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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第2話 幸せを呼ぶ祝福の壺
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第2話-33.詐欺師の女、伝言をする

 リンは誰もいない路地裏の隅にいた。

 ぐったりと壁にもたれて腰を下ろし、必死に口を開けて呼吸をしながら考えていた。

 出来る限り血の痕を残さないようにここまで逃げてきた。逃げ切ることは難しいだろうが、ある程度は時間が稼げるはずだ。

 ただし問題は、リンがこれ以上動けそうにないことだった。


 先ほど囲まれて撃たれた瞬間、リンは撃たれた足を無理やり動かし高速移動で逃げ出した。

 ただ、動くのが遅かった。全ての弾を避けきることはできなかった。

 一応、万が一に備えて服の下に防弾用の硬い皮などを着込んでいたのだが、あの近距離で撃たれてはほとんど効果も無かったらしい。


 床に目を落とすと、自分を中心とした血溜まりがじわじわ広がっている。

 身体に銃弾を撃ち込まれた状態で高速移動を使い、指輪がガス欠する限界ギリギリまで走り続けたのだ。少しでも気を抜けば意識を失いそうになる。

 銃弾と高速移動で掻き混ぜられた内蔵は考えたくもないような有様になっていることだろう。

 よく未だに生きていられるものだ、と自分でも不思議なくらいだった。


 絶対に元の世界に――絶対に母さんの元へ帰るんだって、思っていたはずなのに。

 意地なんか張らずにシルマリに全部話して丸投げしていればこんな痛い思いもせずに済んだのに。

 後悔はしていないけれど、どうしようもない馬鹿よね、とリンは自嘲気味に笑った。


 しかし、『これ』はどうしよう。

 リンは自分の横に立て掛けた細長い鉄の筒に目向けた。

 ギードから奪い取ったライフル銃。これを持ち出すためにここまで逃げてきたのだ。

 できることなら、トワルにこれを託したいのだが……。


 その時、リンのほうへ足音が近づいてきた。

 小走りな足音で、時折立ち止まったりしている。何かを探しているような歩き方だ。

 誰だろう。

 ひょっとしてトワルやフィオナが自分を探しに来てくれたのだろうか。……いや、無いな。そんな都合の良いこと起こる訳がない。

 頭ではそう考えつつ、どうしても期待してしまい、そちらに顔を向ける。

 やがて、その足音の主がリンの前にやって来た。


「こんなところへ隠れてやがったか」


 ギードの部下の一人だった。

 最初にリンの足を撃った男だ。


「……ははっ。そりゃそうよね」


 リンは思わず笑ってしまった。

 ここまで頑張ったのに最後の希望にまで裏切られたのだ。もう笑うしかなかった。

 それ反応に部下の男は疑わしげな顔をした。


「何がおかしい」

「ああ、ごめんなさい。別にあなたを笑った訳じゃないわ」


 さてこの状況どうしようかしら、とリンは思った。

 一人だけのようだから高速移動を使えば撃退はできそうだが、発動すれば今度こそ体は持たないだろう。

 かといってこのまま黙っていても殺されるだけ。折角奪ったライフルも取り返されてしまう。

 男はリンの頭に銃口を突き付けた。

 リンは世間話でも言うように声を掛けた。


「あら、撃つの? この怪我見たらわかるでしょ。放っておいても死ぬのに」

「また消えられたら面倒だからな。確実に死んで貰わないと安心できない」

「この辺は人も多いから大きな音出したら騒ぎになるわよ」

「別に問題ない。すぐに離れる」

「そう。じゃあ仕方ないわね。でも、また弾を込めるの大変なんじゃない? 他の武器は無いの?」


 リンがそう言うと男は初めて迷ったような素振りを見せた。

 ほんの僅かに迷ったあと銃を降ろし、代わりに懐からナイフを取り出す。


 どうやら予想は当たったらしい、とリンは思った。


 さっき足を撃たれた時に変だと思ったのだ。

 この男はリンの足を撃ったあと、一人だけ下がって他の部下たちと交代した。

 一緒に撃てばいいものを、何故そんな事をしたのか。

 考えられるのは、撃てなかったから。

 本来の遺産のライフルは複数の弾を込めればその弾数だけ連射ができるようになっていた。だがこの模造品ではその機構を再現できなかったのだろう。

 恐らく一度撃ったらその度に弾込めをしなければならないのだ。わざわざ下がったのを考えると相当に手間のかかるやり方で。


 一度撃たせればしばらく無力化できるのならいくらでも対策のしようがある。

 この情報はトワルに――この街を守ろうとしている人たちに伝えたい。

 そのためには模造品も一本手に入れてオリジナル品と一緒に渡すのが一番だろう。

 となれば、目の前のこいつから奪うのが手っ取り早い。


 どうせこのままでは死ぬのだ。

 高速移動、使おう。

 男がナイフを振り下ろそうとする男を見つめながら、リンは指輪を嵌めた手に力を込めた。


 だが、その時だった。


「見つけたわ!」


 突然真上から聞き覚えのある声がした。

 部下の男が動きを止め、驚いた顔で上を見上げる。


「な、なんだ!?」


 男の声に釣られて上に目を向けると、人の形をした青白い光が浮かんでいた。

 あれは――フィオナ?

 そう思った矢先、ゴンッと鈍い音がした。

 視線を戻すと部下の男ががその場で伸びている。


「お手柄だ、フィオナの嬢ちゃん」


 倒れた男のすぐ後ろにシルマリが立っていた。

 どうやら背後から殴り倒したらしい。

 リンが茫然としていると、シルマリが眉を寄せながら言った。


「随分と派手にやられたみたいだな」

「……どうしてここがわかったの?」

「すまない。発信器を仕掛けていたんだ」


 息を切らしながらやって来たトワルが答えた。両手には何やら装置を抱えている。

 装置を置いてリンのほうへ近づいてくると、降りて来たフィオナにブレスレットを渡した。

 ブレスレットを付けたフィオナが霊体から人間に戻る。


「発信器?」

「お前さんがあんなに酔っ払うなんておかしいと思ったからさ。襟の所に」


 手で探ってみると確かにあった。リンが壺に使った粘着布で貼り付けられている。

 こんなもの、普段ならすぐ気付けていただろうに。やはり冷静さを欠いていたんだろうか。


「してやられたわね。さすがは我らがオーエンの弟子」


 そう言ってリンは肩をすくめた。

 フィオナが血溜まりに気付いて青ざめながら言った。。


「それより、酷い怪我。早く病院に行かなきゃ」

「………」


 リンはフィオナの言葉にただ微笑んで返したあと、シルマリに言った。


「ごめん、しくじっちゃった」

「ギードは逃げたのか」

「ギードの事もう調べたのね。話が早くて助かるわ。相手はギード含めて八人。ライフルの複製を持ち歩いてるから安易に近付かないほうがいいわ」

「ライフル?」


 リンは自分の横に立て掛けた銃と気絶した男が抱えている銃とを目で示した。


「こっちの奴が古代文明の遺産のライフル。で、この遺産を複製して作ったのがそれ。詳しいことはトワル、お願い」

「わかった」


 トワルが頷く。

 フィオナが泣きそうな顔で抗議した。


「そんな話は後でいいでしょ!? は、早くリンをお医者さんに……」


 だがシルマリは首を振った。


「悪いが無理だ」

「……え?」

「この傷じゃもう助からない。病院に運んだところで手遅れだ。本人もわかっているから話してるんだよ」

「そんな……トワル、どうにかならないの? ほら、古代文明の遺産とかで、傷をパッと治しちゃったりとか……」

「すまない。今の俺ではどうすることもできない」

「そんな……」


 フィオナがうわ言のように繰り返す。

 トワルはただうなだれていた。

 リンはふうっと息を吐いた。


「気にしなくていいわよ。こうなることは覚悟の上だったんだから。まあ、これでちゃんと仇を討ててたら文句なかったんだけど」

「リン……」


 フィオナが涙を零しながらリンの手を取る。

 リンは困ったように笑った。


「ほら、そんな顔しないで。この私が見逃してあげたんだから絶対に幸せになりなさい。でなきゃ化けて出てやるんだから。わかった?」

「うん……」

「よろしい」


 リンはそれからぼんやりと首を上に向けた。


「あーあ、帰りたかったなあ……。お母さん、ごめんなさい……」


 そう呟くと、そのまま動かなくなる。

 フィオナの握っていた手が急に重くなった。

 フィオナは顔色を変えた。


「リン? ねえリン、嘘よね。嫌だ。嫌だよ……」


 フィオナは体中に血が付くのも構わずリンに抱きついて泣き崩れた。

 トワルとシルマリは黙ってそれを見つめていたが、やがてトワルはリンと倒れた男それぞれの傍の二つの武器を拾い上げた。

 リンがライフルと呼んでいた古代文明の遺産と、その模倣品。


「俺はベルカークさんのとこへ行ってくる。それを調べるのは任せていいな?」


 倒れたままの男を肩に担ぎながらシルマリは言った。

 トワルは手に取った武器に目を向けたまま頷いた。


「ああ、任せてくれ」


 リンが命懸けで遺してくれた手掛かりだ。絶対に無駄にはしない。

 トワルは顔には出さなかったが、腸が煮えくり返っていた。

 ドワルド国の元権力者だか知らないが、絶対に報いを受けさせる。

 これ以上この街で勝手なことなどさせるものか。

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