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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第三話 混沌を呼ぶ異世界の門
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第3話-15.質屋の店主、動機を知る

「……ふう、ひとまずこんなもんか」


 トワルは持ってきた本の最後の一冊を閉じて息を付いた。

 操作パネルの上で前を向いていたミューニアが振り返る。


「もう読み終わったのですか?」

「一応な。もう一度読み返すつもりだけどちょっと頭の中を整理するよ」


 トワルは目元を押さえて椅子の背もたれに寄りかかった。

 別にこの積み上がった分厚い本たちの全てのページに目を通したわけではない。

 必要そうな部分だけ拾い読みしたのである。


 とりあえず頭に入れたのはこれから向かう遺跡内外の仕掛けや中枢へ向かうためのルート、奪われたダンジョンコアのそれぞれの特性。そしてそれらに関連して役に立ちそうな記述。

 そういった知識を得た上で、マレクにどう立ち向かえばよいか考えてみるが……改めて戦力差の違いを思い知らされていた。


 トワルが持ちもののうちで武器になりそうなものと言えば数枚の魔封じの札のみ。

 対してマレク側は四年前に他の遺跡から持ち去った五つに加えてトワルの目の前で奪われたユメス、そして拠点としているヤシュバル神殿のものを足した合計七つのダンジョンコア。


 さらに、ダンジョンコア以外の古代文明の遺産だって使おうと思えばいくらでも使えるだろう。

 正面からまともにやりあってもまず勝ち目はない。


 もちろん今のトワルの役割は陽動だ。マレクの相手はオーエン師匠にまかせておけばいい。

 マレクを倒すことなど最初から期待されていない。遺跡に正面から突入して注意を引き付けて、あわよくばマレクの前までっ辿り着ければそれだけで十分なのだ。


 だが、マレクはフィオナを連れ去った。

 トワルはただの囮役だけで終わるつもりはなかった。

 必ずフィオナを助け出す。そしてできることならマレクに一矢報いたい。

 そのために何かしら策を用意しておきたかったのだが……。


「そういえば、マレクの目的って何なんだ? 結局ユメスさんからは聞けなかったんだけど」


 ミューニアもさっき少し話していたが、ヤシュバル神殿には古代文明の遺産の機能を増幅させる補助装置があるらしい。

 今さっき読んだ本の記述によると、その補助装置の名前は『ケテラルメリア』。

 その装置はかなり特殊なものらしい。それを利用すれば普通の遺産だけでなく、ただでさえ化け物じみた性能を持つダンジョンコアにすら限界以上の力を引き出させることができるのだそうだ。


 ただ、それほど特殊な物なだけあって製造工程も複雑なため、製造技術に特化したヤシュバル神殿の設備とコアが無ければ製造できず、移動もできない。

 だからマレクはその神殿を拠点にしている。


 だが、よく考えるとおかしな話だった。


 ダンジョンコアは一つ手にしただけでも大抵の目的は達成できるほどの力を持つ。

 それを複数集めたり、ましてやそれに補助を掛けるというのは正直なところ過剰としか思えない。

 そこまでして叶えたいような望みとは一体何なのか。

 ミューニアは前方を警戒している様子だったが、再びトワルを振り返り答えた。


「マレクは死者を蘇らせようとしているのです」


「……なんだって?」

「私たちの文明でも、完全に死亡してしまった者の魂を蘇らせることは不可能でした。マレクは私たちの文明ですら手が届かなかった領域へ辿り着き、その答えを見つけ出そうとしているのです。だからこそマザーユメスも他者への危険が及ぶ可能性は低いと判断し、緊急性は無いとして捜索をマスターに一任していました」

「ちょっと待て。死者って、一体誰を生き返らせようというんだ?」

「十六年前に亡くなったマレクの妻子です」

「奥さんと子供……?」


 予想外の返答にトワルは戸惑った。

 あの男、家族がいたのか?

 いや、考えてみればいても何もおかしくはない。

 今更ながら、あのマレクという男について何も知らないままなことにトワルは気が付いた。


「その話、もう少し詳しく教えて貰えるか?」

「了解しました」


 ミューニアは操作パネルから飛び降りるとトワルの隣の椅子へよじ登った。

 どうやらパネルの上にいなくても操縦はできるらしい。


「時系列順にお話ししますが、二十九年前、マスターたちの探検隊が現在の文明の人間としては初めてユメス古代図書館の内部まで辿り着き、マザーユメスと接触しました」

「ああ、そう言っていたな」


 トワルは頷いた。

 これは先程ユメスからも聞いた話だ。

 ミューニアは続ける。


「それ以来マスター、ベルカーク、マレクの三人を中心とした調査隊は他の古代遺跡の発見や調査も行うため、各地への長期の遠征を繰り返すようになりました。サミエルの街には一年以上戻らないことも珍しくなく、戻って来ても数日でまた出発する。そんな生活です。しかし本人達は充実していた様子でしたし、成果も上がっていたため周囲も好意的に捉えていたようです。ところが十六年前、マスターたちが留守にしている最中にサミエルの街を豪雨が襲いました。それにより増水した川にマレクの妻と娘が家ごと流されたのです」

「雨……」


 そういえば、とトワルは昔オーエンから聞いた話を思い出した。

 サミエルは昔から水が豊かな街だったらしい。

 そして今ではまるで想像もつかないが、雨の多い季節になると川が氾濫を起こして大変だったという。


「それでマレクの家族は……」

「マレクの家族の遺体は数日後に川下で発見されました。マレクは不在でしたが遺体を放置するわけにもいかなかったため遺体はマレクの帰りを待たずに埋葬されました。マスターたち調査隊がサミエルの街に戻ったのはそれから一ヶ月後のことでした。それから半月後にベルカークが調査隊を脱退し、調査隊は実質的に解散することになりました」

「ベルカークさんが?」

「はい。ベルカークは家業の商売に本腰を入れるようになり、瞬く間に莫大な財を成しました。そしてその財を使用して大規模な土木工事を行いました。それによりサミエルの川は地下水道に変わり、以来水害が発生することはなくなりました」

「あの人、そんなことしてたのか……」


 トワルは初耳だった。

 ベルカーク本人からも聞いた事は無い。

 オーエンと顔を合わせるといつも喧嘩になっていたから、てっきり性格的な問題で師匠の元を離れたのだとばかり思っていた。


「それで、マレクのほうは?」

「マレクは精神が不安定になり療養が必要だとの診断を受けましたが、やがて勝手に一人で街を出て遺跡調査を行うようになりました。マスターやベルカークの助言も耳に課さず、それまで以上に遺産や遺跡に執着するようになっていました。私たちの文明の技術を利用すれば妻子を蘇らせることができると思い込んでいたようです。時折街へ帰って来ては、私を通じてマザーユメスにその方法を問い詰めたりもしていました」

「………」

「繰り返しますが、死者を蘇生させることは我々の文明にも不可能です。多くの人間が挑戦し誰一人成功することのなかったテーマの一つでした。肉体の復元することは可能です。心停止して間もなければ蘇生処置が有効な場合もあります。ですが魂が抜け落ちた遺体は私たちでもどうすることもできません。マレクには何度もそう説明しましたが、マレクは信じようとしませんでした。『現代の文明に影響を与たくないという理由で隠しているんだろう。頼むから教えてくれ』。こちらがどう伝えても、そのような言葉を返してきました」


 古代文明の遺産には信じられないような効果を発揮するものがいくつもある。

 トワル自身、もこれまでに何度も経験してきた。

 だからこそマレクの気持ちもわかるような気がした。

 ひょっとしたら……と、期待してしまったのだろう。

 諦めきれなかったのだ。


「それでマレクはダンジョンコアを狙うようになったのか」


 ユメスやミューニアの言葉を信用せず、直接ダンジョンコアを調べようと考えたのだろう。

 トワルはそう思った。

 だが、ミューニアは首を横に振った。


「いいえ。恐らくマレクがダンジョンコアを狙うことを考え始めたのは十年前です」

「え?」


 十年前。

 言うまでもなく、ラニウス遺跡が発見された時のこと。

 トワルがこちらの世界へ召喚された時の話だ。


「どういうことなんだ?」

「十年前、サミエルの街のすぐ近くにラニウス遺跡があることが偶然発見されました。あまりにも街に近いため性急に調査をする必要があるということになり、マスターとベルカークを中心とする調査隊が組まれましたが、そこへ噂を聞きつけて街へ戻ってきたマレクが加わることになりました。……ラニウス遺跡へ向かう途中、マレクはマスターにこんな事を話していたそうです。今回の調査でも妻子を救う手掛かりが見つからないようなら、自分は異世界へ行く方法を探してみる。はるか昔に異世界へ旅立った先人たちなら、きっと死者を蘇らせる方法も編み出してくれているに違いない、と」

「………」

「ところがラニウス遺跡での調査中、とある事故が起こりました」


 その事故というのが何のことなのか、トワルは言われなくてもわかった。

 思わず頭を抱える。


「俺のせいではないけど俺が原因だった、とベルカークさんが言っていたのはそういうことか……」

「はい。その調査でラニウスの中枢まで辿り着いたとき、探検隊員の一人が不用意に『異世界の門』にぶつかり、装置を起動させました。そしてマスター代理、あなたがこちらへ召喚されました。その姿を見てマスターやベルカーク、そしてマレクは一目で理解したようです。マスター代理がいた世界の文明レベルは現在のこの世界の文明よりは数歩も先を進んでいました。しかし、私たち古代文明とは比べるまでもなく劣っていました。死者の蘇生方法など期待できるわけもありません。……その後マレクは誰にも告げず街から姿を消しました。それから何をしていたのかは不明です」


 そして四年前、窃盗団を手引きしていくつかの古代遺跡を暴き、ダンジョンコアを持ち出した。

 ベルカークが話していたのと実際に会った本人とが全く違う印象だったのも当然か。


 トワルは境遇を聞いて少なからず同情した。

 だが、だからこそ止めなければならないとも思った。

 あとフィオナを連れ去ったのを許すかは別問題だ。

 そう考えて、ようやく気付いた。


「そうするとフィオナに異常に反応していたのもそのためか」

「はい。イリストヘルの霊石に取り込まれてなお生命を維持しているフィオナはかなり特殊なケースです。マレクは何かしらの可能性を見出したのでしょう。求める答えが得られるかどうかは別の問題ですが」


 トワルはこれまで以上に焦燥感に駆られた。


「フィオナは大丈夫なのか?」

「わかりません。ただ、マレクにとっても貴重なサンプルであるため慎重に扱うとは思います」

「………」


 焦ったところで目的地に早く辿り着けるわけでもない。

 無事だと信じて今やれることをやるしかない。

 トワルは自分にそう言い聞かせた。

 そして、今やれることといえば……。


「マレクとしては、ダンジョンコアと補助装置は絶対に死守したい代物って事だよな」

「はい、そのはずです」


 マレクは奥さんと娘さんを生き返らせる方法が知りたい。

 そのためにダンジョンコアを集めた。複数のダンジョンコアの演算能力、それを補助装置でさらに増幅させた巨大な人工知能に考えさせればきっと答えが見つかるはず。そう思ったから。


 しかし、四年前に集めたコアたちでは答えを見つけることができなかった。

 マレクはその原因は演算能力がまだ足りないからだと考えた。

 だから追加でユメスのコアを狙った。そのために『神の槍』まで持ち出した。

 それが今回トワルたちが巻き込まれたこの騒動。


 補助装置『ケテラルメリア』はヤシュバル神殿の最奥、中枢区域にある。

 『ケテラルメリア』を機能させるためには補助させたい対象を一定距離内に置く必要があるので、奪ったコアも同じ場所にあるはずだ。


 それだけ重要なものなら、それは逆に弱点になる。

 マレクも恐らく『ケテラルメリア』と同じ中枢にいる。

 目の前で大事なコアや補助装置にトラブルが起きれば嫌でもそちらに注意が向き、隙ができる。

 圧倒的に不利なトワルに勝機があるとすればそこを突くしかない。

 ただそれにはあと一つか二つ、手札が足りない。


 何か無いだろうか。何か見落としているものはないだろうか。

 トワルは積み上げた本を再び手に取り、必死に読み返し始めた。

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