第3話-3.質屋の店主、窓を眺める
「なにかしら、あれ……」
横から窓を覗いたフィオナが声を漏らす。
トワルはその光に目を向けたまま首を振った。
光の柱は糸のように細いがこの位置から見えるのだから実際は相当な太さだろう。
「わからない。ただ……あの方角は、まさかラニウス遺跡か?」
「え?」
フィオナが驚いてトワルを見る。
と、背後から声が響いた。
『マスター代理、フィオナ、窓から離れて下さい』
トワルとフィオナが振り返ると天井が淡く光っていた。
声の主はミューニア。元はある古代遺跡の予備のダンジョンコア――管理機能を持った古代文明の遺産の一種らしい――だったのだが、オーエンがそれを持ち帰ってこの店の天井裏に設置した。現在はこの店の警備システムとして稼働している。
今のように音声によるやり取りが可能で、他にも様々な機能を備えている。
ただし平時であればこちらから声を掛けない限り反応することはない。それが勝手に呼びかけてきたということは余程の事態だということになるのだが……。
「ミューニア、あれが何かわかるのか?」
『まだ確定できていません。ですが高確率でここへも被害が及ぶと思われます。一刻も早く安全を確保してください』
「被害って、あれだけ距離が離れているのに?」
フィオナが尋ね、再び窓の外へ目を向ける。
その時光の柱が消えた。
そして、光の柱が立っていた跡をなぞるように巨大な黒い柱が落ちてくるのが見えた。
トワルにはそれが何なのかわからなかった。
だが底知れない恐怖を感じた。
トワルは咄嗟にフィオナを抱きかかえるとそのまま覆い被さるように床に倒れ込んだ。
それとほぼ同時に店内が激しく揺れた。轟音とともに窓ガラスが割れて破片が飛び散った。
棚や机が大きくぐらつき、並べられていた品が床に落ちて陶器の割れる音などが響く。
トワルの背中や後頭部にも物が落ちてきたがトワルはそのまま動かずじっと耐え続けた。
数分後、ようやく揺れは収まり辺りは静かになった。
トワルは恐る恐る顔を上げ、当たりを見回してからホッと溜め息をついた。
「どうやら収まったらしい。フィオナ、大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう」
二人はゆっくりと起き上がった。
フィオナが頭を打たないように左手を後頭部に回していたためほとんど身体を密着させるような状態だった。普段なら二人とも真っ赤になるところだが、さすがに今はどちらも恥じらったりしている余裕はない。
店の中は酷い状態だった。棚の物はほとんど床に落ち、陶器などの割れ物類はその名の通り割れてしまっている。窓ガラスの破片も床に散らばっている。引き出しは開いているし、かなり重量があるはずのカウンターの机も位置がずれてしまっている。
ある程度整頓されていた店舗エリアでこの惨状だとすると居間や倉庫などはさらに悲惨な状態になっていることだろう。
「とりあえず、品物の状態確認は後回しにして割れ物以外を棚に戻すわね」
「そうだな。悪いが頼んでいいか」
「わかったわ」
フィオナは頷くと左手首の青いブレスレットを外した。
途端にフィオナの身体が半透明になり、青白い光に包まれる。
それからフィオナが右手をくるりと回すと、床に落ちていたぬいぐるみや本やその他の品が青白い光に包まれてふわりと浮かび上がり、それぞれ棚の元の位置に戻って行った。
これがフィオナと古代文明との因縁だった。
フィオナは『イリストヘルの霊石』という古代文明が遺した宝石に魂を封じ込められた幽霊のような存在だった。見た目は十七歳くらいだが、実際はフィオナ自身でさえ思い出せないほど長い年月を生き続けている。
本体である『イリストヘルの霊石』は一見ただの青い宝石だが、本来は古代文明の遺跡の装置を動かすための燃料として使うことを目的に作られたものなのだという。フィオナも恐らくそうして作られたものの一つだったのだろう。それがどういう経緯で遺跡の外へ持ち出されたのかはフィオナ自身記憶が無いが、トワルの元へ渡った現在は普通の人間に戻ることを目標にしていた。
トワルが作った特製のブレスレットを付けていれば普通の人間と同じように生活できるが、外せば今のような半透明の霊体になる。霊体になれば自在に空を飛べるし壁などもすり抜けられる。そして自分の力で持ち上げられる程度の量ではあるが念動力で自在に物を動かすこともできる。
フィオナ自身が人間として生活する方が好きだし事情を知らない人間に霊体の姿を見られると余計な騒ぎになる可能性があるので基本的には霊体にはならないようにしていたが、それなりに便利な能力ではあった。
トワルは再び窓の外を見た。
街の外はかなり騒がしくなっていた。見える範囲だけでも物が散らばったり塀が崩れたりしていて、子供の泣き声や男が何か大声で呼ぶ声などが聞こえてくる。
地震が落ちる直前に見た、ラニウス遺跡に落ちていくあの巨大な黒い柱は影も形もなくなっていた。
見間違いなどではなかったはずだが……。
「ミューニア、さっきのは一体なんなんだ?」
『未確定のため返答できません。恐らくは我が文明の技術を利用した攻撃だと思われます』
その言葉にフィオナが息を飲む。
「攻撃って、それじゃあれは誰かが意図的に引き起こしたというの……?」
トワルにも信じられなかった。
気圧の上昇。光の柱。そしてあの黒い柱。
自然現象とも思えないが、だからといってあんなものを人の手で引き起こせるものなのか。
古代文明の技術はどれだけ高いのか。
しかし、攻撃だとしてなぜラニウス遺跡を狙ったのだろう。
あの遺跡は四年前の爆発事故で廃墟同然となっている。調査のためにはこの街の運営者に許可を得なければならないが、それも内部が脆くなっていて迂闊に立ち入ると崩れる危険があるからという理由が大きい。そしてどうやら、リンに聞いた話では遺跡内にあった遺産もほとんど窃盗団に持ち去られてしまっているらしい。
正直な所、そんな状態の遺跡をわざわざ狙う理由がわからない。
一体誰が、何の目的であんなことを起こしたのか。
とりあえず地震で散らかった室内の片付けを始めながら、トワルは言い知れぬ不安を覚えていた。