表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第2話 幸せを呼ぶ祝福の壺
64/89

第2話-36.質屋の店主、約束を果たす(第2話 終)

 トワルは店のカウンターに肘を付き、ぼんやりと物思いに耽っていた。


「お師匠さまの事を考えていたの?」


 お茶を運んできたフィオナが声を掛ける。

 トワルはギクリとしたようにフィオナのほうへ顔を向け、何故か曖昧に頷いた。


「あ、いや、その……まあ、うん……」

「………?」


 フィオナは不思議そうに首を傾げた。


 ギードによるベルカーク暗殺未遂事件から数日が経過していた。

 事件が知れ渡った当初は街中がざわつき多少の混乱も起きていたが、もう解決済みということもありそれもすぐに収まった。リンの影響で厳重になっていた警備も解かれ、いつも通りの日常が戻ってきている。


「リンとあなたのお師匠様、いまどこにいるのかしらね」


 フィオナが窓から空を見上げて言う。

 トワルも同じ窓へ目を向けた。


「さあな……まああの二人なら心配ないだろう。元気でやってるのは確かだろうさ」


 あの路地裏で息を引き取ったあと、リンの脈は確かに止まっていた。

 トワルにはオーエンがどうやってリンを助けたのか正直見当が付かなかった。

 だが、オーエンは『リンの事は治療した』とはっきり書き置きしていたのだ。


 あの人は人間的には碌でもないが、その手の嘘は絶対に付かない。

 出来ないことは出来ないとはっきり言う。

 だからトワルはリンが助かったことだけは疑わなかった。


「リンとはちゃんとしたお別れも言えなかったけれど、きっとまた会えるわよね」

「多分な。ただ師匠と一緒だとしたら何かしらとんでもない厄介事も一緒についてくる事になるだろうけどね」

「それはちょっと考え物ね」


 フィオナがくすくす笑う。

 それからカウンターの上に置かれた部品の山に目を向けた。


「それ、あとどれくらい掛かりそう?」

「明日か遅くても明後日くらいかな。ここまでしなくても大丈夫だろうとは思うが、念のためにね」


 トワルは部品の一つを工具でぐにゃりと潰しながら言った。

 この部品の山は、ギード一味から押収したライフルの模造品のなれの果て。

 ベルカークからの依頼で二度と使用できないように分解処理して廃棄するよう頼まれたのだ。


 オリジナルである遺産のライフルはオーエン質店の地下金庫内で厳重に保管されている。

 ミューニアが承認しなければ開けられない金庫なので盗難の心配はほぼ無いと考えていい。


 フィオナは潰れて煎餅のようになった金属片を摘まみ上げた。


「これはどうするの?」

「知り合いの店に持って行って買い取ってもらおうかと思ってる。それなりに良い素材使ってたみたいだから、ただ捨てるのも勿体ないし」

「なるほど」


 フィオナは物珍し気に金属片を見つめている。

 そんなフィオナをトワルは何やらそわそわしながら見ていたが、やがて緊張した面持ちで言った。


「それでさ、フィオナ」

「なあに?」

「この部品の山が片付いたらなんだけど……店は休みにして、二人でどこか出掛けないか?」

「え?」

「ほら、前に約束しただろ? 今回の騒動が片付いたらフィオナの行きたい場所へ連れて行くって」


 酒場でシルマリと初めて会った時のことだ。

 外食するのは初めてだと言ったフィオナに対し、トワルはそう約束したのだ。


「それって、その……デートということ?」

「ああ。リンに背中押されて一度出掛けはしたけど、俺からちゃんと誘わないとって思っててさ。……どうかな」


 トワルが不安げに、だが真っ直ぐフィオナに目を向けて尋ねる。

 それに対してフィオナは俯きながらも笑顔で頷いた。


「もちろん私も行きたいわ。ありがとう、嬉しい」

「そ、そうか。それじゃ明後日でいいかな。それまでにこれ片付けるから」

「わかったわ。――あ、もうすぐお昼ね。今回は私が用意するから」


 フィオナは俯いたままそそくさと引っ込んだ。

 トワルはそれを見送ったあと、あらためて大きく安堵の溜め息をついた。


「はあ、良かった……」


 喜びを噛み締めるように小さくガッツポーズをしたあと、少しでも早く終わらせようと張り切って作業を再開した。

 そこへ、フィオナが再び戻ってきた。

 なんだかもじもじしてトワルから目を逸らしている。


「どうした? 何か忘れ物か?」

「ええと……服屋で試着していた時にリンから貰ったアドバイスなんだけどね、お礼をしたいときはこうしたほうがきっとトワルも喜ぶって言われてたのを思い出して。……ちょっと前を向いててもらってもいい?」

「構わないが……これでいいのか?」


 トワルが怪訝な顔をしながらも言われた通りに正面を向く。

 すると、フィオナは素早くトワルの頬にキスをした。


「へ?」

「や、やっぱり恥ずかしいわ!」


 自分からやっておきながら、フィオナは真っ赤な顔を両手を覆いながら逃げて行った。


「………」


 トワルは茫然としたまま自分の頬に手を当て、そのまま動かなくなった。

 フィオナのほうは自室のベットに飛び込むと枕を顔に押し当てて足をバタバタさせた。

 結局その日はどちらも仕事にならなくなり、その結果デートの日取りも一日遅くなってしまった。

 手を繋ぐ以上のことはまだこの二人には早かったのかもしれない。

以上で『異世界質屋と呪宝の少女』第二話は終わりです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

面白かったという方は作品の評価を入れていただけると嬉しいです。

(評価のやりかた: 下の☆☆☆☆☆をクリック )

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ