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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第三話 混沌を呼ぶ異世界の門
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第3話-22.質屋の末弟子、故郷に帰る

「ここは……」


 いつの間にそこに立っていたのか。

 リンが我に返ると、辺りには見覚えのある景色が広がっていた。

 アスファルトの道路。見慣れた形の様々な民家と、それらを囲んでいる石や木の塀。

 向こうの通りでは自動車や自転車、歩行者が行き交っている。


 忘れもしない。リンがいつも歩いていた通学路だった。

 携帯電話を取り出して時間を確認すると、時刻は朝。

 そして、日付は四年前。

 リンがあの異世界に召喚された日だった。


「帰ってきたの? 本当に……?」


 リンはまだ半信半疑だった。

 しきりに辺りを見回し、ふと近くにカーブミラーがあることに気付く。

 足がすくみそうになりながらもリンはその前に立った。


 そこにはセーラー服姿のリンが写っていた。

 四年前の自分の姿。

 そしてそれは紛れもなくリン自身だった。


 師匠のオーエンは四年前のリンの記憶を今のリンの記憶で上書きすると言っていた。

 どうやらその通りのことが起こったらしい。


「じゃあ、本当に帰ってきたんだ……」


 リンは呟いた。

 そして同時にオーエンが言っていたことを思い出した。


 ――四年前に戻ったら、異世界召喚を自力で回避しろ。


 リンは慌ててその場から駆け出した。

 十数メートル近く離れてから振り返ると、さっきまでリンが立っていた辺りの空間が水面のように奇妙に波打っていた。

 『異世界の門』にの扉の奥の空間に似た歪み方。

 あそこに立ったままだったら、またあの世界に召喚されてしまっていたのだろうか。

 リンは背筋が寒くなった。


 空間の歪みは間もなく治まり、何事もなかったかのように跡形もなくなった。

 リンはホッと息をついた。

 ようやく気持ちも落ち着いてきて、頭も動くようになってきた。


 確か今は登校の途中だったはずだ。

 本来ならこのまま高校へ向かうべきなんだろうけど……。

 リンは高校とは逆の方向――自分の家へ向かって駆け出した。


 リンはずっとこの世界へ帰って来たかった。

 それは単にここが自分の生まれ育った世界だからというのもあったが、それ以上に帰らなければいけない理由があったからだった。


 大通りの交差点を渡り、二区画先の細い脇道へ入る。

 そこから住宅街を道沿いにまっすぐ進み、突き当たりを左。


 リンの自宅はそこにあった。

 震える手で鍵を開ける。。

 そしてドアノブを握って引こうとしたところ、内側から押されて思わずバランスを崩しそうになった。


「あ……」

「あら、あんたどうしたの? 忘れ物?」


 出てきたのはリンの母親だった。


 トワルたちの世界に召喚される前、リンは母親と些細なことで喧嘩をしていた。そして召喚されるその日の朝も一言も口を聞かずに家を飛び出していた。

 リンはそれがずっと気掛かりだった。

 意地を張らずに謝っておけば……と、異世界にいるあいだ何度思ったことか。


「あ、あの……」


 リンは何か言わなければと思ったが、言葉が上手く口に出来なかった。

 その代わりに涙が勝手に溢れてきてぽろぽろとこぼれ出した。

 それ以上はもう感情が抑えられなかった。

 リンは母親にすがりついて泣きじゃくった。


「あらあら、いきなりどうしたのよ。変な子ね」


 母親は笑いながら、それでもやさしく受け止めてくれた。

 リンだって自分がおかしいことくらいわかっていた。

 しかし涙は止まらなかった。

 この時ようやく、リンは自分が本当に帰ってこれたんだと実感できたのだった。






「――装置の反応に異常はない。どうやら上手くいったようだ」


 オーエンが門を見上げながら言った。


「本当ですか?」

「ああ。間違いなくリン君は向こうの世界に送られたよ。あとは向こうで元気にやっていくはずだ」


 トワルとフィオナが歓声を上げる。


「そうですか。良かった」

「ええ。もう会えなくなるのは寂しいけれど……」

「そうだな」


 オーエンは頷きながらさらにパネルを操作する。

 すると『異世界の門』の発光や重低音が次第に治まり、やがて完全に沈黙した。


「さて、残る問題は我々だな」

「ですね……」


 三人は上を見上げる。

 遺跡内の振動はさらに激しくなっていた。

 この部屋の天井や壁にも大きな亀裂が入りパラパラと破片が降ってきている。

 崩れてくるのが時間の問題なのは素人目にも明らかだった。


「ラニウスの時のような爆発は防げるはずだが、やはり崩落は免れないようだ。急いで脱出しないと我々も巻き込まれるな」

「そうですね。どうするんです?」


 トワルは尋ねた。

 遺跡が崩れるのを予測できていたなら当然オーエンは何かしらの脱出方法も用意しているだろう。

 だからトワルは特に心配はしていなかった。

 するとオーエンはポケットから指輪を取り出して自分の指にはめた。

 高速移動の指輪だ。


「トワル、リンから預かった指輪はまだ持っているな?」

「そりゃもちろんありますけど……え、まさか」

「なに? どういうこと?」


 オーエンがニコリと笑い、トワルの顔から血の気が引いていく。

 フィオナが戸惑いながら二人の顔を交互に見た。


「そのお嬢さんはお前がエスコートしてあげなさい。それでは健闘を祈る」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 トワルが呼び止めるが、次の瞬間オーエンは消えてしまった。

 恐らく指輪の力で高速移動したのだろう。

 それを見てフィオナもようやく状況を理解した。


「まさか、脱出方法って……」

「気合で避けろってことだよ!」


 トワルは突然フィオナを抱きかかえた。


「きゃっ!」

「こうなりゃヤケだ。やってやろうじゃないか!」


 トワルはフィオナをお姫様抱っこしたまま高速移動を発動させた。

 同時に天井が崩壊し瓦礫の雨が降り始めた。

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