第3話-12.質屋の店主、怪人に会う
フィオナが信じられないと言いたげな声で言う。
「あなたがマレクさん……?」
「そうさ、僕はマレクだ。それで君たちは誰かな?」
「え、ええと……」
フィオナは答えて良いのか迷ったらしく言葉を濁した。
そんな反応になるのも無理はなかった。
先ほどユメスに見せられた若い頃の映像、そしてこの間ベルカークから聞かされたマレクの人物像。
目の前にいる人物はそれらのイメージとはまるで掛け離れていた。
全身をローブで覆い、目の部分の穴以外に何の凹凸もない真っ白な仮面を付けているというその異様な姿のせいもあるのだろうが、声にもまるで感情がこもっておらず仮面の下の表情が全く想像できない。
身も蓋もない言い方をすれば、トワルには狂人に見えた。
だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
この仮面の怪人が本当に『神の槍』をサミエルに落としたあのマレクならかなり危険な状況だろう。
師匠とユメスが二人掛かりで捕まえようとしていた相手をトワルとフィオナの二人が無策でどうにか出来るとは思えない。
かといって逃げようにもこの部屋の唯一の扉の前に立たれてしまっている。
奪われたユメスのコアも取り返したいが、まずはこの場をどうにかやり過ごす必要がある。
なのでトワルは話を合わせることにした。
「初めまして、兄弟子。俺はトワルといいます」
こう言えば多少は興味を引けるだろうと思ったが、果たしてその発言は期待通りの効果をみせた。
マレクはトワルの顔を覗き込むように前屈みになった。
「兄弟子だって? すると少年、君はあの人の弟子なのか」
「ええ、オーエン師匠の弟子です」
「そうなのか。そう言えば君の顔はどこかで見覚えがある気もするな。ひょっとして僕と会ったことがあるかい?」
「いえ、初めてお会いするはずですが」
「そう? じゃあ僕の気のせいなのかな」
マレクは一人で首を捻っている。
ひょっとするとトワルが召喚された時に会っていたのかもしれないが、少なくともトワルのほうには覚えがない――というか、仮面で顔がわからないのに面識があるかどうかなどわかる訳がない。
というか何故この男は仮面など付けているんだろう。
ひょっとしてあれも古代文明の遺産か何かなのだろうか。
「するとそちらのお嬢さんもあの人の新しいお弟子さん?」
マレクがトワルからその背後のフィオナへ視線を移す。
「いえ、彼女は……」
トワルは言いかけたが、ふと言葉に詰まった。
――そういえばフィオナのこと、他人にはどう紹介すればいいんだろう。
状況が状況にもかかわらずトワルは余計なことで悩み始めた。
フィオナはオーエンの弟子ではない。
となるとトワルの……何と答えるべきなのか。
知人? 友達? 居候?
いや違うだろう。答えは考えるまでもなくわかっているのだ。
しかし……。
「………」
背後から何やら視線を向けられている気がする。多分気のせいではない。
これは絶対答えを間違えたら駄目な奴だ、とトワルは直感じた。
それに適当なことを言えばマレクにも伝わるだろう。
余計な疑いを持たれるようなことをする訳にはいかない。恥ずかしがっている暇などないのだ。
トワルは深呼吸したあと、はっきりと言った。
「彼女はフィオナ。俺の恋人です」
後ろのフィオナがトワルの肩にぐりぐりと額を押し付けてきた。
どういう感情表現なのか。トワルはフィオナがどんな顔をしているのか気になったが、目の前の男から視線を外す訳にもいかないので我慢した。
そんな二人の様子を観察しながらマレクがうんうん頷く。
「へえ、なるほどねえ。若いってのはいいもんだ。じゃあここではデートでもしてたのかな?」
「……いえ。実は俺たちサミエルに住んでいまして。『神の槍』の件でここのダンジョンコアのユメスさんに呼ばれたんです」
トワルは素直に答えた。
ここは古代遺跡。普通の人間が入れるような場所ではない。下手に誤魔化してもボロがでるだけだろう。
それなら事実をそのまま伝えて相手の出方を窺ったほうがいい。
「すると君たちもそれなりに事情は知っているんだね」
「ええ。あれを撃ったのはマレクさんだと聞きましたが本当なんですか?」
「そうだよ。あれを落としたのは僕だ」
マレクはあっさりと認めた。といってこちらを警戒するでもなく挑発するでもない。
相変わらず気味が悪いほど落ち着き払っている。
そして同じ調子でこう続けた。
「ま、『神の槍』はもう使うつもりはないから安心していいよ」
「どういうことです」
「そもそも僕があれを使ったのは街を壊すためじゃない。ユメスのコアを奪うためだったんだ」
マレクはどこか得意げに笑った。
初めて感情らしい感情を見せた気がする。
「彼女はなかなかセキュリティが硬くてさ、ダンジョンコアを複数集めた僕でもここのコアが保管された中枢にはなかなか忍び込めなくてね。強引な手段では『禁じ手』を使われてしまう恐れもあったし」
「それじゃあ、サミエルの街を狙ったのは……」
「彼女の意識をこの遺跡からサミエルの街に逸らすためだよ。遠く離れたサミエルを警戒するために彼女は随分と無理をしてくれた。おかげでびっくりするほど簡単にコアを手にすることができたよ」
――ごめんね、本当はもっと目的の部屋の近くへ転送したかったんだけど、そこまで計算する余力がなくて。
トワルはここへ着いた時にユメスがそう話していたのを思い出した。
「それならラニウスや他の遺跡を狙ったのは何故なんです」
「『神の槍』の威力の調整のためさ。僕もコアを手に入れるためとはいえ生まれ育った街を潰したくはなかったからね。だからユメスがミューニアを介してギリギリ防げるくらいの威力にする必要があったんだ。そのためにシンラとラニウスの遺跡を破壊してしまったが、あれらはダンジョンコアさえ残っていればいくらでも復元出来るからまあ気にしなくてもいいし」
ラニウスが大穴になるほどの威力だったのにシンラが半壊で済んだのはそういう理由か。
結果的にそのお陰でオーエンとリンは助かった訳だが、どうやらマレクはシンラにあの二人がいたことは知らなかったようだった。
しかし、とトワルは疑問を感じた。
どうしてこんな簡単に事情を話してくれるのだろう。
ユメスから話を聞いていたと話した時点でトワルたちがどういう立場なのかくらい予想が付くはずだ。
眼中に無いということか、それともこれから口封じでもされるのか。
トワルはさらに警戒を強めたが、マレクはそんなトワルの考えを見透かしたように笑った。
「そんなに身構えなくていいよ。君たちには伝言役を頼みたかったんだ」
「伝言?」
「サミエルの人たちに伝えて欲しいんだよ。もう街を狙うつもりはないから安心して欲しいってね。君たちも僕らのことは忘れて気楽に暮らすといい。古代文明を深追いしてもろくな事にならないからね」
その言葉は妙に実感が込められているように感じられた。
トワルは相手の意図がまるで読めず戸惑った。
ユメスからは聞きそびれたが、この男はなんのためにこんなことをしているんだろう。
トワルたちの戸惑う様子をみて、マレクは二人が別の心配をしていると考えたようだった。
「ああそうか。ユメスがいないから帰る手段が無いのか。それなら僕が一肌脱いであげよう」
マレクは両手を上げてトワルたちのほうへ向けた。
何をするつもりなのかと思わず身構えようとしたとき、トワルたちを包み込むように球体が現れた。
「これは……」
「転送の球体?」
ミューニアがトワルたちをここへ送るときに出した球体だ。ユメスが先程出そうとして阻止された球体でもある。
しかしどうしてただの人間がこんなものを出せるのか。
「驚くことはないさ。そもそも空間関係の技術はラニウスのコアの専門だからね。だからラニウスのコアを手に入れればこうやって自由に使えるんだよ。便利だろ?」
「………」
トワルは唖然としていた。
簡単に言うが実際はそんな単純な話ではないだろう。
トワルはダンジョンコアがどんなものか実際に調べた事はないが、コアを解析して自在に扱えるようにするのにどれ程の技術が必要になるのか。
やはり今のトワルたちが太刀打ちできるような相手ではない。
「それじゃ、伝言を頼んだよ」
転送が始まり視界がぐにゃりと歪み始める中、マレクが呑気に声を掛けてくる。
フィオナが不安げにこっそり囁いた。
「トワル、このまま戻されちゃっていいの?」
「……ああ。悔しいが、この場は言う通りにしたほうがいい」
少なくとも古代文明の知識については勝ち目はない。
ラニウスのコアを使いこなせているのなら、他の遺跡から盗んだという残り四つのダンジョンコアや『神の槍』のようなそれ以外の遺産だって使えるはず。
この場で抵抗してみせたところで何もできずに返り討ちにされて終わりだろう。
ここは大人しくサミエルに戻って状況を立て直すしかないだろう。
ベルカークやミューニアと相談すれば何か対策も思いつくかもしれない。
そう思っていたのだが――。
突然、トワルたちを包んでいた転送の球体が消えた。
転送が完了した訳ではない。相変わらずユメス古代図書館の学習の部屋の中である。
マレクを見ると仮面越しでもわかるほど大きく目を見開いていた。
微動だにすることもなくこちらをじっと見つめている。
「どうしたんですか、マレクさん」
「転送の直前、シンラのコアが反応した」
「え?」
シンラのコア。シンラの岩戸という古代遺跡のダンジョンコア。
確かユメスの話では医療技術に特化しているとかいう……。
「その女の形をした物は一体何だ? 人間じゃないだろう?」