第3話-23.質屋の店主、閉じ込められる
「やれやれ、どうにか命拾いしたな。いや、これで助かったって言うのも変だけど」
「ごめんなさい、私が重いせいで……」
フィオナは体育座りをしながらズーンと落ち込んでいる。
トワルは慌ててて言った。
「いやいや、重くなんかなかったよ。というかこうなったのは完全に俺のミスだし……」
二人は積もりに積もった瓦礫の下の、わずかにできた狭い隙間の中にいた。
崩壊する遺跡から脱出することができず、生き埋めに近い状態になってしまっていた。
そもそも考えてみれば、フィオナを抱えたまま無数に降ってくる瓦礫を避けつつ高速移動で遺跡の外まで走る、という時点で無理があった。
ただでさえ高速移動は体への負担が大きいのである。
人間一人を抱えて長距離を走るなどはっきり言って無謀。
案の定トワルは遺跡の途中で力尽きてまともに動けなくなってしまった。
すぐ近くに大きな瓦礫同士が重なってできた隙間がなかったら今頃は瓦礫の下敷きになっていたことだろう。
冷静に考えればフィオナには宝石の中に戻ってもらえばよかった話なのだが、咄嗟のことだったためそんな簡単なことすら思い付かなかった。
さすがに疲労が溜まっていて頭が上手く回っていないのかもしれない。
とりあえず瓦礫に潰されずには済んだものの、周囲はすっかり瓦礫で埋まってしまい身動きが取れない状態だった。
といっても二人で並んで座れる程度の広さはある。
また、瓦礫の隙間があるので恐らく酸欠の心配はない。
ユメス古代図書館と同じものかはわからないが、壁の破片自体が発光していて互いの表情がわかる程度の明るさもあった。
だから多少の余裕は持てていたが、全く心細くないかと言えばそんなことはなかった。
自分たちの声以外の物音は何も聞こえてこないし、時間もわからないのだ。
こうしてここに閉じ込められてからどれくらい経ったのだろうか。
まだ数分のような気もするし、もう数時間も経っているような気もする。
「私が助けを呼びに行けたらよかったんだけど……」
頭上の瓦礫を見上げながらフィオナが溜め息をついた。
フィオナが落ち込んでいたのはこれも原因だった。
ここに閉じ込められた時、最初に二人が思いついたのはフィオナが霊体になって外へ助けを呼びに行くことだった。
だが、霊体化したフィオナでも何故かこの瓦礫はすり抜けることができなかった。
ダンジョンコアが設置されていた遺跡だけあって何かしら細工がされているのかもしれない。
「とりあえず出来ることも無さそうだし気楽に待つしかないな。下手に動いて瓦礫が崩れ出したら目も当てられないからね。大丈夫、師匠やミューニアがきっと見つけれくれるさ」
「うん……」
トワルは励ますように言うがフィオナの顔はまだどこか沈んでいる。
なにかでフィオナの気を紛らわせられないかとトワルは考えて、ふと昔のことを思い出した。
「そういえば前にもこんなことがあったな」
「え?」
「ほら、ランスターさんの屋敷へ行った時のことさ。あの時もこれくらい狭いクローゼットの中に二人で隠れて、フィオナが助けに行ってくれてさ」
「……そういえばあったわね」
トワルとフィオナが出会って間もない頃の話だ。
フィオナの宝石を質入れに来た男の行方を捜しに出掛けた二人はランスターという老人が以前住んでいた無人の屋敷を訪ねた。
そこで暴漢の集団に追いかけられ、クローゼットの中に隠れたのだ。
「あの時も私、何の役にも立てなかったのよね。私が離れた間にトワルは捕まっちゃって、入院が必要なくらい酷い怪我を負わされて……」
「でも俺、助かっただろ? フィオナが最後にちゃんと助けてくれたし。今の俺がここにいられるのはフィオナのお陰なんだよ」
「そう……なのかしら」
「そうだよ。だから大丈夫だよ。ここにはこうして勝利の女神様がいらっしゃるんだ。今回だって絶対に助かるさ」
「なによそれ」
フィオナはようやく少し笑った。
だがその途端、フィオナの目から涙がぽたりと落ちた。
トワルがぎょっとする。
「ご、ごめん。何か気に障ること言ったか?」
「違うの。これ、そういうのじゃなくて……」
フィオナは慌てて涙を拭いながら笑顔を作ろうとするが、涙は堰を切ったようにどんどん溢れてくる。
何度拭っても切りがないのでフィオナは諦めたように両手で目元を覆った。
「ごめんなさい。マレクのこととか、リンともう会えないこととか、あなたが酷い目に遭うところを見せられたこととか……今日だけでいろいろなことが起き過ぎて、ずっと心の中がぐちゃぐちゃになっちゃってて。こんな時に心配させちゃいけないと思ってこらえていたんだけど……」
絞り出すようにそう言うと必死に声を殺しながら泣き始めた。
言われてみればフィオナはずっと衝撃と不安の連続だったのだ。
そしてトドメに今のこの状況。
精神が参るのも無理はない。
どうして気づいてやれなかったのか、とトワルは後悔した。
そして、フィオナを少しでも安心させてやりたいと思った。
トワルは少しの間ためらっていたが、やがて意を決するとフィオナを軽く抱きしめた。
「ひゅわっ!?」
フィオナが変な声を上げる。
トワルは優しく言った。
「我慢なんかしなくていいよ。泣きたかったら好きなだけ泣けばいい。どうせこんな場所だ、誰も見ちゃいないから」
「………」
フィオナはしばらくトワルの腕の中で震えていたが、やがて泣き止んだらしく大人しくなった。
「落ち着いたか?」
「うん……」
フィオナの返事を聞いてトワルはホッとした。
それならもう大丈夫だろう、とフィオナを離そうとしたが、フィオナは何を思ったか、トワルの胸板に顔を押し付けると両手をトワルの背中に回した。
トワルは目を丸くした。
「フィオナ、何を……」
「ごめんなさい。もう少しだけ……もう少しだけこうしていたいの」
「しかし」
「お願い。いいでしょ? 誰も見ていないのだから……」
「それは、まあ……」
それっきり二人とも何も言わなかった。
押し当てられたフィオナの胸から激しい心音が伝わってくる。
当然トワルの心臓の音もフィオナに聞かれてしまっているだろう。
トワルは震える手でもう一度フィオナを抱きしめた。
するとフィオナは顔を上げた。
まだ涙の浮かんだ瞳のままニコリと微笑んだ。
それからは頭が真っ白になり何も考えられなくなった。
どちらともなくゆっくりと顔を近付ける。
そして、互いの唇と唇が触れ合った――。
その直後、上方で瓦礫が崩れる音とともに日の光が差し込んだ。
「!?」
トワルとフィオナは驚いて抱き合ったままそちらへ顔を向けた。
「マスター、二人がいました」
瓦礫が取り除かれてできた小さい穴からミューニアが飛び込んで来た。
そのあとオーエンの顔がこちらを覗き込む。
オーエンの後ろでは足がスコップでできた巨大なタコみたいな機械がすごい勢いで瓦礫を掘り返しているのが見えた。
あれも古代文明の遺産だろうか。
謎の機械はともかく、やはりトワルたちのことを探していてくれたらしい。
「良かった。二人とも無事だったか」
「し、師匠! 助けにきてくれたんですか」
「当たり前だろう。外に出て振り返ったら二人とも付いて来ていなかったから心配したぞ。いやはや、怪我もないみたいでよかった。……と思ったが、ふむ」
オーエンは何故か考え込むような顔をする。
なんでそんな顔を?とトワルは思ったが、その時になってようやくフィオナと抱き合っていたままだったことに気付いた。
フィオナも同時に気付いた様子であわててパッと離れる。
「あ、いや、これはその……」
「違うんです。いえ違くもないんですけど、あの……」
トワルとフィオナは慌てて弁解しようとした。
しかしオーエンは呑み込み顔で頷くと、軽く手を上げた。
後ろにいた巨大なタコが何故かこちらへやってくる。
「あの……師匠?」
「いや、すまなかった。若い二人を邪魔してはいけないし、君たちにも報酬を与えなくてはな。二時間くらいそっとしておくからゆっくり楽しむといい」
ミューニアがぴょんと跳んで外へ出る。
同時に大量の瓦礫が降って来てせっかく開いた穴が塞がってしまった。
トワルとフィオナは青ざめた。
オーエンの表情から察するに悪ふざけなどではなく完全な親切心によるものなのだろう。
だからこそ厄介極まりない。
「師匠! おい、師匠!」
「行かないで! ここから出して!」
トワルとフィオナは必死に叫んだ。
幸いその声をミューニアが拾ってくれたため、間もなく二人は外に出ることができたのだった。