第2話-25.店主と少女、デートをする
トワルとフィオナは中央通りを歩いていた。
食事の時間には中途半端だし、目的地が特にあるわけでもない。
気の向いた方向へただ歩いているだけである。
普段の買い物などの用事は近所で済ませているのでトワルもこの辺りを歩くのは久々だった。
以前来たとは随分と様変わりしている。商業都市の中心部だけあって店の入れ替わりも激しいらしい。
ちらりと横目でフィオナを見ると、楽しそうに周囲を見回していた。
見る物全てが珍しいといった感じで目に入るものが変わる度にころころと表情を変えている。
思い返してみれば、店に掛かり切りで街の案内もろくにしていなかったのだ。
可愛らしいと思う反面、少し罪悪感を覚える。
今回の件が片付いたら出掛けようと約束はしていたが、そんな事関係なくもっと外出するべきなのかもしれない。
ただ、やはりブレスレットが気になるらしい。
時折手で触れて問題ないことを確認しているようだった。
即席で作ってそのままだったが、もっと安心できるように改良する必要がありそうだ。
トワルがそんなことを考えながら眺めているとフィオナがトワルの視線に気付いた。
「どうかしたの?」
「い、いや」
トワルは慌てて目を逸らした。
その反応を見てフィオナもどこか嬉しそうに顔を逸らす。
どちらも言葉少なではあったが、付かず離れず、ギリギリ手が触れないくらいの距離感で横に並んで歩いていった。
目に付いた店に立ち寄って気に入った小物を買ったり、匂いに釣られて出来立ての菓子を買い食いしたり。そんなことをしているうちに気付けば二人は中央通りを過ぎた先にある広場までやって来ていた。
リンが壺を売り歩いていたという例の中央広場だ。
ずっと歩き続けていたこともあり、せっかくなので休んでいくことにした。
広場はいかにも憩いの場といった感じで人影はまばら。
寂しくもなければ騒がしくもない、居心地の良い空間だった。
少し進んでいくと空いたベンチがあったのでそこに腰かける。
「今日は楽しかったわ」
「そうか、そりゃよかった」
ハハハ、と笑い合い、それっきり互いに俯いてしまった。
会話が続かない。というか何を話せばいいのかわからない。
何か話のタネになるものはないか、とトワルは辺りを見回した。
すると向こうに屋台があるのが見えた。
気温の高い日なのでどうやら冷たいジュースか何かを売っているらしい。
「喉乾いてないか? 何か飲み物売ってるみたいだから買ってくるよ」
トワルは立ち上がり屋台へ向かおうとした。
だが、歩き出そうとしたトワルの服をフィオナが摘んで止めた。
「私は大丈夫。トワルも問題ないならもう少しこのまま一緒にいて欲しいの。……ダメ?」
「………」
トワルは逆再生のようにベンチへ腰を下ろした。
そして再びの沈黙。
それから二人とも動かないまま数分が経過したが、ふとトワルは思い出したように言った。
「そう言えば、気付かなくてすまなかったな」
「なにを?」
「いや、そのブレスレットさ。さっき街を歩いていたときも落ちないか時々気にしてただろ? これからは気兼ねなく好きな服が着れるように何か良い方法考えてみるよ」
「あ、ありがとう……」
フィオナは俯いたまま答え、右手で左手首のブレスレットをぎゅっと握った。
それからしばらく何かを迷っていたようだったが、やがて決意した様子で顔を上げた。
「ねえ、トワル」
「ん?」
「これから聞くこと、正直に答えてもらえる?」
「あ、ああ」
トワルは戸惑いながらも頷いた。
フィオナは思い詰めたような真剣な表情で言った。
「元の世界に帰る方法がわかったけれど、トワルは平気?」
「平気ってどういう意味だ?」
「私のことなら気にしなくていいってこと。……もしあなたが帰りたいって言うのなら、私のあの宝石、燃料に使ってもらっても構わ――」
「大丈夫だ」
トワルはフィオナの言葉を遮った。
最後まで言わせてはいけないと思った。
そして一切迷う素振りを見せず言葉を続けた。
「前にも言ったろ。召喚の技術的な仕組みとか俺が選ばれた理由とかは気になっているけど、あっちの世界へ戻りたいなんて気持ちはさらさら無いよ。それは具体的な方法を知った今でも変わってない」
「でも……」
フィオナは何か言いかけたが、再び俯いてそのまま押し黙った。
トワルはフィオナが一体何を悩んでいたのかようやく理解した。
てっきり自分が宝石にされた理由――燃料にするために生み出されたらしいこと――について悩んでいるのかと思っていたが、どうやらトワルの事を気に掛けてくれていたらしい。
トワルは本当は自分が元いた世界に戻りたいのに、フィオナに気を使って無理をしているのではないか。
そんな心配をしていたのだろう。
考えてみれば無理もなかった。
自分の命を捧げれば相手の願いを叶えられる、と言われたようなものなのだ。
相手からそんなことをする必要はないと言われても、自分を犠牲にさせないために痩せ我慢をしているのではないかと負い目や疑念が浮かんでしまう。
少なくとも立場が逆ならトワルは疑い続けてしまう自信がある。
例えば、フィオナを普通の人間に戻すためにトワルの命を捧げなければならないなんて事実が仮に発覚したとして、フォオナがそんな事はするなと言ってもトワルはそれを本心だとは思わないだろう。本当は人間に戻りたいのに無理をしているのでは、と考えてしまうと思う。
トワルは本当に元の世界へ戻る気など無いのだが、このフィオナの様子を見る限りそう伝えるだけでは信じてくれそうになかった。
フィオナにこれ以上、自分のために苦しんだりして欲しくない。
どうしたら信じてもらえるだろうか。
トワルは必死に考えて――ふと、先程のリンの言葉を思い出した。
――どう思っているのかちゃんと伝えてあげて。態度で察してくれるのを期待するんじゃなく、言葉で伝えてあげないと不安になっちゃうこともあるんだから。
他に手段は思いつかなかった。
トワルはフィオナの両手を掴み上げた。
「ふぇっ!?」
フィオナが驚いて顔を上げる。
「俺は元の世界へ戻るよりもフィオナと一緒にいたい。これが嘘偽りのない本心だ。俺の命を懸けてもいい」
「………」
フィオナの顔が耳まで赤くなる。
トワルは誤解を解くことしか頭になかったため、自分が放った言葉の意味を深く考えていなかった。
しかしフィオナの反応を見てようやく自覚し、あわあわし始める。
「あ、いや、悪い。とにかく本当に帰る気は無いって言いたかったんだ」
「……本当に、私なんかでいいの?」
フィオナが不安そうな、すがるような目で問いかける。
ここで誤魔化したら元の木阿弥になる、とトワルは本能的に察した。
トワルは重ねていた手をぎゅっと強く握りしめた。
「俺はフィオナがいいんだ。万が一、絶対にそんな事にはならないと誓うが、もしも元の世界へ帰りたくなったらその時は正直にそう伝える。だから俺を信じてくれないか」
「トワル……」
互いに頭から湯気を出しながら見つめ合う。
やがて堪えきれずにトワルほうが先に顔を逸らし、照れながら言った。
「ま、まあ、誰かさんには一生離れられない呪いを掛けられてるしな」
フィオナはぽかんと口を開けたが、やがて噴き出した。
以前、トワルが病院でフィオナに告白をした時のこと。
フィオナは告白の返事の代わりにトワルに抱きついてそんな事を言ったのだ。
「やだ、今それを言い出すのはずるいわ」
「へへ……」
フィオナの懸念はすっかり消えたらしい。
二人は恥ずかしさやら安心やらで特に意味もなく笑い合った。
これで一件落着……と、思われたのだが。
「あらあら若いっていいわねえ」
「元の世界って一体何のことかしら。身分違いの恋ってやつ?」
ひそひそ声が耳に入ってきた。
トワルとフィオナがハッとして周囲を見回すと、広場にいた人々がこちらに視線を向けている。
どうやらトワルが声を張り過ぎたらしく、今のやり取りが聞こえてしまったらしい。
「……そ、そそそ、そろそろ帰ろうか」
「え、ええ、そうね」
トワルはフィオナの手を引き、周囲の視線に気付かない振りをしながらそそくさとその場を後にした。