第2話-28.宝石の少女、介抱される
「ほらフィオナ、寝るならベッドにして」
「ん~……?」
「そんなに度数高くも無かったはずなんだけどな。たった一口でこの有様じゃ、お酒の出る席では相当気を付けないとダメね……」
フィオナをどうにかベッドに寝かせたリンは呆れたように言った。
リンは最初から酔ってなどいなかった。二人に薬を盛って眠らせるための作戦だったのだ。
自分でもさすがに無理があるだろうと思ったが、思いのほか順調に事が運んだ。
やはり勢いというのは大事らしい。
それだけ信頼してくれていた、ということなのかもしれないが……。
リンは仰向けに寝ているリンの頬をつんつんと突ついた。
「フィオナ、寝る前に教えてちょうだい。『イリストヘルの霊石』はどこ? この家にあるんでしょ?」
「うーん……」
フィオナは寝ぼけているようだった。
うっすら目を開け、ぼんやりとリンを見上げる。
「私の宝石……?」
「あなたの持ち物だったの? じゃあやっぱりあなたはどこかのお姫様だったのかしら」
「おひめさま? 違うわ。私は幽霊よ。でも、呪いじゃなかったの。トワルが言ってくれたの。えへへ……」
フィオナが訳の分からないことを言っている。
まあ酔っ払いならよくあることだ。
リンは適当には話を合わせた。
「それは良かったわね。それで、あの宝石はこの部屋にあるの?」
「ええ、私の宝石はここにあるわよ。でもごめんね。あの宝石だけはあげられないの。本当はね、リンのことも助けてあげたいのに……ごめんね」
フィオナはぼんやりと天井を見上げている。
半分起きたまま、何かの夢を見ているらしい。
リンはその言葉に罪悪感を覚えたが、気になって尋ねた。
「宝石だけは渡せないというのはどうして?」
「だってあれは私だもん……」
「え?」
「リンが言っていたんだけどね、あの宝石は私の魂が入ってるんだって」
「……どういうこと?」
「うーん……えっとね……」
フィオナは気怠そうに右手を動かして左手のブレスレットに触れた。
それからしばらくもぞもぞ動いていたが、やがて左手のブレスレットが外れる。
そして――。
「……は?」
リンは目を見張った。
フィオナの身体が突然青白く輝いたかと思うと、着ていた服が全て脱げた。
いや、脱げたのではない。フィオナをすり抜けたのだ。
絶句するリンに対してフィオナはすぅすぅと寝息を立てていた。
すっかり眠りに入ってしまったらしい。
リンはその場に立ち尽くしていたが、やがてブレスレットに目を留めるとそれを手に取った。
確か、フィオナの服に合わせてトワルが作ったとかいうブレスレットだ。
フィオナの変化の原因はこれのようだが……。
ブレスレットを観察してみると、裏地に特徴的な模様が見えた。
魔封じの札の模様だ。リンもドワルド国で取り返した遺産の無力化に使っていたから見間違えることはない。
てっきり純粋なプレゼントなのかと思っていたのだが、どうやらこのブレスレットは魔封じの札を加工して作られた物らしい。
リンはブレスレットをフィオナの左手に戻した。
するとフィオナが元の普通の人間に戻る。
いや、違う。
魔封じの札の効果でこうなったのだとしたら、先程の青白い半透明の姿が本来のフィオナなのだ。
リンは口元に手を当てた。
トワルとフィオナの二人が『イリストヘルの霊石』のことをリンに隠していた理由。
異世界召喚装置の燃料にする以外のあの宝石の使い道。
――リンが言っていたんだけどね、あの宝石は私の魂が入ってるんだって。
全身から汗が噴き出すのを感じながらリンは室内に目を走らせた。
フィオナの性格から推測して、大事な物を隠しそうな場所は……。
目に付いた引き出しの鍵を針金で素早く開錠し、中を覗く。
そこには青白い光を放つ宝石が入っていた。
古代文明相当の年代物。間違いなくこれが『イリストヘルの霊石』だろう。
その宝石は先程のフィオナと同じ光を放っていた。
人間の魂を込めて作られたと言われる宝石。
てっきり大袈裟な例え話だと思っていた。
しかしどうやらそうではなかったらしい。
リンが元の世界へ帰るには、この宝石を燃料として使わなければならない。
下手をすれば、複数。
どんなことをしてでも元の世界へ帰りたい。
その決意は今だって変わらない。
しかし……。
オーエン師匠は『イリストヘルの霊石』がこんな代物だと知った上で私にこれを探せと言ったのだろうか。
リンは宝石を手に取りながらそんな事を考えた。
リンは脱げてしまったフィオナの寝巻きを着せ直し、毛布を掛けると部屋を出た。
リビングへ行くとトワルが床に倒れていた。二階へ向かおうとしていたらしいのを見ると、どうやら意識を失う前に睡眠薬に気付いたようだ。
リンはその横をそっと通り抜けると店舗エリアから外へ出ようとした。
だが店の玄関に手を掛けたとき、天井が仄かに光った。
『お出掛けですか?』
リンは驚く様子もなく振り返ると天井を見上げた。
「あなたがミューニア?」
『私をご存じでしたか』
「ええ。あなたとだけは対立するなってオーエン師匠から言われていたからね。全然話しかけて来ないから故障でもしてるのかと思ってたけど。……あ、師匠じゃなくマスターと言ったほうがいいのかしら」
『どちらでも構いません』
「そう。わたしのこと、止めるつもり?」
『いいえ。マスター代理からはそのような命令は受けていません』
リンは玄関の戸を押してみた。玄関は問題なく開く。
本当に閉じ込めたりするつもりは無いらしい。
「それならどうして声を掛けてきたの?」
『最後に挨拶をしておいたほうが良いと判断しました』
「最後に、か。それはご親切にどうも」
フィオナの部屋での行動も監視されていた、ということなのだろう。
「ねえ、フィオナが起きたら慰めてあげてくれないかしら。あの子、騙されてたと知ったら傷つくと思うから」
『私には人間を治療する機能は搭載されていません』
「そ。じゃあ私がごめんねって言ってたってあの二人に伝えておいて」
『了解しました』
「お願いね」
リンは軽く手を振ると店を出て行った。