第3話-7.質屋の店主、話を聞く
オーエン質店は街外れにある小さな個人店である。
つまり、狭い。
関係者全員が入るにはスペース的に難しいため、トワルとフィオナ、ベルカーク、あとアンブレと調査隊員数名が中に入り、他は外で待機となった。
『お帰りなさいませ、マスター代理』
トワルたちが店内に入るなり天井が淡く輝いた。
光は一ヶ所に集まると雫のようにカウンター台の上にポタリと落ちる。そしてそれが弾けたあとに現れたのは白い服に白い髪、赤い目をした手の平サイズの小人だった。
ダンジョンコア、ミューニア。天井からの声の主である。ただしこれは本体ではなく仮の姿。より円滑なコミュニケーションが必要になった時に創り出す形代のようなものだ。
エネルギーの消耗が激しいため普段であればトワルが要求しない限りはこの小人の姿をとることはない。
ちなみにマスター代理と言うのはトワルのことだ。
「ミューニア、あの黒い柱を防いでくれたのはお前なのか?」
前置きなしでベルカークが尋ねた。
それに対してミューニアは首を振った。
「いいえ。私ではありません。マザーユメスが私のコアを介して実行しました」
その名前を聞いてアンブレが怪訝な顔をする。
「マザーユメスというと、確か……」
「ユメス古代図書館。ミューニアが元々いた古代文明の遺跡のダンジョンコアの名前です」
横からトワルが補足した。
フィオナが目を丸くする。
「ダンジョンコアってそんな事までできたの?」
「はい。私がマザーに要請しました」
ミューニアが胸を張るようなポーズをする。やや仕草に場違い感はあるが、この形代のジェスチャーは数パターンしかないので仕方ない。
ベルカークが自分の顎に手を当てながら言った。
「ふむ、確かにお前のコアではあの規模の障壁を作り出すのは難しいと思ってはいたが……。あのユメスが動いたとなると私が思っていた以上に事態は深刻なのか。あの黒い柱は何だったんだ? 古代文明由来のものだとは思うが、一体何が起きている?」
あのユメスが動いた、というのはどういう意味だろう、とトワルは思った。
ユメスというのはユメス古代図書館のことのはずだが、まるで古代遺跡に自我でもあるかのような言い方だ。
ベルカークの投げかけた質問に対しミューニアはしばしの間沈黙した。
体の動きを止め、赤い両目の奥を不規則にチカチカと点滅させている。
受信機と発信器の通信に似ているな、とトワルは思った。
しばらく待っているとミューニアの目の点滅は止まり、再び口を開いた。
「ラニウスとこの街を襲ったあれは『神の槍』と呼ばれる我々の文明の技術を応用したものだと思われます」
「神の槍……」
トワルはあの黒い柱がラニウス遺跡に突き刺さる光景を思い返していた。
ラニウスの被害状況は刺すというより押し潰したという印象のほうが強かったが、槍という例えが出来ないこともない。
「ラニウス遺跡やこの街を狙った規模の神の槍を落とすのには最低四日の準備期間を要します。前回この街を攻撃してから既に三日経過していますので、早ければ明日には再び神の槍をこの街に撃たれる可能性があります。そのため、それまでに使用者を無力化し発動を止めなければなりません」
そう言うとミューニアはカウンターの上をトテトテ走り出した。
そしてトワルの前に立ち止まって両手を上げる
「そのため、マザー・ユメスはマスター代理とフィオナに助けをお借りしたいと仰っています」
「俺に?」
「え、私も?」
トワルは怪訝な顔をし、フィオナは目を丸くした。
「はい。これからお二人をマザーユメスの元へ転送します。詳しい話はマザーユメス本人にお尋ね下さい」
「転送って、その古代図書館というところへ送るって事よね? それもダンジョンコアの力なの?」
「はい、マザーユメスの力です」
「ダンジョンコアっ何でもできるのね……」
フィオナが呆気に取られた様子で言う。
しかしトワルのほうは今一つ納得できない表情をしていた。
「頼ってくれるのは光栄だが俺たちだけでいいのか? ベルカークさんとか他の人にも同行して貰った方がよくないか?」
現役を退いているとはいえ古代文明に対する知識はトワルよりベルカークのほうが遥かに上である。それに世界各地の遺跡を探検した経験もあるのだ。むしろトワルよりベルカークのほうが適任とさえ思える。
しかしミューニアはぶんぶんと首を振った。
「申し訳ありませんがそれはできません。マザーユメスはお二人以外に対応させるのは不適格であるとの判断を下しました」
「不適格? どういうことだ?」
助けを借りたいと言っておいて不適格と選り好みするのはさすがに身勝手じゃないか、とトワルは思った。第一この街が危険に晒されているのだ。戦力を惜しんでいる場合ではないだろう。
だが、当のベルカークは特に異議を挟む気が無いようだった。
ただ腕を組んでミューニアの話を聞いていたが、確かめるように尋ねた。
「神の槍の使用者を止めたいとのことだが、その使用者とやらが何者なのかは特定できているのかね」
するとミューニアの瞳が再び点滅した。
やはり、どこかと通信しているようだ。マザーユメスとやらに答えて良いかどうかの確認をしているのだろうか。
先程同様に数秒間の静止のあとミューニアはベルカークの問いかけに答えた。
「確定では無いそうですが、マザーユメスによるとマレクによる犯行である可能性が高いとのことです」
「マレクだって?」
予想外の名前を聞いてトワルは思わず声を漏らした。
トワルが気になっていた、オーエンの一番弟子だったという男の名だ。
そのマレクがこの街を攻撃したというのか?
困惑の表情を浮かべるトワルとフィオナとは対照的に、ベルカークはまるでその答えが来るのをわかっていたかのように平然としていた。
ベルカークだけでなくアンブレもミューニアの返答を予測していたようだった。わずかに目を見開いたくらいでほとんど反応していない。驚きはしているが納得もしている、といった様子だった。
残りの調査団員たちはただただ戸惑いの表情を浮かべていた。この人たちはどうやらマレクの事は知らないか、トワルたち同様に予想外だったらしい。
トワルが状況を判断しかねていると、ベルカークが言った。
「なるほどな。それでは私はこれ以上関わらないほうがいいようだ」
「どういうことですか?」
「ユメスの言う通り今の私では不適格ということさ。マレクを止めることとは全く別の理由でね。詳しいことはミューニアの言う通りユメス本人から聞いたほうが早いだろう。その上でお前たちがどうするか決めればいい。すまないが行ってもらえるか?」
「……わかりました」
トワルはほとんど何もわかっていなかったが、また街が襲われるかもしれないのを黙って見ているつもりはない。
とにかく今は動いて、悩むのは後回しだ。
「フィオナもいいかな」
「ええ、トワルに付いて行くわ」
フィオナは不安そうな顔をしていたが、トワルが声を掛けると迷うことなく頷いた。
ミューニアがそんな二人を見上げる。
「では転送を行います。お二人はこちらへ」
指示された通りトワルとフィオナが他の人たちから離れた位置に並んで立つと、ミューニアは両目を点滅させながら両手を掲げた。
二人をすっぽり包むように透明な球体が音も無く現れた。
同時に体がふわりと軽く感じ、視界がぐにゃりと歪み始める。
トワルはこの感覚に覚えがあった。
何だったか……と少し考えてすぐに思い至った。
幼い頃、こちらの世界に召喚されたときの感覚。あれに似ている。
不安を感じたのかフィオナがトワルの手を握った。トワルは安心させるようにその手を強く握り返した。
「あと二十秒でユメス古代図書館への転送が完了します。その場を動かないようにしてください」
「わかった」
トワルは答えてベルカークたちを見た。
「後のことはよろしくお願いします」
「ああ。この店とミューニアのフォローは私がやっておくから気にしなくていい。お前たちも気を付けてくれ」
「はい」
「転送します」
ミューニアの言葉と同時に二人の姿はその場から消滅した。
「ここは……」
気が付くとトワルとフィオナは見知らぬ建物内の通路らしき場所に立っていた。
とても長い廊下だった。床には緑色のカーペットが敷いてあり、天井は高い。両側の壁はレンガ模様だったが、見たところそういう模様をしているだけで実際の素材はレンガではないようだった。
窓はなく、光源も見当たらないにもかかわらず昼間のように明るい。
フィオナが物珍しげにキョロキョロと周囲を見回しながら言った。
「ここがユメス古代図書館なのかしら」
「少なくともどこかの建物の中のようだが……」
とりあえずこのまま立っていても仕方ない。
二人は廊下を進んでいこうとした。
だがその時、周囲の壁や床が淡く輝き始めた。
『ようこそユメス古代図書館へ』
遠いような近いような不思議な距離感の声に二人は思わず立ちすくんだ。
淡い輝きは二人の前方の床に集まって強くなり、一つの大きな塊になったかと思うとふわりと浮かび上がった。
その光の塊は粘土のように変形し、やがて一人の人間の姿を形作った。
白い髪に白い服、赤い瞳。フィオナの腰くらいの背丈の小さな女の子。
トワルはその姿を見てミューニアを連想した。
「あなたは……」
「私はユメス。この『ユメス古代図書館』のダンジョンコア。――トワル、フィオナ。あなたたちを歓迎するわ」
ユメスはそう言ってニコリと微笑んだ。