第3話-20.質屋の店主、兄弟子を看取る
「トワル、無事か」
「ええ、なんとか……」
オーエンに声を掛けられたトワルは軽く咳き込み、首を手でさすりながら立ち上がった。
そんなトワルの服のポケットが不意に青く輝いた。
光の塊が二つ飛び出し、リンとフィオナが現れる。
「あら、出れたわ」
「どうしていきなり……?」
「シンラのコアが妨害をやめたんだろう。マレクからの指示が無くなったからかな」
オーエンが言った。それからトワルに再び顔を向ける。
「さて、久しぶりだなトワル。まさかこんなところで再会できるとは」
「師匠……本当に師匠なんですね」
「ああ。お前には随分苦労をかけてしまったようだな。リン君からお前が店を守ってくれていたと聞いて驚いたよ。いきなり放り出すことになってしまって済まなかった」
「いえ……」
トワルは軽く首を横に振った。
言いたいことは沢山あったはずだが、師匠の姿を見たらどうでもよくなってしまった。
それに事情が事情だったのだ。少なくとも今回に限っては責める気にもならない。
それからフィオナとリンがそれぞれブレスレットを付けて人間の姿に戻った。
トワルも、そしてフィオナもリンも互いに話したいこと、聞きたいことがたくさんあったが、誰も口には出さなかった。
それよりもまず気になることがある。
オーエンも含め、四人の視線は自然と同じ方向を向いていた。
心臓部を貫かれて動かなくなり、今は床に寝かされている人型の機械。
マレクを名乗っていたロボットだ。
「……それで師匠、これは一体なんだったんですか?」
トワルが尋ねた。
オーエンはロボットに目を落としたまま静かに答える。
「これはマレクさ。マレクのなれの果て、と言うのが正しいか」
「それはどういう……」
「見た通りだよ。自分で自分の体を全て機械に変えてしまったんだ。……四年前にラニウス遺跡で再会した時点で、マレクの肉体は既に半分以上機械に変わっていた」
「え?」
その言葉にトワルやフィオナだけでなく、リンまでもが目を丸くする。
「そうだったの? 全然気付かなかった……」
「リン君が気付かなかったのは無理もないさ。四年前のあの日もマレクはローブで体の形がわからないようにしていたし、そもそも君はそんな細かい所まで気を配る余裕など無かったろうからね」
「しかしどうしてそんな事を?」
トワルが眉をひそめる。
それに対してオーエンは首を横に振った。
「確かなことはわからない。私も本人とは結局まともに話すこともできなかったからね。推測することしかできないが……まあ恐らく原因は病だろうな」
「病?」
「古代文明が滅びる直接の原因となった疫病だよ」
古代文明の人々が争いの末に使用してしまった破壊兵器。
それによって汚染された土壌により広まった疫病のことだろう。
しかしトワルたちは困惑した顔でお互いの顔を見合わせる。
リンが疑問を口にした。
「その疫病が猛威を振るったのは千年も前の話じゃないんですか? ユメスから聞いた話では、確か今の人たちは疫病を生き抜いたって……」
「生き抜いたのは事実だが、克服できた訳ではないんだよ。この世界には未だ土壌が汚染されたままの地域が各地に残っている。現代の人間たちはそういった土地を避けて生活してきただけに過ぎないんだ」
「じゃあマレクはそういう汚染された土地に入ったってことですか?」
トワルが言った。
オーエンは頷く。
「古代文明の遺跡やその資料にはマレクの求める物は存在しなかった。だから僅かな希望をかけて誰も立ちいったことのない土地へ足を踏み入れた。恐らくそんなところだったんじゃないかな。本人も危険性は十分わかっていたはずだが、十年前の時点でマレクはもうまともな思考はできていなかったからな」
オーエンはため息をつき、マレクの傍で屈み込んだ。
「あの疫病は本当に厄介なものでね。治療法は存在せず、病の進行を止めるには症状が出た部位を切除するしかないんだ。しかもそれで容態が一時的に回復したとしても、しばらくすれば高確率で他の部位に症状が現れてさらなる切除が必要になる。……だからマレクは自らの身体を切断して義体に差し替えることを選んだんだろう。シンラのコアから技術を引き出せば生身の肉体の再生もできたはずだが、あれは時間が掛かるからな」
「でも……頭まで?」
「信じられないことではあるがね」
他の部位ならともかく、脳は機械で代用などできるはずがない。
そんなことはトワルたちにも想像できた。
「あの、ごめんなさい。質問してもいいですか?」
フィオナがおずおずと手を上げた。
「なんだい?」
「この人はそんなにまでして、何をしようとしていたんですか?」
その問いにはトワルが答えた。
「この人はずっと前に事故で亡くなった家族を生き返らせる方法を探していたらしい」
「家族を……?」
フィイオナはそれを聞いて、先程マレクが話していたことを思い出した。
――僕は生命のことが知りたいんだ。古代文明の人間たちですら見ることのできなかった境地へ辿り着きたい。そのために僕はダンジョンコアを集めているんだ。
「この人、私が何のためにこんな事をしているのかって聞いたら『思い出せない』って言ってました。はぐらかそうとした訳じゃなく、本当に覚えていなかったみたいでした」
「……そうか」
オーエンはただ頷いた。
「どこかの段階で一番大切にしていたはずの記憶も失くしてしまったんだろうな。本来の目的を失ってなお、衝動や執念のままに行動していたんだろう」
トワルはマレクとのやり取りを思い出していた。
会話の中で感じた違和感や理不尽さはそういったものが原因だったのかもしれない。
そう思うとそれまで以上に言いようのない虚しさを覚えた。
オーエンは口元に寂しげな笑みを浮かべた。
「できることならこうなる前に止めてやりたかった。師としても、友としてもね」
「私が殴ったりしなければ……」
「いや、リン君の攻撃がなくても遅かれ早かれこうなっていたさ。君が気に病むことじゃない」
そう言いながら壁に立て掛けていた杖を手にする。
先端に赤い金具が付いた不思議な光沢のある杖である。
「それは?」
「ユメスからの借り物さ。万が一のために持たされていた、というのが正しいか。使わずに済ませられればそれが良かったんだがね」
「それも古代文明の遺産なんですか?」
「そうだよ。名前は確か『ユメスの杖』とか言っていたな。名前の通り、限定的ではあるが彼女と同じ力を使うことができるんだ」
「と、いうことは……」
オーエンはマレクの遺体を杖でコツンと軽く叩いた。
すると杖に付いた赤い金具がうっすらと発光し、そこを起点にマレクの身体がまるで燃え広がるようにじわじわと白い砂へと変わっていった。
「これは……」
「この杖には遺産を砂に変える力があるんだ。正確には、原料となる素材のレベルまで分解してしまう力がね。マレクをこのままここに置いてはおけないが、かといって遺産の集合体になってしまったこの遺体をそのまま持ち帰るわけにもいかないのでね。こうするしかないんだ」
「前に説明はされていたけれど、実際に使うのは初めて見るわ……」
リンが呟く。トワルとフィオナも息を飲んでそれを見つめていた。
遺産を無力化し砂に変える。ユメスが『禁じ手』と呼んでいた力だ。
数分も立たずにマレクの身体は全て砂に変わってしまった。
オーエンは懐から奇妙な刺繍の入った袋を取り出した。
それの口を砂の山に向けて封を切ると、袋が勝手に砂を吸い込んでいく。
どうやらこれも古代文明の遺産らしい。
「その砂、回収してどうするんです」
「どうもしないさ。ただ、家族と同じ墓に納めてやろうと思ってね。それでこの男も少しは浮かばれてくれたらいいんだが」
「………」
四人ともそれからしばらく誰も何も言わなかった。
だが、砂の回収が残りわずかになった時のことだった。
不意に警報音が鳴り響き、部屋全体がわずかに揺れ始めた。
トワルとフィオナ、リンは驚いて辺りを見回した。
「な、何だ!?」
「なに、慌てなくても大丈夫だよ」
ただ一人、オーエンだけが落ち着いた様子で砂の回収を続ける。
それを見てトワルたちも若干安心した。
「何が起きたんですか?」
「マレクがいなくなったことで制御を失った装置が暴走を始めたのさ。ラニウスが爆発事故を起こした時と同じ状況になっただけだよ」
「……それ、大丈夫じゃないってことでは?」
リンが青ざめる。
しかしマレクは相変わらず砂の回収を続ける。
そして砂が全て袋に入ると、それを懐に仕舞い、ようやく立ち上がった。
「心配はいらない。こういう事態に備えてこの部屋へ来る前に各装置にちょこちょこ小細工も済ませて来たからね。実際にこの遺跡の崩壊が起こるまでにはまだまだ余裕があるはずだ」
一時間も先に侵入したのに姿が見えないと思ったらそんなことをしていたのか、とトワルは思った
トワルはマレクを倒したあとのことなどまるで考えていなかった。
何だかんだ言って、やはりこの師匠は凄いのだ。
同時に自分はまだまだ経験が足りないなと思い知る。
「……でもそれ、急いでここを出ないといけないことには変わりないってことなんじゃ?」
フィオナが引きつった顔で疑問を口にする。
オーエンは平然と言った。
「その通りだよ」
「早く出るわよ!」
リンが叫び、皆で一斉に走り出す。
だがふと振り返るとオーエンがまるで別の方向へ歩いていた。
トワルは慌てて叫んだ。
「師匠! そっちは出口じゃありません!」
「わかっているよ。しかしこっちでいいんだ。君たちも来たまえ」
「一体何するつもりなんです」
「ここを出る前にリン君に今までの報酬を与えたいと思ってね」
「え……?」
「報酬って、まさか……」
リンが目を見張る。
オーエンは優しく笑った。
「ここの遺跡にもあるんだよ、『異世界の門』がね。君を元の世界へ帰してあげよう」