第2話-32.詐欺師の女、追い詰める
「お、お前は一体誰だ」
ギードが後ずさりしながら言う。
リンはその場を動かず銃口の向きだけギードに合わせて動かしながら答えた。
「ドワルド国で古代文明の遺産を盗んで回っていた者です、と言ったらわかるかしら」
「あのコソ泥だと? そうか、その武器を盗みにやってきたのか。こんな所まで律義な事だ。それならそれを持ってさっさと立ち去るがいい」
「生憎だけどそういう訳にもいかないのよね」
「なぜだ」
「私ね、ユラーさんのところでお世話になっていたのよ」
「………」
ギードの顔がみるみる青ざめていく。
慌てた様子で口をぱくぱくさせた。
「い、いや待て。あれはな、私が悪いんじゃないんだ。その……」
「言い訳はいらないわ」
リンは引き金に掛けた指に力を入れた。
かすかに金属の軋む音がする。もうあとほんの少しでも力を加えれば撃ちだされた弾がギードを貫くだろう。
ギードはひぃっと悲鳴を上げてその場にいへたり込んだ。
それから床に額をこすりつける勢いで必死に懇願する。
「悪かった。私が悪かった。だから命だけは助けてくれ」
「………」
ギードの予想外の反応にリンは言葉を失った。
この男には矜持は無いのだろうか、と心底軽蔑した。
ドワルド国の影で散々悪事を働いてきた男の末路がこれか。
ユラーさんたちはこの程度の奴に殺されたのか……。
ただ、この様子ならこちらの質問に素直に答えてくれそうだ。
リンは前々からギードたち遺産の所有者に確かめたいことがあった。
周囲の見張りはまだこの状況に気付いた気配はない。短時間で済ませれば問題ないだろう。ライフルはこうして押さえたし、いざとなれば高速移動もある。
リンは銃口を向けたまま話しかけた。
「聞きたいことがあるんだけど答えてもらえる?」
「あ、ああ、もちろんだとも。何でも答えるぞ」
「私が持ってるこの銃とか、ドワルド国の偉いさん方が持っていた古代文明の遺産の数々は窃盗団から買い取ったものなのよね」
「その通りだ」
「それじゃ、この遺産の使い方を説明をした人間がどんな奴だったかは覚えてる?」
これはオーエンとの別れ間際に余裕があったら調べておいてくれと頼まれたていたことだった。
四年前、窃盗団は各地の古代遺跡を荒らして回っていた。
だが本来、そんなことはできないはずだった。
古代文明の遺跡が現存している理由はそのセキュリティの高さにある。
誰にでも楽に侵入できるような代物なら千年も前の建物が残るはずがない。
あの遺跡は何の知識もない人間では入口を探すことさえできないし、仮に内部に侵入できたとしても油断をすれば簡単に命を奪われるような罠が大量に仕掛けられているのだ。
最奥まで辿り着くにはオーエン並みの知識が必要で、あのトワルですらまだ経験も実績も足りないから許可が貰えていないと言っていた。
つまりただの窃盗団が荒らせるような物ではないはずなのだ。
古代文明の知識を持った人間が手引きでもしない限りは。
窃盗団の手引きをしたのは果たして何者なのか。オーエンは随分それを気にしていた。
リンも一応気に掛けてはいたのだが、ドワルド国内で怪盗紛いのことをしていた時は盗むのに一杯一杯でそれどころではなかった。
シルマリからは窃盗団の連中は他国で捕まって処刑されたと聞いた。今更調べても仕方のないことかもしれない。
だが、今のこの状況なら多少聞き出す余裕もあるのだ。何者だったのか知っておけば自分が元の世界へ帰る手掛かりに繋がる可能性もある。
「遺産のことを説明した人間……? ああ、あの男のことか」
「覚えているの?」
「随分印象に残る男だったからな。いや、本人自体はどちらかといえば影の薄い印象だったが、遺産の運搬をしていた他の窃盗団の連中とはまるで違っていてね。他の奴らは若くていかにも無法者という感じだったのに一人だけかなり歳を食っていたし、ひょろ長で地味なローブを纏っていた。荒事を生業にしてきたような顔つきでもないし、学者か何かだったんじゃないかな。どうしてこんな奴が窃盗団に混じっているのかと不思議に思ったもんだ」
「その男の名前はわかる?」
「いや、顔を合わせたのも取引をした一回きりだったからな」
「そう……」
やはり手引きしていた人間がいたようだ。
窃盗団が処刑されたという国へ行けば何かわかるだろうか。
そんなことを考え始めたリンの顔を覗き込みながらギードが言った。
「あの男のことが気になるのか? 私に任せてくれれば調べてやることもできるが」
「今の落ちぶれたあんたがどうやって調べるのよ」
リンは冷ややかに言った。
そう持ち掛ければ見逃して貰えるとでも思ったのだろうか。
だがギードは不敵に笑った。
「調べられるさ。もう私は助かったからな」
「何を訳の分からないことを――」
リンは眉を寄せたが、次の瞬間不意に破裂音が鳴り響き、同時にリンは左足に殴られたような衝撃を受けて倒れた。
何が起きたのかと身体を起こそうとしたが左足に激痛が走った。見れば太腿から血が流れ出している。
「いや、余計な話をしてくれて助かったよ。お陰で部下が気付くまでの時間を稼ぐことができた」
部屋の扉が開く。そこにはギードの部下と思われる男がライフルを構えて立っていた。
ボロくなって隙間の空いた扉の裏からリンを撃ったのだ。
「そんな馬鹿な……」
リンは愕然とした。
受信機の反応は確かに一つだけだった。
ギードから奪ったライフルは今もリンの手中にある。
他のライフルなどあるはずが無いのに……。
ライフルを構えた部下が後ろに下がる。すると別の部下たちが部屋の中に入ってきた。
全部で六人。全員がライフルを持ち、リンに対して銃口を向ける。
部下たちのライフルを間近で見てリンはようやくわかった。
複製したのか。
リンは今までオーエンやトワルが古代文明の遺産を修理したり改造したりするのを何度も見ていた。
分解ができて構造がわかるなら完璧なコピーは無理でも模造品くらいは作れるのだ。
それなのにどうしてこの可能性を考えなかったのか。
恐らくオリジナルのライフルに比べれば飛距離も威力も精度も何もかも大幅に劣るだろう。
だが、それでも弓矢などに比べれば十分過ぎるほどの性能だ。
少なくとも、この場のリンのことなら簡単に殺せる。
複製のことを思いつかなかったとしても、周囲をちゃんと警戒できていれば不意打ちは防げたはずだ。
焦りがあったのは確かだった。だがそれ以上に油断してしまっていた。
あるいは、ギードのあの情けない懇願もこちらを慢心させるための演技だったのかもしれない。
今までなら絶対にやらないようなミスだった。
自分が優勢になった時ほど気を付けなければならない。
ユラーさんから最初に教えられた言葉だったな、とリンは思い出していた。
ギードはゆっくりと立ち上がると膝についた埃を手で払った。
顔には勝ち誇ったような笑みが浮かべている。
「やはりこの武器は音が大きいのが欠点だな。恐らく今ので周辺の住民が騒ぎ出してしまうだろう。我々も急いでこの場を立ち去らなければならない」
「ならさっさと行けばいいじゃない」
「ああ。だがその前に盗まれたものを取り返さなくてはな」
ギードはリンが持つライフルに目をやり、それからリンの顔を見る。
「お前には色々と聞きたいことがあるんだが、まあ時間も無いし仕方ない。とりあえず死んでもらおう」
ギードの言葉とともにリンに向いていたライフルが同時に火を噴いた。
だが、次の瞬間リンの姿は消えていた。
ギードから奪ったライフルも無く、その場所には大きな血だまりだけが残っている。
一転してギードは驚愕の色を浮かべ焦り出した。
「馬鹿な。あの足で動けたというのか。――お、お前たち、早く探せ! この出血ならそう遠くまでは逃げられないはずだ。見つけ出して殺せ! あの武器を取り返すんだ!」
ギードが癇癪気味に叫ぶ。。
それに応じて部下たちは部屋から駆け出して行った。