第3話-10.質屋の店主、歴史を学ぶ
「それじゃあ、この装置は異世界から何かを召喚するためのものじゃなく……」
『ええ。別の世界へ移住するために作られたものだったの。ただその時に二つの世界を繋げた穴は門を閉じただけでずっと繋げられたままだった。だから装置がアクシデントで動きだして門が開いてしまったとき、向こうの世界の穴の前にいた人間をこちらの世界へ引きずり込んでしまった。――あなたやリンがこちらの世界へ来たのは全くの偶然だったのよ』
他の世界への移住、と聞いた時点でこの答えは予想できていた。しかし実際に言葉にして聞かされるとトワルは自分が想像以上に動揺しているのがわかった。
しかしまだその感情をそのまま外に出すわけにはいかなかった。
恐らく、この移住計画の話はこれで終わりではないからだ。
トワルの予想通り、ユメスは続けてこう言った。
『こうして移住するための扉は用意できた。ただ、それを動かすための十分なエネルギーが足りなかった。……だから、人々は選択を迫られて最終的にある決断をした』
『異世界の門』の台座にジャラジャラと宝石が降ってきて小さな山を作った。
青白い光を放つ、トワルとフィオナには因縁深い宝石。
「……イリストヘルの霊石」
フィオナがぽつりとその名を口にした。抑揚のない声だった。
『そう。生き残った人々は選別をした。病に侵されもはや助かる見込みがなかった約半数の人間を『イリストヘルの霊石』によってエネルギーに変換したの。それを燃料に装置を起動させて門を開き、残りの人々は異世界へ旅立って行ったのよ』
「………」
トワルもフィオナも、そしてユメスもしばらく何も言葉を発しなかった。
栄華を誇っていたはずの古代文明の人々が突然この地から姿を消したのか。
異世界の門を作って一体何をするつもりだったのか。
何故イリストヘルの霊石などという碌でもない石が作られたのか。
長い間知りたいと思っていた疑問はようやく解けた。
しかしまるで気分は晴れなかった。当然だろう。こんな真相を教えられても謎が解けた喜びや満足など感じられる訳がない。
沈黙を振り払うにユメスは話を再開した。
『新天地へ向かう人々から、留守を任された私たちダンジョンコアは新たな命令を受けたわ』
異世界の門と宝石の山がすうっと消えて行き、周辺は完全な暗闇になった。
『一つ目は破壊を免れた十一の施設をそのまま守り続けること。自分たちが戻って来た時のためという理由だったけれど、今にして思えばそれ以上に自分たちの文明がこの地に存在していた証を残しておきたかったという意味合いのほうが強かったのでしょうね。そして二つ目は、一つ目とはある意味相反する命令。もしもこの世界に自分達とは異なる新たな文明が誕生することがあったら、干渉はせず静観に徹すること、というものだった』
暗闇に再びジオラマが現れた。
しかしそれは先程の古代文明の街ではなかった。
トワルには馴染み深い街。サミエルの街だった。
『私たちの文明が滅びた原因の一つは、分不相応な速度での発展を遂げてしまったためというのがあった。獲得した便利さに対して人々の意識が付いていけなかったの。だから後継の文明には同じ轍は踏ませてはならない。少なくとも私たちの施設に自力で入れないような知識レベルの低い者との接触は避けるようにと言われた。そして、必要があれば私――ユメスのダンジョンコアの中に実装されている『禁じ手』の使用も許可する、という指示も受けた』
気になる単語にトワルは反応した。
「その禁じ手というのは……?」
『私のコアは情報の管理する権限を持つとさっき言ったでしょ? 情報の管理、という内容には抹消や無力化を行う権利も含まれていてね。『禁じ手』を実行したらどうなるかをわかりやすく言うと、いわゆる自爆スイッチね。この世界に残っている古代文明に関わる全ての物――当然、私たちダンジョンコアも含むわ――を無力化・風化させてただの砂同然に変えてしまうことができるのよ」
これにはトワルもフィオナも驚きの声を上げた。
「そんなことまでできるの……?」
「なんでそんな機能を……?」
『さっき話した通りそういう悪乗りが許される空気だったからね。私も未だに自殺行為としか認識できないけど、そういったものにスリルやロマンを感じる人間がそれなりにいたのよ』
わかるようなわからないような……とトワルは思った。フィオナの意見も聞いてみたかったが、真っ暗なので顔もわからない。
トワルには見えなかったが、フィオナのほうも似たような反応をしていた。
『もちろん本気でこの『禁じ手』を実行しようなんて思っている人間は一人もいなかったわ。だから機能として実装されはしたけどずっとロックされていたし、私の思考回路も出来る限り別の手段を選ぶようにと設定されている。……でも今回の『神の槍』ように私たちの文明の技術が現代の文明を脅かすような事態が起きたのなら、この手段を実行するというのも十分選択肢に入ってくる』
それがユメスが動くという意味か。
トワルはようやくわかってきた。
今後さらに『神の槍』での被害が拡大するようなことがあればユメスは本当に自分たちの文明を消滅させるつもりなのだろう。
だからオーエンは事態の収拾に協力していたのだ。師匠にとって古代文明はまだまだ興味の尽きない対象で、消えてもらっては困るから。もちろんマレクという人物との個人的な関係もあるのだろうが。
また、ベルカークが自分のことを不適格だと言っていたのも今の話で理解できた気がした。
ベルカークは昔は探検家だったが、今はサミエルの街を治める権力者の一人なのだ。
もしも『神の槍』の仕様や使い方を知ってしまえば、いずれ政治の席での駆け引きに使ってしまうことになるだろう。
街一つを簡単に潰せる兵器など、敵対する国を牽制するのにこれ以上ないほど強力なカードなのだから。
ただそれは敵国や周辺諸国もその遺産の存在や有用性を知らせてしまうことになる。
そうなれば始まるのは古代文明の兵器の争奪戦。遅かれ早かれ、古代文明の末路と同じ道を辿ることになるし、ユメスも『禁じ手』を発動する。だから最初から知ることを避けたのだ。
思い返せば、ベルカークは『ベルカーク暗殺未遂事件』で暗殺に使用された古代文明の武器もトワルに二度と使えないように処理させた。あれも多分そういう理由だったのだろう。
『それで、話を戻すけれど……移住していった人々を見送ったあと、私たちダンジョンコアは必要最低限の機能だけを稼働させて休眠状態に入ったわ。そしてそれから何事も無く千年以上の月日が流れた。――変化が起きたのは二十九年前。私の管理する施設『ユメス古代図書館』に三人の人間が侵入してきたの』
その三人組らしい立体映像が出現した。
一人は恐らく三十代半ば、他二人は二十歳前後くらいだろうか。
全員男性で冒険服を着用している。
「……ん? なんかこの人、見覚えがあるような……」
「右側の人のことならベルカークさんだろう。これ多分、オーエン師匠たちの若い頃だだよ。古代文明の遺跡に入れるのなんてあの人たちくらいだし」
「ええっ!? あ、そういえば若い頃は痩せてたって……それじゃあ他の二人は」
『真ん中の年配の男がオーエン。そして残りの一人がマレクよ』
約三十年前のオーエンとベルカークは今とは随分容姿が違うが所々面影があった。
できればもう少しじっくり見てみたいところだが、今見るべきは三人目の男だろう。
その男はベルカークに劣らず背が高かった。また男にしては髪も長い方だろうか。
眼鏡を掛けていて若干目がくぼんでいるが端正な顔立ちをしている。微笑を浮かべており人当りが良さそうな印象を受けた。
この男がマレク。古代遺跡やサミエルの街に『神の槍』を落とした男。
『いきなり三人が私の中に入ってきたときは驚いたわ。そして彼らとの会話を通じて私たちは現在の外の世界がどうなっているかを知った。私たちは施設外にいた人間は残らず死滅したと判断していたけど、実際にはあの死の大地を生き抜いた人々がいたの。そしてその人々は子孫を繋げながら私たちに頼ることなく、というより世代を進むうちに私たちの存在を完全に忘れ、独自の文明を再構築していたのよ』
「それが現在この世界にいる人々ですか」
『そう。私たちダンジョンコアにとってもとても嬉しい誤算だったわ。正確には私たちには感情は無いけれど、そう例える以上に相応しい表現は見つからなかった。そして私たちは貴方たちの事がもっと知りたかった。だから急遽私の複製であるミューニアを作成し、オーエンに持たせることにした。それから私たちは貴方たちに余計な影響を与えないよう注意を払いながらミューニアを通してあなたたちの文明の成長を観察してきたの』
トワルはオーエンからミューニアのことは勝手に持ち出してきたかのように聞かされていたが、どうやらそうではなかったらしい。
これでこの世界と古代文明との関係の現状はなんとなく掴めたような気がするが、それとは別に気になることがある。
どうやらそれはフィオナも同じだったらしい。
「それで……異世界へ旅立って行った人たちはどうなったんですか?」
その質問の返答には数秒間の沈黙があったが、ユメスはそれまで同様の軽い調子で答えた。
『このまでに向こうの世界からこちらへ来たのはトワル、それにリンだけよ。リンのことを調べさせてもらった限りでは向こうの世界には私たちの文明の痕跡を見付けることはできなかった。……恐らくあの人々は移住は上手くいかず全滅してしまったのでしょう』
「………」
多くの犠牲を出してまで新天地を目指したのにそんな結末なのか。
二人とも何と言っていいかわからなかった。