肩をすくめた。

 リンを元の世界へ帰すとき、師匠のことでいちいち怒っていたら切りがないとフィオナを諫めたのはトワルのほうのだ。

 当のフィオナが気にしていないと言うならこれ以上トワルがとやかく言う理由はない。

 トワルの機嫌がようやく治ったのでフィオナも安堵の表情を浮かべた。

 そして、なんとなく目が合った。

 そういえば……と、トワルもフィオナもこの時ようやく気が付いた。


 オーエンがいなくなってしまったということは、また二人きりの生活になるのだ。


 さらに今の時間帯は客もしばらくやって来ない。

 窓の外からは時折喧騒が聞こえてくるが、店内は静まり返っている。

 それが却って二人きりであることを実感させ、否が応でもお互いに意識してしまう。


 これはちょっとまずい、とトワルは危機感を覚えた。

 二人で瓦礫に閉じ込められて以来、トワルはどうも悶々とした感情を抱えてしまっていた。

 店の仕事をこなしながらも、気が付くとぼんやりとあの時のフィオナの唇や身体の感触の記憶を反芻してしまっていたのだ。

 正直自分でもどうかと思うし、フィオナには絶対に悟られたくないのだが。


 もしこれをフィオナに気付かれて気味悪がられたり嫌われたりしたら立ち直れる自信がない。

 だから妄想から我に返るたび、必死に頭の片隅に追いやって考えないようにしていた。

 だが、今は二人しかいない。

 少しでも気を緩めたら理性が吹き飛んでしまいそうだった。


「あー……。ちょっと倉庫の整理をしてくるよ」


 トワルは笑いながら立ち上がり、その場から離れようとした。

 一旦頭を冷やさそう、と考えたのだ。

 だがそんなトワルの服の裾をフィオナが掴んだ。

 トワルが驚いて振り返る。

 フィオナは俯いたまま、消え入りそうな声で言った。


「あ、あの……トワルが嫌じゃなかったら、この間の続き、して、ほしい……です」


 トワルはフィオナを見つめた。

 フィオナも真っ赤になりながらも上目遣いでトワルを見つめ返す。

 どうやらフィオナも同じ気持ちを抱えていたらしい。


「一度始めたら途中で止められそうにないんだけど……それでもいいかな」

「お、お手柔らかに……」


 トワルはフィオナを抱き寄せた。

 フィオナが静かに目を瞑る。



 その日はいつもより少しばかり早い店仕舞いとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ