第1話-4.呪いの宝石、掴みかかる
「災いを呼ぶ死神の石……。子供の頃に聞いたことはあったが、実際の宝石がこんなお嬢さんだったとは」
アンブレはしげしげとフィオナと宝石を交互に見つめて言った。「うーむ、改めてよく見ても普通の人間にしか見えん……」
帰ってきたトワルはアンブレにフィオナの正体とこれまでの経緯を説明した。
アンブレは話だけでは半信半疑な様子だったが、トワルがフィオナの札を剥がして半透明状態を見せるとすぐに納得したようだった。
どうやらこの封印の札、貼られた本人以外なら簡単に剥がせるものらしい。
まあ、すぐに貼り直されてしまったのでフィオナはまた封印状態のままなのだが。
アンブレはフィオナに頭を下げて、
「いや、騙すようなことをしてすまなかった。この街の守りを任されている者として、身元が疑わしいと感じたら確かめない訳にはいかなかったのでね」
フィオナは安心したのもあって笑顔で軽く手を振った。
「いえ、疑いが晴れてくれれば私はそれで……」
たが、アンブレは不思議そうに、
「しかしどうして誤魔化そうとなんてしたんだ? 素直に話してくれたら誘導尋問などしなくて済んだのに」
「あ、いや、それはその……」
フィオナはギクリとして言葉に詰まった。
トワルの弱みを聞き出そうとした、などとはこの状況でいう訳にはいかない。
どう返事をしようかと悩んでいると、
「そりゃ言えるわけがないでしょう」
と、トワルが助け舟を出した。「『私は伝説の呪いの宝石です』っていきなり答えられてたらアンブレさん信じたんですか?」
アンブレはそう言われて思い当たったように、
「なるほど。言われてみればその通りだ。頭がおかしい奴だと思って問答無用で連行していただろうな。――すまないフィオナ。余計なことを聞いた」
「い、いえ……」
フィオナはアハハ……と愛想笑いしながら目をそらした。
意図に気付かれずに済んだのは助かったが、少々後ろめたい。
「それで、状況がわかったところで確認するが」
と、アンブレがトワルに、「この宝石はこれからどう管理するつもりなんだ?」
「もちろんうちに保管しますよ」
トワルは即答した。
アンブレは眉を寄せて、
「フィオナについては私も話をして無害だと感じた。だが、宝石自体の呪いについては別の話だろう。大丈夫なのか?」
「その辺のことは問題ありませんよ。この手の品の扱いについては師匠からみっちり仕込まれましたからね。ご迷惑が掛からないと約束します」
と、トワルは言った。「それに、自警団のほうで預かってくれと言われたらアンブレさんも困るでしょう? 扱い方のわからないものを独断で持ち帰るわけにもいかないでしょうし」
アンブレは肩をすくめた。
「まあ、それはそうだが。……全く、そういう理詰めの仕方、お前もだんだんあの師匠に似てきたな」
「そうですか?」
トワルは首を傾げたが、「それでアンブレさん。この宝石を持ち込んだ男の件ですけど、足取りを掴むことはできそうですかね」
「正門の警備担当からはここ数日お前の言うような風体の男が街に入ったという報告は受けていない。だが、お前も知っているだろうがこの街は他の街のように全体を城壁で囲われているわけではないからな。簡単に跨げるような木の柵しかないような場所もあるし、よそ者が潜り込もうと思えばいくらでも潜り込める。気に掛けてはおくが、時間は掛かるかもしれないな」
フィオナが、
「なんだか大変そうですね」
「ああ。将来の発展を考えたら城壁などないほうがいいという領主様の考えには賛成なんだが、警備を任される我々としてはなかなか骨が折れるよ。隣国のドラウドが近頃不穏な動きを見せているせいで気苦労も多いしな」
「そういえばドラウド国の話は俺も今日あちこちで聞きましたが、戦争になりそうだというのは本当なんですか?」
トワルが尋ねるとアンブレは首を振った。
「怪しい状況なのは確かだがそこまでではない。領主様やベルカーク殿がそうならないよう動いて下さっているから恐らく大丈夫だとは思うが。――と、少々話し過ぎたな。お前なら心配ないと思うが今の話は他言無用で頼む。余計な噂で不安を煽っても碌なことにならないからな」
「もちろんです」
トワルは頷いた。
アンブレは柱時計に目をやった。
「さて。それでは私はそろそろ失礼するとしよう。呪いの宝石の件、決して無理はするな。何かあったらすぐに連絡しろ」
「ええ」
「フィオナも何か困ったことやわからないことがあったら気軽に話してくれ。できる限り力になる。――トワルのこと、よろしく頼む」
「あ、はい。ありがとうございます」
アンブレは片手を上げながら店を出て行った。
フィオナは少し呆気に取られながら、
「アンブレさん、結局話だけして帰っちゃったけど何の用だったのかしら」
「定期的な見回りだよ」
と、トワルは言った。「あんな感じで色んな店の様子を見て回ってくれているんだ。お陰でこの辺の治安も随分よくなった」
「へえ……」
フィオナが感心していると、トワルはカウンターに置いていた紙袋を持ち上げた。
トワルが帰って来たとき手に抱えていたものだ。
「さてと。パンケーキ買ってきたんだが食べるかい」
「パンケーキ?」
「お前さんを売りに来た人の情報集めで知り合いの店を何軒か回っていたんだが、菓子職人やってる人に売れ残りを大量に押し付けられてな。良かったら消化するの手伝ってくれないか。出来立てにはさすがに負けるが味は保証するぞ」
トワルはそう言いながらフィオナに袋を開けてみせた。
紙袋の中には丸いパンケーキが折り重なって詰まっていた。
自らの重みに負けて潰れかけるほどの柔らかな見た目。ふわっとした甘い香りが鼻をくすぐる。
美味しそう……。
フィオナは無意識に生唾を飲み込んだが、ハッと我に返った。
弱みを握って宝石を手放させるつもりなのに、餌付けされてどうする。
「か、懐柔しようとしても無駄よ!」
するとトワルは心外という顔をして、
「そんなつもりはないんだが。ひょっとして甘いものは嫌いだったか?」
「いいえ、そんなことはないわ。むしろ大好きよ。……でもこの呪いの体じゃそもそも食べることもできないし――」
フィオナはそこまで言いかけてハッとすると、ビシッとトワルを指差して、「そうかわかったわ。あなた、私がそれを食べれないのを知った上で勧めてきたのね。その上で一人で食べるところを見せつけるつもりなんだわ! どう? 図星でしょ、この人でなし!」
「そんな悪趣味なことするか」
と、トワルは呆れたように言った。「というか自分で気付いてないのか?」
「何をよ!」
「お前さん、その状態なら菓子だろうが何でも好きなもの食べられるぞ?」
「……え?」
フィオナはそう言われて思い出した。
そういえばこの身体、お札の効果で実体化していて、すり抜けられない代わりに物に触れるのだ。
物に触れられるのなら、食べ物も食べられる……?
「まあ、無理強いするつもりはないよ」
トワルは紙袋を閉じながら、「お前さんが食べないって言うなら仕方ない。ちょっと量がきつそうだが、俺が一人で頑張って全部食べ――」
「いえ、食べる! 私食べます。食べさせてください!」
フィオナは掴みかかりそうな勢いで言った。
「お、おう……」
トワルは圧倒されながら頷いた。