第2話-30.質屋の店主、事情を聞く
三人は夜道を走っていた。
明かりになる物は建物から微かに漏れる光と月明かりくらいだが移動する程度なら十分な視界が確保できる。
路上には他の人影はほとんど無い。
「リンの目的は仇討ちって言っていたが一体誰を狙っているんだ? 外から来たならこの街の人間じゃなさそうだが」
トワルが尋ねた。
シルマリは前を向いたまま答える。
「リンが狙ってるのはギードって名前の男だ。ドワルド国を牛耳ってた連中の何人かが国の崩壊のどさくさに紛れて雲隠れしたって話を前にしたと思うが、奴もその内の一人でね。ドワルド国で巨万の富を築いた大商人で、向こうの貴族共に取り入って政治にもかなり強い影響力を持っていたんだ」
「ドワルド国にもそんな奴がいたのか」
「その話だけ聞くとベルカークさんみたいですね」
「ベルカークさんには絶対そんなこと言うなよ? 間違いなくぶち切れるし実際月とスッポン以上に別物だからな」
シルマリが苦笑する。
トワルは納得できない様子で首を傾げた。
「なんでリンがそんな人を狙うんだ?」
「リンはドワルド国にいたころオーエンさんに紹介されて裏稼業の人の世話になってたって言ってただろ? その人ユラーという名前だったんだが、ユラーは自宅にいたところをギードに襲われて殺されたんだ。運悪くその現場に居合わせた娘さんも一緒にな。そしてそのままギードはドワルド国から姿を消した」
「あ……」
フィオナはそれを聞いて思わず声を漏らした。
リンと服を買いに行った時の会話を思い出していた。
世話になっていた家の娘さんが死んでしまったからあの国を出る決意をした。
リンはそう言いながら寂しそうに笑っていたのだ。
「ギードがやったというのは確かなのか?」
「その時の状況的に間違いない。それにユラーの遺体には特徴的な傷跡があってな。内蔵を金属製の小さな玉で貫かれててそれが致命傷になっていた。ギードが所有しているという古代文明由来の武器でなければそんな傷はできないらしい。俺が直接見た訳じゃないからあくまで聞きかじりだが」
「古代文明の武器って……リンが回収しようとしてたラニウス遺跡の盗掘品か?」
「そうだ。ギードも窃盗団から一つ買って所持していたらしい。受信機に反応してる発信器ってのはその武器のやつだろう」
古代文明の遺産のうち、殺傷を目的として作られたものには元から発信器が内蔵されている。
それを頼りにリンとオーエンは窃盗団を追ってドワルド国まで辿り着いたとリンは以前言っていた。
「しかし皮肉なもんさ。聞いたところじゃその時リンは正にそのギードの持つ遺産を次の標的に定めていて、襲撃の時も盗みの準備のために出掛けてたって話だからな。そのお陰でギードの襲撃現場に居合わせずに済んで自分だけ助かった。もっと早くギードから武器を奪えていたら恩人親子は殺されずに済んだかもしれないんだ。そう考えちまったら姿を消したギードを血眼になって探そうとするのも無理はない」
「まさか、ユラーが殺されたのはリンが遺産を盗んでいた犯人だとギードにバレたからなのか?」
トワルの問いに対してシルマリは首を振った。
「いや、それは無いな。もしそうだったらギードはリンを直接狙ったはずだ。恐らくギードはリンがドワルド国内で古代文明の遺産を盗んで回ってる泥棒だって事どころかリンの存在自体知らないんじゃねえかと思う」
「それなら何故ユラーを?」
「ユラーは過去に何度かギードの裏取引の邪魔をしたことがあってな、ギードにとっちゃ前々から目障りな存在だったらしい。だからドワルド国を去る羽目になったことへの憂さ晴らしというか、行き掛けの駄賃程度のつもり深い理由はなかったんじゃねえかな」
「憂さ晴らしって、そんな理由で? 酷いわ……」
「頂点に登り詰めてからは随分ワガママな生活していたようだからねえ。ドワルド国が傾く前はもっと酷いエピソードもあったよ。不愉快過ぎて話す気にもなれないが」
シルマリは吐き捨てるように言う。
トワルはさらに尋ねた。
「ろくでもない奴らしいことはわかったが、どうしてそんな奴がこの街にやって来るんだ。リンも待ち伏せしてたってことみたいだが」
「絶対に来るって確証があった訳じゃなかったと思うぞ。だが奴の性格やこれまでの経緯を考えればこの街に現れる可能性はかなり高いからな」
「どういうことだ?」
「ギードは元はこの街の出身なんだよ。それなりに大きい卸問屋の二代目だったんだが、この街で禁じられていた薬物の密売に手を出したのが発覚してね。店は取り潰しになり、本人は街から永久追放された。もう十年以上も昔の話だ。ただギードは商才はあったらしく、流れた先のドワルド国で身一つから国で一番の大商人にまで登り詰めた。まあ裏で武器の横流しや人身売買をやって荒稼ぎしてたとか貴族に巨額の賄賂を渡して自分と競合する店を潰させたとか黒い噂が絶えなかったらしいがな。とにかくそんなこんなで最終的にはドワルド国を裏で操る存在とまで呼ばれるようになっていた。以前ドワルド国がうちを攻め滅ぼそうとしたのも恐らくギードの案だったんじゃねえかな」
「そんなことまで……?」
フィオナが絶句する。
「ギードはドワルド国で成功した後もにサミエルから追放されたことの怨み言を日常的に話していたらしいからな。絶好の機会だと思ったんだろう。本来なら処刑されるところだったのを先代の領主様が恩赦で追放にしてくれたってのは本人も知ってるはずなんだが。逆恨みもいいとこだよ」
トワルは厳しい表情で言った。
「それじゃあ、ギードがこの街に来た理由というのは……」
「ああ。ギードの目的も恐らく復讐だ。なにしろ、二度もサミエルの街が原因で破滅させられる羽目になったんだからな。しかも今回ギードを降したのはギードがサミエルから追放された事件が切っ掛けで頭角を現したベルカークさんだ。ギードはドワルド国での悪名が広がり過ぎて二度と表舞台では返り咲ける見込みも無いし、完全に自業自得ではあるが当の本人はベルカークさんに何かしらやり返さないと腹の虫が治まらないだろう。その証拠にギードはドワルド国を抜け出した後、腹心の部下共と各地を転々としながら武器の調達なんかをしていたようだ」
「リンはそのことは知ってるのか?」
「知ってるはずだぞ。ギードの狙いに気付いたからこそ先回りでこの街に来たんだろうからな。その上で自分一人でケリを付けようって腹積もりなんだろう」
フィオナが不安げに言った。
「何か作戦があるってことなんでしょうか」
「さあな。だがどんな策があったとしても多勢に無勢すぎる。無茶やらかす前に捕まえたられればいいんだが」
「………」
フィオナが押し黙る。
トワルは走りながら受信機の画面を確認した。
「ギードが所持していると思われる発信器は動いてない。リンがそこへ着くまでに追いつけるかどうかはギリギリだな。……急ごう」
三人はそれから無言で目的地へ向かって行った。